6-4話『海の向こうの景色』※
東の国は四方を海に囲まれた島国で、第一区画、第三十一区画、第三十二区画と第三十三区画がある島々と、その中心にある上記以外の全区画が住む島、本土が合わさって東の国と呼ばれている。
伊集院 渚は第三十三区画出身の青年。隣に第三十二区画という敵と一緒の島にいる土地で生まれ育った。
渚の家は『特別一家』の一員だった。
『特別一家』は軍に定められた『役割』を持つ一家。区画の一般の男性は特別な理由がない限り、兵士になるというのが使命。『特別一家』に入っている一家は兵士ではなく、兵士も含む全市民のために尽くすという使命がある。
『特別一家』に与えられる役割は人間の基本的な暮らしに必要なものを支え、提供するというもの。
例えば学習校舎の先生、保護施設の先生、病院、スーパー、工場、市役所、服屋、農業、漁業、畜産業、本屋、図書館などなど、兵士以外の役割をこなさなければならない。それが役目。
一応武器製造も『特別一家』という括りになっている。
その中で伊集院家は第三十三区画の農業・漁業・畜産業の三つを一つの家系で担っていた。三つの役割を一つの家系でというのは伊集院家しかいない。他の一家や区画は一家系に一つずつだ。
これを希望したのは渚の曾祖父らしい。だからこの体制は曾祖父の頃から始まったもの。
その中で渚は『農業』を担当している伊集院家の生まれだった。
渚は物心ついた頃から一人だった。いや、一人というのはもしかしたら語弊があるかもしれない。帰れる家はあるし、両親もいるし、一つしか歳が変わらない弟もいる。周りに親戚は一応いることから、一人というわけでもない。だけど――、
渚ははぐれ者だった。
それはなぜか。――渚は母親の子であっても、父親の子ではなかったからだ。
漁業を担当している男性と母親の元に生まれたのが渚。母親と結ばれた父親と渚は血が繋がっていないのだ。
伊集院家に限らず『特別一家』に入っている一家は次の世代の跡継ぎが必要なため、結婚した女性は必ず男を産むこと。それが絶対のルール。
だから結果的に渚の性別は男だし、何もルール違反はしていない。母親はちゃんと男を産んだのだから。
だが周りの親戚達から見れば、母親には夫がいて、漁業を担当している男性には妻がいた。ルール違反ではないといえ、変な目で見られるのは当たり前だった。
――不純。そう思われても仕方ないのだろう。
渚の環境は周りから見れば異常だった。母親は自分に関心がないかのように余所余所しく、他人みたいな目で渚を見る。父親は申し訳ないかのように、家ですれ違えば気まずそうな目を向けてはふっと目を逸らす。弟は生まれた時から話したこともないため、弟からすればなぜ接点も何もない人と同じ屋根の下で暮らしているのか不思議がっている。
いつも見るのは目を丸くする弟ばかりなため、両親は渚のことを弟に一切話していないのだろう。
家では家族として扱ってもらえない渚は自分の部屋がないため、使われてない階段下の物置のスペースを寝床として使い、ご飯は残り物を隠れて食べる。
家だけではない。外でも渚の扱いは酷いものだった。漁業を担当している伊集院家、畜産業を担当している伊集院家。渚の噂は親戚中に知れ渡っていて、見かければ遠くからコソコソと噂話と陰口をし始めて、まるで汚いものを見るように扱う。
だけど渚は――この状況を受け入れていた。
周りの親戚の陰口から自分の出生を知って、知っても尚変わることのない待遇に、渚は慣れてしまっていた。
――きっと自分が悪いのだろう。だから母親も、親戚も、自分をそんな目で見る。
――自分がこの環境でも、使命や役割を果たすことはできる。
――兵士にならなくていい代わりに自分たちには『農業』という役目がある。それがちゃんと出来れば、何も問題はない。
そう思って小さい頃からずっと行動してきた。だが周りが渚を人として扱っていない中で一人だけ、いたのだ。
「――渚ぁ」
低いけど明るい声色で、渚を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、にかっと笑った笑顔がいつも通りでこちらに手を振る、渚と同じ青髪の男性。
