第11話 皇母暗殺未遂
リザルト=レイヴンは、皇母暗殺未遂事件でごたごたしていた。
ヴィランがアルベラから戻ったのは、事件の話を聞いて二日後であった。
大宮殿の内部では、皇母暗殺計画の首謀者を割り出すために、臨時の警備隊が組まれ、その総指揮官は、バック中騎将が務めていた。
臨時というのには、理由があった。本来であれば、皇母が関係する事件、あるいは、リザルト=レイヴン大宮殿の内部の事件の解決には、ラーデンブルク公爵がその命を受け、総指揮官として事件解決にあたるのである。
だが、事件が起きたその時には、ラーデンブルク公爵であるヴィランは、リザルト=レイヴンを留守にしており、その代理としてリザルト=レイヴン警備隊長であった、バック中騎将が着任していたのだった。
「して、事件の今までの経過で分かったことは?」
ヴィランは、仮設捜査隊の天幕の中にいた。薄暗い天幕の中には、ヴィランを中心として、リューベック兄妹、バック中騎将の副官である、ラッツ大騎兵がいた。
事件の経過を、ラッツ大騎兵は、簡単に述べた。
「五日前、皇母がご寝所に入られるとき、黒服を着た男が何人か皇母のご寝所に押し入り、皇母を人質にとろうとしました。だが、男達はすでに宮殿内の警備兵に見つかっており、その場で即、取り押さえられ牢に入れられております。
本日は、その男達を藍の塔に連れていき、そこで首謀者をはかせるため、現在バック中騎将が藍の塔に向かいました」
藍の塔とは、いわば拷問塔と言うべき塔である。数階建ての塔は、あまり大きくはなく、地下にある壁だけの出口のない部屋をはじめとして、ラヴァウインドの拷問道具が取り揃えられている。
ここに連れてこられる者は、まず小さな部屋で事件の当事者と、事件解決の総指揮者──この場合であれば、本来はヴィランである──が、穏和に話し合いを行う。
この時点では、事件を起こした者達を、客品のごとく扱い食事を出す。
しかし、最初の話し合いで何も言わなかった場合、後は、拷問官達による、さまざまな冷徹な拷問が加えられ、求められたことを言うまでは、拷問を止めることはないのである。
それ故に、この塔は、事件の犯人達の涙が、深い海のように溢れ落ちると言われることから、『藍の塔』と呼ばれるのである。
「ふむ……では、今はバックが藍の塔の最初の部屋で、話しを聞いているのだな」
「そうであります」
(……しかし、あっけなさ過ぎる。何故犯人の者達は、警備兵に見つかっていながら、皇母の寝所に乗り込んだのじゃ。
普通であれば、ばれたと分かれば、すぐにここを離れるのが常道。しかし、奴らはそうはしなかった。何故じゃ。
もし、奴らの狙いが皇母では無かったとしたら……
そうなれば、誰が奴らの狙いなのじゃ……)
ヴィランは、しばらく考えていた。そして、何を思いついたのか、突然大きな声を上げた。
「いかん! このままでは、バックが危険じゃ!」
「どうなされました、ヴィラン様」
リューベックは、ヴィランに駆け寄った。
「今、詳しい話しをしている時間はないのじゃ。急げ、藍の塔に向かうぞ!」
ヴィランは、そう言い放つと、天幕から飛び出した。後に続いたリューベック兄妹と、ラッツ大騎兵は、何が何だか分からないまま馬をかり、ヴィランの後を追った。
ヴィランは、大宮殿の中庭を通り抜け、一気に市街に飛び出し、そのままひた走りで藍の塔を目指した。
(もし、奴らの狙いが皇母ではなく、このわたしだったとしたら……
そうなれば、今危険なのは、バックの奴じゃ。
わたしが考えることが、現実にならねばよいが……)
ヴィラン達が藍の塔にたどり着いたのは、それから一時間ほど経ってからだった。
その時刻は、すでに藍の塔での最初の会談は終わり、拷問か釈放か、そのどちらかが決まっている時刻である。
ヴィランは、藍の塔の前で、勢い良く馬から飛び降りると、細身剣を片手に藍の塔に駆入った。残りの者もヴィランに続いて、藍の塔に駆け入った。
藍の塔の螺旋状の階段を駈け上るヴィランの足音が辺りに響き、静かで沈んだ雰囲気は、打ち破られていた。
ヴィランは、最初の会談が行われる部屋の扉を勢いよく開き、中を見回した。
部屋の中では、中央のテーブルのそばには、囚人服を着た男が三人、騎士の鎧をつけた男が一人、拷問官の一人がいた。
