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68:北海道エリアへ

 荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出し、依頼を達成した。 そして悪人街から抜け、今の自分の目的である「マルールを探す」そしてもう一つの「北海道に取り残されているだろうプレイヤーを探す」という二つの目的に取り掛かる事にした。

 しかしその前に、まずは依頼を達成したことを報告するため、ディバルと会うことにしたのだった―――

(文字数:11522)

 横浜の悪人街を出て、鬱屈した街並みが変貌してくると、ラクは悪人街から久しぶりに出て来れたことを実感した。


(うわ~……懐かしッ!)


悪人街はどこか薄暗い雰囲気がどこにも漂っており、いつ面倒に巻き込まれるかわからないので、常に気を張っていなければならなかったが、”外”ではそれは必要無さそうでホッとした。


(さて……これからどうなるかな)


しかし、ラクは内心不安に思っていた。

なんだかんだで悪人街を抜けてはきたものの、通常の街エリアが目に入ってくるにつれ、考えてみれば重要なことを放置しているのに気付いたのである。


(そういえば……俺って、まだ賞金首のままなんじゃないのか?)


 悪人街へと潜り込む為、ラクは一時的にだが「悪クラス」のプレイヤーになっていた。

 重大な対戦において、チートを使用した―――という”フリ”をして、チーターの濡れ衣を敢えて受け、それを利用して悪人街へと潜入したのだ。

 この「賞金首」というシステムは、プレイヤー達で作られている協会、通称PMM(プレイヤーモラル監視協会)に登録がされ、それをSGM社公式の組織である賞金稼ぎ達の所属するハンター協会が使う事によって機能している。

 それを取り消す事は、基本的には被害者との和解申請でしか行えない。

 今回の件で言うなら、ジャッジ・バトルの執行者側であった「ディバル」の申請がなければならない。


(はっ、早く連絡しとかないと……)


 悪人街から出た状態の今、自分は全くの無防備だ。

 いつ賞金稼ぎが目の前に現れるかわからない。

 戦闘準備も外でやればいいや、とクエイと戦った後から変えていないため、今のままだと手持ちの対処アイテムが少なく、非常に危険である。

 それに気付くなり、背筋が急に寒くなってきた。

 ラクは慌てて近場にあったデパートの中へと入り、上り階段の踊り場にて、通信ウィンドウを開いた。


「えーと、確か前にギャロットさんから貰ったのは……」


 午前中、学校にてギャロットが自分を訪ねにやってきたが、その時にディバルのメールアドレスを貰った。

 これを使えば、連絡を取る事はできるはずだ。


(ゲダムに会うことが出来ましたので……)


 ゲダムに出会えた報告と、賞金首のリスト登録を抹消してもらいたい事を書き、メールを送信した。

 手紙の形をしたアイテムが現れて、高速でデパートの外へと飛んでいく。

 これで少し経てば登録を取り消してもらえるはずだ。

 そしてメールを飛ばすなり、踊り場にあったボックスチェアに横になり、ワールドアウトのボタンを押した。


(さっさと出るか……もし戦闘状態に入ったら”コト”だ)


 戦闘状態になるとワールドアウトは出来なくなる。

 こんな街中で賞金稼ぎと遭遇したら、恐らく芋ヅル式に敵が増えていく。

 そうなったら勝ち目も、逃げ切れる可能性もまず無いだろう。

 現実世界ではもう夕方だし、明日になるまではひっそりとしているに限る。


■


 夜中。事態は思ったよりも早く動いた。

 ベッドにて寝ようとしていると、突然、目の前にアラーム表示が出た。

 着信を示すアラーム表示だ。


「え? 電話……誰からだ?」


 目の前の着信表示をクリックし、ユニオンデバイスを持って通話の状態になると、聞いた憶えのある声が聞こえてきた。


「ひっさしぶりだねぇ。ラクォーツくん」


「で、ディバルさん、ですか……?」


 恐る恐るラクが訊ねると「そーそー」と朗らかに答えた。

 そして彼女は言った。


「賞金首の登録はとりあえず取り消しの申請を出したわ。これで誰かに追われるってことは無いでしょね」


「はぁ~……良かった」


「でも、更新されたリストを見ないであなたを追いかけてる人もいるから、気をつけててね~」


「しばらくは顔を隠してた方がいいですかねぇ」


「そこまでは要らないと思うけど、応戦は出来るようにしてて。ハンターの中には、捕まえるまでこっちの話を全く聞かないようなのもいるから」


 ラクは「わかりました」と応えた。

 悪人街の中で働いていた時に、何度か賞金稼ぎと出くわしたが、確かに悪クラスと見間違えるような、話を全く聞かない感じの相手もいたからだ。


(明日はまず、戦闘準備やっとかないとな……)


