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にがあまメモリーズ  作者: 空犬
『陽春の章』
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5-2話『お話の機会』

 聞かれた質問に混乱した頭では次の言葉が出てこない。


「…………」


 何も言うべきか、どうやって返事をすればいいのか頑張って頭の中で必死に考えていると、焦ったような高い声が代わりに言葉を紡いだ。


「ご、ごめん! こんな直球に聞いちゃって……!」


「い、いえ……」


 二人は互いに次の言葉を考えるあまり、その後の会話はストップしてしまう。

 その中でも咄嗟に諒が思ってしまったことは、


「僕って、そんなに分かりやすいんでしょうか……」


 これまで本当の想いを表に出さず、いい顔をして過ごしてきたつもりだったけれど。

 翠にも心配され、來香の言葉も少し遅れてしまったし。止めは来陰にも見破られてしまった。思っていることを当てられてしまった。


 そこにあったのは軽い絶望。敵に対して自分は本当に何もできないという気持ち。

 自分はもう使えない物なのだろうか。


「いや、高学年になれば実習が増えて、嫌でも相手が何を思っているのか分かるようになるというか……だからその、諒くんの落ち度じゃないというか……」


 そんな言葉を言われても、悔しさはそのまま。

 その気持ちをなんとか表に出さないように代わりに拳を強く握って逃がそうとする。だけど、段々と目に涙が溜まりそうな予感がして、自分ってそんなに弱虫で泣き虫だったっけと、再認識しようとしたとき、焦る声色が先に外に出た。


「だっ、だから、そんなに落ち込まないで……!」


「お、落ち込んで、なんか……っ」


「……大丈夫だよ。学校(ここ)には、馬鹿にする人は誰もいないから」


 俯いた頭に手のひらが乗っかる。

 来陰は片手で諒の頭を撫でながら、もう片方の手では自身のハンカチを取り出し、涙が溜まり溢れそうな諒の目元を優しく拭う。


「ど、どう……? 落ち着いた……?」


「……別に、僕は落ち込んでもないし、泣きそうになったわけじゃないので」


「いやでも、私さっき諒くんの涙拭ったし、流石にその言い訳は無理があるんじゃ……」


「これは涙じゃないです。汗です、汗!」


 そう訂正する諒の顔は目元が少し赤くなっている。鼻も啜って。その光景に来陰は苦笑いをしながらハンカチをポケットにしまおうとすると、前から諒が手を伸ばし、ハンカチを持っている方の手を掴む。


「下級生寮で、洗ってもらいます。……その、先輩は、僕の汗を! 拭いてくれたので……別の日に、直接返させてください」


「あーっと、じゃ、じゃあ、お願いしようかな」


 承諾した来陰はハンカチを渡す。諒は綺麗に畳みポケットにしまった。


 雰囲気的に他の図書委員の元に帰るに帰れなくなってしまい、二人はしゃがみそっと本棚に背を預ける。その状態で、


「……来陰先輩はどうして、僕が本当は図書委員会に入るつもりはなかったって分かったんですか? それも、さっき言ってたように先輩が五年生だから……?」


「まあ、そうだね。嫌でも色々な修羅場を潜り抜けると――分かりたくもないことまで分かるようになっちゃうから」


 少し俯いた来陰は静かで含んだような言い方で話す。


「こう言ったらあれだけど、その……諒くんは私から見れば分かりやすかったから。言葉も態度も」


「…………」


「だけど、これは一年生皆当てはまることだよ。学校に入学したての時は、地元の区画の使命をちゃんと背負ってるから。だから皆少し周りに良いように見られようとしがち。それでなんとか目の前の敵に対抗しようとしてる」


 五年生にもなれば、一年生の自分の考えなんかお見通しらしい。

 当てはまりすぎる来陰の言葉に、彼女もちゃんとこの学校の五年生なんだと実感する。


「……その、それで、諒くんはどこの委員会に入りたかったの?」


「…………」


 正直に言うわけない。なんだか色々流されそうになったけど、諒も第二十四区画の武器製造を司る家系に生まれた者としてのプライドがある。そう易々と敵に自分の情報なんか教えたりしない――。


