67:舞い戻るのにはコツがいる(2)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。そして乱入や強敵との戦闘を経て、何とか防衛に成功。そして戦闘後に
ゲダムと会い、依頼されていた「北海道への攻撃作戦への協力」を取り付けることにも成功した。
だが、いつまでも悪人街にいるわけには行かない。
悪人街を抜ける為、ラクは意を決して掃除屋の人間に”ある事”を話そうとしていた―――
(文字数:9236)
週の初めの掃除屋の会議にて。
まさにこれから仕事を始める、まさにその直前。
ラクはガンテスに向かって言い放っていた。
「話したいことがある?」
ラクが言うとガンテスが言った。
「……実は……」
「あァん? どしたんだ?」
ガンテスの問いかけにすぐにラクは答えなかった。
いや答えられなかった、というべきか。
これから―――出て行くために、自分の”本当の素性”を話さなければならないのだから。
物凄く、勇気が必要だった。
(……なんて言われるかな……)
掃除屋の人間は、自分の事を悪人街の住人だと思っている。
ファシテイトの中で犯罪を犯し、通常の街エリアに戻れない犯罪者プレイヤーである、と。
それが、この街に本当の意味で住み着くための条件のようなものだからだ。
ただここへと入るだけなら、そこまで難しい事ではない。
何も用意などせずに、ただ入ってきて情報でも集めればいいのだ。
だが、それは街の人間から見れば、「来訪者」でしかなく、その状態では、決してゲダムを見つける事はできなかっただろう。
この任務を依頼してきたディバルも、それを知っているから、自身の名声をも犠牲にしてでも、
こちらをチーターに仕立て上げる芝居を打ったのである。
(もしかすると、その場で切り殺されるかも……)
結果、見事に依頼の完遂は成ったのだから、充分に意味はあった。
それだけ相手を信用させられたのだからこそ、これからが危険なのである。
しかし―――自分はここの本来の意味での住人ではない。
次にやるべき事のためには、どうしてもここを出る必要がある。
だから―――掃除屋を抜ける為の話をしなくてはいけない。
なあなあで次へと進んだなら、確実に後悔するだろう。
(でも、やっぱり話さないと始まらないな)
最初、ここへとやってきて、ガンテスに捕まったとき、彼は「何か企んでいるならその場で始末すればいい」と言っていた。
サイモンが警告したように、本当のことを話してしまったら、その時点でゲーム・オーバーになる可能性は非常に高い。
(……)
それに、黙って居なくなってしまう事もできる。
外へと出て行って、なるべく彼らには見つからないようにしておく。
仮に見つかっても、自分は最初から悪人街などには居なかった、とシラを切ればそこまでである。
ただ、その場合は確実に恨みを買うことになるだろう。
仮の賞金首である今の状態から、逆に今度は悪人街の人間に、懸賞金を掛けられて狙われるようになる。
それはできることならば避けたかった。それに―――
(ここで話さないと、本当の意味での”裏切り者”だ)
「なんだ? どうしたってんだ。さっきから黙りこくってよ?」
「正直―――話すか迷ったんですが……」
「ん?」
「たとえ短くても、一緒に戦ったみんなを裏切りたくない。だから、これから言う事をよく聞いてほしいんです」
「はぁ?」
「実は……自分も裏切り者みたいな立場なんです」
(まさかアイツ……)
サイモンは、意を決して話し始めたラクを黙って見ていた。
■
ラクは長い間、自分の事を話した。
依頼者のディバルの事こそ話さなかったものの
ここへとやってきた理由と、実際に自分はチーターでも無ければ、悪クラスと呼ばれるようなプレイヤーからは程遠い事を話した。
つまりは、懸賞金がかけられているのも、ディバルに頼み込んで行った芝居であり、自分は本当の意味で「一般ゲーマー」でしかない事を打ち明けたのだった。
「……」
話を終えてから、しばらく誰も何も話さなかった。
戸惑うように、皆が皆、誰とも顔を合わせるでもなく、視線を中に泳がせたり、考え込むような声を漏らしたりしていた。
突飛過ぎる内容に、困惑して、理解に時間が掛かっていたのだろう。
やがて、気が付いたようにガンテスがラクへと動き始めた。
何故? と思った瞬間には、ガンテスは腰から手斧を抜いていた。
表情が険しい敵意あるものとなっていたのに気付いた時には遅かった。
(やば……っ!)
