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84/90

84:カチプトの攻防(3)

夏休みまであと1週間を切った日。荒金靖樹ら4人は

ゲーム内にまだ囚われているゴブリンのプレイヤー「ルダント」を救出する為、

ゲーム内の北海道地方に侵攻してきたモンスター達の最高戦力「巨人」の長である

ジャーバスと1対1で戦う事を決める。

戦うのは靖樹のモンスター体「オーク」で、そして武器はアーティファクトの力を

薬によるブーストによって最高まで引き上げてからの勝負となった。

しかし、ただでさえ強い巨人達の長は、やはり圧倒的な実力を持っていた―――

(文字数:10606)

カチプト東区。

街をぐるりと取り囲むように建つ外壁。その一部が爆破された後

モンスター達が辺りに駆けつけて犯人であろうプレイヤーを探していた。

結局、犯人は既にその場から逃亡した後であり、ゴブリンやら狼型モンスターやらが

街中と攻撃された場所の周囲をくまなく探索したものの、怪しい人影は発見できなかった。


「どうやら、威嚇ダケのようだナ」


「引き続き、偵察を増やすダニ! 偵察任務以外の奴らは壁の修理ダニ! 急ぐダニ!!」


偵察任務を帯びたらしい者たちが壁の外へと出て行く。

そして破壊されてトンネルのようになってしまった壁は、余りにも危険という事で

即座に塞がれていった。

それを―――カチプト内の建物の上から見ている者達の姿があった。

一人は現代の若者風の格好に、軽装の鎧を着込んだ少年。

もう一人は黒い暗殺者の装束に、急所を守るようにプロテクターを着込んだ長身痩躯の男だ。


「さて……うまく入り込めたみたいだにゃあ」


カチプトの東区、協会を模した建物の上からモンスターたちの動きを見ていたのは

悪人街のあの「匂坂寧」だった。

同伴しているのは、悪人街のアサシン「K.K」である。

二人は姿を透明化している状態で、街中に侵入してきていた。


「……!」


K.Kが匂坂にジェスチャーで手を前に出して「止めろ」のポーズを慌て気味に送る。

そして顔の前に人差し指を何度も立てた。

小声で匂坂が答える。


「何? 黙れっての?」


K.Kは耳を掴んで、目の前を人差し指で空を切る動作をする。


「耳、鋭いヤツがいる……ああなるほど。悪い悪い」


余り大声で喋っているわけではないが、ここはもうモンスターたちの跋扈する領域。

僅かな人間の声でも察知される恐れがあるのを、K.Kは恐れたようだ。

匂坂にちょっと不用意だったか、とバツを悪くしつつ、街中の様子を伺った。


(っしかし、あんな事を頼まれるとはね……)


■


話は少し前に遡る。

グンバはジャーバスと戦う準備を整え、ダメ元で通信機能を使用して

あるプレイヤーに連絡を取ろうとしていた。


『ザ……ザザ―――』


「ダメだかな……?」


ファシテイトの街中では、通信機能を使用する事が出来る。

しかしここはカチプト。モンスターが占拠した街である。

使用できるかどうかは、かなり賭けだった。

数分ほど砂嵐の画面とにらみ合いを続けていると―――

突然、画面はすっきりとして一人の小柄なプレイヤーの姿を映し出した。


『ん……? なんだ? おまいか?』


「やっだ! お久しぶりだぁな! サイモンさん!」


画面に映ったのは、ディバルからの依頼にて悪人街へ

「ゲダム」というプレイヤーを探して潜入した際に知り合った

盗賊ギルドの住人である「サイモン」だ。

彼は悪人街の雑務チームである「掃除屋」の下っ端をしている人間だったが、

実際のところ彼がゲダムであり(正式名はゴールド・ジェノサイダーというらしい)

