命令を聞かない兵士たち
ユニスは一つため息をついてから、言葉を返した。
「聖騎士身分への門戸は、万民に開かれています。聖騎士の地位を望むならば、剣術と神の奇跡を修めて試験を受けてください。ですが今は、私がこの部隊を指揮する部隊長です。命令には従ってもらいます」
「チッ、ガキが舐めた口を聞きやがって。年長者への態度ってもんがなってねぇんじゃねぇのか、見習いのお嬢ちゃんよ?」
ユニスもさすがにイライラとしてきた。
言葉が通じないのか、目上への態度がなっていないのはそっちだろうと、腹に黒いものが溜まりはじめる。
だがそんな押し問答をしても、何も建設的なことにはならないだろう。
冷静になれと自分に言い聞かせながら、ユニスは言葉を返す。
「それで、何が望みですか。兵として仕事をする気がないのなら、そう言ってください。団長に掛け合って解雇してもらいます」
「おいおい、何も働く気がねぇとは言ってねぇだろ。嬢ちゃんみたいなケツの青い見習いに、あごで使われたんじゃあたまらねぇって言ってんだよ」
「しかし部隊長に任じられたのは私です。私は聖騎士の一人として、あなたがたを率い、力なき民たちを救いに行かなければなりません。こんなところで無為な問答をしている場合ではありません」
「チッ、固ってぇなぁ。じゃあよ、こうしたらどうだ? お嬢ちゃんはその体で、今夜一晩、俺たちの相手をするんだ。そうすりゃあお互い、身も心もほぐれて分かり合えるってもんだろ?」
その提案にもなっていない暴言に、後ろの兵たちからも「おっ、グランツのやつ、いいこと言うな」「そいつぁいい。俺も賛成だ」などと囃し立てる声が上がる。
ユニスはもはや、絶句するしかなかった。
少し気性が荒い、なんてものじゃない。
無礼が過ぎるし、常識が完全に欠落していると思った。
こんな使い物にならない連中、今すぐ解雇するべきだとも思う。
上官の命令に従わない兵士など、何の役に立とうか。
だがそれでも、我慢をしなければ。
一人前の聖騎士として、団長の、そして国王陛下の期待に応えてみせると言ったのはユニス自身だ。
そう思って拳を震わせていたユニスだったが、彼女よりも前に、早々にキレた者がいた。
「……は? ……今、お前……お前たち、なんて言った……?」
震える声をあげたのは、ユニスの隣で黙って話を聞いていた、宮廷魔術師の少女だった。
彼女は続けて、こう叫んだ。
「──ユニスと一晩肌を重ねるなんて、ボクだってまだしたことないのに! ふざけるなよ! お前たちみたいな汚らしい男どもが、ユニスの柔肌に指一本でも触れていいわけないだろ!」
「いや、あんたがふざけるな」
ユニスは思わず、相棒のおでこにチョップを入れていた。
「あうっ」と言ってのけぞるラヴィニア。
兵士たちは、魔術師少女の狂気にふれて一度は気圧されたようだったが、すぐに元の調子を取り戻す。
グランツと呼ばれた大柄な兵士は、ラヴィニアに向けてこう返した。
「だったらお前さんも、一緒に俺たちの相手をしてくれてもいいんだぜ、魔術師見習いの嬢ちゃんよ」
「へへっ、まったくだ。男の良さってもんをたっぷりと教えてやるからよ」
別の兵士の合いの手に、ドッと笑い出す兵士たち。
すべての兵がそのような態度を取っているわけではないが、同調しない者たちも、我関せずといった態度を見せていた。
これに憤ったのは、もちろんラヴィニアだ。
「はぁあああっ!? キモイ、キモイキモイキモイキモイ、マジでキモイ! ねぇユニス、あいつら焼き払ってもいいよね? ゴミだもんね?」
「待て待て。気持ちは痛いほど分かるけど、落ち着きなさい」
杖の先を兵士たちに向けて呪文を唱えようとするラヴィニアを、慌てて取り押さえるユニス。
しかし相棒が怒っているのを見たことで、ユニス自身の怒りはだいぶ和らいでいた。
暴走するラヴィニアが落ち着いたところで、ユニスは再び兵たちに話を切り返す。
「もう一度聞きます。何が望みですか。一晩がどうのと戯けた要求は抜きにして、現実的な話をしてください」
すると大柄な兵士グランツは、少し真面目な顔になって、こう返答した。
「じゃあこっちも、もう一度言おうか。テメェみてぇなケツの青いガキの指揮下に入って、頭でっかちの机上戦術や綺麗事に付き合って、無駄に命を落とすのは御免だってんだよ。戦場に着いたら、俺たちは自分の判断で動かせてもらう。実戦経験の場数は俺たちのほうが上だ。分かったか」
この言葉を聞いて、ユニスにも、彼らが何を思っているのかが少し分かった気がした。
本来であれば、彼らが上官の命令に従わないのは問題だ。
しかしこのままでは、らちが明かないのも事実だと思った。
最も重要なのは、賊徒を成敗し、悪党どもの魔の手から力なき民たちを救うことだ。
ユニスは大きくため息をついてから、こう答えた。
「分かりました。でも各自がバラバラに動いたのでは、余計に命を落とす者が増えると思います。作戦会議は必要です。そしてその場に、私と宮廷魔術師ラヴィニアも混ぜてください。話がまとまらなかった場合の最終決定は多数決。それでどうですか」
「ほう……」
グランツは少し、感心したような表情を見せた。
それからこう続ける。
「いいだろう。落としどころとしちゃあ悪くねぇ。──だそうだ、テメェら! それでいいな!」
グランツがほかの兵たちに声をかける。
異論は出なかった。
各々に出立の準備を始めたところで、ラヴィニアがユニスに声をかけてくる。
「ねぇユニス、あれで良かったの? ユニスが上官でしょ。それにゴネ得はまずくない?」
「それはそうだけど。そんな正論一辺倒でねじ伏せようとして、あいつらが快く協力すると思う?」
「まあ、思わないね。仮に今だけどうにか収まったとしても、あいつら現場で命令を無視して、バラバラに動いたんじゃないかな」
「でしょ。だったら少しでもマシなほうがいいわ。すべてのあるべきことを、あるべきようにできる状況じゃないもん。ゴネ得の前例を作ったことを問題視されるなら、そのときはそのときよ。まともな兵を集められない国にも責任があるし、そのことは団長も分かっているはず」
「へぇー。ユニスにしては、ずいぶん柔軟に考えたね」
「……ねぇニア。『ユニスにしては』って、今さらっと私を貶したよね? ん?」
「あっ……てへぺろ」
かわいらしく舌を出して誤魔化すラヴィニアを見て、ユニスはまた大きくため息をついたのだった。




