激戦
邪神殿の中から現れた魔獣──キマイラは、兵士たちの密集しているただ中へと飛び込み、攻撃を仕掛けてきた。
獅子のかぎ爪が、獅子と竜の牙が、山羊のツノが、蛇の尻尾が、それぞれ別の生き物のように周囲の兵士たちに襲い掛かる。
うまく攻撃を凌いだ者もいたが、防御に失敗した兵士が三人、あっという間に重傷を負って倒れた。
そこに、さらに──
「聖騎士団ですか、忌々しい」
神殿の奥から、キマイラに続き、長身の男が姿を現した。
鎖かたびらを身にまとい、腰に鞭を携え、大剣を肩に担いでいる。
「テメェが首領か!」
そこに踊りかかったのは、兵士グランツだ。
戦斧をふりかぶり、現れた長身の男に攻撃を仕掛ける。
両者の体格に、遜色はない。
だが──
「雑魚が」
「なっ……!?」
グランツが仕掛けた戦斧による攻撃は、長身の男の大剣によって容易く受け止められたばかりか、圧倒的な力によって押し返された。
バランスを崩して尻餅をついたグランツに、長身の男は追撃を仕掛けようとするが、それは別の二人の兵の攻撃によって遮られた。
しかしそれらの攻撃も悠々と回避され、さらに一人は反撃の大剣による斬撃を受けた。
盾で防御したにもかかわらず、その盾と鎖かたびらをまとめて叩き切られ、兵は重傷を負って倒れた。
「くそっ、マジかよ……。何なんだ、この野郎の強さは……!」
グランツはどうにか立ち上がり、戦斧を構え直す。
長身の男が、そちらへと視線を向けたとき──
「……おっと、手癖の悪いのがいますね」
長身の男は、大剣を無造作に、横なぎに振るった。
別の角度から攻撃を仕掛けようとしていた兵士が、盾の上から吹き飛ばされたのと同時に、もう一人、跳び退った姿がそこにあった。
そのもう一人──斥候の少女フィオは、小さく舌打ちをする。
彼女は、相手の意識の外から攻撃を仕掛けようとしたが、見破られたのだ。
「……こいつ、強い。真っ向からやりたくはないけど」
フィオは額に汗を浮かべていた。
相手の知覚の外へと抜け出さないと奇襲は仕掛けられないが、目の前の敵はそれを許してくれそうになかった。
一方では、キマイラとの戦いも、苛烈を極めていた。
複数の首とかぎ爪、蛇の尻尾によるキマイラの圧倒的な暴力を受け、兵たちは次々と打ち倒されていく。
兵たちも各々の武器で反撃を仕掛けるのだが、キマイラの表皮と筋肉の硬さに妨害されて、剣や槍の刃は浅く食い込むばかりだ。
だが一人だけ、他を圧倒する攻撃力を発揮する者がいた。
「──はぁああああっ!」
聖騎士ユニスが振るう剣だけは、キマイラの胴を深々と斬り裂き、強大な魔獣に大きなダメージを与えていた。
命気を使いこなす彼女の一撃が持つ威力は、兵士たちの攻撃の比ではない。
鮮血を噴き出したキマイラは、苦悶の咆哮をあげる。
無論キマイラも、やられっ放しではない。
獅子の爪や、山羊のツノが、次々とユニスに襲い掛かる。
だが聖騎士の少女は、これを盾による防御と回避を駆使してどうにか凌ぎ、跳び退って一度距離を取った。
さらに、そこに──
「みんな、下がって──雷撃!」
キマイラの頭上から、一条の激しい稲妻が降り注いだ。
稲妻に打ち据えられた魔獣の体は、ぶすぶすと白い煙をあげる。
この一撃も、ユニスの攻撃と同様かそれ以上に、魔獣に大きなダメージを与えたことは間違いなかった。
竜の顔が、頭上にいる魔術師ラヴィニアを見据える。
その口の中に、炎が宿った。
「わわっ、ヤバっ──」
飛行魔法の効果を制御して、慌てて退避しようとしたラヴィニアだったが、間に合わない。
竜の口から、激しい炎の吐息が放たれた。
その炎は、ラヴィニアの全身を包み込む。
炎がラヴィニアを焼こうとするとき、魔力の輝きが彼女を保護した。