「それで、ゲダムの事について詳しい話をしたいんだけど……今って出て来れる?」


「え? 今?」


「そう。今から会いたいかなって思って。このまま話してもいいんだけど、内容が内容だから、もし盗聴されたりしてると困るのよね」


「そりゃ、これからインするつもりでしたけど……でも俺、あんまり遠くまで移動できませんよ?」


「今どこにいるの?」


「世田谷にある”大艦デパート”の3階です。そこでアウトしました」


「危ない事するわねぇ。寝てるのが見つかったら、どうしようもないじゃないの」


「デパートの踊り場って、あんまり人が来ないんですよ。勿論、あんまり長い間いるとマズイですが……」


 ディバルは呆れたような声の後、少しばかり溜息を吐くと言った。


「わかったわ。あたしの方から行く」


「えっ!?」


「だって外自由に歩けないんでしょ~? じゃあその方がいいじゃない」


「いやそりゃそうですけど……」


 確かに言っている事は間違っていないが、友達を呼ぶのとはワケが違う。

 ディバルは超有名ギルドのマスターであり、日本を代表するプレイヤーの一人である。

 そんな人間を、電話一本で呼び出すような真似をしているのだから、靖樹が焦るのも無理はなかった。


「いえ、俺の方から行きますよ。流石にマスターの人にそこまでやらせるわけには……」


「別に気にしなくていいのよ。どうせあたしから頼んだんだし。あなたの報告が無いと北海道の件、大きく動かせないもの」


「はぁ……」


「それじゃ行くから、30分以内にインしててね~」


 最後に手を振りながら、通話はそこで途切れた。

 靖樹はしばらく電池が切れたように止まっていたが、やがて自分が今置かれた状況がハッと気付くと、慌ててファシテイトへとインした。


■


「ハッ!? ぐ、あッ、つぅ~……」


 ラクは座っていたボックスチェアから、気合を入れて起き上がった。

 そして腰の部分に痛みを感じ、僅かにもだえた。

 いつもワールド・インを行う際は、ちゃんとシステムの動きに身体を合わせて自然と起き上がるのを待っているが、今回は少しでもディバルを待たせてはいけないと思い、無理矢理早く起きたため、反動が来たのだった。


「無理に起きるもんじゃないな……」


 ラクは起き上がると、すぐさまデパートの外へと出た。

 自分のいる位置は伝えたものの、このまま待っているのは、流石に失礼すぎると思ったからだった。

 それが結果として悪手である事に気付くのは、そう時間は掛からなかった。


「おいお前、手配書の奴じゃねーのか?」


「えっ?」


 声の方に振り向き様、肩を掴まれた。

 大きな手の、大柄の男がすぐ後ろにいた。


(やべッ……!)


 そのまま、元居たデパートの階段の踊り場まで、ラクは大男に引き摺られていった。


「やっぱ間違いねーな。こいつだぜ、300万キャッシュの大物」


「こんな街中に居やがるとはなぁ。儲けた儲けた」


 どうやら二人組みの賞金稼ぎらしく、片方は鎧で全身を覆っているが、小柄で目の前のウィンドウを弄っている。

 賞金首のリストをどうやら見ているらしく、しきりにウィンドウを確認しては、こちらの顔と照合していた。

 そして、自分を掴んでいる方は、逆に鎧は余り着込んでいない。

 所々が千切れた茶色の、ボロのジャンパーを着ており、なんというか”都市に移住した山賊”という格好だ。

 大柄で腕が太く、”いかにもパワー型”という風の体躯であるのも山賊っぽさに拍車をかけていた。


「ちょっ、いや、あの……!」


 ラクは急いで振り払おうとしたが、物凄い力で肩と片手を後ろ手に掴まれており、抜けられない。

 その間に、身体をあっという間にワイヤーで縛られてしまった。


「さて、この辺で一番近い協会支部ってどこだったっけか」


「ちょ、ちょっと待った! 俺はもう賞金首じゃないんだ!」


「はぁ? 何言ってんだお前」


 小さいフルアーマーの賞金稼ぎが言う。

 もうディバルの話だと、リストからは除外されているはずで、別にこのまま連行されても大したことにはならないだろうが、ディバルとの待ち合わせをすっぽかす事になってしまう。


