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にがあまメモリーズ  作者: 空犬
『陽春の章』
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5-3話『理由』

 悟の部屋に入ったのはいいものの、諒の思った通り自室で眠りこけている。気持ちよさそうに寝息を立てながら。


「狩谷先輩! 狩谷先輩、起きて下さいよ!」


 悟のベッドを覗き込み、諒が出せる声を大きくして起こす。何度か呼び続けると、騒がしさに眉間に皺を寄せながらむくりと、ゆっくり上体を起こした。


 悟が起き上がったのはいいものの、そこからぼーっとしているのかジッと正面の壁を見つめるばかり。


 数秒壁を見つめていた悟はゆっくり横を向き、ベッドを覗き込むようにひょこっと見下ろしていた諒と目が合い、一言。


「んだよもう。あとちょっとで寝れたのに」


「……は?」


 いや、この反応にもなる。


 諒は内心六年生の先輩の貴重な休みの時間をとってもらっていることに若干申し訳なさがあったが、悟が発したこの一言で全てまっさらに消えた。


 それでも約束は約束。悟が起き上がりこちらを見たとき、「寝ててごめん」、「遅れてごめん」などの謝罪の言葉が出てくるかと思えば、自分のせいで睡眠を妨害されたみたいな。全部諒が悪いみたいな言葉を出しやがった。


 と、内心は怒り、イラつき、様々な感情が飛び交うがそれを外に出さないように必死だ。相手がこんな人でもここでは生徒の中で一番年長者。それにここで色々ボロを出せば自分の印象が悪くなり、せっかくのお話の機会を失う。


 ――ここは抑えるんだ、諒。僕は第二十四区画の武器製造を司る家系。区画の平和への未来のためなら、これくらいどうってことないだろう?


 そうやって自分自身に言い聞かせることで、なんとか自我を取り戻した諒。


「諒来んの早くない? あえて時間指定しなければいつ来ればいいのか迷って結果的に遅くなりましたー! っていう展開を待ってたんだけどなぁ。そしたら長い時間昼寝できると思ったのに。こりゃ失敗失敗」


 そう言いながら欠伸をして頭をかいている悟を見て、更なる怒りが表に出そうなのを抑える。


「……はぁ、だから何時にっていう伝言がなかったわけですか。来陰先輩に聞いたときから変な感じがしたんですよ」


 最初から場所しか指定してこない(それすらもすごい適当だけど)悟に違和感はちゃんと感じてはいたが、こんな展開が待っているなんて。流石に予想ができない。


「いや、ちゃんと談話室に行こうとは思ってたよ? 昼寝したあとに」


「昼寝したら絶対とっくに夜ご飯の時間になってたでしょう! もう、約束は約束なんだからちゃんといてくださいよ。それくらいの礼儀すら狩谷先輩にはないんですか」


「……へぇ。入学して一か月の一年生が相手に礼儀なんて求めるんだ。――オレたち敵なのに?」


「!」


 目を細めて発された言葉は、深く諒の中に響いた。

 確かにそうだ、と納得してしまったから。相手は敵、自分以外の区画の者は敵。入学する前はそれが認識としてちゃんと頭の中にあったはずなのに。


 最近明確に感じてきたもの。行動や感情だけじゃない。考え方、思想、自身を構成してきたものが徐々に崩れていっている。


「一年生にしては早いね。そんな気難しい顔しなくても、理解しちゃえばいいもんだよ? 他人を想い合うとか、友達っていう存在のありがたみとかさ」


「……っ、僕はそんな話をしたくて来たわけじゃないんです!」


 声を荒げて、悟の言葉をかき消すように自分の言葉で埋める。

 認めたくない。これまでが崩れてきているなんて。だけど、来陰や莉子、悟にまで指摘されれば、もう変わってきていることを否定できない。


 それが一番悔しかった。


「おかげで目覚めちゃったし、武器庫に行って話そうか。諒の聞きたいこと、話したいこと、なんでもね」


 欠伸をしながらベッドから降りてきた悟の後ろを着いていくように二人揃って武器庫へ向かう。


 後ろを着いて歩いて、前を歩いている悟が大きくて、見上げ続けると少し首が痛くなる。

 先輩の大きな背中を見て、この人はどういった気持ちでこの学校に入って、どういった気持ちでここの価値観を受け入れられたのか。


 既に染まっていっているかもしれない自分がこう思うのは癪だが、気になるものは気になってしまう。


「そういえば諒、整備委員会に入らなかったんだね。委員会体験週間のとき、一年三組からは諒かなって思ってたら來香がやってきたから少しびっくりしたよ」


「…………」


「お、このパターンはもしや武器庫に行ってから話そうと思ってたことを先にオレが話しちゃった系?」


「変なこと言ってないで早く歩いてください。遅くなってます」


 「へいへい、りょ~」と軽い返事で悟の歩くスピードは元通りに。


 そう聞かれるのは想定通りだ。整備委員会の体験週間のときは柄にもなく少しはしゃいでいたと思うし、悟とも武器のことについて語り合った。だけど実際に自分は入らず図書委員会に。だから聞かれるのは何も思わない。

