85:カチプトの攻防(4)
夏休みまであと1週間を切った日。荒金靖樹ら4人はゴブリンのプレイヤー「ルダント」を
ゲーム内から救出する為、ゲーム内の北海道地方に侵攻してきたモンスター達。
その最高戦力「巨人」の長であるジャーバスと1対1で戦う事を決める。
傍から見れば無謀としか言いようがないジャーバスとオークの「グンバ」の対決は
激しいものとなり、遂にはグンバは倒れてしまう。しかし、その前に新たに現れる影があった―――
文字数:10868字
スタジアムは、ジャーバスの放ったスキルによって大部分が薙ぎ払われていた。
いくつかのテントやら調度品が置かれていたが、どれも見るも叩き切られて無残な姿となっている。この状態では隠れるのは難しそうだ。
いや、もう隠れる必要はないのかもしれない。
勝負はほぼ決していたのだから。
「ぐぐ……」
グンバはスタジアムの外壁へと投げつけられた後、満身創痍の状態だった。
何せレベル差が凄まじい。本来ならば50以上の中堅クラスのプレイヤーが百人以上は同時に戦うようなモンスターと1対1の勝負をしているのだ。
まだ立っているだけでも、奇跡的なことだった。
(なんで、なんでそこまでやるダニ……)
ルダントはグンバの戦いを不思議に思いながら見ていた。
赤の他人の自分を、どうしてそこまで助けようとするのか?
彼は先ほど言った。
「自分と同じだから助けるのだ」と。
「フム……自分と同じだから助ける、とは?」
ジャーバスが訊ねた。
既に勝ちを確信しているからか、まったくこちらに警戒していなかった。
グンバは、さらにエナジーを高める薬を大量に飲み、反撃の力を蓄える。
そのついでに答えた。
「さ、最初ば……オラはあいつが、ここに居なきゃいけない事情があるがら、何とか連れ戻そう、そう思っでやってきただ。それは、ただの良心。悪い言い方をすれば、オラの気まぐれだぁ……」
「気まぐれ、か」
「でんもオラはあいつの事を調べて……あいつもオラと同じ人種だと、同じ魂を持つヤツだと知っただ。だから、オラはヤツ自身を助けるために戦う。それだけだぁ……!」
ジャーバスはそれを聞くと、愉快そうに笑った。
戦士らしい豪快な笑い声を響かせて、空を仰ぐ。
「な、なにがおかしいだ?」
「おかしい? 確かにおかしいのう。こんな”戦士の魂”を持っているオークがいるとは愉快で仕方ないわ」
「戦士の魂……?」
「気に入ったぞ。同じ魂を持つ者のために、傍から見れば戦うなど酔狂な魂の持ち主よ。ワシのとっておきで一気にとどめを刺してくれるわ」
ジャーバスは大きく斧を振りかざした。
次の攻撃で、勝負をつける気なのだろう。
こちらは、まだ反撃に移るわけにはいかない。
武器に力を貯め切れていない。これでは決定打を放てないからだ。
もう少し、逃げ回る必要がある。
(しかし、どうやって逃げるだ……?)
自分の身体はもうフラフラだ。立っているだけでもかなりキツい。
動き回るのはあと10秒前後が関の山だろう。
ただ★火曜星の刃に力を貯め切るには、もう少しブースト用のポーションを飲む必要がある。
その時間を何とか作り出さなくてはならなかった。
『紅蓮大将!!』
「うッ!?」
ジャーバスの斧が地面に叩きつけられると、地面から炎が吹き上がった。
まるでその場所から噴火が起こるかのように、地面が爆発し、土が溶岩と化して周囲に飛び散った。斧スキルの中でも炎の高等なスキル『紅蓮大将』だ。通常の人間サイズでも大爆発が起こるそれを使っての一撃は、まさにちょっとした天変地異が起きたと言って良かった。
攻撃を見ていた観客たちと、観客席にいたキッチェが怯えたように言う。
「な、なんて威力なの……!」
「ちょ、ちょっと待て、殺さずに手加減してるんじゃなかったのか!?」
デアルガも全く手加減の無い攻撃に驚いた様子で言った。
ジャーバスの攻撃は凄まじく、スタジアムの方にまで噴石が飛び散り、観客たちも吹っ飛ばされている。まさに超必殺技そのものだ。
だが、この対決はあくまでもショー的なもののはず。
生死に係るほどの攻撃は行われないのではなかったのだろうか?