「リストを確認してもらえばわかるんだって! 更新されてるはずなんだ!」


「うるせぇぞドクズが。黙って連行されてろや」


「ちょっと待ってくれない?」


 ラクが連行されそうになったその時、暗がりからこちらへと歩いてくる少女の姿が目に見えた。紫色のミドルヘアに、白いブラウスとデニムパンツの姿で、いかにもな女子中学生のプライベート姿、と言った感じだ。

 その姿には、ラクは見覚えがあった。


(ゲッ!? あ、あの人は……!!)


 格好は違うが、悪人街に送り込まれる前に話した人間の姿はよく憶えていた。

 彼女こそが―――ディバルその人だった。


「あたしが先に見つけたんだから、こっちに渡してよね」


「おいおい、お前今来たんじゃねぇか。先な訳が無いだろう」


「えー……準備をしてからじゃないとダメだと思って、装備を整えてから来たのよ」


「装備……?」


 ディバルが今思いついたらしい適当な理由を言うと、山賊風の大男は彼女の格好をまじまじと見つめた。

 そして訝しげに顎を弄った。

 無理も無い。ディバルの今の格好は女子中学生が、夏に外を出歩くファッションのテストでも兼ねて、夏コーデのテストでもしてみました~という風な服装だ。

 見た目はどう見ても戦うプレイヤーの格好には見えなかった。


「おいおい、譲ちゃんよ。賞金稼ぎの真似事をしたいなら、もっと扱いやすい奴を先にやってみた方がいいぞう? こいつはな……」


 大男がラクの頭を掴んで、思いっきり握り込む。

 握力はかなりのもので、ラクは頭が潰されそうになった。

 ストロングほどではないが、ガンテスぐらいのパワーはありそうな感じだ。

 レベルも高めなのか、すぐには表示されない。


(い、いてて……!)


「あのグランド・マスターを出し抜いて300万キャッシュの金額が掛かった奴なんだ。甘く見てると……痛い目に遭うぜ?」


 顔を近づけて大男が言った。

 彼の言った”痛い目に遭う”というのは、やや強い口調で、脅しの文句の意味合いも含まれているように聞こえた。

 しかしディバルは全く動じず、鼻で一蹴すると、掌を適当な方に向けた。


「この辺でいいかな」


「あン? どうし―――」


『至近猟撃(エミナース・ショットガン)』


 大男が訊ねようとした瞬間、ディバルの掌から爆風のようなものが放たれ、デパートのビル全体が震えた。


「うおッ!? な、なんだ、今のは―――!?」


「う、ウソだろ……」


 尻餅をついた大男は、小柄な鎧の戦士が向いていた方に目をやった。

 鎧の戦士が向いていた方は、上り階段があったが、そこが一気に崩れてしまっていた。

 まるで小型の爆弾が破裂させられたように破壊されており、一部はデパートの壁が完全に崩れて外が見えていた。


「さて、と」


「ひィッ!!」


 ディバルは大男の首根っこを、先ほど爆風を放った方の手で掴むと顔を近づけて言った。


「もう一回だけいうけどぉ、こっちに彼、渡してもらえるかなぁ? ダメなら戦っても構わないけど……」


「わ、わかった。わかりました」


 慌てて大男はラクをディバルに押し付けるように渡した。

 そして小柄な鎧の戦士と共に、今しがた起きた爆発で照明が落ちた下り階段を、逃げるように降りていった。


「ふぅ……それじゃあ、はなそっか?」


「あの、その前に……今のって前もやりましたけど、何をやってるんですか?」


「”ショットガン”みたいなスキルを出してるのよぉ」


「ショットガン……?」


「そ。本当はちゃんとアサルトボディに乗ってから使うのなんだけどぉ、いつも街中で乗れるわけじゃないし、普段はこうやって素手で出すのよ。そこそこ強いけど、ちゃんと準備してないからぁ、消費は大きいし、威力も本来よりだいぶ下がってるんだけどねぇ」


