86:カチプトの攻防(5)
夏休みまであと1週間を切った日。
荒金靖樹ら4人はゴブリンのプレイヤー「ルダント」をゲーム内から救出する為に
ファシテイトの北海道地方「エゾ」の街「カチプト」へと潜入した。
そしてその最高戦力「巨人」の長であるジャーバスと1対1で戦う事となった。
無謀な対決は、グンバのドーピング戦法とアーティファクト武器による
決死の攻撃で双方が大ダメージを受けたが、巨人とオークの肉体では圧倒的な差があった。
グンバのHPがゼロを割り、マイナスとなる直前。
ゴブリンの「ルダント」が戦闘に乱入し、グンバの前に立って言った。
「こいつは自分の仲間だ」と。
揺れ動く心を現実へと戻る事に決めたルダントは、ジャーバスとの一騎打ちに臨む―――
(文字数:16575)
学校でかけられた言葉で記憶に残ってるものがある。
「気持ち悪いからあっちいけよ」
確か、一番古いものはこれだ。
自分の見た目は、ハッキリ言って良い方ではなかった。
根暗そうだ、自己主張が薄そうだ、目つきが生意気そう。
じめじめしていて、一緒に居るとカビが生えちゃいそうだ、とかも言われたっけ。
とにかく、自分はそんな理由で除け者になった。
(なんで……こんな事をされるんだろう)
やがてただの除け者から”無視される遊び”の対象になったり、からかわれたり。
”イジる”という名目で何か得体の知れない動物やら宇宙人やらに例えられたりした。
それで、やがて道具で突かれたり、持ち物を隠されたりするようになった。
いわゆる「パシり」という役目を押し付けられたりするようにもなった。
(ああ……イジメられてるんだな……)
そう感じるようになったのは、もう自分だけではどうにもならない状態になってからだった。
ストレス発散のために食って掛かってくる同級生は、こちらが「止めて」と言う事をまるで犯罪のように言い返してくる。
やがて自分は、学校に行かなくなった。
それでファシテイトにのめり込むようになった。
ここなら本当の自分になれるような気がしたから。
「総帥! 次はどうするでござるか?」
「閣下、どうご采配されますか?」
「首領、首領……おれの行く道を、教え、教えて」
やがて自分は、ゲームプレイヤーとしては意外と強い方だって事がわかり、仲間ができた。
そして―――裏切られた。
「何故、自分がギルドマスターを罷免されたかはわかっているな?」
「……」
我門が追放の決議が決まった後で、改めてそう言ってきた時も、余り驚きはしなかった。
「またか」と思っただけだ。また自分の居場所がなくなった、と。
でも精神的には結構傷ついていたのかもしれない。
その後は何もやる気がしなかった。
ただ、ぶらぶらしていた。ファシテイトの中を。
「……な、何ダニ? これは……?」
そしてそんな中で、強烈な眠気と共にゲーム内で寝落ちをしたらゴブリンの姿になっていた。
最初は夢なのかと思っていた。
ネット上で人気になっている異世界転生小説のような事が自分に起こったのかな、と思った。
でも自分の周囲にも同じような状況に陥った「元人間」らしきプレイヤーが居て、夢ではないと知った。別に異世界でもなんでもなくて、居る場所がファシテイトの中であるという事も、色々とやっていてわかった。
それからが大変だった。
装備はろくに扱えないし、人間はこちらを見ると駆除する対象という事で遠慮なく切りかかってくるのだ。生き抜くだけでも一苦労だった。
「どうせ……どうせなら、王様になってやるダニ!!」
自分は自キャラであったゴブリンを育てて、ゴブリン達の指導者になった。
ゲームの中で手に入れた知識は、居る場所がファシテイトだから応用の利くものがかなりあった。
だからそんなにまた強くなるのは難しいことではなかった。
新参の自分は、瞬く間に自分の氏族「カチ族」の代表者となり、周辺の山々のゴブリン達とも
交渉し、時には戦って相手に力を見せつけ、従えるようになった。
「オイラについてくれば、このエゾで最も大きな人間の都をオイラ達のものにしてやるダニ」
粗方、エゾ・エリアのゴブリン達を味方につけた後、カチプトを攻撃した。
ゴブリンだけじゃなく、魔狼やら賢熊やらのボス格モンスターも味方につけて戦ったから、意外とあっさりと都市を奪う事ができた。
ファシテイトの都市が一つ無くなるというのは、大事件だろうし、現実では北海道地方のオンライン機能が半分以上はダウンしてるから、大迷惑もいい所だろうが、そんなものはどうでもいい。
優しくしてくれない世界の事なんて、どうでもよかった。
(なんで……オイラはこんな事をしてるんダニ……)
世界そのものが自分にとってはどうでも良かった。
どこにも自分の帰る場所はない。家族ぐらいしか関わり合う人々が居ない。
自分に取って、世の中は砂漠のようなものだった。
核ミサイルが落ちようが魔王が現れようが、戦争が起きようが、砂漠は砂漠だ。
何も変わらない。ただただ、漠然としているだけの世界だ。
「自分と同じやつだから……助けるんだぁ!」