「何言ってるんダ? お前タチハ。これがコロシアムなら普通ダゾ」
デアルガ達がグンバとジャーバスの激闘を固唾を飲んで見ていると、ゴブリンの一人が話しかけてきた。
「えっ、そうなの?」
「普段は使われないガ、一度戦いが始まると激しい決闘にナル。基本はドチラかガ死ぬまでやるのが普通ダ」
「なっ……!!」
デアルガはそこで血の気が引いた。
考えてみれば、彼らはモンスターなのだ。人間ではない。
常識だってモンスターの常識で、彼等のそれは「誰がどう死のうと何とも思わない」ような常識であっても変ではないのだ。
(まずい、抜けてたぜ……!)
どうしてその程度の事も考えて行動できなかったのだろうか。
殺し合いにならないと何故言い切れたのか?
自分たちが浅はかだったのだ。それ以外にはない。
デアルガはそれが分かった時、身を乗り出して叫んでいた。
「グンバーーー!! もう止めろ! 戦うなッ!! こいつらは殺し合いなんざ屁とも思っちゃいない! 殺されるぞ!!」
黒煙が広がる中、力の限りスケルトンの体で叫ぶ。
もう無意味かもしれない。
あのボロボロの状態で、ジャーバスの広範囲攻撃が回避できたとは思えなかった。
(遅かったか……!)
「ガハッ……ゲホッ」
黒煙が晴れてくると、むせた様な声と共にグンバは姿を現した。
先ほどまで居た場所からは、ちょうどジャーバスを挟んで反対側に居る。
一気にあの場所まで飛んだのだろうか。
「すご……一気に反対まで飛んだの!?」
(違う。あいつ残ってるブースト分を全部使いやがったな……! 次で勝負をかける気か!)
アイテムによるブースト状態のとき、残っている力を開放して技を使用することができる。
防御力を上げているなら一時的に物理攻撃のダメージを極端に小さくしたり、移動速度ならば一時の間だけ移動速度を数倍に引き上げたりなどだ。
グンバはジャンプの補助に使っていた薬の力を全て使い、高速でのジャンプにより攻撃を回避したようだった。
だがその代償も大きく、力の開放を使用するとブースト状態の終了が一気に早まる。
グンバのブーストは、まだあと1分ほどは使える状態だったが、今の回避によりゼロになってしまっていた。これは、傍から見ると愚かな行動のようにも見えたかもしれない。
だが、デアルガは最善の手だと感じた。
(いや、それでいい。どっちにしろそんな長くは戦えねぇ……それが正解だ)
ボロボロの状態で、余裕をもってあの広範囲攻撃を回避するのは不可能だ。
最後の持てる力を振り絞って全力で回避する。それが間違いなく最善手だ。
「今のもかわすか! オークの戦士よッ!」
ジャーバスは、振り返りながらトドメとなる一撃を振り下ろした。
その攻撃は、グンバのいる位置のおおよそを推測しての攻撃であったため、甘い一撃であった。
僅かにグンバのいる位置から逸れ、斧が地面へと突き刺さった。
ジャーバスはその時、不思議なものを見た。
片手をナイフに、もう片手をその持ち手の尻部分に添えたグンバの姿だ。
(む……!? なんじゃ、あれは……?)
見慣れない構えだった。
ナイフの持ち方も通常ではなく、逆手に握っている。
そもそもナイフのような短い武器を両手で持つ必要もないはずだ。
まるで、”居合”でもやろうかというような構えである。
やや俯きだったグンバの顔が上がり、その目が見えた瞬間、ジャーバスは息を呑んだ。
その目には、強い光が灯っていたからだ。
(っ……! こやつ、まだ勝負をあきらめておらん!)
勝負を諦めていないどころか、逆だった。
ジャーバスにはグンバが勝負を決めに来ているように見えた。
それは戦士の長い戦いの経験から来るものだったのかも、直観だったのかもしれない。
何か技を仕掛けようとしている、と感じ取ったのだった。
(まずいッ!!)