その人は渚の本当の父親だった。『漁業』を担当している伊集院の男性――伊集院 航平。もし母親と父親の元に生まれていたのならば、渚にとって従伯父に当たる人。
「今日はこんなところにいたのかぁ」
「どこにいようと僕の勝手でしょ」
「……そう、だなぁ」
仕事の農作業を終えて人気のない山奥に入り込み、大きめな木に登り上から第三十三区画を見下ろしながら眺めていた渚の元にいつも通り航平がやってくる。航平はいつもどこにいようと自分を見つけるのだ。
渚の返事に航平は目を細めて悲しそうな目でこっちを見つめてくる。これも、航平だけ。
父親は別として、母親や他の親戚の皆は嫌悪、不快、そんな目で自分を見つめてくるのに。
「今日はもう仕事終わったから行けないが、明日、一緒に漁に行くかぁ?」
当たり前のように航平も持ち前の運動能力で渚と同じ木に登り、堂々と隣に座る。自分にここまで近づく人もいない。これも航平だけだ。いつも隣にやってくる。
「! 行く」
「いつも通り出港の時間を遅らせるから、渚も焦らず仕事を終わらせてから来るんだぞぉ」
航平は仕事以外の日はほぼ毎日渚を見つけては隣に来て世間話をしにくる。後は本とか自分の買い物に行きたいときに一緒に行ってくれる。理由は「渚はまだ子供なんだぞぉ? 大人が一緒に付いていくのは当たり前じゃないかぁ」らしい。
春には桜を見に行こうと言ってくれたり、夏には一緒にスイカやイカ焼きを食べたり、秋は敵の第二十二区画に行きすぎない程度に山に登って紅葉を見に行ったこともあり、冬は人気のない山で雪だるまを二人で作ったこともある。だから家族の次に関わりが一番あるといっても過言じゃない。
「――なんで航平おじさんはいつも僕の側にくるの?」
ある日の夕方、渚の家まで送ると言ってくれて二人で歩いていた帰り道。そう聞いた渚に航平は目を丸くした。
これを聞いたのは初めてだった。だけど、ずっと疑問に思っていたこと。
どうして航平はこんな自分の側にくるのか。
どうして航平は皆みたいに自分の陰口を言わないのか。
どうして航平は自分を悪い人ではなく一人の人間として扱ってくれるのか。
「……お前を一人にしないためだよ」
意外と、自分は航平のことを見ていなかったのかもしれない。いつもそっちから見つけて、隣にいるのが当たり前だったから。
夕日が背後から照らされて、航平の顔は影になった。だけど見えたものは――眉を八の字にした航平は、悲しみと同時に周りの誰よりも優しい表情に見えた。
「それに、それが俺の使命でもあるからなぁ!」
次の言葉で航平はぱっといつもの軽快な顔に戻った。口調も、元通りに。
だけど分かる。さっきの言葉と態度はいつもの航平じゃなかった。
「使命? 僕達の使命は、農業と漁業と畜産業。食料や日用品の素材になるものを収穫して、一般市民に提供する。それが使命で役割でしょ。……それと、話逸らさないでよ。まだ僕が聞いてるじゃん」
「逸らしたつもりはないぞぉ?」
「僕を一人にしないためって言ったとき口調とか態度が全然違った。いつもは有り余るくらい明るくて活発なのに。もしかしてあれが航平おじさんの素? それで次の言葉を言ったときにはいつものおじさんに戻ってさ」
渚の言葉に図星なのか黙ってばかりだ。言葉が言えないのならこっちも好都合。今の内に聞きたいこと全部聞ける状況になった。
「……なんでいつも僕の側にいてくれるの? こんな僕の側に。……最近、航平おじさんが小さい頃からずっと僕を僕として接してくれるから、親戚の人たちやお母さんの態度に、なんでか悲しいって……思うようになっちゃったんだ……っ」
自分は悪い子。多分、生まれてこなかった方がよかった存在なんだ。
『ねえ、あの子……渚くんだっけ』
『はぁ……本当に気持ち悪いな』
『お母さん、あの子だーれ?』
『……っ、見なくていいし関わらなくていいから。……航平を誘惑して……あの淫乱女の子供なんか――死ねばいいのに』
『何? アンタ』
『……っ、ごめんなさ……あ、すみません、すみません……っ僕なんかが見つめてしまってすみません。もう、目の前を通りませんから……』
