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甘苦のメモリアル  作者: 空犬
『陽春の章』
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6-3話『自然委員会流の料理』


 渚と翠も他の自然委員のメンバーと合流し、ダンボール運びを開始。


 一つ一つのダンボールは重く、野菜の重量は凄まじい。確かに渚の言う通り小さいダンボールに入れて正解だったのだ。

 小さめのダンボールに入れているから持ちやすくなった分沢山運ばなきゃいけないが、それでも一人一人が持てる分早く終わるはず。


 全員一致団結し全ての野菜ダンボールを食堂に運び終わり、時刻はお昼前の十一時だった。運び終わった自然委員メンバーは渚に着いていき、上級生寮の共有キッチンへ。


 下級生寮と上級生寮は渡り廊下で繋がっていて行き来は可能だが、翠は一回も上級生寮に入ったことはない。用も何も、単純に緊張するから行ったことがない。

 逆に上級生が下級生寮に訪れることはしばしばある。その大体は委員会関連らしい。


 上級生寮には当たり前だが四から六年生の先輩がいる。今日は休日だから外に行ってる人や部屋にいる人もいる。男女関係なくその場で話すことが出来る談話室にも当然人はいる。

 自分の部屋に異性を入れるのは寮のルールで禁止されているから。


 先輩たちの目を抜けて寮共有のキッチンへやってきた翠たちは自分たちが食べる分の野菜ダンボールを開ける。


 寮にも共有で使うキッチンが設置されており、ここで何か飲み物を入れたり、冷蔵庫の中にある食材は基本使っていいため料理好きな生徒が何か作ったりすることもある。

 翠は基本的に何か飲みたいときしか使ったことはない。そして寮のルールとして、寮共有のキッチンで使用した食器やフライパンなどは使った人が洗う決まりとなっている。


「じゃあ、今年の春野菜で何を作るか発表するよ」


 渚の言葉に期待を込めているのか心優と陽向は瞳をキラキラと輝かせる。


「まずご飯。玉ねぎとワカメとじゃがいもの味噌汁。鶏肉とじゃがいもとアスパラの炒めもの。サラダ。――そして、ロールキャベツ!」


「よっしゃあっ!」


 発表を聞いた陽向はロールキャベツという言葉に大反応し、喜びの声と共に腕を上げてガッツポーズを作る。

 結構大きかった陽向の声に翠や叶奏が驚いていると、


「実はロールキャベツは陽向が食べたいって言ってたやつでね」


 それが本当に食べられることになったため大はしゃぎの陽向だった。

 でもメニューを聞く限りどれも美味しいやつだ。完成品を想像すると翠もお腹が鳴りそうだった。


「翠と叶奏は家で料理したりする?」


「ご飯はいつもお姉ちゃんたちが作ってくれたから……ないです」


「僕もそうかも。片付けとかは手伝ったりするけど作ったりは……」


 渚の質問に学校に来る前の日々を思い出しながら答える二人。つまりは二人とも料理の経験は零に等しい。


 渚は懐からプリントを取り出すとそれを皆に配る。よく見てみると今日作る献立の作り方を書いたものだった。翠は渚の字で丁寧に書かれているプリントを見ながら、渚の話を聞く。