悪人街の裏を取り仕切る大ボス的存在であった。

あれからもう悪人街の事には関わるまいと思っていたが「念の為だ」と

サイモンはこちらに通信用のアドレスを渡してくれた。

今回、それが役に立ったというわけだ。


『どうした。おまいがオリに連絡する事なんてよう。こっちに所属したくなったかぁ?』


「そうじゃないだよ。ちょっと、力を借りたい事があっで……」


グンバはサイモンにいくつか聞いておきたい事を訊ねた。

それは「今どのぐらいまでカチプト奪還が進んでいるか」である。

昨日に決死隊が偵察を仕掛けてきた事を考えると、攻撃は相当進んでいる可能性が高い。

それを考えて聞いたが、答えは予想外に悪いものだった。


「こ、今夜にも総攻撃!?」


『ああ。そう聞いてるぜ。悪人街からも結構な数が支援に行っててよう。連絡を頻繁に取ってるんだが、総攻撃がかなり近いって話だ』


「そ、そんなに早いだか……!」


早いとは思っていた。何せ、カチプトを制圧されていると

現実の北海道での官公機能もダウンするのだ。

全力で政府主導で攻撃を行っているのだから、そんなに時間をかけるはずはない。

だが、予想以上に一気に仕掛けてくるようだった。


『ところでおまい、今どこに居るんだ?』


「か、カチプトの街中だぁ。今、戦闘準備中だよ」


『ふ~ん……街で準備中ねぇ。なるほど』


しばらくサイモンは聞き流していたが、突然我に返ると驚いたように言った。


『街中にいる!? なんでおみい、カチプトの中に潜入してンだ!? そこに居たらよう……!』


「ここに用があるだよ。詳しくは話してなかったかもだけんど、オラ達と同じように意識不明事件に巻き込まれたプレイヤーが、ここにいるだ」


『何だと……?』


「先輩。攻撃を遅らせる事って出来ないだか?」


グンバは思い切ってサイモンに言った。

なるべく早く今回のカチプトの件にはケリを付けるつもりだが、もし今夜攻撃となると

そのチャンスすら無くなってしまう。

ほんの少し、時間が欲しい。


『遅らせる……ねぇ』


「今夜、こっちではモンスター達が演説で集まるとか言う話だぁ。そこで、勝負を仕掛けるだ。だから少なくとも今夜だけでいいから、攻撃を確実に止めておきたいだよ」


『オリだけじゃあそれは決めらんねぇな。それは』


サイモンはそういうと何か手元で操作を行った。

やがて画面にもう一枚の電想ウィンドウが現れた。

映ったのは目の下に深い隈のある赤毛の少年。

悪人街のボスにしてPK系ギルドを束ねる「匂坂寧」だった。


『んにゃ? なんだぁ? サイモンかぁ?』


『オリです匂坂さん。ちょっと話をしたいってヤツが居まして』


『お。てめーはこの前のチート野郎じゃん』


匂坂はこちらに気付くと、気さくに声をかけて来た。


「ち、チート野郎……だか」


間違ってはいないが、ゲーマーとしては何となく傷つく言い回しだ。

まぁ、それは今気にしていても仕方ない。


『冗談だって。ラクだっけ? その姿だとイマイチわかんにゃいな』


『匂坂さん。折り入ってご相談がありまして、通信させて頂きました』


『相談?』


サイモンは、匂坂に事情を説明した。

今夜、グンバが勝負を仕掛けるため、夜の一日だけどうしても猶予が欲しい、と。

匂坂は「猶予、ねぇ……」と目を泳がせながら答えた。


『今日は夜襲の予定とかあるんですかね?』


『あるよ。ってか俺様が丁度やる予定だね』


『じゃあそいつをちょっと遅らせて頂くとかは……』


『別にいいよ。ただ……街に取り残されてるヤツがいるって、それで何をやるんだぁ?』


グンバは夜に行う計画について話した。

街の実質的な最高戦力であるタイタンをどうにかして、それからモンスターを

街から退却させるように仕向ける、という件だ。

話をするとサイモンは驚いた声を上げた。


『はぁ!? タイタンと戦うかもしれない!? おみぃ本気か!?』


『へぇ……面白そうな事するじゃないか』


「ついでに一つ、頼まれて欲しいだけんど、いいだか?」


グンバは頼みごとついでに、匂坂に街へと陽動の攻撃を行って欲しい事を頼んだ。


『陽動?』


「街の外側で爆破でも起こして、一騒動起こして欲しいだよ。不安を煽る為に」


『別にいいけど、そんな事やって何の意味があンだ?』


