87:極北の宝探しと侵攻者(インベーダー)2
夏休みまであと1週間を切った日。
荒金靖樹ら4人はゴブリンのプレイヤー「ディック」を
ファシテイトの北海道地方「エゾ」の街「カチプト」より救出した。
次は目的は電子知性体の一人である「マルール」を助ける為、エゾの探索を行うこと。
もうすぐ夏休みに入る為、大幅にゲームに時間を割けるようになる。
そうすれば本格的にマルールを探せる……と不安半分、期待半分の中、終業式を
靖樹たちは終わらせようとしていた。
しかし、ファシテイトの中では電子知性達の”次の目的”のための
布石が着々と動き始めていた―――
(文字数:6094)
カチプト奪還作戦から一夜明けて。
暑い空気が身体を包んでいるのに気づいて、身体を動かすと
一気に感覚が現実へと引き戻された。
「ううん……」
目を反射的に開くと、いつも見ている自分の部屋の天井が目に入ってきた。
クーラーを寝る前に着けていたが、1時間後に切れるように設定しているので
朝方には部屋の冷気が無くなって、ちょうど目が覚めるのだ。
「朝か……今日、終業式だったっけな」
靖樹はベッドから起き上がると、そんな事を呟きながら一階へと降りていった。
「靖樹、ご飯できてるわよ~」
母親が自分を起こしに来たのに鉢合わせ、
そのまま一階のリビングにて朝食を取った。
至ってスタンダードなベーコンエッグに、小盛のご飯が自分のいつもの朝御飯だ。
親父と母親と、自分の三名がいつもこうして揃うのが朝の一コマである。
ただ夏になると両親はいつも自分を置いて長く旅行に出る事が多い。
だからもう少しすると、家は一人になる。
(ま、今年は一人の方が助かるな……)
何故旅行に出るかというと、それが二人の日課のようなものだからだ。
どこかに旅行に行って、ストレスを発散してくるのが習慣化しているのである。
最初は、両親は自分を連れて行ってくれていたが、ある時から旅行に出るのが
面倒くさくなったので、自分から願い出て夏は一人で自分の家に居る事にしている。
『ファシテイト内の北海道の機能は、元の状態を取り戻しつつあります』
耳のユニオン・デバイスを弄って仮想ウィンドウを表示し、テレビを見る。
するとニュースではファシテイトの北海道エリアが解放された話をしていた。
夏前の最後の休みの「海の日」であった昨日。
突如、モンスター達が占拠していた北海道の都市「カチプト」からモンスターが居なくなった。
『未だ占拠が解かれた理由はよくわかっておらず、また途中で連合軍を裏切ったレッドフリークの……』
(匂坂さん……何やったんだ、昨日)
靖樹たちは昨日、ルダント改め「ディック」をカチプトから連れ出すことに成功した。
モンスターも居なくなり、事件は解決をひとまずは見たのだが、
その後に入ってきたニュースが驚愕モノだった。
なんとカチプトを攻めていた匂坂たち悪人街の援軍が、いきなり反旗を翻したのである。
賞金稼ぎたちの一団が壊滅させられ、残った連合軍にも襲い掛かった。
それで乱戦となり、何とか連合軍側が数の力で追い返しはしたものの、
何せ裏切ったのが匂坂率いるPK系ギルド最強の「レッド・フリーク」であったから連合軍側は半壊。
完全に不意を突かれた事もあり、戦力の大半を失ってしまったのだった。
「なんで……裏切ったんだろ?」
「えっ、靖樹何か言った?」
「いや何でもないよ」
靖樹は母に答えながらも、匂坂たちの事を考える。
それで、一時はカチプトの奪還作戦中止すら検討されたらしいが、その後に出ていった斥候の報告で
既にカチプトがもぬけの殻となっているのが判明し、そのままカチプトは元の人間の領土の状態へと戻った、という訳だ。
誰が奪還したのかは、わからないまま。
「匂坂たちが奪い返したのでは?」と噂されたが、彼らだけでは不可能であるため、その可能性は否定された。
そもそも本人らが行方をくらませてしまった為、結真相はわかっていない。