あんな事を言われたのは初めてだった。
仲間だと、友達だと……ギルドに仲間は居たには居たものの、同じチームのメンバーというだけで、仲間だと強く意識した事はなかったから。
だから身体が動いていた。
動いた理由は、一つだけだった。
「もう一度……」
もう一度だけ―――最後にもう一度だけ、信じてみようと思ったから。
本当の仲間に会えるかもしれない、と。
■
「ぬぅんッ!!」
ジャーバスは石のナイフを連続して突き刺してきた。
ルダントは高く飛びながら、攻撃を回避して距離を取っていく。
石片のナイフはジャーバスが持つと大した武器ではないように思えるが、ゴブリンの身体の
何倍もの直径の大きさだ。直撃すれば死は免れないだろう。
「危ないダニ……流石にこれは喰らえないダニ」
ルダントはスーツのような礼服の姿から、魔導士のようなローブをまとった姿になっていた。
どうやら、観戦の途中で着替えてきたらしい。
これが彼の戦闘用スタイルのようだ。
「あ、あいつって戦えるの?」
戦いが始まって、二人の戦闘を見守っていたキッチェが言う。
デアルガもどこか不安げに答えた。
「わからん。だが、いくらアイツの中身がウーとはいえ、あんな高ランクの相手に一人でまともに戦えるとは思えん。どれだけ持つか……」
ルダントは杖を持っており、魔法系の能力をメインに戦うようだった。
なので遠隔でも充分戦うこと自体は出来るだろうが、それでも能力差はどうしようもない。
元々、ジャーバスのようなボス格モンスターというのは、1対1での勝負が想定されていない相手なのである。
「これでも喰らうダニ!」
ルダントが目の前に手で輪を作り、呪文を放った。
数メートルはあろうかという巨大な赤色の魔法陣が展開されると、巨大な火の玉がジャーバスへと向かって放たれた。
「火炎連珠!」
ルダントの身体の十倍以上はある炎の塊が、次々と連射されてジャーバスへと命中する。
ゴブリンの身体が小さいこともあるが、炎の魔法攻撃はかなり強力なものに見えた。
「ぐっ……!」
ルダントはジャーバスの顔の部分を狙って攻撃を放っていく。
今、ジャーバスの片目は完全に潰れている。グンバが最後に投げナイフを放ったためだ。
もう片方の目を潰せば、ジャーバスは視界を失う。
そうなれば勝ちの目が出てくるからなのだろう。
(いかん、もう片目を狙っておるのか……!)
「どうしたダニ! 威勢のいい割にはそんなもんダニ!?」
ルダントが次は青色の陣を展開した。
彼が力を込めると、魔法陣からはいくつもの氷柱が伸びていく。
「蒼の槍!」
呪文を唱えると、氷柱は根元から切れるように発射された。
鋭いそれはジャーバスの首元、胸の上半分に刺さり、彼の身体をぐらつかせた。
(ぬぅ……つ、強い……!)
ジャーバスが初めて膝をつきそうになり、スタジアムの中は大歓声が巻き起こった。
観戦していたルゥリも、興奮気味に言った。
「凄いです! 押してますよ!」
「な、なんであんな魔法が使えるんだ……!?」
デアルガが彼の戦いぶりを見るなり、驚いた風に言う。
キッチェがそれを不思議そうに訊ねた。
「えっ、どういう事?」
「よく考えてみろ。あいつは……オレらと違って職業の設定とかして無い筈だ。つまり魔法を憶えるのも、使うのもより難しくなってる。なのに、普通のプレイヤーでも使うのが難しそうな魔法を使ってやがる。どうやってんだ……?」
デアルガが呟くように言う。
確かに、言われてみれば違和感があった。
だいぶこのゲームに慣れてきて、分かった事はスキルなどの能力はきちんと設定していないと使うのが難しいという事だ。
今はある程度なら使えるが、だからこそデアルガが言った事の意味もキッチェにはわかった。
(言われてみれば……どうしてんのかしら)
例えるなら目隠しをしたまま自転車に乗るようなものだ。
周りが見えていれば、別に慣れていれば乗りこなすのは難しくない。
しかし目隠しだといくら乗り慣れていても、絶対に長くは乗れない。天才的な感覚でも持っていない限りは。
そういう状態だからこそ、モンスターの状態では誰一人、行動を起こせなかったのだ。
「くたばれぃ!」
ジャーバスが地面を低く薙ぎ払うように石片のナイフを振り回す。
しかしルダントは木の葉のようにひらりと身をかわし、攻撃をうまく回避していく。
だが、ジャーバスも只では起きない相手だった。
「今よッ!」
ルダントが着地するのに合わせ、激しく足踏みをする。
すると、驚くことに地面が揺れた。
船の上で大きな波に出くわしたような振動に、思わずルダントは体勢を崩した。
「ダニッ!?」
『雷針!!』
態勢を崩した所を逃がさず、ジャーバスは攻撃を放った。
武器に雷を纏わせ、攻撃力を飛躍的に上げるスキル「雷針」だ。
今度は回避が行えず、直撃を食らってしまった。
「ダニィィッ!!」
掌を掲げ、巨大な魔法陣の盾を出すと、ルダントは石片のナイフを受け止めた。
どうやらガード用のシールド魔法のようだった。
(魔力の盾か……! じゃが、この力の差ならばッ!!)
