14 ドラゴンの瞳
ヴィクターは目の前に広がる美しい光景を、目に焼き付けていた。
「グラネ!そなた賢いな!さすが私の愛馬だ!」
乗馬服に身を包んだレイルティアが、白銀の愛馬グラネを撫でまわす。主人に褒められて嬉しいのか、グラネもレイルティアに頬を寄せた。レイルティアのふわふわもふもふな髪は、乗馬に合わせたのか高い位置でひとつに結われ、馬の尻尾のように揺れている。グラネの尻尾よりもボリュームがありそうだが、風に揺られる様は綿菓子のようでもあった。
「ふふふ、そなたに乗ると昔を思い出す。風になったようだ。」
返事をするようにグラネがひとつ鳴く。
「いい場所だ。感謝する。」
レイルティアが以前より行きたがっていた草原だ。王都を出て、森を抜けて少し。小さくも色とりどりの花々が咲き、吹き抜ける風は心地いい。高台のこの場所からは、王都の一部が見下ろせた。
グラネを乗りこなせるようになったレイルティアを、約束していた遠乗りにヴィクターが連れ出したのだ。レイルティアは前日から浮足立っており、フラーク公爵邸の使用人たちも微笑まし気な視線を送るほどだった。草原に着き、グラネから飛び降りると、レイルティアは気の済むまで駆け回った。
一緒に来たのはヴィクターと、フレイア、リヴ。護衛の騎士がふたり。フレイアとリヴも馬に乗れたが、レイルティアが全速力でグラネを走らせたので、ふたりは護衛騎士のひとりと一緒に少し遅れて草原に到着した。彼女らはヴィクターとレイルティアのための軽食や敷物、日除け等の荷物もあったのだ。
「ヴィクター!そなたにも礼を言うぞ!」
跳ねるようにグラネと一緒にはしゃぎ、草原を堪能していたレイルティアがくるりと振り返った。
「喜んでくれて何よりだ。」
ヴィクターは努めて平静を装った。
「この乗馬服も動きやすくて良いものだな。いつもこれだと楽なのだが。」
「ドレスは好まないか?」
「あれは重いしきついし動き難いしで良い事が無い。そうだ、ヴィクターも一度着てみると良いぞ!」
「それは遠慮しておこう。」
良い事を思いついた!と言わんばかりのレイルティアに、ヴィクターは苦笑して首を振った。そんなふたりに、フレイアが声をかける。軽食の用意が出来たようだ。
「見たかフレイア!グラネと共に私が駆ける様を!」
「ええ、しかと。さながら風のようでしたよ、姫様。お二方のふわふわな尻尾も雲のようで。」
「そうだろうそうだろう!グラネは毛並みも‥‥ん?お二方?」
「念願が叶ってよかったですね、姫様。」
「う、うむ。うむ?」
「お嬢様、こちらがサンドイッチです。」
「おお!公爵邸のコックたちは腕がいいからな!美味しそうだ!」
フレイアの言葉に首を傾げていたレイルティアは、隣からリヴが差し出してきた、サンドイッチが詰められた箱に意識を奪われた。野菜や肉を挟んだ、食べやすい大きさのサンドイッチが丁寧に詰められていた。
「ヴィクター!これはどうだ!そなたが好きそうだぞ!」
そのうちのひとつを取って、隣に座ったヴィクターに差し出した。もちろん、レイルティアはヴィクターがそれを受け取るものだと思っていた。
「ん‥‥ああ、美味いな。」
しかしヴィクターは躊躇いなく、その差し出された手を掴んで、そのまま一口齧った。
「ヴィクター。」
「ん?」
「それでは私が食べれぬではないか。自分の分は自分で持て。」
「‥‥ああ、そうだな。すまない。」
眉が八の字になっている。レイルティアの照れが見られず、ヴィクターは落胆したようだ。
空気を読み、少し離れた所で飲み物の準備をしていたリヴとフレイアが小さく笑いを漏らしていた。
「旦那様を不憫に思う日が来るなんて。」
「姫様を落とすのは至難の業かと。」
「旦那様の整ったお顔であのようなことをされても、お嬢様は全く心が動いていないようですしね。」
「今の姫様の関心は、公爵様よりもサンドイッチですから。」
「ええ、そのようです。コック達は鼻が高いでしょうね、ふふふ。」
サンドイッチを食べきり、満足したレイルティアは改めて草原を見渡した。ヴィクターは、騎士に呼ばれて席を外している。
頬を撫でる穏やかな風。草花の揺れる音。遮るものの無い空。レイルティアは、心が満たされていくのを感じた。ずっとずっと、こんな場所に来たかったのだ。城を抜け出して、街を出て。風のように駆けたかった。それが、今日、叶ったのだ。
そうして、レイルティアは溜息をついた。
もっと遠くへ。もっと速く。もっと自由に。そんな欲がふつふつと湧き出してきたのだ。ひとつ叶ったら、もっと、もっと。と。欲深くなったものだ、と自分自身を嘲笑ったが、これも人間になったからなのかもしれない、とも思った。
「ティア。」
たそがれていたレイルティアにヴィクターが声をかけた。ふっと思考を現実に引き戻されたレイルティアは、ゆっくりとヴィクターに視線を向ける。
「なんだ?」
ヴィクターはレイルティアの隣に腰を下ろし、手に持っていた小さな箱を開いた。
「やっと出来上がったんだ。早く君に渡したくて。」
そう言って彼が手にしたのは、一連のネックレスだ。光の加減で黄金色に煌めく、濃い黄色の宝石の首飾り。
「その色は‥‥。」
「‥‥俺が着けてもいいだろうか?」
レイルティアは頷いて、ヴィクターに背を向けた。無防備な首を晒すなど前世では考えらない行為だったが、今の彼女は何の抵抗もなくそうすることが出来た。
白く細い首に、黄金が控えめに輝いた。他のアクセサリーと喧嘩をする事は無いだろう。
「肌身離さず着けていて欲しい。」
「いや加減を知れ。」
「それを俺だと思って。」
「なおさらだ。」
「せめて俺が一緒で無い時はどうか着けていて欲しい。」
「‥‥。」
「ティア。」
縋るように名前を呼ぶヴィクターに、レイルティアは折れた。
「はあ、わかった。出来る限りは着けよう。」
「ああ!」
「出来る限り、だからな。」
宝石もドレスも要らないと、レイルティアがいくら言ってもヴィクターはそれらを買ってくる。「俺の趣味だ」と言って。しかし、このネックレスだけは、なんとなくこれまでの宝石やアクセサリー達とは違う、とレイルティアは感じていた。ヴィクターの瞳の色だったからなのか、彼が肌身離さず着けて欲しいと言うからなのか、理由は分からない。けれど、レイルティアに残る前世の感覚が、その違和感を告げていたのだった。




