78:ファースト・イン・ジ・アキバ(4)
夏休みまであと1週間を切った日。荒金靖樹ら4人は
ゲーム内に囚われ、現実へと戻る気を無くしてしまった「ルダント」という
ゴブリンのプレイヤーを説得する為、彼が元居たと思われる秋葉原の
「A・フォース」というギルドへと潜入した。
しかし体験入隊イベントの最中、ハッキングによる襲撃が起こる。
3人の強力な侵入者を前にして、イベントの案内役である「ダパルケット」は
苦戦するかと思われたが、これをあっさりと撃退した。
案内役と言う下っ端の人間でも相当に強い事を確認し、参加者達が襲撃によって
居なくなってしまう中、ギルドに潜入した銑里と夏奈は、しぶとく情報集めを続けようとする―――
(文字数:10837)
ワールドアウトし、山東我門タワー内のロビーに戻ると体験入隊イベント前に居た参加者たちの殆どが居なくなっていた。
一人、案内役の満蔵だけが銑里と夏奈を待っている。
「あれ? あとの2人はどうしたの?」
ダパルケットのプレイヤーである満蔵は居るものの、魏蘭とディズプのプレイヤーが居ない。
「ディズプの方は上の階にいるでござる。魏蘭のほうは……今は正規入隊試験の方に出ているでござるよ」
「そうなんですか」夏奈が心配そうに言う。
「まぁ、プレイヤーには色々な奴がいるでござるからな。中にはここに所属していても姿を現さないのも少なくない。さて、まずはディズプの奴に会うでござるかな」
満蔵はそういうとロビー中央にあるエスカレータを上っていった。
銑里と夏奈も彼の後ろをついていく。
「このタワーの紹介がまだだったでござるな」
そう言うと、満蔵はロビー内に手を泳がせながら言った。
「このA・フォースの本拠地である山東我門タワーは大きく分けて5つのエリアに分かれているのでござる。ひとつはこのロビー」
ロビー内には、いくつものゲーム筐体が置かれている。
それだけでなく、モニターやテレビがたくさん置かれていて雑多なゲーム機も多く並んでいた。
「ここは外からの部外者を迎えることも多く、最もA・フォースの門戸が開かれた場所でござる。多くのゲーム機やファシテイトへのイン用端末が置かれているのも特徴でござる。本当ならば、ここで体験入隊コースは、すべて行うつもりでござったが……」
「さっきの襲撃みたいな事って、そんな頻繁にあるの?」
「大体……2週間に1度ほどはあるでござる。故に、案内役はソロでも戦える者が最近は担当しているでござるよ」
2階へと到着すると、汗だくになったシャツを着た大柄な男が二人の前へとやってきた。
太っているからなのか、それとも急いでやってきたからなのか、息をぜぇぜぇと切らしながら、彼は言った。
「あ~、ダパル、その二人かぁ~」
(うわっ、汗くさ~……)
太った男は近づくとすっぱい臭いがした。
学校の体育館のような、手入れがまったくされていない色々な道具が置かれている倉庫のような臭いだ。
服を見ると首筋に染みのようなものが見える。
どうやら何日も同じ服を着ているようだ。
「こっちがさっきのディズプのプレイヤー「池永」でござる」
「池永総稟です。いやぁ~、久しぶりに女の子きたねぇ~」
夏奈の方をちらりと見ると、彼女も愛想笑いをしながらも僅かに顔をしかめていた。
銑里は思わず訊ねた。
「あのさ、その服って何日も着てたりするの?」
「え……」
