第12話 故郷との別れ
ヴィランは、藍の塔の事件の後処理を捜査隊の者達に任せ、自分は蒼雲宮の皇母の所にいた。
そこには、モンカル修道院からの客人──数日前ヴィランをアルベラに連れていった男──と皇母がいた。
「おぉ、ヴィラン。藍の塔での話は聞きました。あなたに怪我はありませんか? 私は、あなたのことが心配で心配で、夜も眠れなかったのよ。
バック中騎将も、ご不幸な方でしたね。
かの天に召します者にラヴァ大神の祝福あれ……」
皇母は、ラヴァの印を胸元で切り、少しの間、黙祷を捧げた。
「ところでヴィラン様。あなた様のお父上から、このような手紙を預かって参りました」
男は、胸元から一枚の紙を出し、ヴィランに手渡した。ヴィランは、それを受け取ると紙を開き、中を読んだ。
(わが子よ……暗殺事件の目的は、お前の暗殺にある。私はお前が苦しむ姿は、決して見たくはない。
お前は今、台風の目と言える存在だ。そのままリザルト=レイヴンにいることは、いつ何時このような事件に巻き込まれるとも限らん。
しばらく、リザルト=レイヴンから離れ、姿を隠すのがお前にとって、一番安全なことだ。
お前は、一度リザルト=レイヴンを離れ、サジ=ベルダント伯爵の元に身を潜めよ。
サジ伯爵は、スイークリトとヒスタリクとの、いわば連絡点とも言える人物。
かの人物は、決して自分が、スィークリト、ヒスタリクの両方に絡んでいると、リザルト=レイヴンに知られる訳にはいかん。それ故に、お前が身を潜めるには最も適しているだろう。
どうか、我が願いを聞き入れ、サジ伯爵の元に行ってくれ。
エミュールへ、父より)
手紙はそこで終わっていた。ヴィランは、その手紙を男に返すと、皇母の方に向きなおった。
「皇母、これからわたしは、少し旅に出る」
「なんですって、一体なぜ?」
「このまま、わたしがリザルト=レイヴンにいることは、皇母にも、それ以外の者達にも迷惑がかかる。
しばらく旅に出て、わたしが身を潜め、奴らの監視から逃れるのが、一番リザルト=レイヴンには良いことだと思う。
いつ帰ってくるかは、わからぬ。じゃが、必ず帰ってくる」
皇母は、目に涙を浮かべ、その細い手は小刻みに震えていた。
「ヴィラン……」
「皇母、そうお嘆きなさるな。わたしは必ず帰ってくる。
それまで、しばらくのお別れではありませんか」
「でも……でも……」
ヴィランは、皇母の姿を見ると、顔を伏せた。その目では、微かに何かが輝いていた。
「元気で、必ず戻ってくるのですよ。私は、ずっと待っていますからね。
きっと、きっとですよ、ヴィラン」
皇母は、よろよろと揺り椅子から立ち上がり、ヴィランを抱きしめた。
ヴィランは、自分の半分ほどしかないように思われる、細く痩せた皇母の体をしっかりと抱きしめると、自分の顔を見られまいと、すぐさま皇母を揺り椅子に座らせ、後ろを向いて部屋を出た。
部屋を出るヴィランの後ろから、皇母の涙ぐんだ声が、ヴィランの心に深く響いた。
「必ず、必ず帰ってくるのですよ。あなたの故郷は、今はここなのよ……」
ヴィランは、涙を拭うと、白亜の路を目指した。その途中で、ヴィランは、ラールス侯爵と出会った。
「ごきけんはいかがかな、ヴィラン公」
ラールス侯爵は、ヴィランの姿を見ると立ち止まり、話しかけた。
「今は、誰とも話したくはない。すまぬが一人にして置いてもらおう」
ヴィランは、そう言い放つと、そのまま立ち去った。
「ヴィラン公……」
ラールス侯爵は、そんなヴィランの姿を見ると、悲しげに目を伏せ、蒼雲宮に向かった。
ヴィランが、リザルト=レイヴンから、姿を消したのは、その夜のことだった。
そして、この争いは別の場所で別の物語を動かし始めていた……




