任務完了
眠っていただけの賊にもトドメが刺され、この場にいたすべての敵が倒された。
ユニスは味方の負傷状況を見て回り、重傷の者から順に治癒の奇跡を行使していった。
「おー、すげぇなお嬢。治癒の奇跡まで使えんのか。大したもんだ」
兵士グランツの傷を癒してやると、予想外に褒めてきたので、ユニスは複雑な心境になった。
聖騎士の少女は、沈んだ面持ちでつぶやく。
「私が行使できるのは、低位の奇跡だけです。それに……死んだ人を生き返らせることは、できませんから」
兵士たちの中に一人、治癒の奇跡を施す前に、すでに命を落としていた者がいた。
キマイラの炎に焼かれた兵士だ。
だがそれを聞いたグランツは、鼻で笑う。
「ハッ、当たり前だろんなこたぁ。お嬢まさか、あいつが死んだのが自分のせいだとか思ってんじゃねぇだろうな? ──いいか、あいつが死んだのは、あいつの運が悪かった。それだけだ。……それだけなんだよ」
その言葉の声色も、顔の表情も、これまでグランツが見せたことのない真剣なものだった。
ユニスもそれ以上、グランツに対して言葉をかけることはなかった。
キマイラの炎に焼かれて命を落とした兵士の姿を見たとき、ユニスの脳裏には、同じくキマイラの炎に焼かれたラヴィニアの姿が思い浮かんだ。
一歩間違えていれば、自らが愛する親友が同じように命を落としていたかもしれないと思うと、背筋が凍る思いがした。
それと同時に、人の命の尊さに違いを感じてしまっている自分に気付き、胸をナイフで貫かれたような心の痛みを感じた。
グランツのような人物と、自分との間には、その身勝手さにおいて何らの違いもないのかもしれない──
そんな思いを抱いたユニスだったが、すぐに頭を振って、益体もない思考を振り払った。
今はそんなことよりも、怪我を負った者たちの治療が先だと考え、やるべきことに専念した。
意外と傷が深かったのが、斥候の少女フィオだ。
ユニスが治癒の奇跡を行使すると、脂汗を浮かべていた少女の表情が、いくぶんか穏やかになった。
「ありがとう、ユニス。正直、血の流しすぎで、意識が遠のきかけていた。それにしても、剣をあれだけ使えて治癒の奇跡もなんて、どれだけ怪物なのユニスは」
「私に言わせれば、フィオのほうがよっぽどバケモノなんだけど」
「そう。あと、ラヴィニアも」
「まあね。ニアもだいぶバケモノだと思う」
「え、今ボクの話してた? なになに、ユニスがボクのことを大好きって話?」
ラヴィニアは賊の首魁が持っていた鞭を手に取って見ていたのだが、二人の話が聞こえたのか、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「あー、はいはい。大好きよ、ニア」
「えへへーっ、僕もユニスのこと大好き。でもごめんね、ここで体を重ねて夜空の下でくんずほぐれつっていうのは、さすがにちょっと……」
「うん。少しも言ってないからね、そんなこと」
「……二人はやっぱり、そういう関係?」
「ち、違っ……! こいつが勝手におかしなこと言ってるだけだから!」
「もー、ユニスったら照れちゃってー」
「……ふぅん。ニア、そんなにくんずほぐれつがしたいんなら──」
「ちょっ、待っ──痛い痛い痛い、ギブギブギブギブ……!」
ユニスがラヴィニアに飛び掛かり、関節技を仕掛ける。
それを見たフィオは「なるほど、こういう関係」と納得した様子を見せていた。
邪神殿の中を探索すると、そこには予想通りの、あるいは予想を超えるほどの惨状が広がっていた。
特に、手で口を覆いたくなるほどの酷さだったのが、地下にあった檻の中だ。
そこには、魔獣によって食い散らかされたのであろう、かつて村娘だったものの死体があった。
連れ去られてきた村の女性たちのうち、多くは、命までは失っていなかった。
しかし無事と呼べる者は一人もおらず、中には精神に異常をきたしている者もいた。
聖騎士団は彼女たちを保護し、村まで連れ帰った。
それでも家族と再会した村の女性たちは、涙ながらに家族と抱き合い、喜びの声をあげた。
その中には、自分も賊を討伐しに行くと言った少年の、母親もいた。
失ったものは、戻ってこない。
それでも何か価値のあることを成したのだと、ユニスは思いたかった。
聖騎士団は翌朝、村をあとにし、王都へと帰還したのだった。
***
部隊が王都へと帰還した日の、翌朝。
「せいっ、やっ、はあっ!」
ユニスは自宅の庭で、きらめく汗を散らしながら、一心不乱に剣を振るっていた。
いつもの朝稽古だ。
ユニスを部隊長とした、初の任務。
うまくできたのかどうか、ユニスにはよく分からなかった。