「ハッキリ言うけどさ、汗臭い……ってか、臭いを通り越してるわ! 今すぐシャワー浴びてきなさいよ!」
「う、あ……いや、その……」
満蔵が渋い顔をして銑里を一瞬見た後、池永に満蔵が言った。
「あーあ、言われたでござるな。やっぱり」
「アンタもわかってるならちゃんと言いなさいよ! 夏奈も臭いって思ってるわよ。絶対!」
「え!? い、いえ私はあの……」
夏奈が突然話を振られ、慌てて否定しようとする。
だが先程の表情から、間違いなく彼女も嫌悪感を感じていたはずだ。
それぐらい強い臭いである。
銑里が睨んでいると、池永は申し訳なさそうに言う。
「ご、ゴメン……おれ、何日か泊まりでいるから、いつもこういう風になっちゃうんだ」
「やはり人が来る時ぐらいは、せめて身奇麗にしてくるべきでござったな。”総帥”にも口酸っぱく言われていたでござるから」
「た、確かになぁ~……”首領”はおれの事、いつもせめて臭いぐらいなんとかしろ、って言ってた……」
(総帥……? アギレイ・ウーの事かしら)
銑里は二人が言う人物の事が気になった。
どうもリーダーの事を言っているらしいが、二人とも言ってる愛称が違う。
別の幹部か誰かの事を言っているのだろうか。
「おれ、じゃあ、ちょっとどっかのネカフェでシャワー浴びて着替えてくるよ」
「外の試験者たちの対応は大丈夫でござるか?」
「そっちは魏蘭のやつがやってる。おれは後から行くよ。”あいつら”がちゃんとやってくれれば、大丈夫なんだけど……」
やや愚痴っぽく池永は言った。
「それは……言わない約束でござるよ。今は」
「わかってるよ。わかってるけど……」
俯きながら池永が呟くと、突然ハッとなった。
銑里たち二人の方を向いて、まるで”この話はしてはいけない”とでも言いそうな表情になって、わざとらしく咳をして話題を切り替えた。
「まぁ……案内はたのむよ。綺麗にして、おれの担当の試験片付けたら、おれも行くから」
「了解でござる」
池永は恥ずかしそうに腕を組むと、いそいそと外へと出かけていった。
彼が出て行った後の2階のフロアに入ると、そこには
1階とは違い、完全に黒いカーテンで遮断されたいくつもの個室が見えた。
「ここは正規メンバーがインするための専用部屋でござる」
「専用部屋?」
「A・フォースは正規メンバーになれば専用のプレイ用スペースが用意されるのでござるよ。2階と3階はそれぞれ2軍と1軍のもの。4階が幹部、そして5階が……リーダーのものでござる」
「満蔵さんはこの階の方なのですか? それとも上の?」
「拙者は……」
満蔵に夏奈が訊ねると、彼は言葉を濁らせた。
恐らく案内役をやっている事から、2軍の人間なのだろう。
靖樹が言っていた通り、ここのプレイヤーのレベルはかなり高く、あれだけ強くても2軍で、1軍や幹部連中の強さはまだ上なのだ。恐らくは。
「おやおや~? 誰かと思えば、案内役の満蔵さんじゃないですか~?」
「……!」
2階のプレイスペースから、A・フォースのメンバーと思わしき人間が数人出てきた。
満蔵や先程の池永と違い、彼らの格好はオタク然としていなかった。
むしろ最近の若者らしい服装をしていて、カッコ良ささえある。
渋谷や原宿なんかを歩いていそうなファッションだ。
ただ―――ガラが悪い感じがした。
同時に嫌な予感も。
(あれ……? この人たちも同じギルメンなのかな?)
