賊徒のアジトへ(1)
ひと通り方針を固めたユニスらは、村を出立しようとした。
するとそのとき、一人の少年が声をかけてきた。
「待って! お姉ちゃんたち、あいつらの居場所が分かるんだろ。だったら俺も行く。父ちゃんと村のみんなの仇を討って、母ちゃんを助け出すんだ!」
まだ七、八歳ほどと見える子どもだった。
手には鉈を持っている。
そればかりではなかった。
その少年に向けて、彼の後方から声が掛かる。
「下がりな、キー坊! お前は村で留守番だよ。戦いに行くのは、あたしらだけで十分だ。あんときゃあ何もできなかったが、今度こそ一矢報いてやるよ!」
それは老婆の声だった。
見れば年かさの男女、二十人ほどが、武器代わりの農具を手に集合していた。
ユニスは隣にいたラヴィニアと、顔を見合わせる。
こんな事態は、想定していなかったのだ。
一方で、頭をばりばりと掻いた後に、少年のもとに歩み寄った者がいた。
兵士グランツだ。
大柄な兵士は少年の前でしゃがみ込むと、その大きな手で、少年の頭をくしゃくしゃになでた。
「おう坊主、いい心掛けだ。だがお前は村にいて、あのジジイババアどもを守ってやれ。お前の父ちゃんの仇は、俺たちが討ってやる。お前の母ちゃんも、俺たちが救い出す。だからこの村で待ってろ。いいな」
「で、でも……!」
「俺たちを信じろ。分かったか」
「…………。……分かった。でも、絶対だぞ!」
「ああ、絶対だ」
その様子を見て、ユニスは少し微笑ましい気持ちになった。
あんなやつでも、いいところがあるじゃないか、と。
そしてユニス自身は、集まった高齢の村人たちに向け、声をかける。
「皆さんの心意気はいただきました。ですがここは、私たち聖騎士団に任せてください。大人数になることで、逆に部隊が混乱する可能性も考えられます」
足手まといになる、という直接的な言葉は使わなかった。
集まった村の人たちは、しぶしぶといった様子でユニスの言葉に従った。
グランツをはじめとした兵士たちも、このユニスの判断に反対することはなかった。
ユニスたちのような国に雇われている者たちの生活は、領民が国に収める税によって成り立っている。
このような場面で命を懸けて戦うのは、ユニスたち戦闘のプロの仕事だ。
村人たちが自ら武器を取って戦うべき局面もあるかもしれないが、今はそのときではないとユニスは判断したし、それをグランツたちも指示したのだ。
部隊は村を出て、フィオが待っている場所へと向かった。
その道すがら、ラヴィニアがグランツのもとに行って、からかうような調子で声をかける。
「あの子のお母さんを、絶対に救い出すって約束しちゃってたけどさ。人質に取られたらどうするの? 見捨てるんじゃなかったっけ」
「……チッ、嫌なことを言いやがる。そんときゃしょうがねぇだろうが。だいたい俺は、あのガキの母ちゃんの顔なんざ知らねぇんだ」
「ふーん。じゃあ、あの子に嘘をついたんだ」
「まだ嘘と決まったわけじゃねぇだろうが。全員救い出しゃあいいんだよ」
「ま、そうだね。約束を果たせなかったときには、ボクたちが泥を被るしかないか」
「あ? あのガキと約束したのは俺だ。お前らは関係ねぇだろ」
「あー、そういう感じ」
その後、ラヴィニアはユニスの隣に戻ってきて、「ボクさ、あいつのことクッソ嫌いだったけど、少しだけ感じ方が変わったかも。少しだけ、だけどさ」と言った。
ユニスはそれに「同感ね」と答えた。
やがて部隊は、フィオとの合流場所までたどり着いた。
斥候の少女が待っていた場所には、さらにもう一つ、賊のものらしき死体が転がっていた。
やはり首を掻き切られ、おびただしい血を流して絶命している。
「交代が来たから、始末しておいた」
「……おっかねぇガキだな。敵じゃないことに、心底ホッとするぜ」
フィオの淡々とした言葉に、グランツが感想を漏らす。
もはや死体を隠す必要はない。
兵士三十人を連れた部隊は、そのまま賊徒のアジトに向かって山道をのぼっていく。
斥候のフィオは一人、部隊から離れて先行した。
一足早く敵のアジトへとたどり着き、状況を探ってくるのだ。
フィオは夜目が利くらしく、灯りをつけずに夜の山中を進むこともできるという。
ユニスたちが、山中の道なき道を登っていくことしばらく。
やがて夜が深くなり、あたりが真っ暗闇に包まれていく。
数本のたいまつに火をつけ、兵士たちが持つ。
ラヴィニアがそこに、認識疎外の魔法を行使した。
この魔法は、対象の存在が認識されにくくなる効果を持つ。
魔法の対象となった人物や物品は、まるで路傍の石ころのように、気に留められにくくなるのだ。
しかしその効力にも限界がある。
不自然だったり、目立ったりするものは、やはりどうしても認識されやすくなる。
「夜にたいまつの灯りがあるのは、どうしても目立つからね。気付かれるかどうか、良くて五分五分ってところじゃないかな。敵がぼんくらだといいけど」
とはラヴィニアの言葉だった。
しかしそれ以上にできることもない。
ユニスは、敵に早々に見つかることのないよう祈りながら、兵たちを率いて行軍を続けた。