「杖なしで魔法やるのと同じ原理ですか?」


「まぁ、ほぼ同じね。ペナルティ受けるところも一緒よ」


 魔法使いや超能力者など、一部の間接攻撃タイプの職業は、スキル発動の際の”準備”をスキップして直接能力を使用する事が出来る。

 魔法使いなら詠唱を放棄していきなり魔法を発動させたり、超能力者なら集中するステップなしで高位スキルを使用したり、などだ。

 便利かつ強力だが、反動も大きく、大抵が使用の際のエネルギー消費が通常の数倍に増えたり、スキル使用後に動けなくなったりする。


(しかし、やっぱり凄い威力だ……)


 大抵は大した事ができないのが、この”速攻能力”の特徴なのだが、ディバルほどのレベルになってくると、流石に威力が違う。

 このまま実戦で使っても全く問題ないだろう。


「結局、ゲダムには会えたのぉ? 色んな噂を聞くに悪人街で何かあったみたいだけど……」


「一度、場所を変えましょう。さっきの爆発で人が集まってきそうですし」


「そうね。じゃあ適当にどっかのお店、はいろっか」


 ラクとディバルはデパートの1階から外に出た。

 思ったとおり、デパートの1階には人が集まり始めていて、あのままだと面倒なことになった事だろう。

 外へと出ると、二人は近場にあった適当な喫茶店へと入った。


(なんか……アレだな。この前みたいな……)


 入って席を探す間、ラクはある事に気付いた。

 こうやって男女二人で喫茶店に入って、席について話をする……というのは、そのまんまデートなんじゃないのか? と。


(いやいやいや、違う違う。こんなのありふれた、ただの1依頼だよな)


「それじゃ、依頼してた件について話しましょうか」


 ラクとディバルは話が漏れないプレイベート・スペースに入ると、そこで悪人街の件を話した。

 侵入して掃除屋と呼ばれる組織に入ったこと、そして先日起きた大規模戦闘の顛末を話し、その後にゲダムこと盗賊ギルド所属のサイモンと

 出会って、悪人街の実態がどんなものなのか、というのを話した。

 そして同時に、協力してくれるという事で約束を取り付けることができた事も話した。


「―――と言う訳で、後は向こう側に、こっちから話を持っていくだけです」


 全てを話すと、しばらくディバルは呆気に取られた様子だったが、やがて感心したように言った。


「……信じられないわね」


「えっ?」


「今まで1年以上、諜報員を派遣してたのに、たった1週間ぐらいでそれ以上の情報を持ってくるどころか、ゲダム本人と会ってくるなんて……」


「しっ、信用してないんですか?」


「話自体は疑ってないわぁ。でも、こっちはせいぜい……正体不明のゲダムと、その下っ端の、関わりのある誰かとメールでも連絡が付けば、それでいいと思ってたのよ。だからぁ……まさか本人と直接会って、しかも協力まで取り付けてくるなんて、って驚いてるの」


「いや、まぁ運が良かったって言いますか。騒動と重なったのもあったんで……」


 ちなみにチーターとの件は詳しくは伝えていない。

 クエイを倒したのも報告はしたが、自分の変身コマンドのおかげで~と言うと、話がまたややこしくなりそうなので「相手より自分の方が何故か優先された」程度に話していた。


「それじゃ、後はこっちから、もう一度使者を出して話をしておくわ」


「あの……いつ頃、北海道への攻撃って始まるんですか?」


「ゲダムに話が付き次第、って所だけど、今日中に話をして大丈夫そうなら、明後日か明々後日には開始ってなると思うわ」


「明後日、か……」


 ゲダムを見つけた今、自分の目的は貰ったメール・データを解析して、このゲームの本当の開発者たちである”ワールドマスター”の一人「マルール」を見つける事。そして北海道に残っているだろう「モンスター化したプレイヤーの救出」だ。

 前者はファシテイトの元開発者で、今はファシテイト内にて囚われている「後藤」の解析待ちだ。あとは、時間さえあれば判明するだろう。


(……そう言えば、メールデータの解析って1週間ぐらいで済む、って言ってたな。そろそろ終わるんじゃないんだろか)