咄嗟に身構えるが、既にその時には全ての準備が完了していた。
グンバは高く飛び上がり、ジャーバスの目の前までやってくると、言った。
「スキル発動―――」
居合抜きのように★火曜星の刃を引き抜き、振り抜く。
鞘から抜かれた途端、赤く輝く刀身はとてつもなく伸びた。
ジャーバスからは、何かの爆発が起きたように見えた事だろう。
刀身は元からその小さなナイフの鞘に収まっていたのが不思議なほど伸び、そして巨大化していった。まるで大木、いやちょっとした車の直径ほどはあるような刀身だった。
「なっ……!! こ、これは―――!!」
ジャーバスは殆ど反射のように武器を目の前にかざし、防御の構えを取っていた。
だが、もう無駄だった。
『飛閃鷹鋼撃!!』
鷹の爪のような巨大な火炎の刃が前方を薙いだ瞬間、ジャーバスの胴体に斜め袈裟切りの形で亀裂が走った。
切り付けられた場所から、赤い溶岩が噴出したように赤銅色の傷口が走った。
「なん……と……ッ!!」
ジャーバスは簡素な石の鎧を身に着けていたが、まるでバターか何かのように同時に切り裂かれていた。
武器も同じだった。鉄の斧が中央から真っ二つに両断されていた。
■
グンバの攻撃が仕掛けられた後、スタジアムには大歓声が巻き起こった。
それはド派手な攻撃が行われたからなのか、それとも大番狂わせが起きたからなのか。
その両方が入り混じったような、不穏な歓声だった。
「やりやがった……! あの野郎!」
デアルガが骨の拳を握りながら言った。
キッチェ達も顔を上気させながら、やや興奮気味に言った。
「やったぁっ!! すごいです!!」
「勝ったの!? ねぇ、勝ったのよね!?」
デアルガが二人に言う。
「ああ、アイツの……そしてオレ達の勝利だ! あれじゃもう戦えねぇだろ。いくら何でも……!」
ジャーバスは攻撃を受けた後、スタジアムの壁に身体をピッタリとくっつけていた。
何とか倒れる事だけは無いよう、無意識に耐えたのだろう。
だがその身体には、明らかに重症とわかるほどの大きな裂傷が残っていた。
袈裟切りに胴体を横断するほどの巨大な傷。どう見ても致命的な傷だ。
「お、長―――!!」
ジャーバスの仲間のギガース達が、次々とスタジアム内に乱入し、ジャーバスに駆け寄っていった。何人かがグンバにも近寄っていく。
「おのれ、おのれ、貴様……!! よくも長を……!!」
だがグンバはその場に膝をついてジャーバスだけを見ている。
ギガースの彼等は一切無視していた。
単純に身体が動かなかったこともある。
先ほどのは、まさに”何もかもを絞りつくした攻撃”だったから。
(も、もう動けねぇだ……)
意識を失っていないのが不思議なほどの消耗だった。
体力、精神力、気力、そして魂の力も全て使い切ったような気がした。
恐らくエナジーの総量だけでは足りず、攻撃の時にマナやエーテルも使い尽くしたのだろう。
だが、代わりに勝負を決める事ができる一撃を放てた。
これだけで十分だ。
「殺せッ!! もう勝負など、関係ない! その豚を殺せェッ!!」
(来るだか……?)
周囲を取り囲むギガース達は、目を血走らせて今にも攻撃してきそうだった。
だが、どちらかと言えば攻撃をしてもらった方が好都合だった。
なぜならこの勝負は名目上は1対1の決闘。下手に乱入しては向こう側が恥を掻くだけだ。
そうなれば彼等のメンツは潰れる。より巨人たちを撤退させやすいのだ。
(くっ、い、一撃ぐらいは避げないと……!)
