83:カチプトの攻防(2)
夏休みまであと1週間を切った日。荒金靖樹ら4人は
ゲーム内にまだ囚われているゴブリンのプレイヤー「ルダント」を説得する為、
彼が元居たと思われるギルドから情報を得た。
そして幹部ら三名から、彼が現実へと戻りたがらない理由を突き止め、
説得の為の材料を持って再びカチプトを訪れる。
しかし結局、ルダントが首を縦に振ることは無かった。
彼は元はギルドリーダー。仲間を思う気持ちが強く
自分が率いてきたモンスター達を見捨てられなかったのだった。
もし戦いを止めるのならば、最高戦力である巨人らの長「ジャーバス」を倒さなくてはならない。
考え抜いた末、靖樹は1対1でジャーバスと戦う事を提案した―――
(文字数:10788)
カチプトの昼はだんだんと過ぎていき、やがてぼちぼち夕方を意識し始める時間となってきた。
人間が全くいないにも関わらず、街の風景は意外と普段と変わらないような感じがした。
雑多な生き物がいれば、モンスターだろうが人間だろうが騒がしいのに変わりは無いという事だろうか。
グンバは街にある鍛冶工具店の、空いていた作業場を借りて
戦闘用に使う弾丸アイテムを作っていた。
これは、ジャーバスとの戦闘で使う予定のものだ。
「……」
ジャーバスとタイマンで戦う。
これ以外には、もうルダントを助ける手は無い。
それが考えた末に行き着いた答えだった。
(無茶な賭けかもしれないだ。でんも……)
勝手に逃げるわけには行かない。
そして本格的な攻撃が恐らく迫ってきている以上、すみやかにカタをつける必要がある。
となると指揮系統をどうにかするしかない。
でも、ゴブリン達にいくら言っても恐らく首を縦には振る舞い。
何故なら巨人族の味方という強い後ろ盾があるのだから。
だからこの騒ぎを収めるには巨人のほうをどうにかしなければならない。
(これしかないだぁな)
だが巨人のほうは、ゴブリンよりも説得には応じないだろう。
何故ならここに自分達の欲しかった土地があるのだから。
それをどことも知らぬ場所から来た、人間サイズのモンスターに
何故言われて立ち退かなければならないのか、と言うだろう。
となると―――強行突破しかない。
不確定要素が強いが、うまく行けば確実に騒ぎを一瞬で収められるはずだ。
『おい。聞こえるか、荒金くん』
「……ん?」
作業をしていると、目の前に電想ウィンドウが開き、そこに
ウサギの顔をしたモンスターが表示された。
それは少し前に会ったこのファシテイト・ファンタジーの開発者。
要するに今プレイしているゲームを作った人々の一人である「後藤」の姿が映っていた。
「ご、後藤ざん!? どしたんだか?」
『メールの解析が終わったんだ』
「……!」
その言葉を聞いて、グンバは息を呑んだ。
後藤安綱。彼は、ファシテイト・ファンタジーの雛形の開発者の一人にして、
電子知性体と一番長く過ごしていたゲームの開発者である
彼と出会ったのは、靖樹たちがこのゲームをプレイしていて遭遇した”意識不明事件”。
その中で出会った電子知性体……要するにA・Iのような存在「マルール」が、
探して欲しい、と頼んだ人物であったからだ。
マルールが彼を探して欲しい、と頼んだのは彼女の残した”メール”を通じて
本体の位置を探すことが出来るのが、後藤しか居なかった為だろう。
そのメールの解析が、終わったようだった。
「それで、その……メールの発信源はどこなんだぁ?」
『それが……とにかく画像を送る。一度これを見て欲しい』
後藤からメールが飛ばされ、それをグンバは開いた。
開いた画像には、北海道の地図らしいものが描かれていた。
地図上には、いくつかの旗上のアイコン……いわゆる「ポインタ」が付けられていた。
この場所からメールが発信された……という事だろうか?