「あら? どうしたのこの二人。すっげー可愛いじゃん! 新入り?」
「た、体験入隊コースの参加者の方々でござる。これから2階と3階を見せて回るでござるよ」
先頭の人間は髪を金髪に染めていて、耳にピアスがついている。
他の人間もタトゥーが入っていたり紫色をしたサングラスをかけていたりと、どこか不審そうな見た目をしていた。
タトゥーをした一人が、夏奈の首元へと腕を回して言う。
「案内役は俺らが引き継ぐからさぁ~。こんなレベルの子、俺らの知り合いにも居ないよ」
「えっ!? あ、え、えっと……」
威圧的な雰囲気に、夏奈はすっかり怯えてしまっていた。
すかさず、満蔵が止めに入る。
「あ、案内は拙者が……」
「あぁ? 俺らがやるっつってるだろうがよ。なんか文句でもあんのか?」
凄まれると満蔵は思わず身を引いた。
どうやら立場では満蔵よりも彼らの方が上であるらしい。
恐らくは1軍の人間なのだろう。
銑里は、彼に任せておくと夏奈が連れて行かれそうであるのを察して前へと出た。
「ちょっとあんた達! 案内はこっちの人がやるってんだから、あんたらの方が引っ込んでなさいよ!」
「何ぃ~……?」
「ちょっ、よ、世々野殿? いきなり何を……」
突然、銑里が前へと出たので満蔵は戸惑っていたが、銑里は構わずに続けて言った。
「今日の案内役は、そこの満蔵って人でしょ! あたしらは最初そう聞いたんで続けてるんであって、途中で変更なんてもう止めてよね! これ以上、変な事が続くんなら、あたし達帰るから!」
帰る、という言葉にガラの悪そうな男達は反応した。
彼らも先程の入隊試験の事は知っているらしく、これ以上騒ぎが起こると貴重な女子のイベント参加者が帰ってしまうという事を理解したのだろう。
舌打ちをして夏奈を乱暴に突き放すと、そのまま1階の方へと降りていった。
「た、助かりましたぁ~……」
安堵した様子の夏奈をよそに、銑里は愚痴っぽく言った。
「何なのよあいつ等。すっげー態度悪いわ。もしかしてここの人達って、あんなのばっかりなの?」
「い、いや、そんな事は……無いでござるよ。ここの人達は皆、根はいい人達でござる」
「あれが? どう見ても”根がいい人”なんてものには見えなかったわ。アギレイ・ウーもあんな感じなんだったら……」
「そ、総帥は―――そんなお人ではないでござるっ!!」
「えっ……!?」
突然、声を張り上げた満蔵に二人は驚いた。
あれだけ上の人間になじられても顔には出さなかった彼が、
今は初めて憤りを露わにした表情をして、吐き捨てるように叫んでいた。
「な、何よ突然。いきなりさ」
「総帥がご健在ならば、あのような者らの台頭など、許しはしないでござる……絶対に」
満蔵はそこまで言って我に返ったのか、「失礼した」と謝ると再びタワーの案内を続け始めた。
それについて行きながら、銑里はこっそりと夏奈に言った。
(ねぇ、夏奈ちゃん)
(えっ?)
(あたし、こいつに聞いて見るわ。アギレイ・ウーの事。この場でいきなりだけどさ)
(え!? で、でもまだこの人がどんな人かも……)
夏奈が銑里を止めようとすると、彼女は夏奈に言い聞かせるように応えた。
(直感だけどさ、こいつは何か……信用できそうな気がするわ。見た目も中身もオタクで、めちゃ鬱陶しい感じ漂ってるけど、多分悪い奴じゃない。なんとなく靖樹とおんなじ感じがするし)
(は、はぁ……大丈夫でしょうか?)
(ま、なんとかなるでしょ!)
銑里は人気がなくなった所で、意を決して訊ねた。
「……ねぇ、アギレイ・ウーって今どうしてるの? このギルドに居るの?」
「! ん……な、何を聞くのでござるか? いきなり。総帥は今、長い仕事に出ていて、ギルドに顔を見せはしないでござる。しかし……」
「もう率直に言っちゃうけど、あたし達、アギレイ・ウーに会ったのよ。ある場所でね」
「へ……?」
「正確には限りなくそれらしい人、となんだけど」
満蔵の表情が、見る見る急変していく。
さきほどまで冷静そうであった顔に見る間に汗が浮かび、焦っているのが見て取れるようになっていった。
「な、な、何を言っているのでござる、か……?」