ラクは攻撃に身構える事ができず、目を閉じて「終わった」と思った。
だが―――まさに斬りつけられようとした時、ガンテスの背後から別の影が覆いかぶさった。
「フゴッ!!」
振り上げられた斧を止めたのは、ストロングだった。
背後からガンテスに組み付き、攻撃を止めていた。
「離せ! ストロング!! こいつ、カチ割ってやる!!」
「フゴゴゴ、ゴゴフゴフゴッ!」
「”助けられたのも確かだろう”だって?」
ストロングが言うと、ジャグスが彼のマスク越しの言葉を翻訳し、呟くように言った。
ガンテスはそれを聞くと動きを止め、バツが悪そうに言う。
「う……そ、そりゃあそうだが……」
「そもそも……300。その話、ホントの事なのか?」
怪訝そうな声で、じゃがいもが訊ねた。
余りにも突拍子が無い話で、掃除屋の人間の殆どは、信じかねている状態だったのだ。
ガンテスがいち早く動き出したのは、単純に血の気が多いこともあったが彼自身、ラクを認めており、打ち明けた言葉が本当であると真っ先に理解した事もあった。
「……すみません。嘘じゃありません。俺も裏切り者、それももしかするとジャグス達よりも性質の悪い裏切り者かもしれません」
ラクが俯いて言うと、流石に嘘では無いとわかったのか、部屋内の空気が張り詰めたような気がした。
じゃがいもが更に続けて訊ねた。
「じゃあさ、なんで今、この場所で話す気になったんだ?」
「それは……」
「逃げ出す事だって出来ただろ? 何も言わずに、いきなり居なくなるなんて、オンゲじゃあ別にそこまで珍しい事じゃない」
確かにじゃがいもの言う通りでもあった。
親しい人間がいきなり次の日からインしなくなる……というのは、オンライン・ゲームの世界ではそこまで珍しい現象ではない。
リアルの方で大きな事故があったとか、火が消えるようにやる気が失せてしまったとか、様々な理由から、いきなりプレイ意欲が消えてしまう、というのは充分ありうる事だ。
「理由はどうしてなんだ? それでも話してから出て行きたかった……って、そのワケは?」
じゃがいもから問いかけられると、ラクは意を決して言った。
「……後腐れを残していきたくなかったんです。次に行くことになる戦いも、多分キツイことになるんで、なるべく曖昧に、場を濁して、ここを出て行きたくなかった。それが理由です」
「次の戦い?」
「自分は、エゾエリアにこれから知り合いたちと一緒に行かなきゃいけないんです。意識不明事件に巻き込まれているプレイヤーを追いかけたいので」
「意識不明事件っていうと……あれか。少し前にファシテイトのプレイヤーで、昏睡状態になって起きれなくなった奴が続出した~って奴か?」
「そうです。自分もあれに巻き込まれていました。それは何とか解決したのですが、調べていくとまだ取り残されてる人が、どうも居るみたいなんです」
(何……?)