 だけど、返事の軽さとか適当さとか諸々、やっぱりむかつく。


 道中武器庫の鍵を取りに職員室に寄り、今度こそ武器庫へ。


 渡り廊下の先、鍵を回し厳重に施錠されている重たそうな扉を開けば、中は整備委員会の活動がないからとても静か。

 案内されたのは委員会体験週間と同じ場所。壁にはハンドガンが飾られていて、スペースが開けているちょっとした広間のような空間。


「委員会体験週間みたく床に座ってて。あ、この広間の掃除はちゃんとしてるからそんなに汚くないよ」


 広間の掃除は、という言葉が気になったがスルーして先に座る。

 悟は電気を付けたり、武器庫に来たからついでのような感覚で銃のチェックをしていたり。面倒くさがりのような態度や性格っぽいところが見られるが銃を見る目は違ったりする。本当に分からない、読めない人だと。ジッと悟を観察する諒はそう思った。


 悟のチェックが終わり、諒の正面に足を交差させて座る。


「それで~? さっきからしかめっ面の諒くんはオレに何の用なのかなぁ」


 こっちの目的を知っているかのような、わざとらしい言葉。その言葉の軽さには若干うんざりする。


「オレが昼寝してたからじゃないよね? 来陰から聞いたこととは別に、諒は何かオレに聞いてみたいというか――確認したいことがあるんじゃない? 言ってみなよ、オレ別に怒んないから」


「!」


 これで二回目の驚きだ。こう言ってくるということは悟も気付いていたのだろう。だが、それはそうだ。自分と『同じ』なら、今じゃない。初めてお互い顔を見た委員会体験週間の自己紹介のときに気付いていたはずだから。


「……あなたは――第三十区画の武器製造を司る家系出身、ですよね? 第三十区画の武器製造を担当している家の名字は『狩谷』。先輩の出身区画は知らないですけど、名字は一致する」


 悟は分かっていたかのように極端に驚いた顔は見せなかった。


「やっぱちゃんと教育されてんだね。特に同じ武器製造の家系の名字は最初に教えられるもんね」


「整備委員会の体験のときからずっと警戒してましたよ。まさかいるなんて思わなかったですし」


「でも三組には同じ武器製造の家の沙良もいるでしょ?」


「そうですけど、ここ最近の沙良ちゃんを観察した結果は、あまり脅威にはならないと判断したので」


 同じ武器製造の家系の者として、入学式からずっと沙良は警戒していた。

 自分と同じような理由でここに来たのかもしれないと思ったから。だけど沙良の行動を見る限り、同じとは感じられない。お花見の件から強くそう思い、確信を得たつもりだ。


 だからこそ、狩谷 悟が今一番警戒しなければいけない人物。


 今回の悟とのお話は整備委員会のことなども聞ければいいなと思っていたが、彼が同じ武器製造の家系の者だと分かった以上、自分と同じ目的でここへ入学したのか確かめたい。


「なんで狩屋先輩は武器製造の家なのにここに入学したんですか。兵士になるわけじゃないのに」


「ちょっとちょっと、さっきオレに礼儀がどうたらこうたらーとか言ってたのにズバズバ聞くじゃん。諒が言ったことをそのまま返すなら、先に自分のことを話したあとに聞くのが礼儀では?」


「…………」


 確かに、と納得してしまったのが何よりも悔しい。


 すんなり相手のことに従うのは少々癪だったが、諒はコホンと咳払いを一つ挟み、


「僕は、狩屋先輩と同じ武器製造の家系です。武器や銃のことを違う観点から学びたくてここに入学しました。僕は当然整備委員会に入るつもり……でした」


 さっきと態度は異なり、悟はジッと真剣な表情でこちらを見つめている。話を聞いている。

 それで今までの言動を許せるかと言われれば絶対頷けないが、茶化さないで聞いてくれるだけで今の諒にはありがたかった。


 さすがにこの話を適当に聞かれたら、敵であるから当然だけれども、悟を怒りでどうにかしてしまいそうだと思うから。


「でも、なんでか、來香ちゃんに譲っちゃったんです。……自分の区画以外は皆敵。これまでも、これからも、そうしてくつもりだったのに」


 委員会を決める日、明るい元気な声が聞こえてきたのを今でも覚えている。

 隣の席の翠と、話を聞いて入ってきた伊月。來香は言っていた、『私、整備委員会に入りたいんだー!』と。


 当然話が聞こえてきた諒はそっと後ろを見て、そうしたら――無邪気な、きらきらした瞳で二人と話す來香の姿を見て。そのまま委員会を決める時間になって、さっきのことを思い出すと、何故か手を挙げることに躊躇した自分がいた。