「あたし達、ここへやってきたのは体験入隊コースに参加する為じゃないの。ここへ潜入して、ウーが今どうなってるか、って情報を知りたくてやってきたのよ」
「……??」
銑里は夏奈を交え、満蔵にここへとやってきた理由を話した。
ファシテイトをやっていて、とある場所でアギレイ・ウーと思わしき人物を見つけた事。
そして彼は引きこもっているような状態で、現実へと戻る気がまったく無いこと。
モンスター化しているなどは濁して伝え、彼が本当にアギレイ・ウーであるのか、そしてもし彼本人ならば彼が何故、現実へと戻りたがらないのか、という事を調べるために銑里らはここへとやってきた、というのを伝えた。
「と……言う事は、貴殿らも総帥の事を知っているのでござるか?」
「”らも”って……どういう事?」
満蔵に訊ねると、彼は周囲を注意深く観察して人が居ない事を確かめた。
そして大きく溜息を吐いてから話し始めた。
「確かに総帥は今……任務などで出ているわけではないでござる。以前起きた”ファシテイト利用者の大規模意識不明事件”。それに総帥は巻き込まれた後、いまだ意識を取り戻しておらぬ。あの事件に巻き込まれた被害者の全てが、今は意識を取り戻したというのに、総帥だけが……」
「やっぱり。って事は……あいつがやっぱりアギレイ・ウーなのね」
「どこで会ったのでござる!? 総帥に拙者は謝らなければならないでござる……!」
「どういう事?」
「総帥は……ここを追放されたのでござる。拙者らの力が足りないばかりに……」
銑里たちが満蔵にアギレイ・ウーの件を聞いている頃、外部からの入隊希望者向けの試験が、銑里らに向けて行われようにA・フォースのオフライン空間にて行われていた。
「はぁー……はぁ……」
「やっっべぇ……つええぜ、こりゃ。やっぱよォ」
がらんとしたビル街を模した場所の一角。
ファシテイト上で行われている試験の舞台となっている場所だ。
そこに、沢山の死体が転がっていた。
立っているのはラクとセイグンタの二人と―――軍服を着た男。
そして蜘蛛のマスクを被った冒涜的な容姿の魔法使いの4人だけだった。
「ほぉ……アレの中で生き残るとは。珍しいな」
■
数分前。この場所には多くの参加者たちがやってきていた。
何せギルド入隊イベントと銘打ってはいるものの、もしテストする試験管を倒す事ができれば、倒した者には、リアルマネーにして十万円相当のファシテイト内通貨と、現在、対戦の最前線で使用されている最新の装備が手に入るという事だったのだ。
電想世界の通貨とはいえ無論、日本円との交換も可能で賞金が出るのと変わらない。
そして賞品として手に入る装備品は、貴重さも相まって更に価値がある。
参加者の意気が上がるのも当然だった。
「ぜってぇー勝ってやるぜ!」
「俺ら4人相手ならいくらA・フォースだろうと楽勝だっての」
「しかし自信あるな。こんなすげぇ賞品と賞金かけてまで参加者を増やすなんてよ。取られるとは思ってねぇんだろうかね?」
参加者の多くはレベルがラクとセイグンタよりも上であり、二人はかなり浮いた存在だった。
「見ろよアレ。レベル29と30だぜ」
「よく出てこれたな。恥ずかしくないのかね」
こちらを見て、呟く声が聞こえてくる。
どれもレベルが低い事を揶揄するような声だ。
ラクは居心地が悪そうに呟いた。
「耳が痛いなぁ……」
「まぁしょうがないだろ。30前後なんて、ここらに集まってるようなのから見れば初心者も同然だ」
「確かにま、有名ギルドの試験受けに来るような状態じゃないわな」
「それより生き残る算段はあるのか? オレよ、A・フォースの奴らと対峙して生き残る自信ねェぞ」
周りの人間は意気揚々としているが、ラクとセイグンタの二人は神妙な面持ちで居た。
なぜなら、彼らは色々な噂からA・フォースの人間が、例え下っ端であっても相当な強さの持ち主であると知っているからだ。
「まぁ時間稼ぎするしかない。ルール上は倒す倒さないになってるが、確かこの試験は時間制限があったはずだ」
「何分か逃げてればOKって事か?」
「うん。隔週コアゲーメストに書いてあった。確か”潜入!! 秋葉の超ギルド!!”って記事だ」
「お前……あんなニッチな雑誌見てたのか」