聖騎士団の団長が、ユニスからの報告を受けて伝えてきたのは「よくやってくれた」という評価だ。
「想定を超える敵戦力に遭遇してなお、最小の被害で任務を達成できたのだから立派だ」とも。
それでもユニスの胸のうちの不安は、拭いきれなかった。
最初だからと、評価を甘くしてくれたのかもしれないな、とも。
そんな不安を霧散させるがごとく、ユニスは剣を振るった。
ほどよい肉体の疲れは、彼女に余計なことを考えさせることをやめ、大事なものだけを際立たせてくれる。
「ユニスちゃん、今日も精が出るねぇ」
「あ、セラおばさま。おはようございます」
今日もまた、ユニスが訓練を終えようとするタイミングを狙いすましたかのように、近所のおばさんが声をかけてきた。
ユニスはそこで剣をおさめ、手拭いで汗を拭く。
「聞いたよユニスちゃん。賊の退治に行って、大活躍だったんだって?」
「え……? あー、えっと……どこからそんな話を?」
ユニスは少し驚いた。
王都に帰ってきたのは、昨日の夕刻過ぎのことだ。
いつ誰から、そんな話が伝わったのか。
「ふふん、あたしの情報網を舐めないでほしいね。つっても、酒場で兵士のやつらが話してたのを、うちの旦那が聞いてきたってだけなんだけどさ」
「はあ……でも、そんな話……」
今回の件で兵士たちが、ユニスに好感を持っているとは思っていなかった。
彼らの親しい仲間の一人に死者を出してしまったし、責められることはあっても、褒められるようなことは何もないと思った。
「凄い剣術で、バケモノみたいに強い魔獣を圧倒したってね。まだ若いのに、とんでもない使い手だって評判みたいだよ。ユニスちゃんやラヴィニアちゃんがいなければ、部隊が全滅していたかもしれないって」
「そう……なんですか……。でも、私……兵士の一人を、死なせてしまったんです……。私が部隊長だったのだから、それは私の責任です。私には、そんな風に言ってもらえる資格なんて……」
ユニスは表情を曇らせ、沈み込む。
それを見た近所のおばさんは、わずかに嘆息した。
「そうかい。それは確かに簡単な話じゃないね。でもさ、ユニスちゃん。あたしにはね、ユニスちゃんが自分のことを神様か何かのように思ってるんじゃないかって、そう思えちゃうんだよ」
「えっ……? それは、どういう……」
「だってさ、そうだろ。同行した兵士たちが、ユニスちゃんのことを『凄い』って言ってるんだ。それなのに当のあんたは、できなかったことばかりを気にしてる。自分のことを、やりたいことを何でもできる、神様だとでも思い込んでいなきゃあさ」
「そ、そんなことは……!」
「ごめんごめん、ちょっと言いすぎた。あたしが言いたいのはさ、反省も大事だけど、自分をもっと褒めてやってもいいんじゃないかってことさ。できなかったことばかりじゃなく、自分が何をできたのかも、ちゃーんと見てあげな」
「は、はい。ありがとうございます」
立ち去っていく近所のおばさんに一礼してから、ユニスは家に戻った。
いつものように朝食をとって、出勤の準備をして家を出ようとすると、目の前の扉からノックの音。
扉を開くと、そこにはいつもの幼馴染みが立っていた。
銀髪の魔術師少女は、ほがらかな笑顔を向けてくる。
「おはよう、ユニス。昨日はよく眠れた?」
「おはよう、ニア。そうね。眠れないかと思ったけど、意外と疲れていたみたいで、ベッドに入ったらぐっすりだったわ」
「そっかー。ユニスの寝込みを襲うには、昨日がチャンスだったかー」
「……おいこら。平然と犯罪的な発言をするな」
「ふふふっ、大丈夫。ボクがこんな話をするのは、ユニスだけだから」
「何も大丈夫じゃないのよね……」
二人は王城に向かって歩いていく。
するとその途中で、見知った顔と出会った。
ラヴィニアは、その褐色肌の冒険者少女を見つけると、そちらに向かって大きく手を振る。
「フィオじゃん、やっほー。昨日ぶり。奇遇だね」
「……ユニス、ラヴィニア。奇遇……でも、ないかも」
三人は合流し、同じ道を進んでいく。
フィオはいつもの淡々とした調子で、喋りはじめる。
「昨日、聖騎士団の団長に、国仕えの斥候にならないかって誘われた。それでこれから、詳しい話を聞きに行く」
「え、本当? すごいじゃん」
「それでフィオは、どうするつもりなの? 冒険者をやめて、国に雇われるつもり?」
「まだ迷ってる。でもユニスやラヴィニアと一緒なら、少し面白いかも──」
さんさんと降り注ぐ朝日の下、少女たちは王城へと続く、石畳の道を歩いていく。
今日もまた、一日の仕事の始まりだ。
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