暗殺
ユニスはケルト村近くの山中を、草を踏みしめ、立ち並ぶ木々をかわしながら疾走していた。
彼女の前方には、先導して走るフィオの姿がある。
(……速いわね。命気の扱いに手慣れている)
斥候の少女の走りは、命気を使いこなして身体能力を強化できるユニスをもってしても、追いつくのがやっとの速度だった。
あの若さで、と舌を巻く。
ユニス自身、命気の扱いに関して天才と呼ばれることもあるほどだが、やはり世界は広い。
命気とは、生物の体内に存在するある種の生命エネルギーだ。
その力を効果的に活用することで、自らの身体能力を、常人のそれを超えて強化することができる。
命気の扱いは難しく、鍛え上げられた戦士たちの中でも、ごく一部の者しか使いこなすことができない。
「止まって」
しばらく走ったところで、フィオが足を止め、ユニスにも制止を促してきた。
ユニスは斥候の少女を見習って、身をひそめる。
今のユニスは、衣服のみを身に着けた姿で、武器も防具も装備していない。
フィオの隠密行動に同行するため、身に着けていると音が鳴る装備品を、あの場にすべて脱ぎ捨ててきたのだ。
フィオは木の幹に隠れ、前方を覗き見ながら、言葉だけをユニスへと向ける。
「聖騎士ユニス、やっぱりあなたは優秀。この速度についてこれる人は、そうはいない」
「お褒めにあずかり光栄だけど。そっちは私に合わせてくれていたんでしょ」
「だとしても。速さならともかく、力比べをしたら、たぶん私はあなたに勝てない」
「当たり前よ。聖騎士が斥候に力で負けていたら、話にならないわ」
「それが優秀だって言ってる。私とほとんど同い年で、そこまで命気を使いこなせる人は、初めて見たかもしれない」
「お互い様ね。ここからどうするか、プランはあるの?」
「この先に、敵の見張りがいる。目論見どおり一人。私が始末してくる」
「どこ……? よく見えるわね」
「素人に見えるような状況なら、向こうからも気付かれる。そんなヘマはしない。ユニス、ここで待っていて」
そう言い残して、褐色肌の斥候少女は音もたてずに小走りで進んでいく。
ユニスと違って短剣などの武器を装備しているのに、ほとんど無音なのはどういうことなのか。
やがてユニスの視界から、フィオの姿が見えなくなった。
立ち並ぶ木々の向こうに、その姿を消したのだ。
やがてくぐもった声が聞こえてきた。
口をふさがれたまま、悲鳴を上げたかのような。
少しして、フィオが戻ってきた。
その衣服には真新しい血がわずかに付着していたが、どうやら返り血のようだ。
「交代が来る前に、死体を動かす。私だけだと少し大変。手伝って」
「了解」
フィオに案内されるまま先に進んでいくと、そこにはひげ面の中年男の死体があった。
首が掻き切られ、おびただしく出血した姿で息絶えている。
そいつは革鎧を身に着け、かたわらには戦斧が落ちていたが、激しい戦闘が起こった様子は見られなかった。
フィオの存在に気付かないまま、彼女の手で殺されたのだろう。
ユニスはそれを見て、怖いなと思った。
仮にフィオに命を狙われたとき、自分はそれに対応することができるだろうか。
多少腕が立つ自覚があっても、慢心は良くない──そのことを改めて思い知らされた。
フィオとユニスは、賊の死体をその場から運び出し、山中のにわかに発見できない場所へと隠した。
戦斧なども隠し、地面に流れた血は土をかけるなどして痕跡を消した。
「これで交代要員が来ても、私たちの存在が気付かれにくい」
「応急的な手当てだけど、やらないよりはマシね」
「交代要員が来ても対処できるように、私はここで待つ。ユニスは戻って、部隊を動かして。村の状況も、一度自分たちの目で、見ておいたほうがいい」
「うん。フィオが味方で良かったわ」
「私もユニスとは、あまり敵対したくない」
ユニスとフィオは、互いに平手を差し出し、ぱちんと打ち合わせる。
そしてユニスは、ラヴィニアや兵士たちがいる場所へと戻っていった。