「鎮まれィッ!!」
突如、激昂が響いた。
そしてゆっくりとジャーバスが身体を壁から離し、大きく深呼吸をした。
「お、長……!」
「貴様ら、ワシに恥を掻かせる気か? 今すぐ出ていけッ!!」
「しっ、しかし、そのお体では!」
「心配するな。まだ行ける。これぐらいで地に伏せるワシではないわ!!」
ギガース達はジャーバスから叱責されると、そそくさとスタジアムの外へと出ていった。
何人かが戦闘の続行を止めようとしたが、ジャーバスは首を縦に振らなかった。
グンバは再び自分の前に立ちはだかったジャーバスを見て、息を呑んだ。
まだ―――戦いは終わっていなかったのだ。
(くっ……! あ、甘かっただ……!)
確かに、大ダメージを与えることは出来ている。
ジャーバスの傷は見るも無残と言う他なく、もうこれ以上は戦闘は不可能のように見える。
だが彼もまた、気合で立ち続けているのだ。
普通のモンスターならば、勝負がとうに決まっている。
しかし相手はトップクラスのプレイヤーが何十人も集まって戦う相手なのだ。
見通しが甘かったと言わざるを得なかった。
「回復するがいい」
「えっ?」
「邪魔が入って、ワシは猶予を貰ってしまった。じゃから同じだけワシは待つ。今からそうじゃな……3分間は何もせん。薬で回復するなり、攻撃の準備をするなりするが良い」
ジャーバスはそう言うと、刃が壊れて柄だけになっていた斧を捨て、仁王立ちの姿勢になった。
仲間が乱入してきて呼吸を回復できた分、こちらにも猶予を与えるという事なのだろう。
だが―――もう回復する事もできなかった。
ブースト用のアイテムも使い切ってしまったし、半端な攻撃アイテムでは意味がない。
★火曜星の刃を再び同じような状態にするのは、この消耗しきった状態からでは不可能だ。
(だ、ダメだぁ……もう……)
打つ手がない。ここから相手と戦うための方法が思い浮かばない。
少々呼吸を整えた程度では、何もできない。
仮に全力で走り回れるようになったとしても、オークの足ではとても巨人の攻撃は回避できない。
(負けて……死ぬだか……)
ジャーバスはまだ戦うつもりだ。
身体の方がまだ動くので、本当にどちらかが死ぬまで戦うつもりか。
それとも先ほどの攻撃は見た目だけのダメージで、まだジャーバスを戦闘不能たらしめるには浅かったのかもしれない。
(そういえば、武器でガードされてただな……)
武器と鎧とで防御されていたので、思ったよりもダメージが低かったのか。
だが、あの出血。決して軽いダメージではないはずだ。
もう一押しができれば、恐らく勝てる。
だが―――その”一押し”がとてつもなく遠い。
全力疾走した後すぐにもう一度同じ事をやる、というのは並大抵の事ではない。
「ハァ……ハー……」
何もできないまま、何も作戦が思い浮かばないまま、3分間が過ぎた。
ジャーバスは近くに落ちていた折れた柱を掴み、こちらへとやってきた。
テントに使われていた柱のようだ。
「さて、時間じゃ。主はどうするか?」
「……もし、ここでオラが負けを認めたらどうするだ?」
「ワシの勝ちじゃな」
「その場合は、ここから立ち去る気は……無いだな」
ジャーバスは答えなかった。だが、無言の肯定が感じ取れた。
こうやって大怪我でも起き上がってきたのは、彼の意地だ。
それだけこの場所に固執しているという事なのだろう。
という事は―――やはり彼を何とか倒さなくては、”心”を折らなくては勝てない。
その方法は、何だろうか?
