賊徒の宴
ケルト村を襲った賊徒がアジトとしているのは、かつて邪教徒たちが築いた神殿の跡地だ。
いつ建てられたとも知れぬその神殿の外壁は、無数の植物のツタで覆われた上、あちこちが崩れ落ちている。
だがその内部では、ここ数日にわたって、狂乱の宴が催されていた。
楽しんでいるのは、村を襲って女をさらってきた賊ども。
苦しめられているのは、さらわれてきた若い女たちだ。
今も複数の男が、思い思いに犠牲者を欲望のはけ口としている。
床には使い捨てられてボロボロの姿になった、裸の女も転がっていた。
「まったく、飽きもせずによくやるものです」
賊徒の首魁である長身の男は、大広間で繰り広げられている有様を見て、あきれた様子を見せていた。
欲望に忠実にふるまうのは、人として正しい在り方だ──少なくとも彼はそう信じている。
しかしこうも猿のように踊り狂っている部下たちを見ると、先の言葉のような感想を抱くのだ。
「それにしても、遅いですね。見張りは何をしているのか」
首魁の男の興味は、目前に広がっている男女の宴にはなかった。
それよりも、村の様子を見張っている部下からの連絡が、遅いことが気になっていた。
彼を首魁とする一団は、聖王国領内の村を襲ったのだ。
しばらくすれば、討伐依頼を受けた冒険者か、聖騎士団の一団が派遣されてくる可能性が高い。
それがいつになるかは分からないが、早ければ十日と待たないだろう。
村からいくらか離れたこの拠点は、公に知られておらず、そう簡単に見つかるものではないはずだ。
しかし腕のいい斥候でもいれば、何らかの痕跡からここを見つけられる可能性も十分に想定できる。
もしそういった一団がやってきた場合は、まずは襲撃された村に入って、情報収集などを行なうだろう。
彼はそう考えて、村を一望できる高台に、見張りを配置することにしたのだ。
部下たちに朝・昼・夜の三交代で見張りをさせ、異変があったら報告するよう言い聞かせてある。
後番の者に交代したら、先番の者は必ず、首魁である彼に状況報告をする手はずとなっていた。
そろそろ昼番の見張りが戻ってきて、彼に報告をしていてもいい頃合いなのだ。
どこで油を売っているのか、その姿がまだ見られない。
この廃神殿は、無闇に手放すのは惜しい拠点だ。
しばらくここを活動拠点にできるならば、それに越したことはない。
もし数十人を超える軍勢に攻められるようなら、ここも手放さざるを得なくなるだろうが、それまではここをアジトとしていたい気持ちが彼にはあった。
「見張りの者には、戻ってきたら恐怖を刻み込む必要がありますね。しかしひとまずは食餌の時間としましょうか」
彼は腰掛けていた椅子から立ち上がり、床に転がっている裸の女の一人を片手で引っつかんで持ち上げ、抱きかかえた。
虚ろな瞳の村娘は、ろくに反応もせず、物のように運ばれていく。
娘とはいえ、人ひとりを片手で軽々と持ち上げた彼の膂力は、恐るべきものだ。
長身で体格もよいが、それだけでは説明できないほどの力。
彼が命気の使い手であることは、明らかだった。
彼は娘を抱え、宴が行われていた一階の広間を出て、地下へと向かった。
冷たい石造りの階段を下りていくと、薄暗い地下室へとたどりつく。
ろうそくの灯りが照らすその地下室には、一つの大きな檻があった。
動物を入れるような檻だが、その中にいたのは、ただの動物ではなかった。
魔獣と呼ばれる種類の生き物だ。
獅子に似た、馬や牛などよりもはるかに巨大な胴体から、形の異なる三つの首が伸びている。
首はそれぞれ、獅子、山羊、竜のそれだった。
さらに尻尾は蛇で、背には竜の翼が生えている。
魔獣に詳しい学者や冒険者なら、その姿を見てこう呼ぶだろう。
キマイラ、と。
そして大半の冒険者は、恐れるはずだ。