 ディバルとの話が終わったら、まずは後藤に連絡を取ってみよう。

 そんな事を考えていて、ハッとなった時、目の前に眉間に皺を寄せた少女の顔が迫っていた。


「うおッ!! ちょっ、な、何ですか!?」


「何考えてるの?」


「えっ? いや、何考えてるのって……」


「な~んか気になるんだよなぁ。”もっと重大なことしてるよ”って感じがして」


「べ、別にいいじゃないですか。そんな事は」


「あなたさ。今、物凄く難度の高い仕事を完遂したんだよ? グランドマスターのあたしから依頼された仕事を、そして目の前にその本人がいる」


 ディバルは立ち上がり、机を回ってラクの目の前へとやってきた。

 そして再び、観察するように顔を近づけて言った。


「自分で言うの変だけど……そういう状況なのに、もう心が次の事に移ってる。喜ぶ素振りすら見せない。そういうのが不思議だなぁ、って思ってね~」


 ディバルの顔が自分の少し上に来た時、ラクは唾を飲み込んだ。

 胸元が自分の目の前に近付いてきたのだが、彼女が着ている白いブラウスは、ゆったり目のサイズらしく、前かがみになると胸元の隙間が開くようになっていたからだ。

 早い話が、下着が僅かに見えて来ていたのである。

 慌てて視線を外し、目を閉じた。


「あの、ちょ、ちょっと離れてくれません?」


「えっ? どして?」


「胸元が……下着が見えそうになってます。って言うかチラッと見えました……」


 ラクが恥ずかしげに言うと、ディバルは胸元に手を当てつつ後ろに下がった。

 そして含み笑いをしながら言った。


「なんか……彼氏と彼女みたいだね」


 そう言われて、ラクは顔が真っ赤になってしまった。

 ディバルは続けて言う。


「ちょっとこれからまた、デートでもしよっか?」


「え、ええっ!? ど、どういう事です!?」


「このままアウトすると危ないでしょ? だから賞金稼ぎの協会まで、一緒に行かないかなって、賞金首のリスト更新はされてるはずだけど、広まるまで時間掛かるから、今日一杯ぐらいは安全なところに居た方がいいわよぉ」


「いや、それはそうですけど、そこまでやってもらうのは……」


「いいのよ。結構面倒なことをやってもらったんだし、それに……デート、またやってみたかったのよね~」


 ディバルはそう言って自分の手を引っ張り、店の外へと出た。

 そして、二人で街中へと繰り出していった。


「そう言えばさ、前払いであげた武器無くなってるけど、どうしたの?」


「それは、ちょっと込み入った事情が……」


■


 それから、たっぷりと4時間以上は外を歩いたような気がする。

 別のデパートを回ったり、店の買い物に付き合わされたりして、ファシテイト内の時間も、昼を回り始めたほどになって、ようやくラクは協会の方へと辿り着いた。


「着いたわよ~」


(つ、つ、疲れた……)


 女の買い物には付き合うな、という格言を昔どこかで聞いたような気がするが、それが何にせよ本当だったと思い知らされた。

 女の子というのは、人によってはとにかく一気に沢山モノを買いたがるようで、ディバルはどうもそのタイプだったらしい。

 ラクは背中、両手、そして腹に大量の荷物を抱えて立っていた。

 単純に歩くだけなら4時間なんて大したことは無いが、この量の荷物を持って歩き回るのは、流石に骨が折れた。


「ぎ、ギブアップ……」


 協会の中に入るなり、ラクは広間に置いてあったソファに倒れこんだ。


「ごめんね~。買い物に付き合わせちゃってさぁ」


「いや、いいですけどね……」


 大変であったが、女の子とデパートや店を回るのはリアルではまず、経験できない事だったので、そこまで悪い気はしなかった。

 むしろ有り難かったぐらいである。

 そんな、まんざらでもない気分の所に、低い重低音が響き渡った。


「リーダー、姿を見かけないと思ったら、何をなさっておいでですか……」


「買い物よ、お買い物。たまには自分で物資の調達ぐらいしたいのよぉ」


「そういった雑務は我らにお任せくださいと何度も……」


荷 物が次々と誰かに持っていかれる中、ラクは目遣いにその声の主を見た。


(誰だ……?)