『……はぁ、ちゃんと避妊出来てればアンタなんか産まなくて済んだのに。――失敗したわ』
自分は悪い子のはずだった。だからこんな状況なのは仕方ないんだ。悪い子だから罰があるのは当然のことなのに。
――どうして、当然なのにこんなに悲しい気持ちになるんだろう。
顔が濡れている気がする。いつの間にか、渚の瞳からは大量の涙が流れていた。
泣いていいわけない。泣いちゃだめなんだ。――僕は悪い子だから。
「――――」
すると、体が勝手に動いた。反射的に目を瞑った渚は何かに包まれていた。肌から感じるものは何か布のようなものに当たっているということ。
目線の先が暗い。身をよじって上を向くと――小さな体をすっぽりと航平に抱きしめられていた。
「……いいんだよ……っそう思うことは当たり前のことなんだ。――お前は、悪い子なんかじゃない」
ぽろぽろと、航平も泣いていた。自分なんかよりも大量の涙を流して、顔も歪んで。
「元はといえば、俺が、妻も子供もいるのに和葉さんの誘いに乗っちゃって、一夜を明かしたから。……お前はただ生まれただけ。罰を受けなきゃいけないのは俺の方だ……っ。なのにどうして、何の関係のないお前がここまで辛い思いをしなくちゃいけない」
「…………」
「お前は何も、悪くないんだ……っ」
そんな言葉沢山聞かされたら、溢れる。今まで耐えて慣れさせてた分の想いが、自分は悪い子だからと蓋を閉め続けた想いが、溢れてしまう――。
「ぁ……うああぁぁ……っ!! なんで、なんで僕が酷い目に合わなくちゃいけないんだよ……っ! 僕、何もしてないのに! 何にも悪いこと、してないのにぃ……なんで、お母さんは僕を無視するの……!? なんでお父さんは、僕のこと見ないふりするの……!? なんで、なんでなのさぁ! 皆大嫌い……っ! みんなみんな、大っ嫌いだ!!」
そうしてずっとずっと泣いて、泣きわめいたあと、鼻を啜りながら息を整える。その間にも航平はずっと自分を抱きしめて、今までの鬱憤を聞いてくれた。
「泣き止んだか?」
「うん……」
ハンカチを取り出して渚の涙を拭く航平。
ずっとずっと優しい顔をしてる。今までだって、そんな表情でずっと自分のことを見ていたのかもしれない。
「ねえ、航平おじさんは、僕の本当のお父さんだから側にいてくれるの?」
「……それもある」
言葉に一拍置いた航平だが、ちゃんと口を開いて返事を出してくれた。
「妻との子供じゃないとしても、俺の子供なのには変わらない。見捨てるなんて、俺にはそんなことする権利なんてないんだ。……申し訳ないと思ってるからこそ、父親として、最後までお前を一人にしないと決めた。それが……俺がお前にしてやれる償いだと思ってる」
「そうなんだ……」
「だけど、お前が産まれた時から和葉さんとは距離を置かれて、家庭の中まで関与出来なかった。だからせめて外にいるときだけは、渚の側にいたかった。――お前も大切な息子だから」
ずっと周りが渚を人として扱っていない中で一人だけ、いたのだ。
こんなに優しい人が、側にいてくれる人が。
「今の言葉を聞いて僕は正直、航平おじさんのことほぼ許してる、許そうと思える。真剣なのは伝わったから。でも、おじさんはそれを望んではいないんでしょ?」
「ああ、そうだ」
「だから、勝手に僕が死ぬまで償い続けてよ。僕も勝手にするからさ。――父さん」
その言葉で、航平――父さんは顔を上げた。
面食らったような顔。思ってもみなかったのか口をぽかんと開けて呆けた顔。
「渚……!」
その顔に少し笑いそうになったけど、それより先に父さんがさっきよりも強く自分のことを抱きしめて、渚の笑い顔は父さんの胸の中に仕舞われた。
渚が十二歳になる頃だった。
「渚、どこまで行くつもりだ? あんまり山の奥に入っちゃ……」
「いいから着いてきて、父さん」
夕方、互いに仕事が終わり軽く世間話をしていたとき、急に「見せたい場所がある」と渚が航平の手を引っ張り山の中までやってきていた。
どこに連れていきたいのかは分からない。一応周りに気を付けながら、渚に付いていくと、
「……綺麗だ」
その景色を見て、航平はぽつりと呟いた。山の奥に入り歩いていると、開けた場所がありそこは崖。崖の下はもちろん海。だが、ちょうど夕日が沈む海の景色がそこにはあった。