「このままだとジャーバスを説得するにしても、戦う事にしてもまともに取り合って貰えない可能性が高いだ。だからモンスターの動揺を誘う必要があるだよ」


『ふ~ん……わかった。じゃあさ、中に入って見物とかやってもいいか?』


「見物?」


『お前、モンスターと会話できるんだろ? 今までの話からするとさ』


「ええ、まぁ……どんな奴とでもって訳じゃないだけんども」


『それを直接見てみたいんだ。いいだろ? 横槍は入れないからさぁ』


特に断る理由はなかった。

これがマルールに貰った能力であるとはわからない筈だし、

陽動を頼む以上、それから先の事には余り干渉は出来なかい。


「特に断る理由は無いだ。でんも……絶対に見つからないようにしてくれだよ」


グンバの連絡は間一髪の所だった。

今回の夜襲は、匂坂を中心とした悪人街の人間をメインとした編成となっていた。

今までの攻撃からモンスター達の防衛の展開図は判ってきていた為、

弱い部分に攻撃を仕掛け、行けそうならば一気に街中へと流れ込む、という手筈になっていたのだ。


■


匂坂はグンバからの連絡を受けて、攻撃を軽微なものへと変更した。

メインを直接攻撃でなく、偵察メインへと切り替えるためだ。

表面的には慎重な手を取るべき、という事にしているが

これは単純にグンバから連絡が来た事と、彼の興味優先のわがままからである。


(さて……巨人と戦うかも、って話だからこのスタジアムの中か)


今、匂坂は隠密任務に長けたK.Kのみを引き連れ、カチプトの街へと潜入していた。

上位のアサシンが使用する事のできる「透明化」と「無音」により姿と足音を消して、

内部の様子を探っていたのである。

やがて、モンスター達がスタジアムへと入っていくのを見て、彼らも中へと潜入していた。


「おっ……! あれがそうか!?」


カチプトのスタジアムの上部、本来は資材の搬入口となっている通路から

匂坂はフィールドを見た。

観客席が周りをぐるっと取り囲む光景に、モンスター達が跋扈しているのが見える。

そしてその中心のフィールド。本来なら野球やらサッカーなどの競技が行われる場所に

いくつものテントやらビルのような建物が並んでいる。

どうやら巨人たちが使っているスペースのようだ。

そのど真ん中の位置に、一人の巨大な人間の姿と

同じく一匹の直立した豚のようなモンスターの姿があった。

どちらも鎧と武器を持ち、武装している。


「……!!」


オークの姿は、ラクが一度だけ見せたオーク「グンバ」のそれだった。

まだ戦いは始まる前であるらしく、両者は武器の具合や持っている科術アイテムを

確かめながら試合に臨む前のアスリートのように身体を動かしていた。

その大きさはかなりの差があり、グンバは普通の人間サイズだが

相手の巨人の方はかなり大きい。縮尺が一人だけ間違っているのでは、と錯覚するレベルだ。

K.Kはそれを見て、かなり動揺した様子で匂坂にジェスチャーを送った。


「!……!」


手の甲を叩き、痛そうな素振りをした後に指で”L”のマークを作る。

ちなみに今、透明状態だがパーティを組んでいるプレイヤー同士なので姿は見えている。


「堅い……える? かてぇる……”勝てる?”か」


K.Kは頷くと不安そうにグンバの方を見た。

余りにも圧倒的なサイズ差だ。

例えるなら人間の大人とバッタぐらいの差だろうか。

とても勝負になるとは思えなかった。


「そーだな。仮にあそこに居るのが俺様でも厳しい。だが……」


匂坂は座り込むと、とても楽しそうに言った。


「あいつは何かやってくれるんじゃねーかなぁ。そんな気がするねー」


まるで子供が玩具を買ってもらった時のような表情で、彼は二人の戦いが

開始されるのを見ていた。

K.Kもそれを聞くと静かに座り込み、二人の戦いの行く末を観戦する事にした。


■


スタジアムのフィールドには、心なしか冷たい空気が流れていた。

昼間はファシテイトも現実世界も暑いためか、夜のカチプトの空気を

より冷たく感じるからなのかもしれない。


「……」


グンバは持っているアイテムの数と、相手のジャーバスの装備を観察していた。

どんな攻撃をしてくるのか、そしてこちらからどういう風に攻撃を行うべきなのか。

戦闘が始まってからでは考える余裕は余り無い。今のうちに考えなければならない。


(間違いなく接近型だぁな。魔法攻撃は使わなそうだぁ)