「いつも通り役割分担しながら料理を完成させるよ」


「はい、俺が提案したロールキャベツは渚先輩が作ってほしいです! 渚先輩が作るロールキャベツが食べたい!」


「そうだね、この中ではロールキャベツが一番大変だから僕が引き受けようと思ってたところだよ」


 話が進んでいき、ロールキャベツは色々大変だから渚と詠田先生の二人で作ろうかという話になっていく途中、翠は確定する前に勢いよく手を挙げてこう言った。


「ロールキャベツ、は……僕が伊集院先輩と一緒に作りたいです! 料理したことないけど、頑張ります。だから伊集院先輩と同じチームがいいです……!」


 最初はビシッと手を挙げたものの、話す声は小さくなり気味だった翠の言葉に渚と詠田先生の二人は目を合わせ、


「翠がそこまで言うなら僕と一緒に作ろうか」


「じゃあ翠くんに任せるわね」


 二人の許可をもらい、無事渚と同じチームに。

 その後話し合いが進み、陽向と叶奏がご飯と鶏肉とじゃがいもとアスパラの炒めもの。詠田先生と心優が玉ねぎとワカメとじゃがいもの味噌汁とサラダ。


 翠と渚以外の四人はどっちもじゃがいもを使った料理を担当しているため、じゃがいもの皮剥きは四人で協力して終わらせるらしい。


「よし、料理スタートだ!」


 渚の掛け声でそれぞれチームでまず渚が作った料理の作り方が書かれたプリントを確認したのち、作業がスタートする。

 陽向と叶奏はとても重要なご飯を炊くところから始めて、詠田先生と心優は水場が今陽向と叶奏が使っているため食材の確認と切る作業から取り組んでいる。


 渚と翠も同じく水場が使われているため、まずロールキャベツの種から作ることに。


 用意されていた食材、キャベツ、玉ねぎ、ひき肉などなどを使って二人はキッチンの近くに置いてある大きめのテーブルで種を作ろうということだった。


「翠くん、みじん切りの仕方分かる?」


「わ、分からないです」


「じゃあ教えるね」


 後ろから渚に教えてもらいながら二人で全部の玉ねぎのみじん切りを終える。翠は玉ねぎの汁で目が大洪水に。

 涙を拭き、切り終わった終わったタイミングで陽向から「渚先輩、シンク開いたんで使ってどーぞ!」と声がかかり、みじん切りした玉ねぎをまとめておいて、空いたシンクに向かう。


 渚がテーブルから一緒に持ってきた大きさのせいかとても重たいキャベツを抱えて床に一旦置く。


「よし、次は茹でる前にキャベツを洗うよ」


「この量をですか……」


「苦労したあとのご飯はうまいって言うでしょ?」


 量の多さに遠い目をする翠に励ますように渚の声が耳に響く。

 野菜の洗い方も渚から教わりながら、量の多い(大きいからそう見えるだけかもしれない)キャベツを全部洗い、またテーブルに持っていく。


 そのタイミングで心優から「伊集院先輩、油を探してたついでにカセットコンロと鍋があったので置いときますね!」と声が届いた。


「僕達はカセットコンロ使うんですか?」


「うん、あっちも炒め物と味噌汁作るのにガスコンロ使うから。ここのキッチンはまあ広いと言っても全員立てるスペースはないしね」


 そう言って渚は渡された二つのカセットコンロの準備を始める。翠はキャベツを茹でるのに鍋に水を入れて、用意していた一つのカセットコンロの上に腕をプルプルさせながらドンっと置いてしまう。


「じゃあ翠は玉ねぎを炒めてもらおうかな~」


 そう言って渚はいつの間にか持っていたフライパンを二つ目のカセットコンロの上に置く。


「翠はどうして僕と一緒に作りたいって言ったの?」


「……さっき伊集院先輩の話を聞いて、出来るならもっと深く聞きたいなって思って」


 聞かれた質問に、翠は玉ねぎを炒めていた手を一瞬止めて答えた。

 もっと聞きたいと思ったのは本当。いつの間にかこの環境に染まっていっている自分を、翠は沙良が言っていた言葉で全てを誤魔化していた。


『――でも、過去の卒業生たちは、それをしたから実力も申し分ない立派な兵士になることが出来た。だったら、一年生の今は功績を残した人達と同じことをした方が無難なんじゃないかなって』