ラクの言う「隔週コアゲーメスト」は、数あまたあるファシテイトのゲームプレイに関する雑誌としてはかなりコアな部類に入る。
ゲームプレイに特化した雑誌を毎日のように読むセイグンタでも、雑誌名は聞いた事はあっても読んだことは殆ど無い。
何せ書いてある事がやり込みゲーマー向けなので、例えば「どこかの○○という怪物の討伐をする」という一般向けの記事も聞いた事が無い薬品やら倒し方の用語がバンバン出てくる。
だから読むだけでもかなりの知識が要求される。
「いやー、面白いぞアレ。俺は知らない用語とか方法が沢山書かれてるものの方が、それ自体を調べる楽しみとかあって好きだ」
「オレはそこまで出来んわ。よくやるもんだ。しかし、つまり……別に正面から勝つ必要は無いのか。時間稼ぎさえやってれば」
「ああ。とは言っても、それ自体も相当難しいと思う」
「他に事前情報とか無いのか? このメンバーならこの避け方をしてればいい、みたいな」
「そういうワンパが通じないのはわかるだろ? 相手が相手なんだから」
セイグンタの言う通り、攻撃によって回避しやすい行動というのはある。
しかし、超熟練者の集まりであるA・フォースのメンバーに、それが通じるわけが無い。
避け方がワンパターンなら、ある程度すれば読まれて対策される。
だから逃げ切る方法は、個々の実力を信じるほか無いのである。
「静粛にィッ!」
「ッ!」
辺りに凛とした声が響き渡った。
それを聞いて声の方向を見た。
秋葉の街を模したこの巨大な空間の、山東我門タワーの前。
そこに真っ黒な軍服を着た青年が一人立っていた。
腰には刀を下げており、静かに立っているとかなりかっこいい。
しかし肩やら腰まわりに原色のアニメで出てくるようなロボットの部品のような装備が付いていた。
「なんだありゃ? あれ、鋼人機ダンガムのプラモパーツじゃねぇか。なんかの装備をスクラッチしてそれっぽくしてやがんな」
「う~ん……あの人、どっかで見た事があるような……」
「いかにもA・フォースの人間って感じの装備だぜ」
見た目はふざけているが、ラクは何か嫌な予感がした。
見覚えがあるのだが、どこで見たのか思い出せない。
「誰だテメェ!? あぁ!?」
「A・フォースの野郎か? ならすぐに微塵切りにしてやるぜぇ!!」
血気盛んそうなプレイヤーの数名が前へと出る。
軍服の青年は顎を上げ、彼らをどことなく見下すように言った。
「私は”頑零寺魏蘭”という。今回の”一般参加試験”の試験官を努めるものだ」
「A・フォースの人間かぁ?」
「ああ。今回の試験―――戦闘試験の試験官でもある。つまり君らの相手をする者だ」
「ならァ―――!!」
攻撃を仕掛けようとする参加者たちに、魏蘭は言った。
「待て。今回の試験官は私ともう一人居る。彼が来るまで待って貰えないか」
「もう一人……? たったあと一人なのか?」
てっきり、10人以上は試験官が出てくる者と思っていた参加者たちはどよめいた。
何せ試験に臨もうとしているのは、軽く見ても百名以上は居るのだ。
これを2人で相手する……というのは、どう考えても無理がある。
ここにいるのは初心者の集まりではなく、ゲームをプレイしまくり、腕に憶えのある者たちなのだ。
「少しだけだ。シャワーを浴びて着替えてから来る。せいぜい3分から5分……ゲーム内時間で15分もあれば来るだろう。それまでルールの説明を行う」
「ルール説明って、パンフに書いてあった事と同じなんじゃないのか?」
この入隊試験のルールは一通り、事前に配られているものをそれぞれが仮想ウィンドウから見る事が出来る。
というかギルドのホームページにも書いてある事だ。
「同じではある。基本は試験官を倒す事が出来れば終了だ。ここにいる者が全員合格となる。だからゲーム友達同士で協力しようが、この場に居る全員で協力して戦おうが構わない」
「賞品とかは、全員に出るのか? 死んだ奴にもか?」
「”生き残った者”が協力したと認めた者全員だ。生きている死んでいるは関係ない」
それを聞いて、周りに居た者たちは大喜びで舞い上がった。
これだけ数の差があればまず間違いなく勝てる。
だから既に勝った気になっているのである。