やがてシールドが破壊されると、雷を纏ったナイフがルダントを襲った。
短い悲鳴と共に、ルダントは吹き飛ばされていく。
「どうじゃ……!」
ジャーバスは既にかなり疲労していた。
元々、グンバとの戦闘で目に深手を負い、それから魔法攻撃を食らっているために肉体的、精神的ともにダメージが積みあがってきていたからだ。
この勝負は、彼からすれば早く決着をつけなければならなかった。
「……こんなもんダニ?」
ジャーバスはすぐに起き上がったルダントを見て、ジャーバスは目を疑った。
確かに魔力の盾を破壊し、攻撃が命中したはずなのに殆どダメージを受けていない。
(武器が逸れたか……!? いや、確かに手応えはあった。当たったはずじゃ)
ジャーバスは、余りにも不可解な事に思わず後ずさりした。
それを見て、不敵にルダントは言った。
「おや? 下がるダニ? 巨人の長というものが、情けないダニ」
ルダントはそう言い捨てると、再び攻撃に入るべく呪文を詠唱し始めた。
大歓声の中、デアルガは何故、攻撃を耐えられたのか同じように不可解に思った。
「すご……耐えてるの?」
「いや。当たったように見えた。一体、どうやった……? 確かに直撃したはずだ。なんでダメージを受けてねェ……?」
デアルガはチートでも使っているのか? と思ったがそれは不可能だった。
ここは閉鎖領域になっているわけでもない、れっきとしたオンライン空間である。
第一、あの事件に巻き込まれた後という事はろくに自キャラの整備も出来ない状態で、チートどころの話ではない。
となると……考えられるのは一つだった。
「”気迫の一心”でも使ってるのか? まさか」
「なんなのそれ?」
「体力が全快の時に、相手の攻撃を耐えるスキルだ。使用者が一撃で死ぬようなダメージでも、発動中は一発なら絶対に耐えることができる」
「へぇ、滅茶苦茶便利じゃない!」
”気迫の一心”というのは、発動中に一撃で死ぬようなダメージを受けた時に、その攻撃を一度だけ耐えるスキルである。
ただし発動条件があり、体力が満タンの状態でないと発動しない。
また発動後は体力が半分の状態となるため、連続では使用できない。
だからここ一番で発動しなかったり、逆に発動させても一撃で死ぬようなダメージでないため、無駄になる事が多い。だから死にスキルとされている。
「確かに、使えない事はねェけどよ……HPが満タンから1でも減ってたら発動しねェんだぞ? とてもじゃねェが、使い勝手が悪すぎる」
どんな攻撃でも一度だけならやり過ごすことができる、という効果は確かに強力だが、それは使いどころをうまくすれば、の話だ。
普通は実戦で使うのは極めて難しい。
しかし、それ以外にあの攻撃を正攻法で耐えている理由が見つからなかった。
「もし狙ってやってるなら……とんでもねェぜ」
だとすれば、まさに神業である。
タイミングの図り方が尋常ではない。
「ふんぬぅっ!!」
何度かジャーバスは攻撃を命中させるが、その度に魔力の盾かスキルの発動で攻撃を防がれた。
ルダントはダメージを僅かでも受けるとすぐに体力を全快まで回復し、魔法でもスキルでも防御が行えるようにしていた。
やがてその中で呪文を詠唱し、反撃に移る。
「電雲連弾!」
電気の爆発が起こると、ジャーバスが吹き飛ばされ、今度は電気の槍が連続でジャーバスへと放たれた。腕と胴体に槍が撃ち込まれ、思わずジャーバスは怯む。
デアルガはルダントの立ち回りの上手さにも驚いていたが、彼の属性魔法の使い分けにも驚愕していた。
(それに、何だあの属性魔法は……)
先ほどから少なくとも炎、氷、雷と三属性を使いこなしている。
属性魔法は複数の属性を使いこなそうとすればするほど難易度が上がる。
あの槍状の連撃魔法を使っている時点で、熟練度的に言えば確実に中級クラス以上はある。
それを三系統使いこなしている時点で、相当なレベルであるのが伺えた。
(ほんとにアイツ、ジョブ設定とか何もしてねーのか? 信じらんねーぜ……!)
言うなれば厚着をしたまま水泳をやるようなものだ。
ただでも面倒な事を、普通にやるより何倍も難しい条件で行っている。
どうやら、元凄腕のギルドマスターというのは嘘ではなさそうだった。
「オオオオ!!」
やがてジャーバスの石のナイフが欠けると、彼は武器を捨てて、落ちていた棍棒を振り回して攻め立てた。
だが大振りの攻撃は、ただでさえ回避されていた状態ではすぐに軌道が読まれた。
ジャーバスの攻撃は、全く当たる事なく空を切るばかりだった。
「ふんぬッ!!」
攻撃の合間に再び地面を打ち鳴らし、地震を起こす。
そしてルダントの態勢を崩させようとするが、二度目三度目とやっては流石に読まれているのか、ルダントは引っかからなかった。
地震に合わせて高く跳躍を行い、地面の揺れを回避していく。
「ダニダニダニ!」
ルダントは回避しながら、ほぼ同時に属性魔法による攻撃を打ち込んでいく。
炎の弾やら、氷の刃やらをジャーバスへと命中させると、巨人の身体が段々と悲鳴を上げていく。
大きな氷の槍が手首に突き立てられると、ジャーバスの身体ががくっと力を失った。
「ぬぅくっ、うう……!!」
態勢を崩し、地面に膝をつきそうになる。
魔法攻撃は精神力で抵抗を行うが、巨人は精神的なステータスが弱い。
身体の大きさによって肉体的な力こそ強力だが、代わりに精神面が弱いのだ。
ルダントはそこも見抜いて魔法攻撃で攻め立てていたのかもしれない。
「さて、そろそろ一気に決めてやるダニ……!」
ジャーバスの動きが鈍くなってきた所で、ルダントは動きを止めて、呪文の長い詠唱に入った。
詠唱が進むにつれ、強力なエネルギーが彼の元へと集まっていく。
離れていたデアルガ達にもわかるほどの強さだ。
「なっ、何これ……!?」
全身に悪寒が走るような、鳥肌が立つような感覚に襲われ、キッチェとルゥリの二人が不安げにデアルガを見た。
「”大呪文”を使う気だな」
「大呪文?」
「魔法やら魔術攻撃にはレベルがあって、それぞれ大きさがそのまま強さになってる。大魔法、巨大魔術みたいな言い方でな。大呪文はそのものズバリ”大技”だ。通常の魔法とは全く威力が異なる」
「そ、そんなのアイツ使えるの……?」
「あのレベルの魔法を移動しながら使えるやつが立ち止まった、って事は……ほぼ使えると見て間違いないだろう。少し―――離れるぜ。お前らもこいつ持って移動するぞ」
デアルガがグンバの肩を持って席を立ち、移動しようとするとルゥリが不思議そうに訊ねた。
「え? どうしてですか?」
「ここは近すぎる。大呪文は範囲が広い場合が多いんだ。あんまり近づいてると危ねェ」
デアルガが言うと、二人は慌てて同じようにグンバの身体を持って移動を始めた。
デアルガは観客席の後ろの方に移動しながら、ルダントの方を見た。
(勝てる……か?)