その保護は、キマイラの炎の威力に呑まれて刹那に消え去ったが、それでも威力の大半を削ぐことに成功していた。
「熱ちちっ……! 危っぶな。念のために障壁魔法を張っておいて正解だったよ」
危機を乗り切ったラヴィニアは、次なる魔法を行使するため、精神を集中させていく。
そんな二人の少女の活躍を見て、兵士たちが驚嘆の声をあげる。
「こ、この二人、すげぇ……! 聖騎士と宮廷魔術師の肩書きは、伊達じゃねぇってことかよ」
「これなら……! よぉし、俺たちだって、でくの坊じゃねぇってところを見せてやろうぜ!」
『──おぉおおおおおっ!』
勇気づけられた兵士たちもまた、目の前の恐るべき魔獣に対して、果敢に攻め掛かった。
そしてキマイラの巨体が持つ生命力も、無限ではない。
主にユニスの攻撃とラヴィニアの雷撃魔法が大ダメージを与え、兵士たちの攻撃も塵も積もればで総合的にはそれなりに大きなダメージとなった。
やがては強大な力を持つ魔獣も、地に伏せ動かなくなったのである。
また、もう一方の戦闘も、佳境へと差し掛かっていた。
主に対峙しているのは、斥候の少女フィオと、大剣を手にした賊の首魁の男。
どちらも小さからぬ手傷を負っていた。
フィオのほうは大剣の直撃こそ受けていなかったものの、わずかにかすった程度の一撃によって、左の脇腹にかなり大きな裂傷を負っていた。
どくどくと血が流れて、ハーフパンツの下の太ももまで血に塗れている。
戦闘を続けられないほどではないが、斥候の少女は額に脂汗を浮かべ、苦しげだった。
一方の長身の男も、無傷では済まされなかった。
フィオだけならばまだしも、同時に多数の兵たちに囲まれているのだ。
兵たちは二人の命気使いの戦いに、なかなか手出しをする隙を見出せずにいたが、それでも完全に手をこまねいていたわけでもない。
兵たちの槍や剣による攻撃が、首魁の男の体に幾度かは命中し、ところどころに手傷を負わせていた。
そこに、キマイラとの戦いを終えたユニスが、駆け寄ってきた。
「終わりよ。多勢に無勢なのは分かるでしょう」
「バカな、キマイラはどうしたのです! まさか倒したのですか、これほどの短時間で」
首魁の男は逃げ道を探し、素早く周囲へと視線を向ける。
周囲は多数の兵たちに囲まれていて、どこにも逃げ場などなかった。
男は口の端を吊り上がらせる。
「くくくっ、降伏はしませんよ。どうせ殺されるのです。ならば一人でも多く道連れにしてやりましょう。──キェエエエエエッ!」
男は大剣を振るい、暴れ回る。
一人の兵がその刃の餌食になろうとしたとき、そこに聖騎士ユニスがやや無理な体勢で踏み込んで、大剣の一撃を盾で防御した。
「くっ……!」
命気は身体能力を強化するばかりでなく、武器や盾にまとわせることにより、その攻撃力や防御力を高めることもできる。
ユニスの命気に保護された盾は、首魁の男の大剣の威力をもってしても、切り伏せることはできなかった。
だがその威力は、ユニスをよろめかせるだけの力は持っていた。
わずかにできた隙を見て、男は切りかかる。
「ハハハハハッ! 死になさい、小娘!」
「ユニス! ──させるもんか、魔法の矢!」
頭上から、複数の魔力弾が降り注いだ。
それらは首魁の男に全弾命中し、怯ませる。
「こ、のぉおおおおおおっ!」
そこに体勢を整えたユニスが、突っ込んだ。
全体重と命気が乗った剣による突きは、長身の男の鎖かたびらを貫き、その左胸を穿った。
剣先はそのまま、背中へと抜ける。
首魁の男の口から、血がごぽりと吐き出された。
「お、のれ……私の……欲の、力が……なぜ、聖騎士、などに……敗、れる……」
男の大剣が地面に落ち、ガランと音を立てた。
ユニスが剣を引き抜くと、男は後ろ向きに、どうと倒れて動かなくなった。