 この抱えている感情全てに素直に従ってもいい。その言葉でそう思うことが多くなっていた。


 そしてさっき話してくれた渚の少し昔のこと。五年生のときの渚。六年生になってからの心情の変化。翠の言葉で改めて気付いたこと。


 それらを聞いた上で、一年三組以外の先輩たちのことを『知りたい』と思ったのだ。


「ふふ、そうなんだ」


 微笑みながらそう答える渚に少し恥ずかしくなりながら炒め物に集中した。


 それが終わり、今度はひき肉と炒めた玉ねぎを入れてタネを作り、キャベツに包む作業が始まった。

 作ったタネとキャベツの多さに、包む数は多い。


 渚に包み方を教えてもらって二人でせっせと包む。


「あれ、伊集院先輩、それって」


 目を見やる翠に映ったのは渚の手に持っている物。それは炊飯器だった。

 だが炊飯器は陽向と叶奏がご飯を炊いているから使えないはず。渚が持っているはずがないのだ。


「この炊飯器は下級生寮から借りてきたんだ」


「そうだったんですね。……でもなんで?」


 炊飯器なんてご飯を炊くという目的でしか使わない物なはず。

 翠の疑問をよそに渚は炊飯器のコンセントを入れて、さっきまで二人で包んでいたロールキャベツを全部詰め込んで――。


「……え!? 炊飯器に今僕達が作ったロールキャベツ全部入れるんですか!?」


「これはすぐ食べられる用に。ロールキャベツって最低でも一日は煮込んだ方が味が染みるから美味しくなるんだけど、今日はそうもいかないからね。料理も、皆で作って食べるが醍醐味だから。そのために炊飯器を使って煮込みを時短! 炊飯器はちゃんと味も凝縮されるからぴったりなんだ」


 翠が驚いている間に渚は水を入れて調味料も入れて、蓋を閉めてスタートボタンを押していた。


「よし、まだまだ作るよ~。今度はちゃんと鍋で煮込むやつね。おかわり用と他の皆にお裾分け用かな」


 さっきまで黙々と作ってたロールキャベツをまた一から包む作業がこれから待っているのかと思うと少し憂鬱だったが、


「美味しそうな匂いがしてきた……」


「叶奏、ご飯もあともうちょっとで炊けるぞ。もう少ししたら食べられる!」



「……うん、味も問題ないと思います。詠田先生も味見してみてください」


「うんうん、しょっぱすぎなくていいわね。とっても美味しい」


 あんなに楽しそうに料理している自然委員の皆を見てると、不思議とそんな気持ちはどこかへ行ってしまう。もうちょっと頑張ろうかな、なんて思える。――皆で作ったご飯を皆で食べたいから。


「ししょー……伊集院先輩!」


 包みを再開した翠たちに興奮してるのか高めな男の人の声が響いた。

 目を向けると、渚に声をかけた監査委員会で五年生の氷室 玲と、その隣にいる渚と同じクラスメイトで監査委員会委員長の紅川 未舞だった。


「あ、監査二人組だ。やっほー」


「談話室にいても美味しそうな匂いが漂ってきてたよ。それってロールキャベツ? 美味しそう」


 二人が包んでるロールキャベツを見ながら渚の前にやってくる未舞。


「伊集院先輩、お疲れ様です! 春野菜の収穫日今日だったんですね。俺、今年も夏野菜の収穫手伝います!」


「うん、いつも助かるよ、玲。最近どんどん暑くなってるから、夏野菜の収穫ちょっとしんどいところがあるんだよね」


 律儀に深々と頭を下げる玲に、いつも通り接する渚。

 監査委員会の体験では玲はクールな感じの印象がついていたが、意外にも声が大きいしすごく元気だ。それに渚を呼ぶとき、別の名前で呼ぼうとしていた。すぐに伊集院先輩と切り替えていたが。


「紅川先輩、氷室先輩、お疲れ様です」


「翠くんもお疲れ様~」


「お疲れ! そっか翠は初めてなんだよな。残ったら俺も食べるから美味しく作ってくれよー?」


 そう言って玲は翠の後ろに立ち、後ろからほっぺをうりうりーと指でつつく。

 監査委員会の時とは違う態度に戸惑いつつも、周りにいる渚と未舞はそんな玲と翠の二人を見て笑っていて、自然とこの状況を楽しく思った翠は同じく笑っていた。


「おっす陽向、料理はいい感じか?」


「渚先輩より先に俺んとこ来てほしかったなー。友達なのに師匠を優先するのか!」


「こんにちは、氷室先輩」


 渚とは先輩後輩だからか礼儀があったが同学年ならそんなものは一切感じられない態度だ。

 玲の問いかけに陽向はムスッとした顔で言葉を述べる。そんな二人の微笑ましい空間を邪魔しないように叶奏は小さくお辞儀、そして聞こえるくらいの声量で挨拶した。


「あ、叶奏、陽向の教え方大丈夫か? ちゃんと作れてる?」


「うおーい! 何言ってるんだ!」


「大丈夫です。陽向先輩ちゃんと丁寧に教えてくれます」


 玲と陽向の騒ぎの横で、真顔で伝える叶奏。だけど翠と同じように叶奏もどこか楽しそうだ。


「――琴梨、私が様子見に来てやったよ~」


「げっ……(みやび)……」


 共有キッチンの壁からぬっと現れた女性は下の名前で詠田先生を呼んだ。そんな女性の登場に詠田先生はげんなりした様子で女性の名前を呟く。


 女性は黒髪に水色のインナーカラーが入ったショートボブ。服装が黒色だからおそらく教師。詠田先生と女性がお互い下の名前で呼び合うんだからそうじゃないと逆におかしいような気がする。