ギガースのバイキングのような格好に漏れず、彼も”いかにもな戦士”という装備をしている。

ただ流石にあのサイズに合う鎧は鉄では準備できない為か、岩やら獣の皮をなめたような

原始的な装備をしていた。ただし、武器だけは鉄で出来ている。

片方だけが刃になっている戦斧だ。

バイキング風というよりは、中世ギリシャのような、例えるならトロイア戦争などで

出てくるような戦士の格好に近いか。

魔法攻撃は余り得意そうではないのが救いだろうか。

とはいえサイズ差でかなり有利になるため、間違いなく使ってくると考えた方がいいだろう。


『サテ……この場に集まった”ブ”ァーバリアンドモ!! 元気にしてるカ~!!』


「!?、な、なんだぁ!?」


グンバが戦闘の準備を整えていると、スタジアム内に声が響いた。

ゴブリン特有の喉が掠れる音を交えた耳障りな声だ。

どうやらスピーカー越しに話しているので、やかましさが倍増しているらしい。


『いつもは部族の喧嘩、プライドをかけた戦士たちの決闘の中継をしてるが、今日はナント!』

『巨人の族長ジャーバスの戦いが始まろうとしているゾ! これを見逃さない手はナイ!』


司会者らしいゴブリンが煽り立てると、会場内から歓声が上がった。

商品の説明みたいな変な煽りだが、ゴブリン達には受けている。

人間とはやはりツボが違うようだ。


『実況はいつものようにキュアリー・マイクがお届けするゾ』


司会者のゴブリン「マイク」は「さて」と前置きしてから

ジャーバスとグンバの前口上を話し始めた。


『まずはァ~~~……北の赤コォォ~~~ナァァーーーー! 巨人族の長! ジャアアアアアアアブァスゥァッ!!』


年末の格闘技番組で聞いたようなイントネーションで

ジャーバスの名前が呼び上げられると、地響きのような歓声がスタジアム内に轟いた。

それもそのはず、仲間のギガースたちが割れんばかりの拍手やら雄叫びを上げているからだ。

ジャーバスはまんざらでもない様子で、斧を掲げて声に答えた。


(なんだか、このノリ……)


真剣勝負と言うよりはショー的な、見世物になっているのが何となく鼻に付く。

これから命懸けの戦いをこちらはやらなければならないというのに。

それとも最初から勝つと確信しているから、単純に気楽に考えているのだろうか。


(まぁ、単純に祭り好きなんだべなぁ)


ゴブリンは人間とは違うが、亜人なので共通する部分もあるという事か。

続けてグンバの名前が読み上げられた。


『対する南の愚かモノは、オークの戦士!! グググゥゥ~~~ンバァァッ!!!』


スピーカーから自分の名前が読み上げられる。

しかし、誰もその呼びかけには答えない。

戸惑いの声のようなものが代わりに巻き起こった。


「お、おい、あいつが本当に対戦相手ナノカ?」


「てっきり掃除しに誰かが入ってただけだと思ッタが……」


「ウッソダニ、アンナので戦えるわけナイダニ」


どうやら演説の時に全員がジャーバスとグンバのやりとりを見ていたわけではなかったので、

本当に対戦相手であるとは思われていなかったようだ。


「負けんなよォッ!!」


「頑張って下さい!」


デアルガやルゥリ達がかろうじて声援を送ってくれていた。

それだけで充分だった。


『えー、情報によると、彼は流れの傭兵との事ダ。正体不明! 実力未知数!! 多分一瞬で踏み潰されて終わりダロウが、是非力の戦ってミロゥッ!!』


(めっちゃ遠慮なく言うだぁな……)


そろそろ開戦であるからか、ジャーバスは仁王立ちになってこちらへと向き直った。

武器を構え、こちらを見下ろすその様は戦士の姿そのものだ。

そして、威圧感がすさまじい。


(でかい……!)


