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人の想いは色で視えるのに、わたくしに向けられた愛だけは、一度も視えたことがない  作者: ヲワ・おわり


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第二十一話 無色の果て

 王命が下されてから、城には、張りつめた日々が続いた。

 宰相は、猶予として、雪解けまでの期限を切ってきた。それまでに、わたくしを王都へ送れと。辺境伯家は、その理不尽な命に、表向き従うふりをしながら、内々に対抗の策を練っていた。セオドール様とガロンは、連日、書斎にこもっている。わたくしにできることは、ただ、待つことだけだった。

 そんなある日、また、王都から手紙が届いた。前と同じ、生家の古参の女中からのものだ。震える字で綴られていたのは、ユリウス様とミレイユの、その後の顛末だった。


 二人の婚約は、破談になったという。

 いや、正しくは、ユリウス様のほうが、ミレイユを切り捨てたのだ。より条件のよい、別の縁談が持ち上がったのを幸いに。婚約者に迎えたばかりの妹を、まるで飽きた玩具のように。ミレイユは、姉から奪った婚約者に、あっさりと捨てられた。奪ったものが、こんなにも早く、指のあいだからこぼれ落ちるとは、あの子も思っていなかっただろう。それだけではない。ユリウス様の後ろ盾だった宰相の計画が、辺境伯家の抵抗で狂い始めたことで、公爵家は、旨みのなくなったレイフェルト家との縁を、完全に断ち切ろうとしているらしい。

 わたくしは、その文面を読みながら、あの夜会を思い出していた。

 ユリウス様が、ミレイユへ向けた、あの色。愛の金では、なかった。濁った、打算の鈍色。わたくしは、あの瞬間、確かに視た。この人は、ミレイユのことも、愛してなどいない、と。

 その見立ては、正しかった。

 ユリウス様の胸には、初めから、誰への愛も灯っていなかったのだ。わたくしへの無色も、ミレイユへの鈍色も、同じこと。ただ、そのときどきで、いちばん得になる相手へ、手を伸ばしていただけ。得がなくなれば、あっさりと手を放す。それが、あの人の、生き方だった。

 偽りの色は、いつか必ず、その持ち主を裏切る。三か月前、わたくしがそう思ったとおりに、事は運んでいた。

 思えば、あの夜会で、わたくしは何ひとつ、あの人を罵らなかった。ただ、「あなたの愛は無色でした」と告げただけ。恨み言も、涙も、見せなかった。あのとき、ユリウス様は、勝ち誇った顔をしていた。地味な姉を捨て、可憐な妹を得たと。けれど、その勝利は、砂上の楼閣だった。愛のない者が積み上げたものは、愛のない結末へと、崩れていく。わたくしが手を下すまでもなく、あの人は、自分の色のとおりに、転がり落ちていった。

 これが、ざまぁ、というものなのだろうか。もしそうなら、それは、思っていたよりずっと、静かなものだった。派手な断罪も、劇的な逆転もない。ただ、偽りを積み重ねた者が、その重みで、勝手に沈んでいくだけ。第三者の目に、その転落が、はっきりと映るだけ。

「ざまぁみろ、ってやつですねえ」手紙を覗き込んだネルが、遠慮なく言った。「お嬢様を捨てて妹に乗り換えて、その妹まで捨てて。あんなお方、いつか罰が当たると思ってましたよ」

「罰、ではないわ」わたくしは、静かに首を振った。「あの方は、ただ、自分の色のとおりに、生きただけ。愛のない人が、愛のない結末にたどり着いた。それだけのことよ」

 勝ち誇る気持ちは、不思議と、湧いてこなかった。あれほど憎かった相手が、みずから墓穴を掘って転げ落ちていくのを見ても、胸に広がるのは、ただ、しんとした静けさだけ。


 その静けさの中に、けれど、ひとつだけ、小さな痛みがあった。

 ミレイユのことだ。

 姉から婚約者を奪い、勝ち誇っていた妹。わたくしを、さんざん見下してきた妹。その妹が今、同じ手口で、あっさりと捨てられている。因果応報、と言ってしまえば、それまでだ。

 けれど、ミレイユは、まだ十七だった。義母に甘やかされ、欲しいものは奪ってでも手に入れるものだと、教えられて育った。ユリウス様の胸の色を、あの子は視ることができない。金なのか、鈍色なのか、見分けることもできないまま、きらびやかな公爵子息に、飛びついた。そして、その正体を知らぬまま、捨てられた。

 わたくしは、あの子が、少しだけ、憐れだった。

 この目を持たぬ者は、偽りを見抜けない。何が本物で、何が偽物か、わからぬまま、傷ついていく。わたくしを苦しめたこの目は、同時に、わたくしを守ってもいたのだと、今になって思う。ミレイユには、その盾が、なかった。

「お優しいですねえ、お嬢様は」ネルが、呆れたように、けれどどこか誇らしげに言った。「あんなに意地悪された妹さんを、憐れむだなんて」

「憐れんでいるのではないの」わたくしは、窓の外の雪を見た。「ただ、あの子と、同じにはなりたくない、と思うだけ」

 奪うことでしか、愛を確かめられない生き方。偽りの色に、飛びついてしまう生き方。わたくしは、そうはなりたくなかった。たとえ、誰にも本当に愛されたことがなくても。

 窓の硝子に、うっすらと、自分の顔が映っていた。婚約を破棄されたあの夜から、ずいぶん、遠くへ来た気がする。あのころのわたくしは、無色の胸に、愛されているふりでしがみついていた。けれど今は、違う。偽りの愛にすがるくらいなら、ひとりのほうがいい。そう思えるようになった。この辺境の、金色の土地が。そして、あの視えない人の隣が、わたくしを、そう変えたのだ。

 ふと、セオドール様のことを思った。あの人は、ユリウス様とは、正反対の人だ。言葉は乏しく、愛の睦言ひとつ口にしない。けれど、その行いのひとつひとつに、偽りの翳りが、ひとつもない。色は視えずとも、それだけは、確かにわかる。無色の饒舌よりも、無言の誠実のほうが、どれほど信じられることか。

 凍える峠で、あの人が何も言わず、自分の外套を、わたくしの肩にかけた、あの夜を思い出す。労りの言葉は、ひとつもなかった。けれど、肩に残ったあの重みほど、雄弁なものを、わたくしは知らない。

 そのとき、扉が叩かれた。ガロンだった。その顔が、いつになく、困惑に曇っている。

「レイフェルト様。……その、来客に、ございます」

「来客?」

「はい。それが……門前に、ミレイユ・レイフェルト様と名乗る御方が。あなた様を訪ねて、たったひとりで、この辺境まで」

 わたくしは、耳を疑った。捨てられ、行き場を失った妹が。よりにもよって、この北の果てまで。

 窓の外の雪が、いっそう、深く降り始めていた。


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