「なんだぁ、これ……この辺の地図だか? このポインタのつけてある位置が発信源?」
しかし、それにしては―――数が多すぎる。
まるで”北海道全域”から送られてきているような感じだ。
そしていくつかのポインタのある場所には、見覚えがあった。
『どうやら、発信源はそこに書かれている点全てのようだ。それで……なんだが』
「これってゲーム中で”宝箱のある位置”じゃないだか?」
『!……よくわかったな。私は最初意味が全くわからなくて、丸2日掛りでその結論になったというのに』
画面の向こう側で後藤が眉を上げた。
一瞬で画像の意味がわかった事に、よほど驚いたようだ。
「見覚えがあるヤツがいくつかあっただよ」
『さすが、ゲーマーは違うな』
山頂付近の洞窟や、街の下水道の奥など、いくつかの場所に見覚えがあった。
そこには一定の間隔で宝箱がポップ(出現する事)する。
一定の間隔で出てくる場所が変わったりするものもあるが、ずっと同じ場所に沸き続けるものもある。
初心者のうちは街中などで固定ポップの宝箱が出てくるのを待って、中身を漁ったりする小銭稼ぎの方法があったぐらいだ。
「でんも……って事は、メールは”宝箱の中から送られてきた”って事だか?」
『そういう事になる。正直信じられんが……』
「場所はどこになるだ? これだと北海道の……全域になっちまうけんど」
『すまん、そこまでの特定は出来なかった。というよりは……”全ての宝箱の中から同じように反応が出ている”というしかない』
画像を見ながら後藤は言いにくそうに言う。
「そんな事ってあるんだか……?」
『私もその辺はよくわからん。すぐに向かえるか?』
「それは無理だぁ。ちょっと今立て込んでて……」
グンバは今起こっている事を話した。
ルダントというゴブリンのプレイヤーを助ける為、今北海道のカチプトと言う町に居る事。
また彼が仲間を裏切れない為に、この騒ぎを自力では収集する力がなく、その打開の為に
これから巨人と1対1の勝負を挑むつもりである事を伝えた。
当然ながら後藤は驚いた様子を見せたが、程なくして落ち着くと「そうか」と言った。
「驚いただか?」
『ああ、驚いたよ。だが……マルールが認めた君だ。この位はやるかもしれんとよく考えたら思ったよ』
「相手は”ジャーバス”っていうタイタンだぁ。勝ちめは正直かなり薄いけんど、それでもやらなきゃならんだ。プレイヤーがやってきたらもっと生き残る目は少なくなるだから」
『ジャーバス……? もしかして”ひとりぼっちのジャーバス”か?』
「えっ、なんだぁそれ?」
後藤は「なるほど」と僅かに笑みをこぼして答えた。
『私はファシテイトの原型を開発していた、と前に話しただろう? その時に私はそのゲーム中で、いくつかユニーク・キャラクターを一緒に作ったんだ。多くは案内人として作った人ともモンスターとも区別できない中途半端なキャラだったが……その一部はユニークモンスターや、街の名物NPCに転用されているらしいんだ』
「その一人がジャーバス?」
『ああ。巨人キャラでその名前なら間違いない。そうか、彼も仲間を持つようになったのか……』
「どんなキャラなんだぁ。ジャーバスって。よければ聞かせて欲しいだ」
グンバは後藤から、ジャーバスのキャラクターが背景について聞いた。
他愛のない事が多かったが、それらも相手を知る上では重要な要素だ。
全く関係のない事から、相手の弱点が読み取れたりする事もある。
「フム……なるほど。ありがとうだぁ、助かっただよ」
『戦闘の助けにはならんと思うが……頑張ってくれ。特に夏奈はちゃんと守ってくれよ』
「そこはわかってるだ。人を見捨てたくはないけんども……時間切れになったら逃げるだ。特にあの二人は先に、ちゃんと脱出させるだぁ」
『わかった。健闘を祈る……死ぬなよ』
後藤はそこで会話を切り、ウィンドウを閉じた。
グンバは後藤から聞いたジャーバスの情報を頭の中で反芻させていた。
(……ひとりぼっちの、か)