「……」
少し前に、グンバは後藤と話をしていた時のことを思い出していた。
マルールのメール解析が終わった時に、”ジャーバスの事を知っている”という後藤に聞いた話だ。
「一人ぼっちのジャーバス? どんな話なんだぁ?」
「……ある所に、とても大柄な人間と、とても小柄な巨人族の女性との間に生まれた子供が居た。人間も巨人の女性も、それぞれ地位の低い者だったから、子供を大事に育てた。すると子供は普通の巨人をはるかに超えた大きな巨人”タイタン”になった。彼は人間の父から色々と教わっていたから、頭も良くて巨人たちの世界には馴染めなかった。でも人間の世界で生きるには大きすぎた」
「それが、タイタンの始まりってことだか?」
「いや。それは全く別の話だよ。それに彼はゲーム中のステータスは確かに”タイタン”だが、設定上、彼は正しくは”ハーフ・タイタン”というものに当たる。両親の片方がタイタンで、もう片方が別の種族の場合の子供だ」
「ハーフ・タイタン……」
「巨人はサイズの関係から、滅多に他の種族と子供を作らないんだが、たまに身体が非常に小さい巨人が人間やエルフと結ばれる時があって、その時にこういう種族となる。イレギュラーな種族だから長生きしないんだが、大人になると物凄く強くなる。ジャーバスも例外じゃなかった」
後藤が言うには、ジャーバスはただのタイタンではなく、巨人としての肉体と人間としての知性を併せ持っているため、万能かつ強力な戦士であるのだという。
ただ気性が荒いことと、人、巨人、どちらにも馴染めなかった事から、やがて一人だけ山の奥で暮らすようになった。そして孤独ゆえの寂しさを紛らわせるために、山で迷子になった者を見つけては、”道を教える”という事をし始めたのだという。
やがて彼は伝説になり、山で迷子になったらジャーバスの名前を呼べば、運が良ければ彼が現れて道を教えてくるのだとか。
「まぁ、そういう設定の道案内キャラクターを、ゲーム中で作ったわけだ」
「それを……マルールがファシテイトの中で、そのまま作ったんだか?」
「ああ。そういう事になる。彼等なりに敬意を払ってくれたのかもしれないな」
つまりジャーバスは、通常の巨人よりもさらに強い「ユニーク・モンスター」であるという事だった。彼を警戒していたのも、こういう理由からだ。
弱点なども、その時に訊ねては見たものの、大した話は聞けなかった。
「弱点とか無いんだか? なんか苦手なものの設定とか……」
「弱点か……う~む。悪い、余り思い浮かばないな。私がその時設定したのは、彼が”道案内を生業にしている”というぐらいだ」
「道案内だけだか……」
「私はゲームを余り熱心にやる方じゃないが、何か思いつかないか? 道案内をするから、弱点にあるような要素とかは。ゲームでそういう相手が出てきたら、こういう弱点を持っているとか……」
「いんやぁ、そげなことさ言われてもなぁ」
結局、その時は何も思いつかなかった。
ゲームで”道案内するキャラクターの弱点”なんてものは見たことが無かったからだ。
■
例えば火を扱うから水やら氷が弱点だとか、どんな攻撃も吸収できるが、それは身体がゴムのようになっているからで代わりに刃物に滅法弱い。なんて事はゲームやら漫画やらの話でたまに聞く。
でも道案内をするからこういう弱点があった、なんてものは、やはり聞いたことがない。
(道案内……)
だが―――窮地に陥ったからか、自分の頭がとんでもなく速く回転し始めたように思えた。
まるで動きの鈍くなった歯車に、油が刺されてよく回るようになったというか。つくづく、自分は追い込まれなければ頭が働かない怠け者なのだろうと思った。
(道案内、つまりいろんなものを覚えてるってこと、あのサイズで、遠くをいつも見てるってこと……要するに……)
「さて……よく頑張ったが―――少しだけ、足りんかったのォッ!!」
グンバは反射的に懐からアイテム・ランチャーを取り出していた。
そしてとある弾丸を装填し、打ち出した。
(ぬぅ、飛び道具か!? だが、遅いぞッ!!)
弾丸は今まさにトドメの一撃を繰り出さんとするジャーバスへと飛んでいき―――目の前で弾けた。途端、周囲に激しい光が放たれた。
「うっ!? こ、これはァッ!?」
ジャーバスは折れた柱を力任せにグンバへと振り下ろした。
だが全く見当違いの場所へと攻撃は向けられ、グンバは転がりながらそれを回避した。
(狙いが甘いだッ!)