ジャーバスのサイズが巨大なのもあったが、

彼から放たれる”強者のオーラ”とでも言うべきものがハッキリとわかるのだ。

軽々しく触れてはならない相手。決して挑発してはならない相手。

そんな雰囲気が放たれている。


「……わからんな」


「えっ?」


戦闘開始の前に、ジャーバスはこちらに話しかけてきた。

何か疑問に思っているのか、その表情は険しい。


「お前がワシと戦いたいのはわかった。じゃがその理由がよくわからん。ここの長にでもなりたいのかのう?」


「そ、それは……えーど……」


開戦の作戦だけ考えてきたので、答えに詰まってしまった。

本当の理由を話すわけにも行かず、話を合わせようとしていると

ジャーバスは言った。


「オークは愚か者の集団だと聞く。確かに無謀な挑戦に思える。ワシは自分で言うんも何じゃが、かなり強い。幻狼の長ヴィガロや、北極星の闘熊フーガも強いがワシほどではない」


ジャーバスは数拍置いて言った。


「ワシは間違いなくここ最強じゃ。そのワシに挑む理由は何じゃ? てっきりワシは名を上げたいだけかと思ったが、よくよく考えればそんなだけでこんな不利な決闘なぞ、やらんからのう」


「不利……だぁな確かに」


「戦う前に一つ聞く。お主の戦う理由は―――何じゃ?」


「オラが戦う理由は、それは……」


グンバは濁して答えた。


「それは、”こうしなきゃダメなものがあるから”だぁ。お前を倒ざないと前に進めない道、いい方向に向かわない事があると確信しでるから、オラは戦うだぁ」


「ワシを倒さなければいい方向に進まない事……?」


「ま。そんな大した理由じゃないだ。深くは考えないでぐれよ」


ジャーバスは「そうか」と答えるとそれきり、口を結んだ。

戦いの開始が迫ってきたからだ。

グンバもその空気を感じ取り、頭の鉢金を閉めなおした。

ガンテスから貰った鉢金をきつく締めると、気持ちも引き締まったような気がした。


『デハ、戦闘開始ダァァアーーー!』


二人が戦闘態勢になると同時に、開始のゴングが鳴り響いた。


■


「くわっ!!」


戦争開始直後に、大振りでジャーバスが横に斧を薙いだ。

グンバからまだかなり距離があったが、それは風圧だけでスタジアムにまだ残っていたテントを複数両断した。


(なっ……!)


スキルを使ってないにも関わらず、鋭い斬撃を放っている。

風圧だけでもかなりの威力だ。


「さて、どれぐらい持ってくれるかのう?」


グンバは攻撃を回避するとそのまま身を隠し、持っていた道具袋を開けた。

そしてありったけの薬を取り出して飲み始めた。

様々な色の薬を、当初の作戦で決めた通りに飲んでいく。


(バッタ足、羽毛体躯、蝿身、鷹の目、忍者足袋、吸盤触手……)