■
カチプトの時間は過ぎていき、やがて夕焼けの色が
段々と夜の色へと変わっていく。
武器の調整と、アイテムの用意を終えたグンバは
街中でのアイテム調達を終えたデアルガ達と、宿の一室で
これからの作戦について話をしていた。
「なんだぁ、この騒ぎは?」
夜の明かりが街を彩っていくにつれて、
街中が活気付き始めたのがわかった。
ゴブリンが出店を道に出して始め、見慣れないモンスター達が闊歩しはじめた。
「どうも今日はこれから演説をやるんだとよ」
「演説?」
デアルガがつまらなさそうに言うと、ルゥリが答えた。
「街中で情報収集もしてたんですが、今日は人間との本格的な戦争が始まるから、ゴブリンの族長さんたちと、巨人の長さんが集まって演説をするんだそうです。だから外からも防衛にあたってたモンスターが一時的に戻ってくるとかで……」
「そ、そんなことして、防衛は大丈夫なんだか?」
「防衛は別の奴らが引き継いでやるんだと。まぁ多少は減るらしいが、昨日札幌の近くまで攻め返したらしいから、今日は来ないだろうぜ」
「そういうのが一番危ないと思うんだけんど……」
大規模戦闘でのセオリーには、一旦敗走したと見せかけて、搦め手からの攻撃を仕掛ける、というものもある。
例えば防衛拠点の付近まで敵をひきつけて、後ろ側から回りこんで倒したり等だ。
「ゴブリン多めで指揮系統を磐石にするから大丈夫なんだとよ。いざとなればマジック・アイテムで連絡もすぐに出来るらしい」
「モンスター側もそういうのを持ってるんだか……」
「ルダントのヤツが作り方を教えたんだそうだ。製造用のかまどと、工作用の道具の作り方から全部な」
ルダントは全てを支配しているわけではないようだが、王様としてはそこそこ慕われているらしかった。
ゴブリンたちが知らない事を沢山知っているから、と。
まぁ当たり前といえば当たり前だろう。
プレイヤーとしては超熟練者、よほどの隠しレシピでもない限りは合成やアイテムの調合などは知り尽くしているはずだろうから。
「メールピジョン?」
「ああ。”手紙の鳥を遅れる”っつってたから多分な」
彼らが使っている連絡用アイテムは「メールピジョン」と言うアイテムだろう。
魔力によって擬似的な生命が吹き込まれた”生きている紙”で、手紙を書いてから魔力を発動させると、鳥の姿に折り畳まれてから高速で伝達相手の下へと向かう、というアイテムだ。
ファシテイトのプレイヤーは街に居る間は実際に通信を行う事が出来る為、不要なように思われるが街を離れていると通信機能は使えない為、意外にも需要はある。
「だからまぁ、防衛が一気に崩れたりはねぇだろ。危なくなりそうではあるけどな」
デアルガは一拍置くと話題を切り替えるように言った。
「それより……おめェよ、勝つ算段はあるのか?」
デアルガが訊ねると、キッチェもルゥリもグンバのほうに視線を移す。
その目は不安そうに、心配そうな色を帯びていた。
グンバは臆病な雰囲気を出さずに言った。
「あるだ。ただ……勝ち目は半々より悪いだよ。せいぜい4割程度だぁ」
「そんなにあるの!? 信じらんないんだけど。だって相手、下手するとちっちゃなビルぐらいのおっきさだよ?」
ギガースでさえ建物と見間違うぐらいの大きさだった。
タイタンはおおよそ30メートル。
もはや5階建てほどのビルディング・サイズと言っていいだろう。
ちょっとやそっと切りつけた程度では全く効かなそうだし、相手が蹴りでも繰り出してきてそれに命中でもしてしまったら、確実に大怪我は必死だ。
足だけでもちょっとしたトラックの大きさなのだから、即死してもなんらおかしくは無い。
ルゥリが心配そうに言う。
「本当に……戦わないといけないんでしょうか?」
「戦う以外には無いだよ。まごついてたら、人間側のプレイヤーがここへ間違いなくやってくるだ。物量でも向こうの方が遥か上だしなぁ。そしたら乱戦だぁ。生き残れる確率はぐっと低くなるだ」