ジャーバスはグンバとの戦いで思ったよりも深手を負ったからか、かなり立ち回りが悪くなっている。攻撃を命中させられていないのも、グンバのナイフ投げで目を負傷したからだろう。
勝てそうに―――見える。このままの流れで行けば。
だが、何か嫌な予感がした。
(なんか―――”乗せられてる”ような気がするぜ)
戦法の一つにこういうものがある。
わざと憶えられやすい攻撃をして、相手が攻撃を読んできた所を見計らって”本気のパターン”に切り替えて、一気に押し切ってしまうという戦法だ。
プレイヤー同士の戦いで行われるので、モンスター相手に気にする必要はまずない。
だが―――モンスターの挙動を見るに、中には学習をする者もいる。
タイタンのような高レベルのモンスターは、もしかするとプレイヤーと同じ戦法を使ってくるヤツもいるのではないか?
そう考えた時、嫌な予感が走った。
(ジャーバスは動きを止めてやがるが……)
魔法攻撃の連打を受けて、ジャーバスはルダントから離れた場所で動きを止めている。
ふらついているようにも見えるし、次の魔法攻撃が何か伺っているようにも見える。
だが、確かグンバの話だとタイタンは魔法が使えるという話だった。
動きを止めているジャーバスは、もしかすると”魔法攻撃”の準備をしているのではないか?
「まさか―――!」
デアルガが”それ”に気付いたのは、ルダントの方と見えている位置が違ったこともあった。
ジャーバスの口元が、独特な動きをしていた。
手で隠れているので、ルダントの方からは見えていなかった。
気付いた時にはデアルガはルダントの方に叫んでいた。
「おいゴブリン野郎! アイツも魔法撃とうとしてやがるぞ!!」
デアルガの言葉に、ルダントはハッとなった。
だが呪文の詠唱は”両者とも”既に完了したところだった。
「火塔!!」
巨大な、それこそ最初にジャーバスが持っていた折れた柱。
それの何倍もの直径をした紅蓮のエネルギーがルダントの足元から突き出た。
傍から見ると、まるでいきなり地面から巨大な火の塔が伸びたようだった。
ジャーバスの胸を貫けば、間違いなく死ぬレベルの大穴が空く。それを確信する大きさだった。
だが―――ジャーバスは両掌をルダントへ向けると、静かに呪文を発生した。
「地烈拳!」
金色に輝く光がジャーバスの掌から降り注ぐ。
まるで光が拳の形になったようなそれはルダントが放った巨大な火の塔と空中で衝突し、黒煙と火の粉を周囲にばらまいた。
「ダニッ!?」
「魔法を使えるのが貴様だけだと思うなッ!!」
空中で巨大な炎の塔と、金色の筋骨隆々の腕がせめぎ合う。
火花と光の飛沫が飛び散り、観客たちは総立ちで二人の攻撃を見守った。
「すっ、凄いゾッ! 市長頑張れェェェェ~~~!」
「長!! ゴブリンなど、うち砕いて見せてくれッ!!」
デアルガ達も同じように固唾を飲んで見守っていた。
一時は乱入してルダントを手助けするか、とデアルガは考えていたが、それはとんでもない間違いだったとその時に思った。
(クソ……! 誰かに自分の運命を託したりなんてしたくねェが……勝ってくれ……! もう、こんなモンの間にはとても入れねェ……!!)
自分たちの実力ではこんな戦いに割って入るなど、到底不可能だ。
ここでジャーバスを何とか戦闘不能に持ち込む以外、勝つ方法はない。
だが―――段々と勢力はジャーバスの方に傾いていた。
「ダニ……!?」
炎の塔がやや押し返され始める。
同時に塔の先端にわずかにヒビが入ったのをルダントは見逃さなかった。
どうやらジャーバスは地属性の魔法を使っているらしい。
属性の相性は地属性の方が強いため、段々と炎の塔が押され始めていたのだ。
(まずいダニ……!)
ジャーバスは地属性の魔法と、恐らく先ほどの斧や槍スキルを見るに火の魔法攻撃も習得している可能性が高い。
ルダントの習得しているもので、対抗できるのは氷魔法しかない。
だが、一気に”溜めていた分”を使ってしまったために
次の攻撃までには発動までにやや時間を要する。
(どうするダニ……? 回避も、耐えるのもこれ以上は……!)