ちなみに匂坂を始めとした裏切った悪人街の面々は、懸賞金がうなぎ上りとなった。
匂坂本人に至っては実に4倍の額面に膨れ上がってしまっている。
最初でさえ、匂坂の懸賞金はリアルマネー換算で家を建てられるかもしれない額だったため、
今ではアパートやらマンションを余裕で建てられる金額となっていた。
さぞ苛烈な追手が掛かっているはずだが、あれから連絡はない。
(……わかんないなぁ、ホントあの人は)
そして、ゴブリンの「ルダント」ことディックだが、今はルゥリと一緒に
北海道エリアの都市のはずれに潜伏している。
今日の終業式を終えれば、学生たちは夏休みに入り、自由に使える時間が大幅に増える。
次の行動はそれからである。
■
学校の終業式は、例年のごとくあっさりと進んでいった。
生徒全員が集められた校庭の上で、じとじとと暑さが充満している中でも
校長の話は全く手加減なしに進んでいた。
「であるからして、夏というのは自己を成長させるのに最適の季節であり……」
「おっはー、ヤス。調子はどうだ?」
終業式の最中、ミツキがこちらへと話しかけてきた。
にやついた顔で、機嫌が良さそうなのが伺えた。
「なんとかな。昨日は殴られまくったから、首のあたりが痛いけど……」
昨日、カチプトの中で巨人の「ジャーバス」と戦闘をした後だ。
何となく身体には疲労感が残っていた。
本来ならゲームシステム上、余り肉体には影響は無いはずだが
あの事件以降、靖樹やミツキやらのゲーム内での感覚は現実と同じぐらいにまで
レベルを上げられている。影響も出るはずだ。
「今日、終わったらどうするよ? A・フォースのトコ行くのか?」
「いや。まずはマルールを探すよ。ルゥリとディックの二人をまずは何とかしないと」
秋葉原のA・フォースは今、内輪揉めの真っ最中だ。
内輪揉めというよりは……”内乱”と言った方がいいかもしれない。
それもほぼ勝負がついているような状態だ。
元々居たメンバーは殆どが追放されたか出ていき、残っている人たちも
いつ出ていかざるを得なくなるかわからない。
だが、それでも約束した以上はディックこと「アギレイ・ウー」が帰る手伝いをする。
それは確定事項である。
(格ゲーマーか……)
A・フォースのギルド乗っ取りをしたのは、魏蘭やダパルケット達の話では
「格闘ゲーマー」の一団であるとの事だ。
その名声に目を付けた「我門恭也」という
有名な格闘ゲーマーを中心とした一団が、今乗っ取りをかけていているとか。
マルールを探す件もだが、何とかしてA・フォースを奪い返す算段を考えなければならない。
(強そうだなぁ)
格闘ゲーマーというのは、ゲームをする人間の中でも、ひときわ実力主義者の多い者たちだ。
他のゲームがスポーツであり純粋な遊びであるのに対して、格闘ゲームというのは
肉体を使わない格闘技と言ってもいい。筋力ではなく、読みと精神力を求められる
まさに「仮想の戦い」を行うジャンルだ。
だからその中で上位に居るものはとてつもなく強い。特に1対1(タイマン)の戦いでは
それは「鬼」とすら呼べるようなものだ。
そういう人種の、しかもA・フォースを乗っ取れるような実力者を倒す……と考えるとこれまた難しそうだった。
そもそも、戦力をどこから集めればいいのか……。
「頭が痛いなぁ」
「まぁ、何とかなるって! 気楽にいこーぜぇ」
「なんだ、えらく機嫌がいいな。どうしたんだ?」
さっきからミツキはひたすらに笑顔で楽しそうにしている。
どうしたのかと思わず訊ねると、彼は言った。
「いやだってよ、あの二人めっちゃ可愛かっただろ。こりゃあ彼女の予感もするってもんじゃん?」
「彼女……ああなるほど、そういう事ね」
どうやらミツキは昨日会った夏奈と銑里が、可愛かったので
そのまま彼女ができるかも、という予感にときめいているようだった。
そんな虫のいい話があるわけはない、と靖樹はわかっているので
冷静になるようミツキに言った。