「ここ、昔からずっと僕のお気に入りの場所」
そう言った渚の視線は海の方へ。
渚は海が好きだった。それはよく航平が一緒に漁に誘ってくれるから、見ていて好きになった。
ここから見る海はとても綺麗で、その奥に見える大陸を何度も見るたびに――渚は未知への探求心を覚えていくのだ。
「海はこんなに綺麗なのに、海の向こうにも敵の区画があって……なんで僕達って、他の区画と争ってるんだろうね」
なんだかいつもと違う感じがした航平は、渚の中で何かあったのではと考えた。
今渚が見つめているのは海じゃない。その先の島。方向的にあそこの区画は第三十一区画。あそこも第三十三区画と同じ島。それでその先には本土があって。
「この前、たまたま区画の中心部に住んでる子供達がこっちまで来てて、桜木教育学校っていう兵士学校が本土にあるらしいよって話してたんだ。それで桜木教育学校について調べてる内に、すごく興味が湧いてさ」
「その、桜木教育学校っていうところに通ってみたいってことか?」
航平自身も桜木教育学校の存在は知ってる。そこの理事長の話も、桜木教育学校は全区画から生徒を募集していることも。
「……うん、まあ」
そう答えた渚はこちらの顔色を窺っているようだった。
桜木教育学校は悪い噂でいっぱいだ。父親としてはあまり行ってほしくはない。だけどそれは、渚を伊集院家にずっと縛ることになる。
だったら、兵士になって主力軍隊でも小隊でも、新しい居場所で日常を歩んでいく方が、きっと渚は幸せになれる。
「――いいぞ。俺は渚の道を応援する」
「……え!? 本当……?」
「ああ、手続きも俺が保護者として引き受ける」
そうして航平と一緒に桜木教育学校への手続きを終えた頃。制服も航平の家に届き、桜木教育学校の寮に何を持っていくか二人で相談して。入学まであと一週間だった。
「渚」
服とか下着とか足りないものばかりで、航平と区画の中心部まで買いにいって少し遅くなった日。
玄関のドアをそっと開けて家に入ったとき、今まで聞いたこともないような明るい声が聞こえて、一瞬にして背筋が凍った。
「……お、お母さ」
「聞いたよ。一週間後には桜木教育学校に行っちゃうんだってね。あそこは悪い噂がいっぱいあるけど、兵士になるってことは軍の教育機関と一緒だから――頑張ってね!」
「……え、なんで、知ってるんですか……? だって……」
それは誰にも言わないと航平が言っていた。誰にも知らせず、桜木教育学校に入学する。そう航平から提案された。農業を担う伊集院の息子一人を例え扱いが酷いとしても逃がすわけないから、と。
航平は絶対に言いふらしたりしない。だったらこれは――、
「そんなの――私達は家族なんだから当たり前じゃない」
どこで情報を得たのかは分からない。だけど、母親は終始ずっと笑顔だった。それが怖いくらい不気味で、とても恐ろしかった。
一度も母親はそんな顔しなかった。渚に向ける目は敵意のような悪意のような、そんなものばかりで。
その日から桜木教育学校入学の日までの一週間、今までの態度が一変したかのように母親はずっと笑顔で、優しくなった。
初めて家族四人で食卓を囲んで、お風呂沸いてあるよ、なんて言われたことない言葉を当たり前のように言われて、隣にはずっと母親がいて渚の世話を焼きたがる。
そして桜木教育学校入学の日、航平と渚は母親の行動に警戒しながらも港に向かおうとした。
「渚、元気でね! 頑張ってね~!」
言うはずがない母親の餞別の言葉を受け取った渚は、不意に疑問に思った。
――もし僕が本当に兵士になったら、誰が家を継ぐんだっけ、と。
そこで渚は全て気付いた。弟の名前は伊集院 実。
一つしか歳が変わらない弟、自分より『農業』を担う家庭に相応しい名前。
母親は渚に一切制限も干渉もしなかった。それは例え航平と小さい頃から一緒にいたとしても。渚が桜木教育学校や海の向こうの敵の区画に探求心が沸いたとしても――。
――もしかして、お母さんがずっと僕に何の制限もしなかったのって、『農業』より興味があるものを見つけさせて、早く家から出て行ってほしかったから?
