賊徒に襲われる村
夜闇の中、村の入り口付近で、いくつもの松明の火が踊っている。
今、村は賊徒に襲われていた。
「くくくっ……。さあお前たち、金でも女でも、好きなだけ奪いなさい。歯向かう者は殺しなさい。欲望に素直に生きることこそ、私たち人間の本懐なのですから」
賊徒の頭目と思しき大男が、手下の男たちに告げる。
勢いづいた賊徒は、応戦する村の男たちをなぎ倒していく。
賊徒の数は、全部で二十人足らず。
斧や剣、槍など思い思いの武器を手にし、革鎧や鎖かたびらを身に着けている。
対する村人たちは、総数こそ百をゆうに超えるものの、女子供や老人を除けば三十人にも満たない。
農具を手に戦うものの、まともな防具はなく、戦い慣れている者もほぼ皆無だ。
しかも彼らは、賊徒に不意を打たれた。
統率の取れた戦いなど到底できず、散発的な抵抗を行なう村の男たちは、賊どもの暴力によって次々と蹂躙されていく。
また一人、鍬を手にした若い男が、賊の剣で切り倒された。
「あなた! あなたぁあああっ!」
切り倒された男の妻は、別の賊の手で取り押さえられていた。
妻は暴れるが、屈強な男の腕からはとうてい逃れられない。
倒れた男はおびただしい血を流し、地べたを這いつくばりながら、賊の男たちを睨みつける。
「くそっ、貴様ら……こんなことをして、ただで済むと……聖騎士団が、貴様らを──ぐわぁああああっ!」
皆まで言う前に、賊の剣が男の心臓を串刺しにした。
男は口から血を吐き、体はやがて力を失い、瞳からは光が失われた。
賊は男の背から剣を引き抜き、血を振り払う、
男の妻が絶叫する中、ニヤニヤと笑う。
「はっ、聖騎士団がどれほどのもんだよ。来るなら来てみやがれってんだ」
「なぁに、聖騎士様だろうが、うちの大将には敵わねぇさ。『アレ』だっているしな」
賊徒はさらに、村人たちを蹂躙していく。
今宵、村人たちを救う者は現れない。
力なき者たちは、強大な暴力の前に屈するしかないのが、この世の習いであった。
***
ある爽やかな朝のこと。
聖王国アルディシアの王都の一角に、庭で朝稽古をしている少女の姿があった。
「せいっ、やっ、はあっ!」
齢十七ほどの少女は、はじける汗をきらめかせながら、一心不乱に剣を振るう。
背まで伸ばされた輝くような金髪に、サファイアブルーの瞳。
まだあどけなさを残した美貌は、異性ばかりか同性をも魅了しかねないほど凛々しいものだ。
白銀色の軽装鎧を身に着け、盾をも構えた姿で剣を振るっているのは、実戦装備の重量感を体に染みつかせるため。
細腕の少女でありながら、長剣を軽々と振り回すその姿は、年若い彼女が命気の力を使いこなすひとかどの剣士であることを物語っていた。
「ユニスちゃん、今日も精が出るねぇ」
「あ、セラおばさま。おはようございます」
近所の知り合いから声を掛けられ、ユニスと呼ばれた少女は剣を鞘に収め、挨拶を返す。
近くに引っ掛けてあった布を手に取り、額の汗を拭いた。
「稽古の邪魔になっちゃったかしら。これ、オレンジのジャムを作ったの。ユニスちゃんにおすそ分け」
「わあっ、ありがとうございます。稽古はそろそろ終えようと思っていたので」
ジャムが入った瓶を手渡され、年相応の笑顔を見せるユニス。
手渡した中年女性も、ほがらかな笑顔を返す。
「ユニスちゃんも本当、立派になったねぇ。ご両親が早くに亡くなっちまったときには、どうなるもんかと思ったけど。あたしたちもひと安心だよ」
「いえ、そんな。私など聖騎士としては、まだまだ修行不足の身です」
「でもこの間も、ヨシュアのとこのせがれの怪我を治してくれたって話じゃないか。剣だけじゃなく神様の奇跡まで使えるってんだから、大したもんだよ」
「ありがとうございます。このジャム、パンに塗っていただきますね」
ユニスは礼儀正しく頭を下げて別れを告げ、自らの家の扉をくぐった。
リビングで武具を脱いでから、魔道具の設えられたキッチンで手早く朝食の準備を済ませ、一人で食事をする。
ジャムをたっぷり塗ったパンと、ハムエッグ、サラダとミルクを綺麗に平らげると、片づけをしてから再び武具を身に着けた。
仕事に向かうため家を出ようとすると、扉の向こうからノックの音ともに、声が聞こえてきた。
「ユニス、おはよ。準備できてる?」
扉を開くと、ユニスと同い年ぐらいの少女が立っていた。
ゆったりとした褐色のローブを身にまとい、手には魔導士の杖。
セミショートの銀髪と、エメラルドグリーンの瞳が、ユニスにも劣らぬほどの美貌を彩っている。
ラヴィニアというのが、この少女の名前だ。
ユニスの幼馴染みにして、無二の親友である。
ただ親友と呼ぶには、少々難儀な性癖を持ってはいるのだが。
「おはよう、ニア。今日も早いわね。今日こそこっちが迎えに行こうと思ったのに」
「そりゃあユニスの綺麗な顔を、少しでも早く見たいからさ。朝から目の保養ができるんだから、寝坊助のボクだって早起きになるよ」
「はあっ、今日も相変わらずね。ニアだって綺麗な顔立ちをしているんだから、自分の顔を鏡で見ればいいじゃない」
「ふふふっ、自分のほうは否定しないんだ」
「その顔で謙遜はいっそ嫌味だって、ニアが言ったんじゃない」
「そうだっけ? 覚えてないけど、過去のボクはいいことを言うね。じゃあユニス、おはようのちゅーしていい? んー……」
「な、なにが『じゃあ』なのよ! こら、やめっ──このっ!」
──ごんっ。
唇を近付けようとしてきた美貌の幼馴染みを押し返そうとし、それでも止まらないのでグーで後頭部を殴りつけたユニス。
ラヴィニアは殴られた頭を押さえて屈み、涙目になった。
「痛ったぁ~……。ユニスが殴ったぁ~」
「はあっ、はあっ……! 殴りぐらいするわよ。まったく、こんなのが聖王国の誇る宮廷魔術師の一人だっていうんだから、世も末だわ」
「聖騎士のユニスに並び立てるように、ボクだって努力したんだよ?」
「よく言うわ。私が正規の聖騎士になるより先に、宮廷魔術師になっていたくせに。この天才が」
「ユニスも聖騎士になれたんだから、結果オーライだよ。それに人のことは言えないと思うけどな。十七歳で正規の聖騎士の資格を得たのって、今の騎士団長以来なんでしょ?」
「それはそうだけど……不毛だわ。行こう」
「そだね」
幼馴染みの二人は連れ立って、王城へと続く道を歩んでいった。