青色、ピンク色、濃い緑色と薬の色も味も最悪だが、グンバは躊躇無く飲み干した。

飲みきった辺りでジャーバスは、グンバが隠れているテントの前に立った。


「隠れられるハンデをくれてやったつもりじゃが、その動きでは無駄なようじゃなぁっ!!」


ジャーバスは大きく縦に斧を振るい、テントを両断した。

物陰に隠れていたというのに、グンバが居る場所を寸分違わずに狙っていた。


「むっ!?」


しかし攻撃した場所にはグンバはいなかった。

テントが崩れると同時に、影のようなものが飛び出したのをジャーバスは見ていた。


「飛んだかっ!」


「どりゃあああああ!!」


テントから飛び出したグンバは、その身体からは信じられないほど高く飛び上がり、

現実の2、3階建てぐらいはある巨人の使う机を経由し、ジャーバスの顔まで迫った。

そしてスキルを発動させた。


「グラインドスラッシャー!!」


「ぐぬっ!?」


大型ナイフを大きく振り被ってから高速で振りぬき、巨大な斬撃をジャーバスに向けて発射した。

ジャーバスはすぐさま身を引いてかわしたが、思いも寄らぬ攻撃であったため回避が遅れた。

鼻と頬に跨るような形で大きな切り傷が顔に刻まれ、ジャーバスは数歩交代した。


「どうだぁ……! このまま一気にッ!!」


グンバはジャーバスの身体に取り付くと、そのまま首元を狙って身体を駆け上がっていった。

ほぼ90度になっている斜面を、まるで地面を走るように高速で登っていく。

ジャーバスは慌てて身体の表面をはたいた。


「くっ……!」


グンバは胸板の途中辺りで手が僅かに辺り、そのまま振り落とされてしまった。

再び大きくジャンプし、ジャーバスから距離を離す。

何故か、身体の何十倍もの高さまで飛び上がっていた。

その姿を見て、憎らしそうにジャーバスは言った。


「ポーションの力か……! ルダントから聞いた事があるぞ。薬の力を借りれば、生き物はとんでもない力を一時的に引き出せると……それを使っておるなぁ……っ!」


グンバはジャーバスの読み通り、各種強化ポーションを使用して身体能力を高めていた。

使っているのは「飛蝗の脚の秘薬」、「超身軽の薬」、「蝿王の妙薬」、

「イーグルブースター」、「潜入者の霊薬」、「オクトパス・メディシン」というものだ。


(そりゃ、ごんなのを使うしか、対抗する手段は無いだからぁな)


それぞれ高く飛び上がる「ジャンプ」、高い場所から落ちても反動を受けなくなる「羽毛化」、様々な移動が早くなる「高速化」、鳥並みに視力が強化される「鳥の目」、足が壁にくっつくようになる「張り付き・足」、手のあらゆる部分が壁に張り付くようになる「張り付き・腕」の強化がかかる。

これによりサイズ差がある相手でも、飛び回りながら攻撃を加えることが可能になるのだ。

ただし―――


(でんも、不利な事に代わりはないだ……)


あくまでもこれで可能になるのは「まともに動けるようになる」だけだ。

何度も攻撃を耐えられるぐらい防御力が上がるわけでも、攻撃力が飛躍的に伸びるわけでもない。

いまだ大きく不利な事に変わりはなかった。

次のステップの為に、グンバは防御力を上げる薬を飲んでから、持ってきた「黒い薬」を持った。


「ちょこざいなっ!!」


ジャーバスは斧を頭の上で振り回し始めた。

そしてそのまま高速で回転させ、勢いをつけた後に叫んだ。


『芝坊主!!』


グンバはそれを聞いてぞくり、と悪寒が走った。

気付いた時には高く飛び上がっていた。

転瞬、地面にあった物体が全て斬り飛ばされた。


(なっ、なしたこれはっ……!?)


どうやら斧を地面ギリギリに振りまわし、自分の周囲の地面を刈り取るスキルのようだ。

まるでダルマ落としで一番下を打った時のように、テントの支柱や机やら作業台の下が

打ち抜かれていた。


(スキル……? で、でんも広すぎるだッ!)


攻撃範囲は、スタジアムの芝が刈り取られた為よくわかるが、実に全体の半分近くにまで及んでいる。

ここまで広範囲の攻撃技を持っているとは思わなかった。


「見つけたぞゥッ!!」


空に飛び上がるとジャーバスはこちらを掴んだ。

遮蔽物がなくなったので見つけられやすくなったためだ。


「し、しまった!」


身体全体をすっぽりと手に握られ、一気に万力のような力で締め付けられる。

グンバは痛みの声を上げながら、逃げ出そうとするが、すさまじい力で掴まれている為、

全く抜け出すことが出来なかった。

HPゲージが、見る見るうちに減っていく。


(ま、まずいだ……! このままだと……!!)


