12 尻尾は嬉しいと揺れる
ヴィクターに「プレゼントがあるんだ」と言われたレイルティアは、また何の花だ?等と思いながら彼にエスコートされるまま歩いていた。ヴィクターは軽装で、これからどこかに出かけるとはとても思えない。それに、レイルティアをエスコートしていない方の手には、果物の入った籠を持っていた。
「なんだ、庭でピクニックでもするのか?」
「ああ、それも楽しそうだ。でも、ハズレだ。」
「そうもったいぶらなくてもよかろうに。」
「ティアの驚いた顔が見たくてね。」
レイルティアの服装も、いつもより質素だった。ヴィクターがフレイアに指示でも出したのだろう、とレイルティアは考える。外に出る気はするのだが、買い物でもピクニックでもないとすれば、何なんだ?とレイルティアは疑問符を飛ばす。そんな彼女をヴィクターは愛おしそうに眺めていた。
「最近、お茶会によく顔を出しているようだが‥‥」
「オーレリアお姉さまに言われてな。悪くは無いぞ?出てくる紅茶もお菓子も美味だ。」
「それならいいが。暫くは身内のものだけにしてくれ。」
「私は完璧だぞ?」
「それは知っている。君を疑うはずがない。」
「友人もできたのだ。さっぱりした性格が気に入ってな。そのうち紹介してやろう。」
「さっぱり‥‥?気に入ったって‥‥それは一体どこの‥‥!」
「シグル侯爵令嬢だ。」
「‥そう、か。ご令嬢‥‥うん、友人が出来て何よりだ。」
ふふん、とレイルティアは得意げに口角を上げた。どこかほっとした様子のヴィクターは、そのまま彼女を連れて庭に出て、いつもお茶をする場所とは反対側に向かった。
そこには、公爵邸で飼っている馬たちがいる。
「馬小屋‥‥?」
思わぬ場所にレイルティアが呆けている間に、一人の馬丁が馬を一頭連れてきた。白馬、というにはその毛並みは輝きすぎている。
ヴィクターがその馬を撫でると、馬はほんの少し頭を下げる。穏やかな気質のようだ。
「ティア、今日からこいつは君の馬だ。」
「馬‥‥。」
「君ならすぐに乗れるようになる。」
「‥‥私の、馬‥。」
「うまく乗れるようになったら、一緒に遠乗りにでも出かけないか?」
瞬きも忘れてしまった様子のレイルティアを、ヴィクターはゆっくりと馬の前に歩かせる。レイルティアはゆっくりと手を伸ばした。すると、馬が首を下げて、その手に自ら触れた。
まるで、レイルティアを自分の主だと認識しているかのよう。馬丁はその様子に驚いて目を丸くしていた。
「‥‥まだ名前は無い。君がつけてくれ。」
レイルティアは優しく馬を撫でながら、ゆっくりとヴィクターの言葉を飲み込んでいった。そうして、自分と同じような白銀の毛並みのこの馬こそ、ヴィクターが言っていたプレゼントだと理解する。
「グラネ。そなたはグラネだ。」
名を貰ったグラネが、ひとつ鼻を鳴らした。
「私はレイルティア。これからよろしく頼む。」
驚きに満ちていたレイルティアの表情が、少しずつほぐれていく。ヴィクターが持ってきた果物をレイルティアに手渡すと、彼女はその意図を理解し、グラネと名付けたばかりの馬に、手ずから食べさせた。
シャクシャク、とグラネがリンゴをかじる音。ヴィクターの籠の中が空になると、馬丁はグラネを連れて馬小屋に戻って行った。
その姿を見届けて、レイルティアは勢いよくヴィクターを振り返った。
「ヴィクター!!!」
「ティ、ティア?」
「ありがとう!!!」
「!?!?!?」
満面の笑みを浮かべて、はしゃぐようにレイルティアがヴィクターに抱き着いた。突然の出来事に、ヴィクターはそのまま銅像になった。
「こんなに嬉しいプレゼントは初めてだ!!!」
「???」
「明日は空いているか!?馬の乗り方を教えて欲しい!!」
「???」
「ヴィクター?おい!聞いているのか!?明日は空いているのかと、
「‥ティア‥‥」
「ん?」
「‥‥幻覚か‥?」
「おい!ヴィクター!」
「夢‥‥?」
「ヴィクター、急にどうし・・わっ!ちょ、なにを!」
急に体が浮いたレイルティアが驚きの声を上げる。咄嗟にヴィクターの肩を掴むと、彼の顔が自分より低い位置にある。何故かヴィクターによって抱き上げられたようだ、と理解するが、レイルティアはそんな事よりも!と先ほどの話を続けた。
「ヴィクター!私の話を聞いているのか!?」
「ティア‥‥」
「ああ、その感じはまた可笑しなことになっているな?おいこら戻ってこい。」
「ティアが、俺に、抱き着いてきた‥‥」
「‥‥はあ。別に乗馬を教えてくれるのはそなたでなくとも、」
「だめだ!」
「なんだ、戻ったか?」
「ゆ、夢じゃ‥‥」
「ないぞ。で、明日は空いているのか?」
「あ、ああ。」
「馬の乗り方を教えて欲しいのだ。」
「もちろん‥!」
「そうか!」
ヴィクターの返答を聞き、更に上機嫌になったレイルティアは惜しみない笑顔でヴィクター(の顔)に抱き着いた。またしてもヴィクターが固まる。
「すぐに乗りこなしてみせるぞ!ああまたあの風を切るように走れるのかと思うと待ちきれぬな!!」
「!?!?!?」
少し離れて付いて来ていたフレイアには、レイルティアの背にぶんぶんと揺れる尻尾の幻覚が見えたという。
「そなたが婚約者で本当に良かった!」
一点の曇りもない、心からの言葉だった。が、それは「馬をプレゼントしてくれるような人が婚約者で良かった」という意味であり、"ヴィクターだから"という気持ちは一切ない。しかしてヴィクターにとってそんなことは関係なく、レイルティアの口から放たれたその言葉が心臓に直撃した。たぶん、吐血もしていた。
「ヴィクター?」
何本かネジが外れてしまったらしいヴィクターは、レイルティアを抱き上げたまま無言で屋敷の中へ戻って行く。レイルティアが困惑していると、ヴィクターの自室に戻る途中で家令に声を掛けられ、ヴィクターはなんとか正気を取り戻したようだった。
「明日だからな!約束したのだからな!」
「ああ‥‥また明日、ティア。」
ヴィクターは、僅かな理性によりレイルティアを彼女の部屋へ送り届けた。家令だけでなく数人の侍女たちも、それを見届けていたらしい。