遠くから事の顛末を見守っていたサイモンは、その話を聞いて聞き耳を立て始めた。
「残ってるってどういう事なんだ……? あれは単純にゲーム会社のほうでミスって眠り続けてただけなんじゃないのか?」
「違います。ゲームの中に意識だけが取り残されるようになっていたんです。巻き込まれた被害者は、恐らくみんな、自分と同じような状況になっていた筈」
「初耳だなそんなのは……」
「どうも、自分と、自力でゲームから脱出できた一部の人だけしか、その事を憶えてないみたいなんです。だから、信じろって言われても、変身コマンドを使える、ぐらいしか証明する手段がありません」
現実において、意識不明事件は大騒ぎになったものの、「ゲーム内でモンスターの姿で放り出された」という事は全く公にはなっていない。
どうやら、意識不明事件に巻き込まれたプレイヤーは、現実に戻る事が出来ても、皆記憶を無くしているらしく、ファシテイトの中にいたはずの時の事を憶えていない為だ。
恐らくは―――ゲーム内で倒されてしまったからだろう。
自力で帰還できたプレイヤーしか、あの時の記憶を保持できていないのだ。
「あのオークに変身するやつは、そこで手に入れたってのか?」
「はい。詳しい事は話せないのですが……自分はそこでモンスターの姿にされてしまってワールドアウトもできない状態にされました」
「出れない? そんな事ってあるのか?」
「出れませんでした。メニュー・ウィンドウからボタンが消えていただけですが……」
「モンスターの姿にされたってのは……」
「あのオークの姿です。外見も戦闘力もオークそのままで、憶えてたスキルも全くありませんでした」
「誰かに助けを求められなかったのか? 話すとか、文字を書くとか」
「翻訳システムが狂わされて……いや、変更されてしまっていたらしくて、言葉は通じませんでした。書いた文字も同じです。書いたらすぐによくわからない象形文字みたいなものに変換されて、何もわからない状態になっていました」
「じゃあ……どうやって、ゲームから抜けたんだ? SGM本社まで行ったのか?」
「それは……話せません」
「なんで話せないんだ? そこが一番気になるじゃないか」
「これ以上は……どう考えても危険だからです。詳細を話したら、聞いた人の安全を保障できません」
「危険……?」
ラクは、そこまでを言うと後は流れに任せる事にした。
言うだけの事は言った。後はすんなり出て行けるか、それとも制裁となるか……自分にはどうしようもない。
その場に居た掃除屋の面々は、核心について訊ねてきたが、詳細については、ラクは回答を避けた。
ワールドマスターのことや、ゲームの本当の開発者達のこと。
そして後藤などを初めとした、まだゲーム内に囚われている人間が居る可能性があること。
それらを話すと、自分を含めて、危険である事は容易に予想できたからだ。
「肝心な所はだんまりか……これ以上はムリだな」
やがてラクの処遇をどうするか、掃除屋の面々は話し合いを始めた。
素性としてはここの人間ではなく、外部の人間であると判明した今、ただで街の外へと出すわけにはいかないからだ。
中でもガンテスは一際頭に来ているらしく、声を上げて言った。
「どうすんだ? これからコイツの処遇は? まさか黙って放り出したりするんじゃねぇだろうな!? こんなスパイみたいな奴を黙って取り逃がしたら、それこそ俺らの沽券に関わるぞ」
ガンテスが言うと、皆もそれはわかっているらしく、押し黙った。
しかし、すぐにじゃがいもが言った。
「しかし、ジャグス達と違ってこいつは居る場所が違う。出直し処分にも出来ないから、違う制裁が必要になりますよ? 何をやるんです?」
「連続PKでも食らわしてやるか?」ガンテスが苦笑いしながら言う。
「前のアレィで、助けられたのにかィ?」
滝沢が言うと、ガンテスの方も言葉が続かなくなった。
確かにラクは彼らを騙していた。それは事実である。
しかし成り行きとはいえ、彼が先日の戦闘で大きな役割を果たしたのも事実だった。
だからこそ、誰が、どういう責任で以って、処分をかけるのか?