■


その様子を、ルダントはスタジアムの貴賓席から見ていた。

ゴブリンの部族長が集まる中、グンバは笑いものになっていた。


「ギャハハ! 掴まれたゾ!」


「いきなり動きが良くなったが、やはりオークはオークダナ」


「ジャーバス! そのまま絞め殺してシマエッ!!」


(……)


ルダントは必死に戦っているグンバを見て、疑問しか頭に無かった。

何故、こんな自分を助けようとするのだろう。

自分が元人間だからか? それとも大きなギルドのリーダーだったからか。

そうだとすればどちらもお門違いだ。

自分は追放されたダメな人間で、もう何も権限はない。

救う価値も救われる価値も無い、ゴミのような存在だ。


(……戻る、ダニか)


現実世界では、何をやっても面白くなかった。

学校では自分はひたすら隅にいて、存在を押し殺していた。

世界が自分の敵であり、自分はその全てを相手にしているような感覚だった。

押しつぶされそうだった。

そんな時、ファシテイトの中で冒険をしているプレイヤーがいるという話を聞いた。


(仲間……)


子供の時からファシテイトの中で遊んではいた。

それでモンスターが居るとか、それと戦ったりして

ゲームとして遊んでいるプレイヤーがいるとかは知っていたが

実際に遊ぶような気分にはならなかった。

でも現実世界だと、自分は無価値で、何も出来ない。

だからやって見る事にした。


(楽しかったダニ。あの頃は)


自分には才能があったらしくて、見る見るうちに強くなって有名になった。

ゲームは思ったよりもやりやすかった。

自分のアバターは「カオス・コマンダー」というクラスで顔が見えないのも利点だったから。

やがて自分のギルドを作って、そこで自分は王様のようになった。

自分についてくる仲間がいて、彼らと共に激しい戦いを勝ち抜いていくのは爽快だった。

あの時は、心の底から楽しいと思えた。

でも、それは一瞬のうちに崩れ去った。


『では、副長権限によってギルドマスター、アギレイ・ウーを追放処分とする!』


仲間だと思っていた皆に裏切られ、失意のうちにまた地の底へ戻った。

何もない、何も得られない、何も見えない毎日に。

そんな折、現実からも自分は追放された。

ゴブリンの姿になって、死んだのかどうなのかわからないまま生きていた時に

吹っ切れてまた頑張ったら、自分はまた王様のようなポジションまで上り詰めていた。

いったん迷い込んだ幻惑の世界から抜け出せずにいたものの、自分はその場所を制覇したのだ。

また国を作って、王様になって……それで、何なのだろうか。


『総帥! 今度はどうなさるでござるか?』


『首領、首領。指示が欲しい。指示を指示をくれ』


『閣下。戻ってきてください。私が背中を預けられるのは、閣下のみです』


『総長ーーー!! 今度はどうすンだぁ? 俺を大暴れさせてくれよ!!』


『マスター、いい加減対戦は休みましょうよ。ボカァ狩りをやりたいんですよ』


個性的で、個性的過ぎて他のギルドを追われた奴らばかりを集めて「A・フォース」を作った。

誰にも真似できない戦法や、尖りまくった戦術で戦うのは最高だった。

戻りたい。でも、だからといって世話になったゴブリン達は裏切れない。

それをアイツは汲み取ってくれた。

だから自分の為でもないのに、命懸けで戦っている。


「ぐお”ぉっ!!」


たっぷりと締め付けられた後、ジャーバスはグンバを壁へと投げつけた。

石の壁に背中から叩きつけられ、更にHPゲージが減少していく。

既に体力は3割を切っていた。


「わからんな。プライドの為か? さっき言った”こうしなきゃダメなものがある”とは?」


「ハァ、ハァ……」


身体中が痛い。痛覚制限がない身体は、やはり激しい戦闘では辛い。

だが、泣き言を言っている暇は無い。


「もう一度聞く。何故、そこまでして戦う?」


「お……同じ、だからだぁ……!」


グンバは鼻血を腕で素早く拭いながら言った。


「同じ?」


「あいつはオラと同じやつだから、オラは戦うだァッ!!」


グンバは一気に黒い薬を飲み干した。

途端、今まで抜いていなかったナイフの鞘が赤くほのかに光った。

まるで血液を送り込まれた心臓が動き出したかのように。

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