「でも、倒すなんて不可能なように思えます」
「いや、オラは十分に勝ち目があると踏んでるだ」
グンバはそこまでを言うと、詳しく自分の算段を話し始めた。
「いいだか? まず……これは決闘ではあるけんど、殺し合いではないだ」
「何でだ? 命を賭けての勝負……じゃねェのか?」
「万が一だけんど、オラがジャーバスを殺したら確実に他のギガースが襲い掛かってくるだ。統率役なんだからぁな。そしたら絶対に死ぬだよ」
「そりゃまぁ、当たり前だろ。言わなくてもわかる」
「それはジャーバスもわかってるはずなんだぁ。だから向こうも”大怪我”で試合を止めるはず。オラはその大怪我する一撃を見舞ってやるだけでいいんだぁよ」
「お前……簡単に言うけどよ、それがどれだけ難しいかわかってるのかぁ?」
「それはわかってるだ。でんも……今のオラにはこいつがある」
そう言うとグンバは腰の鞘から赤く燃え上がるナイフを引き抜いた。
まるで今まで高熱に晒されていたような赤銅色のナイフは、引き抜かれただけで部屋の温度を一気に引き上げた。
まるで今まで暖房が部屋の中に充満していたような、暖かい空気が一瞬で部屋に満ちる。
「★火曜星の刃、か。しかしそれだけじゃどうしようもねェだろ」
グンバが見せたのは所持するアーティファクト「★火曜星の刃」だ。
一瞬で鉄をも焼き切る、まさに溶岩がそのまま刃の形に整えられたような高熱を放つ事ができるレアアイテムである。
「こいつには気力を注ぎ込む事で高熱を帯びさせられるけんど、より力を注げば刀身を大きくする事もできるだ。それこそ理屈の上では、何メートルにも伸ばせるはず……」
「!、おめェまさか……」
「そうだぁ。オラは薬を使って”限界まで気力と精力をブーストさせる”だ。そうすれば、巨人をも斬りつけられる一撃が繰り出せるはずだぁ」
★火曜星の刃は、注ぐエナジーの量によってその刀身のサイズをも変える。
確かに理屈の上では、巨人に深手を負わせる一撃も繰り出せるようになるかもしれない。
ただし、単純に高熱を発生させるだけでも相当なエネルギーを使う。
グンバの言っている事は「その気になれば海だって泳いでわたれるはず」なレベルの無茶苦茶そのものの作戦に聞こえた。
「そういう事か……タイマンをお前がやるのも、そのナイフがねぇといけないからだな?」
「その通りだぁ」
ナイフを扱うアビリティ・レベルに関しては、間違いなくグンバが一番上だ。
こればっかりは他の3人には任せられない。
それに、恐らく4名同時に戦って勝った所でこちらの言い分など聞き入れはしないだろう。
相手は「戦士」なのだから。
「で、でもそれって滅茶苦茶危ないんじゃないの……?」
キッチェが怖いのか、スライムの身体を震わせながら言った。
グンバはしばし沈黙していたが、伝えておかねば、と答えた。
「かなり危ないだ。限界以上のブーストをして自身を強化するだから、負担も大きいだ。それに……武器が持ってくれるだか」
「武器が……ですか?」
「んだ。武器には”耐久値”ってステータスがあって、それが一定以下になると”破損”になるだ。ヒビが入ったりした状態だぁな」
グンバは目の前にウィンドウを出し、そこに説明用のマニュアルを表示させた。
ルゥリに見せながら説明していく。
「破損でも使い続ける事はできるだけんど、更に耐久値にダメージを受けてしまうと”破壊”になって、武器は文字通り壊れて無くなるだ。アーティファクトは、耐久値が滅茶苦茶高いだけんども……無茶をする以上はどうなるだか」
「ま、そこは一瞬で決めれりゃ、何とかなる。問題は……仕掛けるタイミングだ」
デアルガが不安げに訊ねた。
「これはオレの経験からだが、あのタイタン―――普通に人間サイズだったとしても相当強いぞ。そんなやつにどうやって攻撃を叩き込む気だ? それに……戦う以前の問題もある」
「え? どういう事です?」
ルゥリがあっけらかんと訊いた。
デアルガは少し焦ったように言った。