それが難しい状態になっていたのだ。
考えあぐねていた時、部屋の中へ誰かが入ってきた。
「おっはよー!」
「いっ!? あ、姐さん!?」
部屋へと入ってきたのはシエラだった。
「マスター! サブリーダーからの伝令をお届けに参りましたー!」
どうやら彼女は、盗賊ギルドの重要な伝令を任され、週頭はここに居るサイモンを訪ねてきたようだった。
サイモンはどこか恥ずかしそうな様子で「いや、マスターとかホントそういう呼び方は結構ですから」などと言いつつ、彼女からギルドの伝令メールを受け取っていた。
しかし、やがてシエラも部屋内の重苦しい様子に気付くと、訊ねた。
「ありゃ? なんしたの? 物凄く険悪って言うか、クソ重っ苦しい空気流れてるけど」
「丁度よかったぜシエラ。お前にちょっと意見を聞きたい」
「へ? 意見って?」
ガンテスはシエラに、今までの経緯を話した。
ラクは探し人のため、外部から侵入してきたプレイヤーであること。
そしてそれが判明したので、制裁をどう加えるべきか、という事についてだ。
「なるほど……」
シエラは事情を飲み込むと、どこか腑に落ちたようにラクを見つめて言った。
「最初っから、何か変だな~とは思ってたけど、そういう事だったわけね」
「こういう時は、ギルドマスターだったお前ならどうする? 経験あるだろ? こういう場面」
「裏切り者の制裁は、何度か指示した事あるけどねー。こーいう場合は微妙かな。っていうかナンもしないわ。たぶん」
「何もしない?」
意外な回答に、ガンテスが戸惑うような声を上げると、シエラは平然とした調子で言い放った。
「だってさ~、新入り君、後は街を出て行くだけだったわけでしょ? で、黙って出てってもよかったのに、外で出くわして、余計な恨みを買いたくないから、って甘々なタネ明かしをしてくれてんじゃないの? 要するにさ」
「う……それはまぁ、そうだが」
「つまり、掃除屋のアナタタチは正体を見抜けなかったわけだ。あたしなら恥ずかしくてとても制裁なんて食らわせられないね。やった方が惨めな気がするよ」
シエラが言うと、部屋に集まっていた面々は、顔を見合わせた。
それを確認すると、シエラは更に「それにさ」と言って得意げに続ける。
「シャバでやばい依頼を受けて、街へと大芝居打って潜入して、何度もバレそうになったのに、それを切り抜けて。戦う必要なんてまるでないのに、街を守る為に身体張って戦って、ファイブ・スターズの面子を何度も退けて」
シエラは部屋の中を歩き回って、まるで詩でも読むかのようにラクがやってきた事を言い連ねていった。
「挙句の果てにチーターまで正面切って叩きのめして、おまけにこのゴミゴミした、さいっこうに人探しに向いてない街で、ターゲットを1週間ぐらいで見つけて、依頼を完遂。それで外に出てこうって時に、最後にこうやってやばい状況覚悟で交渉にきたってわけじゃん?」
ラクの目の前までシエラはやってくると、人差し指でラクの額を突いて言った。
「あたいなら―――ここまで”使えそうな奴”は、逆にその場でスカウトしちゃうかな」
「なっ、何ィッ!?」
ガンテスが驚いて声を張り上げると、続けてシエラに言った。
「ば、バカじゃねぇのか!! そんなマヌケな事が、できるか!!」
「できなくはないでしょ? 別にギルドに複数所属するって、変なことでも何でもないんだし。マヌケかもしんないけどさ」
「し、しかし……」
「”街を抜けるけど所属したまま”で、いいんじゃないとあたしは思うけどな。不安なら、”首輪”でもつけておけば?」
「首輪?」
「そ。こいつが簡単には逃げれないような”何か”だね。まぁ、そこら辺はあたいはもうマスターじゃないし、面倒だから考えないけど」
「……」