 深緑色をした布の服に、大きなラッパ銃を背負っている巨漢の男がいる。

 大きな傷跡で左目が隠れており、いかにもな歴戦の戦士という感じだ。

 布の服についているフードで頭頂部が見えないが、どうもスキンヘッドらしく、白くモッサリと生えているヒゲも相まって、「凶暴そうなサンタクロース」という感じに見えた。

 会話から察するに、どうもディバルの部下か、ギルドの幹部であるらしい。

 ファイブ・スターズにおけるエクスクモとギャロットのような感じだろうか。


「……まぁ、もう終わった事は良いとしまして、椅子にもたれかかっているこやつは誰でありますか?」


「ジャッジ・バトルの時に逃げ出した奴よ」


「おお! あの時に逃走した愚か者ですか!」


 ディバルは耳元で小声で言う。


(ちょっと我慢してね。伝えてないから)


「それでは早速手続きに……」


「いえ、私が行くわ。直接連れて行く」


「……そうでありますか。フム、確かに。汚名を払うにはマスター自身のほうがよろしいですな。出過ぎた真似を致しました」


「うんうん。それじゃ、物資の処理は任せるわ。あ、一つ以外ね」


「一つ以外?」


「コイツのアイテム袋の中身よ。一応危なそうな武器を取り上げてたの。木箱に入ってるから、こっちに寄越して」


 ディバルが言うとヒゲの大男は、ディバルが買い込んできた荷物の中に入っていた木箱を取り出して、ディバルに差し出した。

 彼女はそれを取ると、ラクを連れて協会の受付まで歩き始めた。

 ある程度、ヒゲの大男から離れると、ディバルは言った。


「……ごめんね。面倒なことになって」


「幹部の人ですか? あの方は……」


「そ。”クロン”って言うビフロストのメンバーの一人よ。”突破者クロン”って名前で呼ばれてるわ」


「突破……もしかして、あの”ガーゴイル”を壊滅させた人ですか!?」


「そうよ。あんまり知られてないけどね。悪い人じゃないんだけど、とにかく堅物なのよねぇ……」


 ガーゴイルとは犯罪組織の名称である。

 ファシテイト内にある悪クラスの集団の一つで、悪人街には納まらず、北欧の山岳地帯にてアジトを構えては、度々街へと大規模な攻撃を掛け、半ばテロ集団のようになっていた悪質プレイヤー達の組織だ。

 それは、結成されてから半年間ほどは誰にも手が付けられず、賞金稼ぎ達が攻撃を仕掛けては返り討ちにされていたのだが、ある日、一人の凄腕プレイヤー達に討伐された、とされている。

 それが”クロン”というプレイヤーで、バズーカのような武器を使い、山岳地帯のアジトを木っ端微塵に吹き飛ばしたことから”突破者”との異名を持っていた。


「あの人が……って、なんで俺がまだ賞金首扱いみたいになってるんです? あの人ぐらいならわかりそうなのに……」


「えー、実を言うとね……多分まだ取り消されてないの。賞金首のリスト登録」


「へ? でも先に取り消しはしてくれるって……」


「確かにあの時、申請はしたわ。でも受理されてたどうかまで確認してなかったのよ。こうまで更新が遅いって事は、やっぱりまだ受理がされてないのよ。じゃなきゃ、流石にクロンまであんな風に言ってこないもの」


「……いい加減なんですねぇ。プレイヤーモラル監視協会って」


「まぁ、こっちは非公式での運営だからね。ハンター協会の方は国から補助はされてるけど。それに悪人街の内偵のことも、極秘だから話してなかったし」


(って事は、あの買い物ってすげー危ない事をしてたって事か……)