「……もう所属委員会を変えることは出来ないけど、私から諒くんが入りたい委員会の委員長に話して、諒くんと話せる機会を作れるよ~……なーんて」


 と、思っていたのに――、


「え、そんなこと出来るんですか!?」


 身を堅くしてなんの言葉も耳に入れないようにと鉄壁の要塞を作っていた諒は、聞こえてきた来陰の言葉に耳を大きくし、食い気味に話を聞こうとする。


「わ、わお……意外にも食いついてきちゃった」


 驚いている来陰の言葉にハッとし冷静に振る舞おうとするも、先ほどの自分の一変した態度を見られているため来陰には逆に面白く見えるらしい。小さく「ふふ」という笑い声が聞こえた。


 未だ両手で口元を押さえて小さく笑う来陰を見て、色々空回りしてる自分の醜態をはっきりくっきり思い出して――完敗と感じた。


「整備委員会に、入りたかったんです」


「……なるほど。整備委員会かぁ。まあ、妥当な所だね」


 そっと本音を零すと、来陰は分かっていたかのように頷く。

 来陰はあまり傷ついているようには見えない。普通、なら、図書委員会に入りたくて入ってくれたと思うはずで、本当は別の委員会に入りたかったけど入れなかったからここにきた。なんて、傷つく人は傷つくものなのではないか。


 そう思う諒であったが、彼女が先ほど言っていた通り『分かっていた』からこそ、何も思わないのかもしれない。


「あの、来陰先輩が本当に整備委員会委員長に頼んで話せる機会を作れるんですか? 失礼なのは承知ですけど、いつもの先輩を見てるとまともに人と話せなさそうに見えます」


「うぅーん、辛辣な一言……」


 諒が問いかけた質問に、今度は来陰がダメージを負う。


「他の先輩ならまだ少しだけ緊張するけど、狩谷先輩はちょっと違うから……」


「……?」


「私たち高学年は銃や武器を持つことを許可されてる。そのメンテナンスとかで整備委員会の皆には沢山お世話になってるから……だから話す頻度も六年生の中では多い方なの。だからかな」


「そっか、体験に行ったときも狩谷先輩もそんなこと言ってたような……」



 その後、整備委員会の活動日を來香から聞き出し、図書委員会と整備委員会の休みが一致する日を探し、その日に合わせて来陰に整備委員会委員長――狩谷 悟と話せるように機会を作ってもらった。


「気が済むまで狩谷先輩と話してきてね。私も先輩として、副委員長として諒くんの悩みに手伝えて嬉しい」


 という、少し恥ずかしさが残る来陰の言葉を受け取って。



                 ◆◇◆◇◆◇



 そしてとうとうこの日がやってきた。といっても来陰と話した日から三日しか立っていないが。


 意外にも近い日に二つの委員会の休みが同じ日になっていて、その日を過ぎれば次は何週間後だったりしてすぐに決断に至った。


 来週の休日は図書委員皆で勉強会という予定が入っているし、夏希に言われるより前にもう担任の小豆沢先生から中間テストの話をされていたから空いてる日は勉強の時間に使いたい。


 成績は大事だとあの日夏希に言われたため、真面目に勉強して損ではないだろう。


(初めて上級生の寮に入る……)


 下級生寮と上級生寮は一階の渡り廊下で共に繋がっている。

 別に上級生寮に行ってはいけないというルールがあるわけではないのだが、やっぱり先輩がいるというのであまり気軽には行けない。


 逆に先輩たちは結構下級生寮に来ることも多い。その用というのが大体委員会のことだったり。先輩たちが直接下級生寮に来て話していくのが多い。


(確か、来陰先輩がもう狩谷先輩に話はしてあるから、僕は先輩の元に行けばいいだけ)


 することといえば簡単なことなのに、なんだか変にとても緊張する。


 狩谷 悟は整備委員会の体験のときから個人的に警戒している人物の一人なのだ。それは、諒が武器製造の家系の人間だからこそ分かったこと。


「お、諒。珍しいな、一年生がこっちの寮に来るなんて」


「……あ、氷室先輩、お疲れ様です」


 上級生寮に入り狩谷 悟を探していると、手のひらをこちらに見せながら歩いてくる五年生の氷室 玲が諒に話しかける。一人目の先輩登場に、すぐさま諒はお辞儀をして丁寧な言葉をかけた。