「なんで來香に譲ったのか。それを諒は自分で理由分かってるの?」


「それは……」


 分かってないつもりだった。ずっとずっと考え続けて、様々な理由、近い理由を見つけ出したりはしたけど。心の中でも口でも、その言葉を出すことはなかった。

 心のどこかでは分かっていたのだと思う。だけど、それを自覚してしまえば全てが終わりだと思ったから。


「ねえ、諒は『思いやり』って言葉知ってる?」


「なんですかいきなり。それくらい知ってますよ」


「だよね」


「あの、何を言いたいのか……」


「今の諒は來香、あと一年三組の皆にその気持ちが芽生えてるんじゃない? ってこと」


 後に続くはずだった分からない、という言葉が紡がれることはなかった。

 諒の言葉を遮ってまで言われた言葉は、深く染み渡るものになった。


「オレたちってさ、なんで争ってるんだろうね」


「は……? そんなの、僕の区画以外の全区画が何かしたから……」


「何かって何? 敵は諒の区画に何かしたの? なんで他区画が敵になったの?」


 次の言葉が出てこなかった。自分達が争っている理由、戦う意味。全部、第二十四区画以外は敵だからと諒は教え込まれてきた。

 じゃあ、どうして他区画が敵になったのか。――諒はその理由を知らない。


 連続する答えられない質問に、なんとか答えなるものを見つけ出して話そうとするけど。教えられたことのない、そもそも疑問にすら思ったことがない質問に、諒の思考は停止寸前だった。


「……ってね、実際にそれ言われたら諒みたいな反応になっちゃうんだよね。大丈夫、オレも昔同じ質問されたときは全然答えられなかったから」


 真剣な顔で投げかけてきた言葉とは一変。悟の表情は緩くなり、いつもの軽い口調に。

 まさか悟の軽い口調、態度に安心する時がくるとは。


「諒が今黙ったみたいにさ、答えられないっしょ? 理由も分からず学校に通うまで会ったこともない人達に敵意を振りまいて睨み合うよりもさ、こうして互いに話したりする方が楽しいと思うんだよ」


「何を言って……僕の、僕らの使命を否定しないでください! 敵のくせに……!」


 悟の話を聞いてわなわなと体を震わせた諒は、遂に我慢ならずその場から立ち上がって叫んだ。


 そんなことが許されていいはずがない。自分達は第二十四区画のために生まれた存在。敵を殲滅し、真の平和を取り戻すために尽力する存在。

 敵と一緒に互いに話したりするのが楽しいなんて絶対にありえないことだ。


「敵のくせにって、オレからしたら諒も敵だよ? 來香や沙良からしても諒は敵。じゃあ諒の区画の人達はどうしてオレらに敵って呼ばれるんだろうね」


「…………」


「諒からしたら皆敵かもしれないけど、他の人からすれば諒は敵になる。それは分かってる? だけど、皆悪い奴だから敵なんじゃない。そう言い聞かされて育ってきたからそういう考え方になってるだけ」


「…………」


「そうやってさ、戦うこととか敵のこと考えるよりもこうやって楽しい六年間を過ごした方が有意義だって! どうせならつまんないより楽しい方がいいじゃん?」


「そう、言うなら……僕の使命って、なんなんですか。ずっと敵だと思って、平和を目指して死に物狂いで頑張ってきたのに。無駄だったってことですか……?」


「いやだから、そうじゃなくてさ……」


「じゃあ全部答えをくださいよっ! 否定するんなら、本当の正しいことを教えてください……」


 悟が話す間もないくらい、諒の言葉で全て埋まる。

 全部を否定されて、何も残ってないなら代わりの何かをください。

 そうじゃないと、自分の存在意義は。使命は。役割は。全部全部嘘だった。偽物だったってことになる。


 信じたくない。敵がいないかもしれないなんて。ずっとそのために頑張ってきたはずなのに。



 ――僕の努力は。



「もう、僕のことはいいでしょ。……次、先輩の番ですよ」


 彼にとって違う反応を出してしまった諒に対して、おろおろと慌てている反応をする悟にそう返した。

 もう充分自分のことを話した。いや、色々話過ぎた。


「あー……なんでオレがここに入学したかって話だっけ」


 頭を掻きながら、ため息をつく悟は、


「オレから言ったし、ちゃんと話すよ。だからそんな鋭い目で見ないでって諒」


 そう言って話始めた悟の過去は、思っていたよりも少しだけ、納得してしまいそうだった。

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