だがラクとセイグンタら一部の人間は、それを聞いて身構えていた。
「すっげぇ自信だな……」
「いや……自信だけじゃない。勝てるって”確信”があるからああまで大きく出てるんだ。何か、これだけの相手を前に、強く出れる理由があるんだよ。強さか仕掛けか、それとも……地形がスキル的に有利とか」
「ま、だろうな。デカイ額が掛かってる割に、いやに淡々としてやがる。嫌な雰囲気だぜ。見えない所に爆弾が仕掛けられてるみてぇな……」
初心者が単純に夢を語るような、そういう物ではない。
熟練のギャンブラーが、勝負の仕組みを知り尽くした上で大賭けをするような雰囲気。
それを感じ取った極々一部だけが、本当の意味で勝負に挑んでいた。
「おれ、おれおれ、やってきた」
やがて10分ほどして、もう一人の試験官がやってきた。
ローブに身体を包み、顔には蜘蛛を模したマスクを被っている。
蜘蛛の顔からはトゲトゲした触手が生えており、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせる。
手には悪魔のような尖った爪が目立つ篭手をつけており、極めて不浄な印象がする魔法使いだ。
「来ましたね。では一応紹介しておきましょうか。彼は……ディズプと言います。私と共にあなた方を試験する者です」
「お、お、おれも試験官。よろしくよろしく」
格好の気持ち悪さもさる事ながら、言葉足らずの人間という感じが更に初心者のような印象を持たせ、その場に居た参加者の多くが、彼の自己紹介の後に嘲笑を始めた。
「こ、この二人で、この人数の相手?」
「おいおい冗談だろう?」
嘘だろう、という声の後に次々と哄笑が巻き起こった。
そんな中、ラクは細目でディズプの姿を見ていた。
セイグンタがそんなラクに訊ねた。
「なんだヤス、どうした?」
「あの人もなんか見覚えが……ディズプ、魏蘭……えーっと……」
しばらく唸るように彼を見ていたヤスだったが、やがて何かを思い出したらしく―――
「あっ」という言葉の後、見る見るうちに顔色が青くなっていった。
「お、お、思い出した……あいつ、じ、”地獄公”と……き、き、”キシュアスの舌”だ!!」
「はぁ? なんだそ……」
セイグンタが訊ねようとした時、言葉が終わる前にラクはセイグンタの
肩を掴み、その場から離れていた。
全速力で逃げ出し、やがて彼の焦りようを感じ取ったのか
セイグンタも同じ方向に足を合わせ、駆け出した。
「おいおい、あいつら逃げ出したぞ?」
「怖くなったんじゃねーの? このアニメオタの格好でも怖い奴は怖いんだろ」
逃げ出したラク達を他の参加者が笑い者にする中、セイグンタはラクに訊ねた。
彼はこの行動を変だとは思いつつも、ただの臆病な行動とは思っていなかった。
そもそもラクは生粋のゲーマーだ。決して臆病者ではない。
「な、なんだ? お前一体どうした? すげー慌て様だが」
「どうしたもこうしたもない!! あいつらの片方って確か……”バトルロイヤル全滅事件”の当事者だぞ!」
「えっ……!?」
その言葉を聴いて彼の顔色にも焦りが滲んだ。
「バトルロイヤル全滅事件」というのはかつて行われた東京都主催の、大掛かりなファシテイトのゲーム大会において起きた事件の事である。
参加者が多すぎた為に、バトルロイヤル方式にて一斉に戦い、予選の通過者を決めようとした際、とある一人のプレイヤーが余りにも強すぎた為に、一気に他のプレイヤーが全滅してしまい、そのまま優勝者が決まってしまった、という近年の対戦史に刻まれた事件の事だ。
有名な事件だが、優勝者はそれからパッタリと大規模な対戦に出てきていなかった為、ラクは気付くのが遅れてしまったのだった。
「ちょっ、ちょっと待て! って事はもっと離れてねェと……!」
「そうだよ! 超強力な範囲攻撃に巻き込まれる!!」
その場から逃げ出したのは、ラク達を含めて僅か5人ほどだった。
魏蘭は、彼らが逃げ出した方向を観察していた。
(5人ほどか。まずは”第一試験”クリアといった所だな)
開始の合図も聞かずして逃げ出す。一見すると愚かな行動に見えるが、ここで正解なのは彼らの方である。
逃げ出した、つまりは”距離をとった”行動こそが正しく、何もわからないまま残った方が誤りだ。