「氷室先輩がここにいるってことは今日は監査委員会も休みなんですね」


「ああ。それで、諒は何しにここに? ……あ、もしかして来陰を探しにきたのか? それだったら呼んでくるけど」


「いえ、違うんです。僕は狩谷先輩を探してまして……」


 監査委員会の体験のとき諒は玲から色々教えてもらっていた。そのおかげか相手は自分のことを覚えていてくれたらしい。

 玲の親切心に遠慮を入れながら会う予定の悟の名前を出すと、


「狩谷先輩かぁ……談話室では見かけなかったな」


「そうですか……部屋にでもいるのかな」


 来陰からは放課後、悟からは自分の寮の談話室で座っとくということしか聞いていないと言われ。

 聞いたときちょっと適当じゃないですかと来陰に言うと、狩谷 悟はそういう人だからとだけ言われて苦笑いを浮かべていた。


「あの人頼りになるのは間違いないんだけどな。普段は自由人で面倒くさがりだから、たまに一個下の俺らも苦労するよ」


「あはは……そうなんですね」


 その後玲から狩谷 悟の部屋の場所を教えてもらい別れた。

 実は玲はこのあと来陰と一緒に鍛錬をする約束をしていたのだと。そう言って寮の玄関に向かったのを見届け、さあ歩き出そうとした瞬間、


「あ、諒くんだ」


 いつの間にか談話室で座っていた同じ図書委員の先輩――莉子と隣にいるもう一人の生徒と鉢合わせ。


「この子が莉子のところの一年生かぁ~」


 そう言ってジロジロ見てくる莉子の隣にいるもう一人の生徒。髪色は灰色でショートボブ、右側をサイドテールにして垂らしており、ヘアゴムの上から黒い紐でリボン結びに。

 前髪で左目が若干隠れて見えないが、表情的におそらく諒に興味津々なのだと思う。


(かおる)、先に自己紹介した方がいいんじゃない? 委員会体験週間では会うことないんだし」


「そだね。――ボクは黒川(くろかわ) (かおる)、安全委員会所属の四年生だよ!」


「安全……委員会!?」


「そ! いきなり言われてもびっくりしちゃうよね~。安全委員会は委員会体験週間に含まれてないから一年生と話す機会ないし。あ、ちなみにボクは莉子と同じクラスだよ」


 驚く情報ばかりだが、彼からはただならぬ気配を感じる。そう感じるのは、おそらくそれを薫自身が悟られないように隠しながらこうして接しているからだと思う。


 その笑顔の裏側にあるナニカを微かに感じ取った諒は、数歩後ずさる。


「諒くんは何しにここに? ……もしかして、最近諒くんが悩んでたことに関係してる?」


(サラッと真宵先輩にもばれてる!)


 内側をいつの間にか知られていた一人として真宵 莉子が追加される。


「えと、狩谷先輩を探してて。ついさっき会った氷室先輩に部屋の場所を教えてもらって、今から訪ねてみるところです」


「おー、一年生が六年生に交流かぁ。図書委員会と整備委員会。――何か共通点でもあったかな?」


 莉子から聞かれたことをさりげなくスルーし、目的を簡易的に話す。それを聞いた薫は頭を傾けこちらを見透かしたような瞳で、そう尋ねる。


「……っく、黒川先輩が真宵先輩と一緒にいるってことは、今日は安全委員会も休みなんですね」


「うん、そうだ……」


「じ、じゃあ、僕はこれで失礼します!」


 薫の笑顔なのに計り知れない圧のようなものを感じて、話題を逸らしながらこれ以上一緒にいるとボロを出しそうな予感がした諒は早々に別れの挨拶をして悟の部屋へと急いだ。


 その場から走り出し会話の途中なのにも関わらず駆けていった諒を見届けて、莉子と薫の二人は元々座っていた談話室の席に戻る。


「……もう、薫ったら。初対面でいきなり攻めすぎだよ。諒くんに対して少し圧出してたでしょ。一年生をそうやってからかう癖、やめた方がいいって何回も言ってるのに」


「だって面白いだもーん」


 何回注意しても治らない薫の癖に、莉子は怒りが出る気も起きない。薫の楽しそうないたずらっ子のような表情を見て、若干の呆れからため息を一つ。


「――ああやって、自分を絶対だって信じてる健気な一年生の姿とかさ」


 諒が走って行った方向を見て、頬杖をつき微笑を交えながら薫はぽそっと呟く。

 誰にも聞こえてないこの言葉は、ただ静かに消えていった。



(上級生寮だから当たり前だけど、こんなに色々な先輩たちに絡まれるなんて思ってなかったな……)