熟練の冒険者パーティであっても、たやすく全滅させ得るほどの力を持った、恐るべき魔獣なのだ。
首魁の男が地下室に下りてきたのを見て、檻の中の魔獣はぐるると唸る。
しかし檻の中からでも攻撃する手段があるにもかかわらず、魔獣は男を攻撃したりはせず、大人しく伏せたままだった。
男の腰には、一条の赤い鞭が巻き付けられている。
よほど詳しい者でもなければ分からないことだが、これは「魔獣支配の鞭」と呼ばれるきわめて強力な魔道具であった。
男はこの魔道具の力を使って、檻の中の恐るべき魔獣を手懐けているのだ。
男はカギを取り出し、檻の扉を開く。
そして、抱えてきた裸の村娘を、檻の中に放り込んだ。
放心していた村娘が、目前に現れた魔獣の姿を見て、にわかに息を吹き返した。
悲鳴を上げ、四つん這いになって逃げようとする。
だがそのときには、男は檻の扉を閉め、鍵をかけていた。
助けてと泣き喚き、檻を叩く村娘を放って、彼は地下室をあとにする。
「獲物は逃げません。味わってゆっくり食べるといいですよ。くくくっ」
階段を上る男の背後では、娘の断末魔の悲鳴が鳴り響いていた。
***
ところ変わって、廃神殿の入り口前。
賊の一人が、退屈そうな様子で見張りをしていた。
「あー、だりぃ。見張りなんかする必要あんのかよ。こんな山奥まで、誰も来やしねぇってのによ。うちの大将も心配性だよなぁ。ふぁ~あ」
大あくびをして、目をこする。
遠くのほうにちらちらと、たいまつのものらしき灯りがいくつか見えた。
この廃神殿は山の中腹あたりにあり、この夜中に下から登ってくる者があれば、たいまつの灯りで普通は気付く。
あんな風な灯りが見えたら、首領に報告しに行けばいいだけの、簡単な仕事だ。
「あー、ホントだりぃ。早く交代来いよぉ~。俺だってたっぷり女を泣かしてぇんだよ」
首筋をぼりぼりと掻いて、また退屈そうにあくびをする。
遠くの灯りは少しずつ近付いてきていたが、アレはなんだろうなとぼんやり考える。
「……ん? いや、本当になんだアレ」
見張りは首を傾げる。
たいまつのものらしき灯りが、山の下のほう──つまりケルト村のある方角から、確かに近付いてくるのだ。
村の近くまで見張りに行っていた昼番のやつなら、この時間にはもう帰ってきているはずだし、何より複数のたいまつがあるのはおかしい。
そこまで考えたところで、見張りの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。
──どうして俺は、今の今まで、あれを報告すべき異常と思わなかった。
魔法か何かに化かされたような、不思議な感覚だった。
まずい、早く大将に知らせないと──
そう思って動こうとしたとき、喉に鋭い痛みが走った。
「な、あっ……」
首元から激しく血が噴き出し、急速に体が寒くなっていく。
口から血の泡を噴き、もはや声を出すことも敵わない。
いつの間にか目の前に、褐色肌の小柄な少女がいた。
革鎧を身に着け、血に塗れた短剣を手にしている。
アメジストを思わせる紫色の瞳が、特に感情のない眼差しで男を見ていた。
男の意識は、そこで潰えた。
男の死体は、横倒しにどさりと倒れ、神殿の入り口前に横たわる。
そこまでは、少女──フィオにとって上々の出来栄えだった。
しかし事は、すべてが彼女の思うように進むわけではない。
たまたま小便をしに、神殿の廊下へと出てきた別の賊が、入り口前に倒れた見張りの死体を目撃してしまったのだ。
「……お? なんだあれ、死んでねぇか……? ──お、おい、なんだこりゃあ!」
「あん? どうしたんだよ、いきなり大声出して」
奥の広間からも、別の男の声が聞こえてくる。
それらの声を聞いたフィオは、小さく舌打ちをする。
斥候の少女はすぐに身を翻して、山を下っていった。