「グゥッ! め、目が見えん!」
ジャーバスは案内役をしていたモンスターだ。
つまり、遠くの景色をよく見て把握している。要するに「目がいい」モンスターなのである。
ならば”目くらまし”が普通のモンスターよりも効くのでは? とグンバは閃光弾による”目潰し”を放ったのだった。
グンバはそのまま距離を取り、ジャーバスの顔面へと向けてアイテム・ランチャーを放った。
使うのは持ってきていた残りの爆弾アイテムだ。
「喰らえどぉっ!!」
当然ながら、ランチャーによるアイテム発射は通常の射撃よりは遅い。
優れた戦士であるジャーバスの弱点に充てるのは至難の業だ。だが、今のジャーバスは周りが全く見えていなかった。持っている武器を振り回しては、動きを止めて、何とかこちらの位置を感知しようとしている。
しかし、それを読んで遠隔攻撃に切り替えたグンバの居場所を中々特定できないでいた。
「くぅぅっ! 小癪なァァッ!!」
(当たれ……あれに当たれば、まだ勝機があるだッ!)
やがて発射していた一発のグレネードが、ジャーバスの顔面をとらえた。
「グアァツ!!」という悲鳴と共に、ジャーバスの目の部分に赤色の光が宿った。
目に欠損ダメージを食らったようだ。だが、瞼が破壊されただけで目そのものにはダメージを受けていない。
そして―――同時に居場所がバレてしまった。
「そこか!!」
ジャーバスの腕の薙ぎ払いが、グンバの身体にモロに命中した。
そのまま身体をくの字に曲げられ、スタジアムの壁へと叩きつけられた。
激痛と共に猛烈な吐き気が身体中を支配し、グンバは思わず嗚咽を漏らした。
両手を地面に着け、顔を上げると怒気に塗れた顔がそこにあった。
「トドメよッ!!」
正拳が叩き込まれると、全身の骨が折れる嫌な音と共にグンバはさらに壁の中に埋められた。
同時に、HPがゼロを割った。
拳が引き抜かれると、グンバはそのまま地に伏した。
「ぐ……ッ! お”がッ……ッ!!」
「や、靖樹さん!!」
ルゥリが思わず悲鳴のように名前を叫んだ。
デアルガとキッチェも、戦いの激しさに茫然としたまま、言葉を失っていた。
これで負けだ。いや、もしかするとこのままグンバは殺されるかもしれない。
助けに入らなければ、とデアルガ達はその瞬間、身体が動いていた。
だが―――グンバが倒れこむと同時に聞こえた、ジャーバスのうめき声が彼等を止めた。
「ぐぅ~~~!!」
「!? な、なんだ!?」
苦虫を噛み潰したような声が漏れた。
ジャーバスが目元を抑え、何かを抑えようとしていた。
デアルガが目を凝らすと―――ジャーバスの目には★火曜星の刃が突き刺さっていた。
どうやら最後の正拳突きに合わせて、カウンターで投げナイフを放ったようだった。
それも、アーティファクトの★火曜星の刃を使って。
(なっ、なんてヤツだ……!)
失うかもしれない投げナイフとして、アーティファクトを使う。
勝つためとはいえ、とても考えられない事だった。
その決断の速さに、デアルガは改めてグンバを畏敬の目で見た。
だが―――今は先にやる事がある。
「まずい! た、助けねェと!」
ジャーバスが目を閉じて、再び折れた柱を持った。
今度こそ、完全にグンバを倒すつもりのようだ。それだけは辞めさせなくてはならない。
デアルガ達が割り込もうとスタジアムに降りると、ほぼ同時に一つの影がグンバの前に降りていた。
「なっ……! 何故、貴様が……!」
「そこまでダニ。これ以上やるなら―――オイラが相手になるダニ!!」
ルダントが魔導士のようなローブの服装に着替え、同じく魔法使いのような杖を持ってグンバの前へと立っていた。
まるで次の相手は自分だと言わんばかりに。
■
今までスタジアムの中で起こった事の何よりも、大きな歓声が巻き起こった。
ただ、それは明らかに困惑の色を交えた歓声であるのが、その場にいたデアルガ達にはハッキリとわかった。
「市長……いや、ルダント。貴様、何のつもりだ?」
「さっき言った通りダニ。これ以上やるってんなら、オイラが相手になるダニ」
「何故だ、突然どうした? 貴様は無関係だろうが。戦士の決闘を……侮辱するか!!」