「でもそんな虫のいい話は無いだろ。知り合いになるのとは全然次元の違う話だし」
「いやいや、そこじゃない。わかってないなぁお前。あの二人じゃなくても、女友達が出来たってのがデカイんだよ」
「なんでさ?」
「女の子ってのは知り合いも女の子なんだよ。だからな……わかるだろ?」
「つまり、彼女ができる確率が飛躍的に上がると?」
靖樹が言うと肯定の返事の代わりにニコっとミツキは微笑んだ。
いつも女子の前ではクールに振舞っているが、一皮剥けばこれである。
靖樹は「そんな訳ないじゃないか……」と反論しようと思ったが、意味がなさそうなので辞めた。
(彼女ねぇ……)
彼女が欲しいか? と言われたら靖樹には欲しいかどうかはよくわからない。
ゲーム友達は欲しい。が、女の子が~と特に気にはしていなかった。
どっちでも良いというか、性別はあまり興味が無いというか。
自分には完全に無縁のものと思っていたのだ。
「えー、それでは、校長の話を終わります。次は……生徒会長から皆さんに一言」
校長のタメになるが内容を薄めているだけの話が終わると、次は生徒会長が壇上に立った。
北海道に向かう前に戦った久島会長だ。
「お、生徒会長じゃん。めっちゃ強いんだっけか?」
ミツキが靖樹に言った。
学校のファシテイトをプレイする人間が全て所属している「学校ギルド」。
その統括者である久島会長は、学内最強の実力者である。
度々その姿を見る事があるものの、実際に学内で戦う事は余り無いため、手合わせをした人間は少ない。
せいぜい学校ギルドの更に戦闘専門のサークルである「戦闘部」の上位者ぐらいだろう。
「ああ、強かったよ。何とか引き分けに持ち込めたけど……」
「お前、なんで引き分けにできたんだ? まともに正面から打ち合うだけでも相当なモンだってのに」
「武器の力さ。俺の実力じゃない」
靖樹は謙遜して言った。
確かに★火曜星の刃の力で引き分けに持ち込めたようなものだ。
あれが無ければ単純に力で押し切られていたことだろう。
しかし、それでもある程度はまともに正面切って戦っていた。
その事実が既に靖樹の実力が並のプレイヤーでは無いことを示しているのだが
当の本人はその事には気付いていないようだった。
「えー、これから夏の長期休暇の時期となります。夏だからと言って、あまりだらけた生活を送らないように気を付けましょう。生活リズムというものは……」
(仲間……かぁ)
マルールを探す事が当面の目標だが、A・フォースを奪還するための仲間を
どうにかする事も靖樹の悩みの種になっていた。
相手の数はそこまで多くはないが、少ないわけではない。
ダパルケットの話を聞く限りでは、実力者は10名ちょっとぐらいだろうか。
後は有象無象のプレイヤーが多数で合計120名。
これと戦うには、工夫が必要だ。
特に実力者たちと互角に戦える仲間を、どうにかして集めなければ……。
(でも格ゲーマーと戦うとなると、生半可な腕じゃダメだ)
格ゲーマーは1対1の対決において、無類の強さを持っている。
自分とミツキは、レベル差があって対決は難しい。
センリと夏奈の二人は、とてもではないが頭数には入れられない。
マルールにレベルは戻してもらえるかもしれないが
それでもウーと自分たちを合わせてたった3名だ。
これではとても足りない。
(会長とか、悪人街のあの人たちが仲間に入ってくれると助かるんだけどなぁ……)
今まで仲間になってくれた強力なプレイヤー達。
彼らの助力を得られれば……と思ったが、それは難しいだろう。
悪人街の人々にも、久島会長を始めとした学校ギルドの面々にも、袂を分かった以上、支援してもらう事は難しい。
これは自分と、自分の仲間の戦いなのだから。
「どうした、難しい顔してよ」
「いや、A・フォースの奪還作戦を考えてたんだけどさ……」
「ああそれか。まぁ、それは後回しにしようぜ。今考えても仕方ねェ。オレ達の今の状況じゃ、おいそれとどこかに頼むわけにも行かねェしよォ」