段々と炎の塔が崩れ始め、観客たちもルダントの劣勢に気が付き始めた。
「終わりじゃあッ!!」
炎の塔が破壊されると、光の拳が地面へと降り注いだ。
拳は地面に突き刺さると、大きな爆発を起こし、スタジアムの地面を大きくえぐり取り、空中へと飛散させた。
「ダニッ!!」
「火塔」の魔法がある程度ジャーバスの魔法を押し返していたため、攻撃が僅かに逸れ、ルダントには命中しなかった。
だがそれでも威力が威力だ。爆風と吹き飛んだ土の欠片でルダントは全身を打ち付けられた。
身体が半分ほど埋まりそうになったが、すぐにその場から飛び、ジャーバスから距離を取る。
(クッ……やはり一筋縄ではいかんダニ……!)
「できれば、こんなものには頼りたくは無かったがな」
「余裕のまま勝利したかったダニ? そりゃあ悪いことをしたダニ。思わず本気を出させてしまったダニ」
傷だらけのまま、ルダントは強がりを零した。
既に回復アイテムは尽きており、もう”気迫の一心”は使えない。
だが彼は全く動揺していなかった。
そういう風に戦える経験をしてきたからだ。
「本気? 確かに本気だな。これもワシの全力のうちよ。だが……戦士の戦い方ではない」
ジャーバスは掌を己に向けて、忌々しく言った。
「ワシは力のみを信じる。こんな……出所の知れぬ力に頼りたくなかった」
「魔法がそんなに嫌いダニ? 意外ダニ」
ルダントはてっきり、ジャーバスはもっと貪欲な存在であると思っていた。
魔法でも何でも、強くなるためならば修得して勝利の身を追い求める。
そういうモンスターだと思っていたが、推測よりも彼は信条を重んじる性格だったようだ。
「ああ嫌いだ。だが……負けるよりはマシよ」
ジャーバスが呟いていた呪文を唱え終え、再びこちらへと手を向ける。
掌が真っ赤に燃え上がり、離れていてもわかるほどの熱量を放ち始めている。
予想通り、火の魔法も使う事ができるようだ。
(攻撃は……ここは考えちゃいけないダニ)
ルダントが今の所使える属性は火、雷、氷の三属性だ。
そして攻撃と同じく防御の魔法も備えているので火の魔法攻撃を防ぐのには自信がある。
だが―――それを考えていてはダメなのだ。
相手はボス格モンスター。いちプレイヤーにしか過ぎない自身とは地力が違いすぎる。
防御ではなく、攻防一体の反撃に出なければならない。
中途半端な反撃は、自殺行為にしかならないだろう。
(氷じゃなく、火で行くダニ!)
呪文を素早く詠唱し、ジャーバスの攻撃へと備えていく。
二人の精神力が高まると、スタジアム内の空気が震え始めた。
急激に世界の密度が濃くなったような、そんな気配が満ちていく。
そんな中、ルダントは少しだけ考えた。
「この攻撃を受け損なったら、やはり死ぬのだろうか」と。
「……」
ゴブリンの姿になって、放浪していた時に他にも自分と同じようにモンスター化してどうしたらいいかわからなくなっている者と出会った。
最初は彼等と協力していたが、結局の所、どうしようもなかった。
元に戻る方法が思いつかず、かといって自分は現実にそこまで戻りたいという強いモチベーションをその時は持っていなかったから、適当に過ごしていた。
「うっ、うわァァァァァァ!!」
何日も続けていた簡単な仕事の最中だった。
食料の採集をしている時に、仲間が一気に半分ほど死んだ。
言葉の通じない獣に襲われ、逃げ切れなかったのだ。
あの悲鳴は耳にこびりついている。
ゲームの中では疑似痛覚があるから、悲鳴を上げて死ぬやつはいる。
でもそれは作り物の終わりで、本当に死ぬわけではない。
(あれは紛れもなく”本当の死”だった……ダニ)
聞こえたあれは”終わり”の声だった。
本当にこの世から消える事を感じての恐怖の声だった。
現実ではもう、意識不明事件は解決しているらしいが、死んだやつらは無事に現実に戻れたのだろうか?
そして自分は、死んだらさっさと戻れるのだろうか?
(……下らないダニ)
考えるのは無駄だ、とルダントは悪い逡巡を振り払った。
もし仮にゲームから死ねば抜けられるのだとしても、あれを味わいたくはない。
”本物の死の感覚”を味わったら、それこそ二度とゲーマーとしては復活できないような気がした。
「燃え尽きよォッ!!」
ジャーバスが両掌をルダントへと向け、呪文を詠唱し終えた。
そして押し付けるような動作を行うと同時に、強烈な熱波が手から放たれた。
「魔焔波!!」
強力な熱の波動がルダントへと到達し、周辺に散乱していたキャンプの道具から煙が上がり始めていく。
まるで真夏の太陽光線を凝縮したようなエネルギー波に、火が上がり始めているのだ。
やがて白い煙は黒煙となり、火が付き始めた。
ルダントは魔力のシールドを展開していたので、すぐには燃焼が始まらなかったが、それでも全身を焼かれるような激痛が走った。
「ダニィィ……!」
ルダントはまだ呪文の詠唱が終わっていなかった。
何故なら、彼の方がより高度な呪文を詠唱しているからである。
今、ジャーバスが使っている「魔焔波」の呪文は、レベル的には大したことが魔法だ。
レベルで言うと20に到達した位の、中級者に足を踏み入れるようなレベルのプレイヤーが使う魔法である。
ただ、術者のサイズが巨大なため、威力も段違いだというだけだ。
例えばライターのような単純な”発火”の道具でも、数百倍の大きさになれば、それは周辺を燃やし尽くせる火炎放射器と大差ない。それと同じである。
(まだ耐えるか……!)