「無関係じゃないダニ。こいつは……オイラの仲間ダニ!!」
その言葉に、再びスタジアム内が動揺の声に包まれた。
ジャーバスも例外ではなく、わずかに焦った風に訊ねた。
「仲間……だと?」
ルダントはその言葉に、少し考えていた風にしていたがやがて口を開いた。
「そうダニ。こいつと、あそこにいるスケルトンやらスライムやらの一団は、オイラの仲間ダニ」
「では何か? 貴様はワシを排除するために、仲間を部外者のように見せかけて、こうして勝負を挑んだという訳か?」
「……そういう事ダニ」
「ほう、事実ならば卑怯なヤツよ。決闘を侮辱し、戦士のプライドを傷つけるとは……万死に値する!!」
折れた柱を、短い手槍のようにルダントへと向けるジャーバス。
次の相手をルダントへと変更したようだった。
「だからオイラが相手をするって言ってるダニ。まぁ……その必要も無いかもしれないダニ」
「何?」
「よく考えてみるダニ。これから……この決闘の後に激戦が始まるかもって言うのに、その重傷。それを負った時点でお前は負けてるようなものダニ。これからさらにオイラと戦って、戦えなくなったらどうする気ダニ?」
ルダントが言うと、ジャーバスは言葉に詰まった。
実際にその通りだったからである。
現在、モンスターが占拠しているこの街「カチプト」は、現実世界のプレイヤーからの攻撃に晒されている。今は内輪揉めなど行っている場合ではないのだ。
それは、ジャーバスにも当然わかっている。
「フン、貴様ごとき一瞬で―――」
「一瞬で……何ダニ?」
ルダントが睨みながら言うと、ジャーバスは一瞬固まった。
何故固まったのかは、すぐにはわからなかった。
(なんだ、こいつの圧力は)
「来るダニ? オイラは別に戦っても構わないダニよ。それに……負ける気はしないダニ」
(こやつは……実力者という話だが、考えてみればワシはこやつの戦っている所を見た事がない)
巨人族のところへゴブリン達から街への侵攻の話がやって来た時、既にルダントはゴブリン達を率いる王のような立場に居た。
ゴブリンは基本的に、氏族同士で組むことが少ない。彼等は弱い者には決して従わないし、氏族が違えば敵同士と言っても過言ではない。
その氏族を複数取りまとめているルダントは、それだけでも実力者だと伺えた。
だから組む気になった、という部分もあったのだ。
「オオ! 市長サマが戦うぞ―――!!」
「ルダント殿が戦うノカ!?」
ゴブリン達は巨人たちを排除しようとした事には、さして興味が無かったようだ。
それよりも彼が戦うかもしれないという所に興奮したらしく、先ほどよりもヒートアップした風にルダント応援し始めた。
「おい、クソガイコツ!」
「あん? な、なんだ?」
「さっさとコイツを連れて観客席に戻るダニ。オイラの戦いは、範囲攻撃が多いから近くで見てると危険ダニ」
デアルガはそれを聞くと、急いでグンバの元へ駆け寄った。
一緒にキッチェ達も駆け寄ってグンバの身体を持ち、観客席のほうへと戻った。
「なんてダメージだ……」
グンバはかろうじて死亡とはなっていなかったが、HPがゼロを割っており、これ以上は明らかに戦えない状態だった。
良く死なずに済んだものだと驚愕したほどである。
「し、死んじゃったりしないわよね? グンバ」
「これ以上喰らわなけりゃ大丈夫だ……だが、とにかく回復薬だ。すぐには効かねぇだろうが」
デアルガはグンバの袋から回復用のドリンクを取り出し、グンバの口元に注ぎ続けた。
ほぼ瀕死の状態からだと、回復するまでに時間が掛かってしまう。
交代することができたのは幸運と呼ぶほかない。
しかし―――まだ危機を脱することができたわけではない。
ジャーバスは折れた柱を捨て、近くにあった石の破片を手に取った。
丁度短いナイフのようになっているそれは、巨人サイズだとナイフのようだが、人から見るとまるで平たく鋭い大きな窓ガラスのようだった。
「さて、それじゃ……やってやるダニ」
まるで、アリと象のようなサイズ差。
傍から見れば無謀としか言いようがない対決が始まろうとしていた。