「いやいやいや! よく考えてみろよ。1対1のタイマンなんて素直に受けてくれると思うか? 相手からすりゃ、こっちは虫みたいなサイズだぞ。相手にされないに決まってる。つうか取り巻きがこっちを排除しようとしてくるだろう。常識的に考えたらよォ」
「あー……!」とルゥリは想像して、その問題に気付いたようだった。
だがグンバは自信有り気に言った。
「いや、そこは大丈夫だぁ。”手”は考えてあるだ」
■
これからの戦闘を鼓舞する為の演説は、夜が更けて20時になった時に始まった。
朝方から居たから現実世界では3~4時間ほどが経った感じだろうか。
恐らくは現実世界も夜になっているに違いない。
(凄い数だぁな……)
巨人たちが街を取り囲むように配置され、守護像のごとき威容を見せ付けている中、
役所前の広場には、相当な数のゴブリンやモンスター達が集まっていた。
街にいる殆どのモンスター達が集まってきているのだろう。
ゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリンの亜種らしいより小柄なモンスター。
それに強力なボス格モンスターの姿もちらほらと見えた。
広場の中心には、学校の校庭にあるような小さな壇が設置され、そこで一人の
紳士服らしいかっちりした服を着込んだゴブリンが話し込んでいた。
ルダントの傍に付き従っていた秘書のゴブリンだ。
「えーそれでは、これから市長の話ダカラ、心して聞くようニ」
秘書ゴブリンが短く開会式の挨拶を済ませると、
次はルダントが壇上へと上がった。
ルダントは咳払いをすると、話を始めた。
「総大将兼市長兼司令官の……ルダントダニ。今日は良く集まってくれたダニ」
ルダントはその後、現在の状況とこれからどういう事をやっていくべきかを話した。
人間たちとのせめぎ合いはしばらく続く事、現在の戦況はややこちらが優勢だが、
相手は様々な策を講じてきており、油断できない、と話した。
「特に……昨日の襲撃騒ぎは看過できない出来事だったダニ。休んでいる中、侵入者を始末した奴らには特別な褒章を出すダニ」
ルダントが言うと、歓声が沸き起こった。
そして権威を見せるためか、しばらく手を振っていた。
これで恐らくはこの演説も終了なのだろう。
(いつ仕掛けるんだ?)
デアルガがグンバに小声で訊ねた。
ジャーバスと1対1の戦いを行うならば、ここでやるのがベストだ。
市役所で戦闘を仕掛けて、広いスタジアムへと移動する。
ここには沢山のゴブリンたちや、ジャーバスの仲間のギガースたち。
また街への侵攻の計画にのった猛獣モンスターなど、主要な面子が揃っている。
この面前で戦い、勝利を決する事が出来れば、確実に町全体を動かせる事だろう。
(まだ待つだ。今仕掛けても……まず、鼻で笑われるだけだぁ)
しかし、いきなり勝負を仕掛けるわけには行かない。
こんな演説後の大真面目な空気の中で、ジャーバスにそんな事を言っても
仲間の巨人に、街の外につまみ出されるだけだ。
「受けざるを得ない」という空気にうまく持って行かなければならない。
(それはそうだが……)
(大丈夫、そろそろ……そろそろ来るはずだぁ)
「敵襲っ―――!!」
広場に斥候らしいゴブリンの声が響き渡ると、一気に場は騒然となった。
キョロキョロと辺りを皆が伺い始め、不穏な空気が充満していく。
血の気の多い猛獣モンスターは、すぐに声のした方へと走り去っていった。
「何事ダニ!?」
ルダントが訊ねると、秘書ゴブリンが鎧を着た数人のゴブリン達から
話を聞き、ルダントへと伝える。
「東門付近にて爆発がアリ! 人間の侵入者である可能性が極めて高いとの事デス!」
「第3番、第4番の防衛隊はすぐに現場に向かエイ!! 魔獣隊も辺りの物は全員向かエ!」
準備が出来ている戦闘員はすぐに現場へと向かい、
休息を取っている者や非戦闘員はすぐに避難を開始した。
だが、壁だけ破壊されたのみであり、ほどなくして襲撃者は門から去っていった。