「ま、こいつに助けられたあたいの贔屓目の意見だから、どうするかはあんたら次第だけどね~」
ガンテスはそう言われると、腕組みをして本格的に考え込んでしまった。
シエラはひとしきり意見を言い終わると、ラクの耳元で言った。
「ありがとね。アンタのおかげで……大切なものを失わずに済んだ」
「え?」
小さくラクは聞き返したが、シエラは僅かに微笑むと、そのまま部屋から出て行った。
後には、ガンテスの唸り声だけが響き渡っていた。
「ぐぬぬ……」
「フゴゴ、フゴッ、フゴッゴッゴゴ!」
「”そもそも、こいつは名目上はまだどこにも所属してないはず”」
「フゴッゴゴフゴフゴ」
「”俺達がどうこうやっていいのか?”」
ストロングの言葉を、ジャグスが代わりに言った。
するとじゃがいも、K.Kも疑問の声や仕草を浮かべた。
「正直、自分もここで追い討ちかけるみたいなのは、ちょっと違う気がするかな、と思います。看過しちゃいけないとも思いますが……」
K.Kも顎に手を当てて、制裁をかけるのは疑問だ、とのポーズを取った。
シエラの一言が決め手になったのだろう。
同じようにヴェネディア、滝沢、ストロングも否定の立場を取った。
「俺ィは制裁なんてもういいと思うぜィ。せいぜい持ち物を没収するぐらいでィ、大丈夫だろうィ」
「私もそこまでしなくていいって思うかな。そんなに大した情報とか、価値のあるアイテム持ち出されてるとかでもないでしょ?」
「フゴゴゴゴ、フゴッ、フゴッ!」
「”こいつはいい奴だから、俺も罰には反対だ”」
「うるせぇ! いい加減にしろ!!」
ジャグスが言うと、ガンテスはジャグスに食って掛かった。
「第一ジャグス、テメェ! 本当にこいつの言葉わかってんのか!? 適当なことを言ってるとブン殴るぞ!」
ガンテスの強面で脅され、思わず後ずさりするジャグスだったが、サイモンが助け舟を出した。
「いや、兄貴。それで合ってますよ。ジャグスは嘘は言ってません」
「本当か? サイモン」
「この新入りや、ジャグスを擁護するわけじゃないですが……ストロングの意見は、大体でしかわからないんですよ。わかる奴にしかね。多少、脚色も入るには入るんですが、オリもほぼ同じように聞こえてます」
「……そうか」
ガンテスはそこまでを聞くと、急に肩を落とした。
思ったよりも処罰に反対、もしくは否定に回る人間が多かった為、もう処罰を与えることがムリだと思ったのだろう。
意気消沈した風に、ジャグス達へもガンテスは訊ねる。
「一応聞いておくが……ジャグス、サイモン。お前らの意見はどうなんだ」
「え? 俺は……何も言える立場に無いので、どっちでもいいかな~っと」
「オリは―――制裁は食らわせるべきだと思います」
サイモンが言うと、ガンテスが顔を上げて「どうしてだ?」と理由を訊ねた。
サイモンは僅かに咳払いをして言った。
「以前のオリなら、ジャグスと恐らくは同意見だったと思います。でも、今回の戦闘の件と、一時的にギルドマスターとなってる身からして、少し、意見が変わりました。”甘い対処”をしちゃいけねぇな、と」
「なるほど……続けろ」
「はい。1人に甘い顔をすれば、そこにあっという間に付け入られる。例えファシテイトの中とはいえ、オリ達は悪クラスの、れっきとした犯罪者です。ここでもし、適当な対応をしたら、第二第三のニクロムのような奴が、現れるかもしれません。そうなったら、今度はマジにヤバイ戦いに巻き込まれるかもしれない。そういう意味でも、オリは適当に済ませちゃいけない、と進言いたします」
(そっか……)
ラクは話を聞いていてわかった。
サイモンが処罰に賛成の立場を取ったのは、単純に感情問題ではない、という事を。