そう自分の中で一つの答えが出てきたとき、振り返ったときに見えた母親の満面の笑みは、想定していたよりもずっとずっと深くて歪なモノを含んでいそうで――全身がゾッとした。
◆◇◆◇◆◇
「伊集院先輩すごく楽しそうですね」
「ふふっ、だってほんとに楽しいからね」
詠田先生の言葉が引き金に渚が吹き出して、それは全員へと伝染した。
他はまだ口を抑えながらも小さく笑っている最中、ジッと見ていた翠にそんなことを言われた。
「もう笑うのはそこまで! 早く料理完成させるよ!」
皆を制止しながら強引に料理の方向へ持って行った詠田先生。
陽向が「えぇ~」と言うのを聞き逃さなかった詠田先生は無理矢理ガスコンロの前まで立たせ強引に始めさせる。
そんな二人のやり取りを見ながら他のメンバーも持ち場に戻る。
そこから翠と渚は包み終わったロールキャベツをぐつぐつ煮込み、先に煮込んでいた炊飯器の方のロールキャベツが出来上がったと同時に、
「――完成だー!」
全員の料理が完成した。
「わあ……! めっちゃロールキャベツうまそう! さすが渚先輩に翠!」
「はいはい、褒め言葉はちゃんと盛り付けてから言ってね」
炊飯器で作ったロールキャベツが漂う匂いや出来上がりの見た目に釘付けになる陽向を引っ張って食器や盛り付けの手伝いに行かせる渚。
皆で分担して盛り付けが終わり、席につく。
「よし、皆揃ったね。じゃあ、いただきます!」
いただきます、の合図でそれぞれおかずに箸を伸ばした。
「うまっ! ロールキャベツうまっ! 最高!」
「ん~~! ロールキャベツ味がちゃんと染みてて美味しい!」
「よかった~、ちゃんと作れててよかったです」
陽向と心優の高評価な感想にほっと安心する翠。渚と共同ではあったものの、翠が手伝ったものもしっかりあったからそう言ってくれて一安心。
「うん、やっぱり鶏肉と野菜って合うわね。美味しい!」
「それにしても、このご飯すごくふっくらしてる。硬すぎず柔らかすぎずちょうどよくてすごく美味しい!」
「陽向先輩がご飯は洗い方と水の量が大切なんだって言ってた。陽向先輩の言う通りに炊いただけなんだけど……確かに翠くんの言う通り美味しい」
鶏肉、じゃがいも、アスパラの炒め物を口いっぱいに頬張る詠田先生。その隣で翠のきらきらした目で見つめる白米に、叶奏も加わるように炊き方の説明をする。
「味噌汁あったかい……美味しい」
「そういえばこの……いももち? は誰が作ったの?」
「あ、それ僕も気になってました」
暖かい味噌汁を飲んではぁと息を吐く横で、渚と翠は同じ品に疑問を持っていた。それはじゃがいもを潰して丸めたものを焼いた料理。
「ああ、それは、じゃがいもが余ってたから渚と翠以外の皆で作ったものなんだけど……」
「そう、その名も! シークレットいももち!」
「これを作ろうって言ったのは陽向よ」
詠田先生の言葉に割り込む形でこの料理名を発表した陽向。
いももちという料理があるのは知ってるがそんな名前だったか。多分陽向が勝手に決めたものなのだろう。陽向の態度からもそんな気がする。
「私達、結構早い段階で自分の料理を作り終わっちゃって。それで余ってたじゃがいもを使って何か作ろうっていう話になったんです」
「このいももち……じゃなかった。シークレットいももちは、中身を色々な具材を適当に入れて作ったものなんだよね」
心優と叶奏の話に渚と翠の二人は驚愕。
「中身何入れたとかは覚えてるの?」
「色々な野菜とかお肉とか調味料、チーズにキムチ……あと冷蔵庫に納豆があったからそれも入れました。……作ろうって言ったのは陽向先輩です」
渚の問いに答えた叶奏のあと、視線は一気に陽向に向く。
渚は楽しそうな目、翠は戸惑いの目が陽向にぶつかる。
「まあまあ、遊び心は大切! よし、じゃあ一人ずつシークレットいももち食べてみようぜ! 中身は食べてからのお楽しみ~」
と、早速言い出しっぺの陽向からシークレットいももちを頬張る。
(賑やかだなぁ)
「こういう時間も楽しいでしょ?」
食べながらしみじみとそう感じる翠の正面に座ってる渚からこそっと小さい声で、心の中を当てられたみたいに確信をつく言葉をかけられる。
「ゲホゲホッ! 胡椒が入ってた~……! 辛いし粉だから喉が詰まるー!」
少し横に視線をずらせば、シークレットいももちの中に胡椒が入っていたらしい陽向が水を一気飲みしていた。そんな陽向を見て、他の皆は楽しそうに笑っていた。
そう、本当に心の底から楽しそうな皆が。
その場面を見て、翠もいつの間にか同じように顔を綻ばせて笑っていた。これは、前に三組の皆と花見をしたときの感情に近いものだ。
「――ですね!」
そう渚に返事する翠の表情は、ここ最近で一番の笑顔だった。
渚の過去めっちゃ長くなりました。作者もびっくりです。
Xアカウント@Sorainu_Dog_TTで渚の家系図掲載してます。画像が横に長いのでめっちゃ拡大して見てください




