初めての部隊長
登城した二人は、別れてそれぞれの職場へと向かった。
ユニスは聖騎士団の詰め所だ。
詰め所前の中庭で、朝礼──聖王国が誇る数十人の聖騎士が一堂に立ち並ぶ、壮観な光景だ──を終えた後、ユニスは団長の部屋へと呼ばれた。
聖騎士団の団長は、四十代半ばの壮健な男だ。
執務机の向こうに腰かけた彼は、その前に背筋を伸ばして立つユニスに向かって、いつものしかめっ面でこう言った。
「聖騎士ユニス。これまでの任務では、ほかの聖騎士の補佐役を任じてきたが、お前もそろそろ独り立ちする頃合いだ。お前を部隊長とする任務を与える」
ユニスは息をのんだ。
ついにこの時が来たのだ。
聖騎士の少女は手に汗を握り、緊張で上ずった声を返す。
「謹んでお受けいたします。どのような任務でしょうか」
「賊徒の討伐だ。この王都から徒歩で一日半ほどの場所に、ケルトという村がある。その村が数日前に、賊どもに襲われた。聖騎士ユニス、三十の兵をお前に預ける。兵たちを率い、悪党どもを討伐してくるのだ」
「はっ、承知いたしました。全身全霊をもって任務の遂行に努めます」
来た、来た来た来た……!
杓子定規の返事をしながら、ユニスは内心で興奮していた。
ついに自分が、一人前の聖騎士として認められるときが来たのだ。
これまでも地位の上では、正規の聖騎士の位を授かっていたが、実質的には補佐役──つまり見習いと大差のない職務に就いていた。
一人前の聖騎士として、ユニス自身が指揮官となって部隊を動かすのは、これが初めてとなる。
「団長。賊の数や、潜伏場所などは判明しているのでしょうか」
「冒険者の斥候を雇って探らせた。賊の数は十五を超え、二十には満たないであろうとのことだ。潜伏場所は、ケルト村からしばらく山中に入った場所にある、打ち捨てられた邪教徒の神殿らしい」
「承知いたしました。……しかし、冒険者の斥候を雇ったのですか?」
ユニスは不思議に思った。
わざわざ冒険者を雇わずとも、国に仕える斥候がいるはずだし、彼らに任せたほうが信頼性も高い。
団長は、その手で胃の当たりを押さえ、苦渋の表情を浮かべる。
「わが国の防衛戦力や手勢が、慢性的な人手不足なのはお前も知っているだろう。国仕えの斥候は、別件で出払っていてな」
「はっ、左様でしたか。私の思慮が足らず、失礼いたしました」
「いや、いい。当然の疑問だ。その代わりと言ってはなんだが、お前の部隊には宮廷魔術師ラヴィニアが同行することになっている」
「ニアが──じゃない、宮廷魔術師ラヴィニアが、ですか?」
「ああ。初の部隊長の任務、気心の知れた者がいれば心強いだろう。戦力も手厚くなる。王に掛け合って、宮廷魔術師団からどうにか借り受けたのだ」
「──ありがとうございます!」
それは本当に心強い。
あんなふざけた幼馴染みでも、ユニスにとっては最も心を許せる友である。
実力も折り紙付きだ。
ラヴィニアが一緒に来てくれるなら、百人力だ。
ユニスの胸は、団長への感謝の気持ちでいっぱいだった。
だから──彼が次に発した、少し気まずそうな言葉が、あまり気にならなかった。
「ただ兵たちは、なんだ……少し気性の荒い連中でな。多少扱いづらいかもしれないが、そこはどうにか頑張ってほしい。聖騎士ユニス、貴官の手腕に期待する」
「はっ。この聖騎士ユニス、必ずや団長の、そして国王陛下の期待に応えてみせます」
ユニスは恭しく頭を下げた。
その後、細かい話を聞いてから、団長室をあとにした。
***
「ユニス、ユニス、ユニス、ユニス~♪」
ユニスが聖騎士団の詰め所を出て、兵たちとの集合場所に向かおうとすると、とても見覚えのある銀髪の少女が駆け寄ってきた。
宮廷魔術師ラヴィニアは、そのまま何のためらいもなく聖騎士の少女に抱き着き、頬ずりをした。
「ボクたち一緒の任務だね、ユニス♪」
「……そ、そうね、ニア。公衆の面前だし暑苦しいから、とりあえず離れて」
幼馴染みを無理やり引きはがし、ため息をつくユニス。
ラヴィニアがいると心強いが、大丈夫かこれ、という気分にもなった。
それから二人で、兵たちとの集合場所である訓練場へと向かう。
「うちの団長が、ニアを補佐に付けるように取り計らってくれたみたい。私が部隊長の任務が初めてだからって」
「へぇーっ。あのしかめっ面の団長さん、いいことするじゃん。ほっぺにちゅーしてあげてもいいぐらい」
「……やめなさい」
「あ、ひょっとして嫉妬した?」
「し・て・ま・せ・ん!」
「なんだよユニス、かわいいところあるじゃん。ごめんね、ボクの身も心もユニスのものなのに。軽率だったよ」
「違うって言ってるでしょ!」
「そんなに照れなくても~」
やがて二人は、訓練場までたどり着く。
そこには三十人ほどの兵たちが待ち構えていた。
いずれも鎖かたびらと、帽子型の鉄兜、思い思いの武器や盾を身に着けている。
その兵たちの中の一人──二十代後半ほどと見えるとりわけ大柄な男が、ユニスたちの到着を見て、鼻で笑った。
「おいおい、マジかよ。まさかお前が部隊長だっていうんじゃないだろうな、聖騎士見習いのお嬢ちゃん」
その大柄な兵士は、二人のもとにずんずんと歩み寄ってきて、間近でユニスを見下ろした。
ユニスやラヴィニアと比べると、頭一個ぶんは背が高い。
体つきもがっちりとしていて、ほとんど大人と子供のような体格差があった。
その大柄な兵士を前にして、ユニスはわずかに顔をしかめる。
つとめて平静を保ち、懐から聖騎士の証を取り出した。
太陽をモチーフにしたその紋章は、確かに正規の聖騎士のものだ。
「見習いではありません。私は聖騎士ユニス。正規の聖騎士として、正式に叙勲を受けた身です」
「ハッ。どんなコネを使ったんだか知らねぇが、羨ましいねぇ。俺も聖騎士様になりたいぜ。そうやって権威を笠に着られるんだからよぉ」
明らかな悪意を感じられる言葉が返ってくる。
ユニスの脳裏には、先ほど聖騎士団長から聞いた言葉が、思い浮かんでいた。
「少し気性の荒い連中」で「多少扱いづらいかもしれない」だったか。
それに「慢性的な人手不足」という話も。
ほかの兵たちを見ても、その少なくない数が彼に同調するように、へらへらと笑っている。
ユニスは一つため息をついてから、言葉を返した。