熱波の放射を凌ぎながら、ルダントは同じく炎の光線魔法をジャーバスに向けて放つ。
それはジャーバスの火魔法よりもはるかに高度なものだった。
「紅殺光!!」
深紅のレーザーがジャーバスに向かって放たれた。
それは今までのルダントの魔法攻撃と比べると、遥かに小さな口径のものだった。
ジャーバスから見れば、人差し指の太さ程度でしかない。
だがそれは圧縮され、収束されて打ち出された火の光線だった。
(何ッ!? 突き抜けてくる!?)
「死ぬダニィッ!!」
熱波を中央から食い破るようにして、紅蓮の光線が進んで行く。
ジャーバスは額に汗を感じた。
命の危険を感じ、脂汗が浮かぶのを実感した。
「くぬぅっ!!」
喉元に命中する間際、ジャーバスは首を捻って間一髪で光線を回避した。
身体がかなりふら付いていたはずだが、とっさに避けるだけの力は残していたようだ。
ルダントはその体力に驚いた。
(なっ……! あの姿勢から避けるダニ!?)
「あ、危なかったぞ……今のは流石に」
ルダントは魔法攻撃を放ち終わると、地面に膝をついた。
そして両手もついて、いきなり具合が悪そうな様子になった。
(ま、まずいダニ……”切れて”きたダニ……!)
「なっ、なんじゃ急に……?」
ジャーバスは急に息切れし始めたルダントを見て、警戒した。
魔法をあまり使わない彼にはわからなかったのだが、これは彼がマナ切れを起こしかけている症状だった。
強力な魔法攻撃を連発したせいで、限界ギリギリまでマナを使いすぎてしまったのだ。
「はぁっ……ハァ……」
精神力を絞りすぎたために、眩暈がしてきた。
思考が働かず、次の手を考えることができない。
(どうするダニ……どうすればいいダニ……!)
今までの攻撃の応酬で、ジャーバスは警戒して様子を見ているが、このまま詠唱なしの肉弾戦を仕掛けられれば終わりだ。
避けることも応戦することもできない。
ルダントの―――敗北だった。
(もしや、動けぬのか……?)
やがて動きが止まった理由をおぼろげに察したジャーバスは、様子見を兼ねて最下級の火魔法をルダントに向けて放った。
詠唱の時間がほとんど必要無く、弱い火の粉を飛ばすだけの魔法だ。
しかし、魔力のシールドも動くことも出来ないルダントは、攻撃を喰らってしまった。
「ぐっ!!」
そこでジャーバスは、勝利を確信した。
彼がもう反撃も出来ない事を悟ると、付近にあった予備の斧を持って、トドメを刺すために近づいていく。
(クソ……! ここまで、ダニ……)
このまま負けるのだろうか? とゴブリン達は皆が息を呑んで。
そしてギガースや下級巨人族は、ジャーバスが勝利を決するのを予感して歓喜の表情を浮かべ始めながら、戦いの行方を見守っていた。
その時に、気付いた。
「グァハッ!! が……う、あ……!」
「グンバ! 起きたのか!」
デアルガ達が運んだグンバが、目を覚ました。
気道に先ほどまで無理やり飲ませていた回復薬が詰まったのか、顔をぶるぶると振って、薬を吐き出しながら周囲を見る。
「こっ、ここは……? デアルガ、オラはどうなっただ?」
「お前が力尽きた後、アイツが代わりに出た! お前は―――自分の仲間だ、とか言ってな」
「えっ……!?」
グンバは起き上がり、ルダントとジャーバスが戦っているのを見た。
そして持っている道具の残りを確かめると、彼はすぐに観客席を飛び出していった。
デアルガ達はそれに驚き、呆気にとられた。
「なっ……お、おい行くんじゃねェ!!」
「あのままじゃ負けるだ! 助けに行ぐど!!」
グンバが駆け下りていくのを、止めることもできず。
デアルガ達も仕方なく後を追った。
■
「言い残すことはあるか。市長……いや、ルダントよ」
視界が虚ろにになる中、ルダントはジャーバスの声を聴いた。
恐らくはトドメの前の一言だ。
答える気力も湧かなかったが、吐き捨てるようにルダントは言った。
「オイラの名はルダントじゃない……”ディック”ダニ!」
「そうか……ならばそちらの名で、憶えておくとしようッ!!」
斧が振り下ろされる瞬間、閃光が瞬いた。
ジャーバスの眼前に閃光弾が撃ち込まれ、その巨体が僅かに後ずさりした。
「ぐぬぅっ!?」
「大丈夫だか!?」
ルダントの前に、4人の影が舞い降りた。
スタジアムの観客席から、グンバたちが乱入してきたのである。
「なっ……! なんでオマイら来たダニ!? 決闘の邪魔をするんじゃないダニ!」
「先に乱入したのはそっちだろうがよ!」
デアルガが「今更何を言ってんだ」という風に言い返した。
遅れてきた二人も、怯えつつも慣れた風に戦闘のために身構える。
「そーそ! もう雰囲気的にアンタ仲間になってるんだから、つべこべ言わないっての!」
5対1となり、ジャーバスは眼前にいるモンスターたちの姿に驚くような、呆れたような声で言った。
「なっ、なんじゃ……!? また乱入か……!?」
「もう見てられぬ! 長! 助太刀いたしますぞ!」
グンバ達が乱入すると、痺れを切らしたのかギガース達が複数で乱入してきた。