確かにミツキの言う通りではあった。
まずは先にマルールを探す事だ。それから、である。
「先が思いやられるなぁ……」
校庭を照らす激しい夏の日差しが、これからの展開が
大変なものになる事を予感させているような気がした。
■
丁度、終業式が行われていたその時間。
ファシテイトのエゾ地方に、巨大な円形の”穴”が出現していた。
混沌が渦を巻いたような奇怪なトンネル。
その中から、ひとつの人影が現れた。
「ここが……電想世界ですかねぇ?」
毬栗のようなトゲトゲの髪の少年は言った。
黒いスーツに身を包んでいて、小柄な執事という感じの格好をしている。
しかし人間ではない。青色の肌に、金色の瞳。そして眼球が黒い闇のような色に染まっていた。
彼に続いて、その後に数人がトンネルから抜けて現れる。
「そのようだ。無事に転送は成功したらしい」
「まだ身体がパリパリします……」
時間はまだ夜中だった。
昼間だったなら、より彼等は目立っていただろう。
何せ現れた者達の中に、人間だと思われるものは誰一人としていなかったのだから。
「結局、集まったのはこれだけか」
その場に現れたのは4人だった。
最も大きな体躯を持つ翼を持った男が言う。
「とりあえず自己紹介と行こうか。私はギュラード。プリブラム様より派遣された”ワイバニアン”だ」
ギュラードと名乗った男は蝙蝠のような翼を持っていた。
ただそれにしては強靭そうな見た目の翼で、所々に鱗があるところから
どちらかというとドラゴンが持っているようなものを連想させる。
身体は鎧に覆われているが、露出している肌の部分にも緑の鱗があった。
「ザーノートと言います。エズデッダ様より行って来いと言われて来ました。種族は”魔族”です」
ザーノートはそういうと気だるそうに言った。
彼は長旅で疲れているようだった。
「私はファル。正式にはN-101型のコードFALL。フレイ様より派遣されてまいりました。種族というカテゴリでは、”フィギュア”となります」
表情を一切変えないまま、少女は言った。
見た目は人間の格好をしているが、彼女も身体の所々から
歯車やらアンテナやらが見えていて、ロボットのようだった。
「私はリュナ。”バチュラ”の一人。アレク様の命により参上いたしました」
もう一人は巨大な黒い目をしていた。
口元が両側に開くようになっていて、背中には大きな羽根があった。
そして人の手とは別に虫のような細く節のある手があった。
昆虫、まるでハチが人型になったような姿だった。
彼女は周りを見ると、不満そうに言った。
「しかし、何故4名しか居ないのですか? 伝達は偉大なる9人全員に伝わったと思われるのですが。確か予定では一人ずつ種族の代表者を出すとか……」
「他の方々の件は私が聞いている」
リュナの問いかけに、ギュラードが応えた。
「まず、レクレフ様は配下が少数で……それに一人一人が強く、ゲームのルールに相応しくないから、と言う事で辞退となった。またマル―ル様とソーンダイク様は今封印されており、助力を請う事は難しいのでそちらもナシだ」
「ジーク様とアイザイア様は?」
リュナが更に訊ねると、今度はファルが言った。
「お二人は協力する気が無いとの事でした……アイザイア様に至っては”気まぐれの遊びに付き合う気はない”と」
リュナがファルの報告に、どこか納得したように言った。
「なるほど……では仕方ないな。ではこの4名が”代表者”か」
「発表の場所は……?」
ファルが訊ねると、ザーノートが応えた。
彼だけが誰からか持たされたメモを持っていた。
「えー……東京って所に行けってさ。そこで今から1週間後に発表。で、”統合”が2週間後だから、それまでには帰ってこいって」
「なるほど……じゃあ、とりあえず1週間は猶予があるという訳か」
4人の亜人たちはエゾ地方の山奥から、街を目指して歩いて行った。




