人質
賊の手中の女性の首元には、剣が突きつけられていた。
人質──それはあらかじめ想定された事態だ。
ユニスは賊どもへの怒りで、拳を握りしめる。
さらに弓を手にした三人の賊が、矢を番えて、ユニスのほうへと向けてくる。
全速で駆け上がってきたユニスは、かなりの単独先行状態にあった。
兵士たちが追いついてくるまでには、まだ数十を数える必要があるだろう。
しかし兵士たちがこの場に揃ったとして、人質を救出することは難しい。
ユニス単身では、なお困難だ。
この人数を相手に一人で立ち回って、さらに人質二人を無事に救出することなど、到底不可能だろう。
絶対に人質を助けなければいけない──などと考えていては、最悪、ユニスたちのほうが全滅しかねない。
だからあらかじめ、グランツらが釘を打っていたのだ。
無理なものは無理だ。
人質とはそういうものだから、諦めて覚悟を決めろと。
だが確実性を求めなければ、救出の手段がないわけでもない。
それが可能であるとすれば、相手の意識の外からの奇襲攻撃だ。
だからユニスが今やるべきことは、敵の注目を、自分に集めることだ。
彼女の存在が、敵に気取られないように──
ユニスは懐から聖騎士勲章を取り出し、敵に向かって示す。
それから凛とした声で叫んだ。
「我々は聖騎士団です! あなたがたを成敗しに来ました! 今すぐ人質を解放し、正々堂々と戦いなさい!」
自分で言っておいて、バカなセリフだなと思う。
案の定、賊どもはドッと笑った。
「ハッ、成敗すると言われて、人質を手放すバカがいるかよ」
「聞いたか、『正々堂々戦いなさい』だってよ。ひーっ、腹痛てぇ」
「さすが、聖騎士様は言うことが違うぜ。──おら、さっさと剣を捨てろ。それから両手を上げて、こっちに来るんだ。人質を殺されたくなかったらな」
「へへっ、よく見りゃあいつ、すげぇ上玉だぜ。村の女どもなんざ目じゃねぇぜ」
「ヒューッ。聖騎士様が、自ら犯されに来やがったってわけだ。たまんねぇな」
賊どもは言いたい放題だ。
だがユニスの狙い通り、こちらを侮ってくれている。
ユニスはさらに、演技を続けた。
「くっ……卑怯な! あなたたちに、武人としての誇りはないのですか!」
「武人としての誇りぃ? そんなものはありましぇ~ん」
「おら、さっさと剣を捨てろ! 今すぐだ。五、四、三、……」
「ま、待ってください! 剣を捨てますから、人質に手出しは──」
ユニスは聖騎士勲章を懐にしまい直し、剣の鞘に手を伸ばそうとする。
そのときだった。
人質を抱えていた二人の賊を中心として、その周囲にいた数人がふらついて、バタバタと倒れたのだ。
「は……?」
「お、おい、どうした! 何があった!?」
倒れなかった賊たちも、慌てふためく。
そこに向かって、ユニスは疾駆した。
腰の鞘から剣を引き抜き、矢のように突進する。
何が起きたのかは、頭上を見上げずとも、ユニスには分かる。
夜空の闇に紛れたラヴィニアが、眠りの魔法でも使ったのだろう。
魔法の強制力は確実ではないため、眠りの魔法も効かない可能性は考えられたが、それもどうやら杞憂だったようだ。
さすがはラヴィニア、近年まれに見る天才魔術師と謳われるだけのことはある。
私も、負けていられない──
ユニスはあっという間に、一人の賊の懐に潜り込むと、剣を一閃。
首から上が胴から離れ、放物線を描いて落下した。
残された胴は、激しく血を噴き出しながら、ぐらりと倒れていく。
そればかりではない。
ユニスはすぐに身を翻し、二人目、三人目を瞬く間に切り倒していく。
「なっ……!?」
「何だこのガキ、クソ強ぇっ! ──ち、ちくしょう!」
賊の一人が、倒れた裸の女のもとに駆け寄ろうとする。
再び人質を取れば、動けなくなるだろうと考えたのだ。
しかしユニスも、そうした動きは警戒している。
当の賊の動きを視界の端に捉えていた聖騎士の少女は、光り輝く盾を薙ぐように振って、賊の顔面を殴りつけた。
そいつは大きく吹き飛ばされて、地面に転がり、動かなくなる。
また別の局面では、どこからか忽然と現れていたフィオが、一人の賊の首を背後から掻き切っていた。
さらにそこに、聖騎士団の兵士たちがなだれ込んでくる。
「おいおい、もうおっ始まってんじゃねぇか。──テメェら、お嬢に続け! 給料分は働くぞ!」
『──おぉおおおおおっ!』
そうなればもはや、数の暴力だった。
当初十五人はいた賊どもが、あっという間に切り伏せられ、次々と倒れていく。
状況の大半が片付くまでに、三十を数えることはなかった。
最後に残った賊が、立て続けに剣で斬られ槍で串刺しにされて、断末魔の叫びとともに倒れていく。
だがそれに安堵する間もなく、斥候の少女が叫んだ。
「入り口の前から、離れて!」
フィオ自身も、その場から跳び退いた、そのとき──
激しい炎が神殿の奥から伸びてきて、入り口前に広がった。
退避が遅れた兵士の一人が炎に焼かれ、悲鳴をあげ、ぶすぶすと白い煙をあげて倒れた。
ユニスが驚きの声をあげる。
「炎……!? いったい何が──魔術師がいるの!?」
「たぶん違う! あれはどっちかっていうと、モンスターが吐く、炎の吐息だと思う!」
「モンスター!? どうして──」
頭上から返ってきたラヴィニアの声を受け、再び疑問の言葉を放つユニス。
しかしその返事が来るよりも前に、実物が神殿の奥から駆け出してきた。
巨大なモンスターだった。
竜とまではいかないが、馬や牛よりはるかに大きい。
獅子に似た胴体からは、それぞれ獅子、山羊、竜に似た三本の首が伸びている。
さらに蛇の姿をした尾と、竜のそれに似た翼を生やしている。
真っ先に驚きの声をあげたのは、現場上空にいたラヴィニアだった。
「キマイラ……!? 冗談じゃない、どうしてこんなところに──」
邪神殿の中から現れた魔獣──キマイラは、兵士たちの密集しているただ中へと飛び込み、攻撃を仕掛けてきた。