5人以上は確実に居るだろうか。ジャーバスはそれを止めようとするが、既に戦闘モードになっている彼らは聞く耳を持たず、そのまま乱戦が始まってしまった。
「おらおらおらー!! ちょっとデカイからって、舐めるなじゃないわよ!!」
デアルガ、キッチェ、ルゥリの3人が激しく動き回りながらギガース達の動きをかく乱していく。
大きさでは十倍以上は差があるが、先のギガースとの対決で巨大な敵との立ち回り方を憶えたのか、デアルガもキッチェもうまく攻撃を回避しながらかき回していく。
元々の動きが早いのもあって、ルゥリも足の隙間を縫いながらギガース達を翻弄していた。
「だ、ダメダニ! 攻撃できない奴等が、前に出てくるんじゃないダニ!」
ルダントの言い分はもっともだった。
相手をできても、反撃が出来なければ勝利することは出来ない。
今やっていることは、単に衝動的に前へと無謀な突撃をしてきてしまっただけだった。
だが―――グンバが言った。
「いや、まだ勝てる可能性があるだ。”コイツ”を使えば!」
前へと出されたアーティファクト「火曜星の刃」を出して、グンバは言った。
いつの間にか、彼は武器を回収してきていた。
「ダニ……!? で、でもどうすればいいダニ……?」
「オラに考えがあるだ。いいだか……」
グンバは悟られないよう、視線をジャーバスに向けたまま”作戦”を話した。
■
「しっ、静まれ! 皆の衆! 今は決闘の最中だ! 出てくるでない!!」
ジャーバスは決闘を邪魔された事に対して怒っていた。
だが、それは部下たちが命令を聞かずに飛び出してきた事実にかき消されていた。
(くっ……ダメじゃ、興奮しきっておる。これでは勝負どころではない!)
激しい対戦で興奮した巨人族は、自制が効かない。
ジャーバスはそれを今まで巨人族を見ていた経験から知っていた。
しかし、自分の命令ならばそれは無視できると思っていた。
力をつけ、知恵も実力も身に着けた者ならば問題ない。そう思っていた。
だからこそ、命令を無視されている事に戸惑っていた。
「ん……!?」
乱戦の中、離れた場所に魔力を感じた。
目を凝らすとルダントが、呪文の詠唱を始めている。
どうやらこちらに最後の攻撃を仕掛けてくるらしかった。
(まだ魔法を使うか……よし! ここじゃ!)
ジャーバスも同じく、先ほどと同じ火の魔法を詠唱していく。
熱波を放つ「魔焔波」ならば、味方に命中しても長い時間浴びなければ問題ない。
そしてこれでルダントをギガース達から守るためか、あのオークも近くに居る。
同時に二人を攻撃できるチャンスだった。
(一気にカタをつければ、問題ない……!!)
二人とも撃破してしまえば、名目上は決闘の相手と乱入者を倒した事になる。
そうすれば面目も立つ。もう誰もジャーバスがここの支配者である事を疑わないだろう。
乱入者の片方は、ゴブリン達の指導者だ。
もしかするとゴブリン達すらも従うかもしれない。
「これで―――終わりじゃあッ!!」
呪文の詠唱は、難度も差でやはりジャーバスの方が先に終了した。
先手を取れば、いかに強力な魔法で反撃されようとも、直撃は免れる。
有利なのはどこからどう見ても、ジャーバスの方だった。
「魔焔波!!」
再び強烈な熱波が前へと掲げられた両掌から放出された。
橙色のエネルギー波が、前に出ていたギガース達を焦がしていく。
彼等は自分たちが巻き込まれかけているのを知ると、すぐさま射線上から身を引いた。
熱波はそのままルダントとグンバの二人に命中した。
(勝った……!!)
「おおおおおおっ!!」
そして”曲げられた”。
橙色の光線が、二人に命中したかと思うと突然、反射して空の方向へと向かっていく。
「なっ……何!?」
まるで鏡に光を当てた時のように、エネルギーが反射していった。
よく見るとグンバがルダントの目の前まで後退し、武器を構えている。
焼けた鉄のような赤銅色に輝くナイフを構え、そこから魔力の壁のようなものを展開していた。
(なんじゃあれは……!? さっきの巨大な炎を出した武器か……!?)
どうやら熱波はナイフから展開された壁に跳ね返され、空へと向けられているようだった。
ジャーバスは更にマナを魔法に込め、熱波の出力を上げる。
「このまま押し破ってくれる! 灰となれいぃっ!!」
しかし―――アーティファクトの力は、破れなかった。
どれだけ威力は高くとも、魔法の力は「スペルパワー」という魔法そのものの力で強さが決まっている。それ以上の力を持つ魔力のシールドは破れないし、たとえ威力が弱くとも強力なスペルパワーを持つ魔法はかき消すことが出来ない。
それをグンバ達ゲーマーは知っていたが、ジャーバスは知らなかった。
「ぐっ……!! な、なんじゃ……身体の、力が……!?」
やがて魔力を使い切ると、熱波は消え、同時にジャーバスの身体に急激な脱力感が到来した。
マナ切れによるマナ枯渇症状である。
これも、彼がまだ知らない魔法のシステムだった。
(さっきルダントが起こしていたのはこれか……!! ま、まずいっ!!)