目の前の彼らは、試験官である二人が怪物である事を見抜けなかったのだ。
「おい! 試験いい加減に開始にしねーのか? もう待ちくたびれたぞ!」
「まぁこの数が相手なら、結果なんて見えてるだろーがな」
魏蘭は大きく溜息を吐いて、”仕方ない”という風に言った。
「全員ゲームオーバーだ」
ただ一言、吐き捨てるように言った。
「は……? 何言ってんだ?」
不満の声が上がると、ディズプが付け加えるように言った。
「言葉言葉の通り、だ。ここにここに、残ってる奴、奴らは、誰も条件を満たせて、ない。誰もおれ達、達に勝つ条件を満たせてない」
「正確には”戦える条件”だがな」
魏蘭とディズプは、自分達に勝つ条件を誰も満たしていないと言う。
二人以外には、それがわからなかった。
「何言ってんだ?」
「良いからとっととやっちまおうぜ。勝って賞品貰って、幹部待遇で入りてぇ」
「それは無理だ。何故なら貴様らでは我らには勝てん」
魏蘭が言うと一人の青髪のプレイヤーが近づいて胸倉を掴む。
そしてイライラした表情で凄みを利かせ、言った。
「さっきから自信だけ有り気にしてるが、いい加減ウゼェんだよ!! そんな強いってんなら、さっさと戦えや。ああ!?」
「……」
静かな目で魏蘭は胸倉を掴んでいる青髪のプレイヤーを見ている。
いや、その目は静かというよりは淡々としていた。
まるで「わかっていない」とでも言いたそうな眼差しだった。
「ぎゃああっ!!」
「ッ!?」
悲鳴が響いた方向を青髪の男が見ると、参加者の一部に巨大な何かの生き物が巻き付いていた。
4つほどの真っ赤な……”指”のようだ。
やがて参加者を握りつぶした指は、先端の爪で辺りの参加者をなぎ払い、掻き毟ってはどんどん身体を撒き散らし、葬り去っていく。
それはどうも巨大な鬼の指のようだった。
「な、なんだ……!?」
「お、お前……手が……!!」
青髪の男は、ふと見ると魏蘭を掴んでいた手が無くなっているのに気付いた。
肘あたりからもぎ取られたように手がなくなり、欠損を示す断面部分だけが残っていた。
「う、うぅっ!? な、手……が……!?」
青髪の男は、離れようとするも、すぐに背後に居た生物に胸を貫かれた。
毛が生えたピンク色の上半身だけが地上に出ている見た目。
肉塊のようだが一つ目に、身体のバランスから不似合いな巨大な爪が付いた腕がいくつも並んでいる。
”奇形の鬼”とでも呼ぶしかないその生き物は、青髪の男を一気に始末すると、すぐさま死体を腹に開いた巨大な口で取り込み、嫌な音を立てて咀嚼し始めた。
男の死体はすぐさま光の粒と化し、そのまま消滅していった。
「な、なんだこれ……!? なんだよこれッ……!?」
山東我門タワーの入り口を中心として、黒い紋様のようなものが広がっていく。
そして紋様が円を描いた場所から怪物の手やら鬼の上半身などが出現し、近くに居る参加者を手当たり次第に殺戮していった。
まさに地獄絵図という他無い光景だった。
魏蘭はうろたえている参加者達の前へと出て、言った。
「さて……堕としてやろう。地獄の底へとな」
■
「拙者や魏蘭らは、元は……いや”元々のA・フォース”の幹部だった者なのでござる」
「元々のA・フォースの、って……?」
「かつてここは、形式的に”二人のリーダー”が居たのでござる。一人は総帥。皆が認めるギルド全体のマスター『アギレイ・ウー』。そしてもう一人は、ギルドの運営を取りまとめていた副リーダー『ラグオルム・ディオンズ』というまとめ役」
「えっ……そ、それってさっきゲームの中で言われてた……!」
「左様でござる。このギルドの現リーダーが、そのディオンズなのでござる」
夏奈が満蔵に訊ねる様に言った。
襲撃者に確か満蔵のキャラ「ダパルケット」が言っていた名前も「ディオンズ」だったはずだ。
あれは、どうやらキャラ名を差していたようだ。
「ここはいわば……”内輪揉めの真っ最中”なのでござるよ。とはいえ、もうほぼカタの付いたようなものなのでござるが……」
満蔵はうな垂れた姿勢で言った。
今まで背負っていた肩の荷を一旦降ろしたような、そんな感じの疲れた声だった。