わずか10分少々の騒ぎだった。
「フム……そうダニ。終わったダニ」
ルダントが秘書ゴブリンから連絡を受け取ると、戦闘が終わった事を
また演説のように皆に言った。
「人間は壁に一撃入れて行っただけのようダニ。これは人間共の我らへの正式な宣戦布告ダニ!」
人間が先制攻撃のみを行い、去っていったのを
卑怯な行為のように話し、撤退したのを逃げていったように言う。
まるで勝利宣言のように。
これは、全員を鼓舞する目的で言ったのだろう。
「だが、我々が負ける事は有り得ないダニ! ここはもう、我らの新しい故郷なんダニ!」
事実、この宣言でまた周囲の士気は上がったようだった。
モンスターは人間との戦いに飢えているからか、人間が卑怯な戦法を取れば取るほど
戦意は高まっていくようだ。
別にそれは構わない。彼らの中にプログラムされている
本能のようなものなのかもしれない以上、それを否定するつもりはない。
ただ、このままだとルダントは戦争に巻き込まれ、最終的に死ぬ。
それは出来れば避けたい。
ただそれだけだった。
「待つだぁっ!!」
「ん……?」
戦意が高まっている中、グンバはその声を全て切り裂くように叫んだ。
「こんな事を続けていても、戦況は悪くなる一方だぁ! オラはここで戦闘を放棄する道を提案するだよ!」
グンバが言うと、場は騒然となった。
戦意が高まっている中での、いきなりの戦闘放棄の提案だった為、すぐに罵声がグンバへと投げられた。
「逃げるなんてとんでもねーダニ!」
「臆病者のオークは黙ってロ!!」
「どこの馬鹿ダ! あいつハ!!」
ゴブリン達が持っていた缶やらビンを投げつけられ、グンバは僅かに身体をよろめかせた。
しかしそれにも怯まずに続けて言った。
「市長は戦況は互角とだけんども、人間は強いだ。このままじゃ、必ずここは落とされる。そしたら、ここに居る奴らは全員皆殺じだぞぉ!」
「負けるわけないダニ!」
「……いや」
低い唸り声が、ゴブリン達の野次を押しのける様に響いた。
とても低く、人間の声ではないのがすぐにわかった。
かすれている重い声の主は、大きな狼のモンスターのものだった。
ボス格の強力なモンスターのようで、彼はグンバの考えに賛同するように言った。
「ワタシもここが引き時だと思う。オークなどに賛同するのは、いささか不愉快だが」
「なっ……」
「ヴィ、ヴィガロ様!? な、なんでそんな事ヲ……」
ヴィガロという狼型のモンスターが言うと、ゴブリン達はたじろいだ。
弱いイメージのオークが言う言葉だと、全く説得力が無かったが
彼のようなボスモンスターが言うと、その効果は全く違ったようだ。
「今のところ、なんとか張り合えてはいる……それは確かだ。だが……人間たちは、一向に勢力が衰える気配が無い。それどころか、どんどん強くなる一方だ」
「我々も同意見だ」
ヴィガロが言うとそれに続いて、熊の姿をしたモンスターも言った。
額に煌々と光る赤色の紋章を持っていて、彼もまた以下にも強そうなモンスターだった。
どうやら彼は、熊型モンスターの長のようだ。
「フーガ様まで……」
「充分物資は奪取できた。本音を言えば、ここに居を構えたいが……我々もまずいと思う。前線が押され始めているからだ。それに……人間は死んでもすぐに復活できるようだ」
熊の長「フーガ」が言うと、その場がまたどよめき始めた。
「死んでもすぐ復活できる? ホントナノカ?」
「そんな話、初耳ダゾ」
「どういうタイミングで話すか迷っていたが……この集まっている時しか、やはり機会はないようだ。それに、先程の襲撃で気持ちが固まった」
フーガは続けて意を決したように言う。
「我らも戦線を放棄して故郷へ戻ることを提案したい。ここは……危険だ」
「……」
ルダントやゴブリンの有力者たちは、その言葉に何も言い返せなかった。
前線に立つ者は、戦況が不利に傾き始めているのを感じ取っていたのだ。
彼らも早めに引く事が賢いと、思っていたのだろう。ただ話す機会を失っていただけで。