 先輩たちと話しただけでどっと疲れが出てきたが、せっかくの整備委員会委員長と話す機会を手放すわけにもいかないため、悟の部屋にと急ぐ。


 だけど、諒はあることに気付く。


 ――どうして自分は今こんなに必死になって悟を探しているのか、ということに。


 来陰から聞いた話では談話室で座っとくと言っていたのに、まずそもそもいない。

 話したいと申し出たのは諒だが、それでもとりあえず談話室で待っててくれてもいいじゃないかと、本来かけるはずのない疲れに怒りがふつふつと込み上がってくる。


「……わぁ!」


「おっと、すまん。怪我ないか?」


 怒りに気をとられて前を見ていなかった諒は、部屋からドアを開けて出てきた生徒に気付かず正面からぶつかってしまう。

 見上げると、緑髪の生徒。つり目でクールな印象を持った――皇 龍輝がそこに立っていた。


「だ、大丈夫です。すみません、前見てなくて。えっと、あなたは……」


 龍輝に、わずかながら見覚えはあった。

 一年三組で夜花見をした日、六年生が最初に迎えにきた中に彼はいた気がする。そして彼は、六年生の伊集院 渚と翠と一緒に、彼汰の隣にいたような。


 これまで出会った先輩たちの証言を思い出す諒。

 図書委員会、整備委員会、監査委員会、安全委員会が今日は休みだという言葉を聞いている。安全委員会以外の委員会の体験に諒は行っていて、その間に彼は見ていない。それを当てはめて考えると――、


「もしかして先輩って、安全委員会所属……ですか?」


「ああ、よく分かったな。花見騒動のときは一言も話してないのに。――俺は六年一組安全委員会委員長、皇 龍輝。よろしくな、一年生」


 恐る恐る尋ねると、明るい声色で自己紹介までしてくれた。

 諒も一応自己紹介すると、「諒だな、覚えたぜ」と返される。


「なんでお前がこっちの寮に来てんだ?」


 これで三回目の同じ質問。

 先ほどのように用件を簡単に伝えると、


「ああ、悟なら部屋に入ってったぜ。入ってくのは見たが部屋から出たのかは俺も知らん。今部屋出たからな」


 「あいつのことだから多分部屋から出てないと思う」という言葉を龍輝から受け取り、その場でお礼をし悟の部屋へと急ぐ。


「ここが狩谷先輩の部屋か……」


 そっとノックし悟が出てくるのを待つ。


「…………」


 だが――、


「…………」


 何も物音なくそこには無音が広がる。

 そんなことは、と思いもう一回ノックをしてみる。


「…………なんで出ないんだよ!」


 さすがにありえない。もしかして本当に部屋にいないのか。それとも意図的に無視しているのか。


「狩谷先輩! 僕です、一年三組図書委員会所属の稲浪 諒です! 来陰先輩からお話の機会を貰ったんですが! 狩谷せんぱーい!」


 わざと大声で呼びかけながらノックする力を強め大きな音を鳴らす。仮に部屋にいたとして、これで出てこないのならおかしい。悟自身が。


 だがそれでも――応答はなかった。


「そっちがこういうことやるならこっちだって強行手段に出てやる!」


 そう言ってドアに手をかけると、鍵はかかっていないためすんなりドアは開く。


 強行手段と言ってもあくまで悟にばれないように密かな行動を心掛ける。部屋にいた場合待たされてるのはこっちだ。


 そっと部屋に入る。机には座っていない。ならベッドにいるのか。


「……すぅ、……くぁー」


 ベッドを覗き込んだ諒の視界に映ったのは、気持ちのよさそうな顔で寝息を立てている悟だった。

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