ジャーバスがルダントの方を見ると、青色の光が瞬いていた。
雪と氷が混ざったような魔法陣がルダントの眼前に展開され、こちらへと向けられている。
魔法陣からは、冷気があふれ始めていた。
「し、しまっ―――!!」
プライドがあるからこそ戦士は強い。
だが同時に頑固になる。視野も狭くなる。
言うなれば彼の”敗因”は、戦士であろうとした部分にあった。
「蒼麗螺旋!!」
まるで巨大なドリルのような回転する氷柱が、ジャーバスの方へと伸びた。
疲れ果てたその身体では、攻撃を回避することができず、氷柱は彼の左肩を貫いた。
そのまま彼はスタジアムの壁へと激突し、地面へと倒れ込んだ。
■
静寂がスタジアムを包んだ。
それは、余りにも呆気なく勝負が決まったからなのか。
それとも動きを止めた氷柱が、美しく輝いていて、それに目を奪われたからなのか。
ギガースやゴブリン達、そして魔狼なども猛獣モンスターたちも、止まっていた。
「かっ―――勝ったぞぉぉぉ―――!!」
誰かが天に向かって雄たけびを上げると、同時に歓喜の声がスタジアム全体を震わせた。
ゴブリン達が総立ちになってルダント達に声援を送る。
もう1対1の決闘であった事などは、誰も気にしていないようだった。
彼等からすれば、ショーが盛り上がればそれでいいという事か。
「き……決まった、ダニ……!」
ルダントも力を使いつくしたのか、そのまま膝からその場に崩れ落ちた。
慌ててグンバ達4人が駆け寄る。
「大丈夫だか!?」
「何でもない、ダニ。ただのマナ切れ……ダニ。最後のひと絞りだったダニ……」
4人がルダントの手当てをしようとすると、轟音が響いた。
「なっ! なんだ……!?」
デアルガが周囲を確認すると、ジャーバスが再び起き上がってくるのが見えた。
大ダメージを与えたものの、致命傷にまでは至っていなかったらしい。
グンバ達4名は、目の前へと出て武器を構えた。
もう戦うのはとても無理だが、起き上がってくる以上、やるしかない。
「くっ……ま、まだ来るだか!」
「長! ご無事でしたか!!」
ギガース達もお通夜ムードから一転、ジャーバスと共にこちらへと突っ込んでくる構えをとった。
途中からの乱入であった巨人族たちは、まだまだ元気が有り余っているようだ。
すぐにでも一斉に飛び掛かってきそうな状態の中―――ジャーバスは静かに言った。
「……仕舞いじゃ」
「えっ?」
ジャーバスは起きたものの、座ったままの姿勢で力なくそう言った。
ギガース達は呆気にとられ、つい訊ねた。
「お、長? そ、それはどういう……?」
「ワシの……いや、ワシら負けじゃ」
ジャーバスが言うと、ギガース達が戸惑った様子で慌てて訊ねた。
「な、何故なんだ長!? 我々はまだ戦える! 負けてはいない!!」
「黙れィッ!!」
ジャーバスは腹の底から怒声を張り上げた。
余りの巨大な轟音に、スタジアム全体の空気が震えた。
離れていても、キンとした音が耳を刺した。
まるで至近距離で花火が爆発したような声だった。
ギガース達はその一言にすっかり怯えた様子になり、ジャーバスは更に言った。
「もはや決闘でも何でもないわ。それにたった5人程度に後れを取った。そんな状態で、人間どもと戦うなどもはや不可能よ……」
ジャーバスが言うとギガース達は何かを言い返そうとしたが、言葉にならなかった。
ジャーバスは続けて部下に命令した。
「ワシらは……ここから去る。すぐに外で待つ戦士らにも伝えよ」
数拍空けて「よいな!?」と、まだ何か言おうとしている部下たちに命じると、ギガース達は逃げ出すようにしてスタジアムの外へと走っていった。
グンバは前へと出て、彼に訊ねた。
「どうして……負けだって言うんだぁ?」
「……元々、ワシは最初から決めておったのだ。どれだけ戦える状態であろうとも”膝をついた時点で負け”とな」
「それは……サイズ差があるから、って事ですか?」
ルゥリが訊ねる。するとジャーバスは傷口をさすりながら答えた。
「そうでなければ、公平な勝負ではないだろう。それに……それぐらいの圧倒的な勝利でなければ、人間たちと戦うなど到底叶わぬ。最初から何十人も相手が居たならば、また考えは違ったかもしれんがのう。それに……やはり巨人というのは、集団戦に向かぬ」
「指揮を聞かねェから、って事かァ?」
デアルガが察したように言った。
どうやらジャーバスは、先ほどの部下たちの乱入の件もあり、このまま戦争を続けるのは危険だ、と判断したようだった。
「さっきの部下たちを見て、わかったわい。このまま人間とぶつかり合って、ギリギリの戦いになれば負ける、とな」
「ま、確かに……その通りダニ。命令を聞かない部下は、いつか必ず危険なことをしでかすダニ」
倒れたままで、ルダントが悪態をついた。
ジャーバスは「確かにな」とどこか他人事のように鼻を鳴らすと、立ち上がった。
そしてスタジアムから出ていく。
恐らくはもう、街から去るつもりなのだろう。
激闘で壊れた門を抜ける間際、彼はグンバの方を見て言った。
「さらばだ、オークの戦士よ。ワシに臆さぬその勇気……見事じゃったぞ」
観客たちが呆然と見守る中、巨人たちの長はスタジアムを出ていった。
その後ろ姿は、どこか寂し気なようにも見えた。