彼らは全員、テーブルに覆いかぶさるように伏せ、口からは血を流していた。
床には、出された食事であろう、パンやレーム酒が辺りに散らばり、叩きつけられたグラスや食器の破片が飛び散っていた。
「ちっ、遅かったか」
ヴィランは、舌打ちをした。
後から駆けつけた、リューベック達は、その部屋の様子を見ると、一瞬立ち止まった。ラッツ大騎兵は、自分の上司であるバック中騎将のそばに駆け寄ると、バックをかつぎ起こした。
だが、バックの息はもう無かった。うらましげに見開かれた目は、虚ろに天井を見上げ、首筋には、喉をかきむしったと思われる、爪の痕がついていた。口から流れ落ちる血は、明らかに内部から毒による破壊を強いられたものであった。
他の者達も同じ状況であった。全ての者が、口から血を流し、苦しさのあまり、自らの喉をかきむしった痕があった。
ラッツは、バックを床に横たわらすと、その見開かれた目を閉じさせ、口についた血を拭い、ラヴァの印を切って使者の冥福を祈った。
「どういうことですか、ヴィラン様」
リューベックは、何故ヴィランが、突然藍の塔に向かい、そして藍の塔でバック達が毒殺されたことを知ったのか、その答を求めた。
「うむ。わたしはこう考えたのじゃ。
もし、こやつらの目的が皇母暗殺で無かったとしたら……
つまり、こやつらの目的が皇母の暗殺ではなく、わたしの暗殺を目的としていたのなら……」
「しかし、それでは、何故皇母の所に忍び込む必要があったのですか」
「うむ、皇母の所に忍び込み捕まったならば、まず確実に藍の塔に送られる。そして、わたしはラーデンブルク公爵として、事件の総指揮にあたったじゃろう。
そうなれば、藍の塔での最初の会談の時に、その話しを聞きに行くのは、わたし、と言うことになる。
それが、こやつらの目的じゃったようだな」
「奴らが、ここで話しを聞くときに出される、食事に毒を盛っていたとしたら……」
「そうじゃ。じゃが、あいにくわたしは、この時はアルベラにいた。
だから、指揮官代理であった、バックがこの塔に向かい、わたしの代わりに暗殺されたのじゃ。
気の毒な男だ」
ヴィランは、バックの冥福を祈っているラッツの姿を見て言った。リューベックはヴィランの口から『暗殺』という言葉が出てきたことに、少し興奮した様子でヴィランに問いを続けた。
「バック中騎将が暗殺されたのであれば、やつらの目的は失敗したことになります。となると、再び、ヴィラン様の暗殺を企てませんか?」
「当然、ありえるじゃろうな」
「ヴィラン様はどうなさるおつもりですか?」
「さて、暗殺されたとしてもわたしは、一向にかまわんと思うがな」
「それは困ります!」
「何故じゃ? おぬしらにとってみても、わがままな主がいなくなって、せいせいするではないか?」
「そんなことはありません。第一、ヴィラン様が亡くなられたら、一体誰が、私たち兄妹に給料を払ってくれるのですか!」
ヴィランは、自分の予想していた答えとは、大きく違った返事に、少し驚いた。
「ではなにか、おぬしらは、給料の払い手がいなくなるから、わたしに死なれては困ると言うわけなのか?」
「はい、そうです」
ヴィランは、リューベックのハッキリとした答えに呆気にとられた。そして、そばでラッツが、自分の上司の死を悼んでいると言うのにもかかわらず、不謹慎にも大声で笑った。
「そうか、そうか。そんな理由があるのでは、わたしも、そうおいそれとは死ねぬな」
「それに、まだ理由はございます。ヴィラン様」
そう言ったのは、死体を調べていたエレオノールだった。
「ヴィラン様が亡くなられれば、皇母様が大変お嘆きになられます。ヴィラン様はそんな皇母様のお姿を見たいのですか?」
「うむ……そうじゃな。皇母を一人残すと言うのも、あまりよい気持ちはしないな。まぁ、よい。わたしは暗殺されるほど無能ではないつもりじゃ。
とりあえず、後の処理をラッツに任せ、わたしは、一旦リザルト=レイヴンに戻り、これからのことを考える」
「はっ」
ヴィランは、そう言うと、その部屋から立ち去り、すぐに藍の塔を離れ、リザルト=レイヴンに向かって馬を走らせた。
その知らせは、帝都の静けさを内側から切り裂いていた。