「伊集院先輩、あの先生は誰なんですか? 教師、ですよね……? 小豆沢先生と同じ黒色の制服ってことは」


「うん、そうだよ。あの人は露雪(つゆき) (みやび)先生。五年生の実技担当で、安全委員会の顧問をやってるんだ」


「え……! 安全委員会の……!?」


 小さい声で尋ねる翠に同じく内緒話するみたいに小さな声で返事してくれる渚。

 安全委員会といえばやっぱりいつも見張りとか、必要があれば侵入者と戦う必要がある委員会。どの委員会よりも一番武闘派。そんなところの顧問だ。すごく威圧や威厳がある先生なのかと再度目を向けると、


「露雪先生、あなたなんでここにいるの? ……くっ、ここ二年は様子見になんて来なかったのに……!」


「私がいつ様子見に来ようが自由でしょ」


「はぁ……あなたと会うのは職員室だけでいいわよ」


 露雪先生の発言に頭を抱える詠田先生。仲があまり良くないように見える二人に翠は心配そうに渚と未舞の方を見る。未舞は両手を上げてお手上げの表情で、渚は表情を緩めて「ふふっ」と笑っている。


「琴梨、ちゃんと作れてんの? 私が二年前見に来たとき確か失敗してなかったけ? 焼き時間間違えてた~なんて言って盛大に焦がしてたよね」


「はっ? おまっ……! 普段のあなたの方が料理なんてしないでしょうが!!」


 煽るような言い方の露雪先生に、翠と叶奏は少し焦っていたが――想像通り、初めて見るキレた詠田先生が反撃する。いつもの優しい詠田先生はどこに行ったのか。怒りしか見えていない詠田先生の目はとても殺気立っていた。


「あーあ、まーた私の言葉で琴梨ちゃんのお口が荒くなっちゃって。化けの皮剥がれてますよ~?」


 その露雪先生の最後の言葉がとどめになったのか、詠田先生の手は包丁に伸びていた。


「ちょちょちょっ! 詠田先生、それは流石にだめですよ! 落ち着いて!」


 制止するように心優は詠田先生と露雪先生の間に立つ。


「お腹空いたし、私は食堂でお昼ご飯食べてこよーっと」


 怒りではち切れそうになっている詠田先生をよそに「じゃあね~」と軽い言葉でその場を去った露雪先生。


「私たちも食堂に行こっか、玲くん」


「そうですね。じゃあな、陽向。伊集院先輩、また後で会ったら!」


 露雪先生が食堂に向かったのを見て、未舞と玲の二人も同じく食堂に向かう。


「詠田先生は露雪先生とは友達なんですか?」


「ちがっ、違うから! 勘違いしないで叶奏! 誰があんな奴……あ、露雪先生なんかと! 露雪先生とは友達じゃないし、知り合い! ただの知り合いで同じ教師ってだけ! ほんとそれだけだから!」


 叶奏に聞かれた詠田先生はわたわたと慌てながら全力で否定する。

 叶奏にとっては気になったから聞いただけに過ぎないのだろうが、詠田先生にとっては露雪先生という存在とあまり仲良く見えてほしくないのか。翠と叶奏二人も見たことないような形相で必死に否定。


「ふふふ……あははっ!」


 さっきから小さく笑っていた渚が耐えきれないかのように吹き出した。

 それが引き金になったのか陽向も心優も吹き出して笑いだした。皆が笑うものだから翠と叶奏も釣られて――、


「あははっ!」


 そこから共有キッチンは笑い声で包まれた。


「皆笑ってるけど本当に違うからね~!?」


 皆の笑い声と、笑い声に対抗するような声量で弁明する詠田先生の声も一緒に響いて。


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