 ラクはディバルトのデート、もとい買い物を思い出して身震いした。

 彼女がついているとはいえ、いきなり眉間を銃で撃たれてもおかしくは無かったのだ。


「ま、それもここまでよ。いくらなんでもここで申請を直接すれば大丈夫よ」


「はぁ……」


 ラクはディバルに連れられ、協会の受け付けへと出向く。

 途中で気付いた数人が「おい、あれ……」とラクを指差すと、それがきっかけになったのか、噂の300万の首が捕獲されてきた事に、周囲がざわめき始めた。


「おい、あれ……例のジャッジバトルの奴なんじゃねーのか?」


「ホントだ! あいつ捕まったのか」


 「犯罪者を見る視線」というのはまさにこれなのだろう。

 突き刺さるような視線の中を進みつつ、ラクはやがて受付のほうまでやってくると、ディバルが受付の人間に言った。


「ちょっと確認して欲しいことがあるんだけど、こいつの登録ってまだされてるの?」


「はい……? アンタ誰ですか?」


 受付の人間が横柄な態度で言うと、何も言わずにディバルは黒いカードを渡した。

 受付はそれを手に取るなり、顔が青ざめていく。


「カード……?」


 ラクが訊ねると、ディバルが言う。


「賞金稼ぎが持ってるライセンス・プレートよ。一種の免許証みたいなもので、あれで大体の実力がわかるわ」


 免許証という事で、相手が青ざめている理由がわかった。

 恐らくあのカードの色は、クレジットカードのゴールドの上がブラックのようなもので、並大抵の実力ではない事を表しているのだろう。


「お、お、お待ちくだしゃぁっ!」


 受付はカードを受け取り、上ずった声を放つなり、奥へと一目散に引っ込んだ。

 そして少し経つと、代わりに可愛らしい姿の少女が出てきた。

 ピンク色のぶわっと広がったヒツジを連想させるような髪に、警察官がつけるような各ばった帽子を被り、同じく黒色の司祭が身につける軽鎧をつけていた。


「粗相をいたちました……あなた、使いの方でつね」


 少女の問いかけに”使いの者よ”と前置きしてからディバルは言った。


「ジャニタ。少し下の人間に甘すぎるんじゃない? 結構前に取り消し申請を出したのに、まだ受理されてなかったのよぉ」


「以後、気をつけておきまつ」


 どうやらこの少女はプレイヤーモラル監視協会の偉い人間であるらしい。

 見た目は幼いが、ディバル同様、レベルが全く計測できない。

 相当な実力者だと見ていいだろう。


「それで、今日は何をちに?」


「彼のリスト登録の取り消しと、完全に反映されるまでの、一時的な拘留を求めるわぁ」


「牢は開いてまつが……別に入らなくてもいいのでは?」


「一応よぉ。反映されても、リストをろくに確認しないで攻撃してくる輩もいるし、彼にはちょっと私の都合で働いてももらったし」


「う~ん……わかりまちた」


 ラクはそれから空いている牢へと案内され、そこで今日はワールドアウトをすることとなった。

 一種の宿のようなもの、という事だ。

 普通のホテルやら宿やらでアウトしても、確かに今の状態では危ない感じがするので、これはこれで安全策というものか。


「いちおう入ってもらいまつけど、明日には出てくだつぁいね」


 ”ジャニタ”と呼ばれた少女は、そう言うとラク達の前から去っていった。


「それじゃ、今この時を持って依頼の完了って事で」


「了解です……助かります」


「あとこれ。この依頼の本報酬よぉ」


「え?」


 ディバルはそう言うと、先ほど荷物の中から一つだけ、あの”クロン”に取り出させた木箱を投げて寄越した。


「本報酬……?」


「そ。セイバー、取られちゃったんでしょ? じゃあ最初にあげた方は前金ってことで新しく、ね」


 恐る恐る木箱を開くと、中にはまた武器が入っていた。

 短剣型のアイテムで、鞘には黒い黒曜石の柄に、メタリック・レッドのトカゲの図柄が入っている。火の中に住む魔竜の一種「サラマンダー」の紋様だ。


「!、これって、か、か……」


 ラクは震えながら、武器を手に持ち、言った。

 それは自分が今、もっとも欲しかった武器だったからだ。


「”火曜星の刃”だ……」


 ★火曜星の刃。それは気力を注ぎ込む事により、刃が赤銅色に燃え上がり、その間はあらゆる物体をマシュマロの如く切断する最高クラスのナイフ型武器だ。

 魔法発動の媒体としても素晴らしい性能を持ち、これを構えるだけで中レベル以下の炎魔法は詠唱無しで使用できる。

 その上、炎のバリアー能力まで持っており、バリアを展開できるほか、持っているだけで炎の攻撃、そして水、氷の属性攻撃を大幅に軽減する。

 アクア・サーバ・セイバーほど柔軟な戦い方は出来ないが、他では決して代用できないパワーがある武器である。


「それじゃまたね~」


「あ、ありがとうございますっ!」


 ディバルは手を振りながら、牢が並ぶ地下から出ていった。

 ラクは彼女が居なくなった後も、貰った火焔のナイフを笑顔でしばらく素振りしていた。


(明日から北海道へ、か……これなら……!)


 やがて武器の感触を充分に確かめると、ラクは牢の奥にあったカビたベッドに横になり、ワールドアウトした。

 薄汚れていて、寝心地は決してよいものではなかったが、今のラクには関係なく、すんなりと寝入るように意識は消えた。


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