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13 とある公爵邸の侍女

 私はリヴ。フラーク公爵家に仕える侍女の一人です。フラーク公爵の家門のひとつである伯爵家の三女で、元々は行儀見習いとして雇っていただいていたのですが、先代の奥様がお優しい方で、幼いながらこの仕事が楽しいと思い今でも続けております。10代前半からなので‥‥もう10数年、公爵邸でお世話になっております。


 最近、ようやく旦那様が婚約いたしました。お相手はこの国の第3王女、レイルティア殿下。正式な婚約前に、公爵邸にいらした際に初めてお目にかかりました。本当に天使のようにお可愛らしい方です。レイルティア殿下のお姉様でいらっしゃるアステラ大公妃陛下によく似ておられます。けれどレイルティア殿下のふわふわできらきらな御髪も相まって、大公妃陛下よりも可愛らしい印象が強いお方です。

 レイルティア殿下をエスコートなさる旦那様は、公爵邸に仕える私達でさえ見た事のない表情をしておられました。見ているこちらが照れてしまうほどに甘く、柔らかなお顔で。私たち全員が「旦那様はレイルティア殿下を愛していらっしゃる」と確信しました。


 それからおふたりは無事に婚約式を終え、レイルティア殿下は公爵邸に居住を移しました。旦那様の指示で、レイルティア殿下のお部屋は、使用人一同で磨き上げておきました。旦那様に新しいカーテンをお勧めしたのは私です。レイルティア殿下も気に入ってくださったようで、安心いたしました。




「フレイアさん、こちらをお嬢様に、と。」

「リヴさん‥‥これはまた‥。」


 本日も、メイドを連れて、レイルティア殿下‥‥お嬢様のお部屋を訪ねました。中からフレイアさんが出てきて、そしてメイドが持つ大きな花束を見て苦笑します。そうですよね、私も同じ気持ちです。


 お嬢様はこちらにいらしてから、公爵邸に仕える者たちに「殿下ではなく、名前かお嬢様と呼んでいただけると嬉しいわ。」と仰いました。それから私達は「お嬢様」とお呼びしております。流石に名前でお呼びするのは恐れ多くて。

 そして、お嬢様は私達の事を名前で呼んでくださいます。確かに私は、侍女の中でも頻繁にお嬢様のお世話をさせていただいております。しかし、お嬢様はメイドたちの名前までご存じなのです。高貴なお方は、侍女の名前は憶えても、メイドの名前は知らないのが普通ですのに。


「リヴ、どうかしたの?」


 フレイアさんと話をしていると、中からお嬢様に呼ばれました。


「失礼いたします、お嬢様。旦那様より、花束でございます。」

「‥‥また、昨日にまして大きいのね‥。」

「はい。それと‥‥こちらも‥‥。」


 フレイアさんと同じような苦笑いを浮かべたお嬢様。でも、旦那様から預かったのはこれだけではございません。花束に隠れて見えなくなっていたメイドをもうひとり呼びます。


「選べなかったから全部買って来た、と。」

「‥ヴィクターは私の胃袋をなんだと思っているんだ?」

「レイル様、口調。」

「リヴにはバレているからよかろう?」


 先ほどまでの王女様然とした口調が壊れ‥‥こほん、素に戻りました。どうやらお嬢様はこちらが楽なようなのです。でも、お嬢様。実はもう公爵邸の者たちは皆、その素のお姿に気づいておりますよ。フレイアさんがため息をこぼしました。


「お嬢様、お気に召したものはお茶と一緒にお持ちいたしますが‥‥。」

「うむ。その苺の乗ったやつがいいな。フレイアはどれだ?」

「では、オレンジのタルトを。」

「ああ、リヴも好きなものを選んでくれ。お茶は三つだ。」

「ありがとうございます。」

「ニーナとエメリ、その花を片付け‥‥んん゛、飾り終えたら、残りはそなた達で分けてくれ。」

「「よろしいのですか!?」」

「後でどれが美味しかったか、教えてくれるならな?」

「「もちろんでございます!!」」


 嬉しさから頬を赤く染めたメイドのふたりが、元気よく返事をしました。フレイアさんはもちろん、私も、お嬢様のこういった行動には慣れてしましましたが、メイドたちは日によって担当が変わるので中々無い機会なのです。お嬢様は、キャッキャと今にも飛び跳ねそうなメイドふたりを、微笑ましげに見ています。


「ニーナ、エメリ。その花束はこれとこれに分けて。余るようなら持って帰りたい者達に。」


 フレイアさんが指示を出します。私はエメリから菓子の入った箱を受け取り、お茶の用意をしに退室しました。



 最初の頃、お嬢様は旦那様に対して一線を引いているように見えました。なんと言えばよいのでしょうか‥‥威嚇、するような?いえ、お嬢様の御髪がふわふわでもふもふだから小動物に見えたとかそういうわけではなく‥‥。

 確かに、旦那様に対しては警戒心を持っていたように思います。けれど同時に、何故か昔からの知り合いかのような、そんな気安さもあって‥‥。


 そんなお嬢様に、最近旦那様が馬を贈ったのです。お嬢様はデビュタントまで王城から出たことが無かったらしく、それはそれはものすごくお喜びになったのだとか。普段あまり懐かな‥‥気を許さない素振りのお嬢様が、満面の笑みで旦那様に飛びついたと聞きました。‥そう、聞きまして。はい。ええ。この邸宅に勤める者ならばその次は想像に容易いでしょう。お嬢様に出会ってからの旦那様を知っているのならば。


 旦那様、初めて自分に抱き着いてきたお嬢様に理性がプッツンしてしまったようでして。途中で旦那様を止める事に成功した家令が、冷や汗を流しておりましたよ。「婚姻前に‥‥!危なかった!」と。旦那様、結婚まで我慢できそうですか?


 お嬢様はそんな旦那様の心境を露ほども理解しておらず、翌日は乗馬を教えてらう約束だと念押ししておりました。その現場を見たのは、お嬢様がお戻りという事で、メイドと共に飲み物を丁度お運びしたところだったからです。その時私達は思いました。あの無邪気なお嬢様を、結婚までの期間お守りせねば、と。




 旦那様はお嬢様に出会う直前まで、国外に出ていることが多かった方です。初恋のお方をお探しだったのだとか。いつ、どこで出会ったのか。どんなお方なのか。私のような一介の侍女では、詳しくは存じ上げません。しかしながらこのお話は、貴族の間では有名なものです。私も、侍女ではなく貴族として社交の場に出た際にはよく耳にします。お嬢様は、ご存じなのでしょうか‥‥。婚約者のこんな話を知って、良い気はしないでしょう。おふたりの仲は(お嬢様から多少威嚇されていても)良いのですから、このまま平和に結婚式を迎えて欲しいものです。


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