だから奇しくも、戦意を鼓舞する為に開いた演説で戦線の放棄の提案がなされてしまったのだった。
「何を言っておるか!」
ゴブリン達がどうしようか、とがやがやとしていると
上空から怒号が飛んできた。
上を見上げると、近場に居たジャーバスが怒りの表情を浮かべているのが目に入った。
かなり近くに居たようだが、大きすぎて足元しか見えていなかったのだ。
「ここは我らの理想の地。先住民を打ち負かし、手に入れた土地ぞ! それを手放すなど、断じて受け入れられぬ!」
ジャーバスは威圧しながら、ヴィガロとフーガに言った。
サイズ差でも実力でも、かなりの差があるが、ボス格モンスターだけあって
2体はジャーバスの威圧にも怯む事はなく、答えた。
「巨人の君らは、まだ接戦を経験していない。だからそのような事が言える」
「何だと?」
「市長殿は互角と言ったが、既に我らは押され始めている。我々の一族だけでなく、前線に立っている者は、皆それを実感しているのではないか?」
ヴィガロが前線からの帰還者に向けて言った。
ゴブリン達や、巨人たち。魔獣たちに向かって。
彼らはやや俯きながら、その言葉を否定しようとはしなかった。
「これは、もっと話し合う必要があるな」
フーガが周りの状況を見て言った。
意思統一が出来ているように見えて、今のこのカチプトのモンスターの軍勢は
まだ戦い続けるか、それとも戦闘を放棄して退却するか、という二陣営に割れていたのだった。
(これは……行幸ってやつだぁな)
人間による街への攻撃。先程のものは、人為的なものだった。
無論、仕掛け人はグンバだ。
しかしここまで効果が出てくるとは思わなかった。
せいぜい、不安を煽って何人かが賛同さえしてくれれば、何とかジャーバスと戦えるはず。
ダメでも面子を立たせるため、ジャーバスの側近と戦うぐらいは出来るはず。
そう考えて仕掛けた策だったが、どうやらモンスターの中にも情勢を冷静に見定められる者は居たようだ。
「ぬぅ……」
今しかない。そうグンバは直感した。
転瞬、彼は更に叫ぶように言った。
「ジャーバス! オラと1対1で勝負しろだぁっ!!」
「何ぃ……!?」
ぎょっとした風にジャーバスはグンバを見た。
「お前みたいな弱い奴じゃあ、人間には勝てないだぁっ! オラがまずお前を倒して、証明してやるだよ!!」
「ほう……どうやら貴様、最初からワシと戦う事が目的じゃったな?」
「うっ……!」
ジャーバスが閃いたように言うと、グンバの背筋に寒気が走った。
一瞬でこちらの思惑を見抜かれてしまった。
それだけでも、彼がただ巨大なだけではない戦士であると、
ただただ拳を振るうだけしか能の無い巨人ではない、というのが伝わってきた。
「やはりそうか。確信したぞ。この場でいきなりワシを煽って見せたり、人間と戦うのは無理だとか口実をつけてきたのは、ワシと戦う為じゃな? さっきの街への攻撃も、お前の仲間がやったんじゃないか?」
グンバは何も言い返せなかった。
そのまま、その通りだったからだ。
だが―――ジャーバスは鼻で笑うと拳を鳴らしながら、言った。
「じゃが、受けてやろう」
「えっ……?」
「長! いいのか!」
駆け寄ってきた仲間のギガースが、ジャーバスへと向けて言った。
ジャーバスは強い瞳を不安そうにしている仲間に返しながら、言った。
「ワシは戦士じゃ。挑まれた戦いは、余程の事が無い限りは受けて立つ。それが信条じゃ」
ジャーバスが言うと、大歓声が巻き起こった。
「おい! 巨人の長が戦うゾッ!!」
「これは面白くなってきたダニ!!」
ジャーバスがスタジアムの方角へと歩いていく。
彼が一歩、大地を踏みしめるたびに地面は揺れていた。
その後を観戦しようとゴブリン達がついていく。
ジャーバスの足取りは、心なしか楽しそうに見えた。
(勝てるだか……あんなのに……!)
グンバはその後を追った。
胸のうちから湧き上がる不安を、押し殺しながら。