この場に居るほかの掃除屋の連中は、ラクを短い間だったとはいえ共にプレイした”仲間”と見ている。
だが、実際にはここはギルドであり、公の場所である。
本来ならば、スパイ行為が判明した時点で、罰を何かしら加えられる方が自然であるのだ。
この事を知っていたからこそ、サイモンはラクがここへ潜入した事を話すのを止めていたし、擁護の立場を取るでもなく、実際にはこうなるはずだ、という事をラクに教える為に敢えて制裁に賛成の立場を取ったのだった。
(そうだよな……軽率だった。確かに)
何事も無く済みそうなのは、単純に運が良かったのだ、とラクは自分を戒めた。
本来ならばガンテスのように排他的な立場を取るのが普通であり、あの大規模戦闘の件がなければ、恐らくは自分自身も、ニクロムやクエイが受けた制裁のような、強烈な罰を貰っていたに違いない。
「じゃあ……それらを踏まえて、制裁を加えるべきだと思う奴は、手を上げろ」
ガンテスが決を取ると、サイモンだけが手を上げた。
他に上げる人間は誰も居なかった。
「……やっぱり賛成2、中立1、反対5……いや6か」
ガンテスは大きな溜息を吐き、椅子に座り込んで言った。
「なら……制裁はナシだな。無罪放免だ。どこにでも行きやがれ」
「……」
ラクは足が動かなかった。
やってきた理由を話して、許しも貰えた。
後は出て行けばいいだけなのに、足が動かない。
(……このまま、出ていっちゃ行けない気がする)
大義名分を得た。それは確かだが、こんな後味の悪い別れ方はしたくない。
そもそも、後腐れなく出て行きたいがために、わざわざ理由を話したのだ。
何か、もう少しちゃんと話をしてから出て行きたいと思った。
だが―――これ以上何かを話す事は、とても出来そうに無かった。
ラクが諦め、大きな溜息を付いて部屋を出て行こうとすると、
ガンテスが呼び止めた。
「……最後にちょっと聞かせろ」
「何ですか?」
「お前、結局、北海道に行くっつってたが、どういう風に、その”取り残された奴”に会いに行くつもりだ? 今、あそこはモンスターの巣窟みたいになってるだろ。潜入でもするつもりか? ここにやったみたいによ」
「そうなりますね」
「は? お前……マジに言ってんのか?」
「ファシテイトの治安維持ギルドの全面攻撃が始まったら、恐らく……戦力が集中している間に自分たちで北海道の奥まで行くことになると思います。でないと、多分会えないでしょうから」
「……見た目よりも戦闘狂タイプだな。お前やっぱよ」
「そうですかね?」
「俺が言ってんだ。間違いねぇ」
ガンテスはそう言うと椅子から勢いよく立ち上がった。
そしてゆっくりとラクの目の前に立ち、背中のバック・パックから何かを取り出した。
「こいつを持っていけ。そこまで覚悟して行くんだから、またやべぇ戦いなんだろう」
ガンテスの差し出した手には、平たい鉄のプレートを何枚も繋げるように両側に鎖のようなものが繋げられていた。
忍者などが頭に巻く「鉢金」というものだ。
正面のプレートには大きく、独特なフォントで「G」と文字が彫られていた。
「え……い、いいんですか? これ」
「お前、近接型のくせにどうも兜をあんまりつけないみたいだからな。これぐらいはつけとけ。こいつは……俺がお前につける”首輪”みたいなもんだと思ってな」
「首輪? って……さっき言ってた……」
「いいか? こいつは絶対に持ってろよ。次にもし、どこかで会った時に、これを掲げられなかったら、今度こそ俺がお前をぶった斬る」
ラクは顔を見上げて、ガンテスの表情を見た。
「いいな?」
納得はしていない、という感じだったが
それでも陰鬱さは微塵も無く、友を見送る男の顔がそこにはあった。
「……は、はい!」
ラクはそれを受け取ると、さっそく頭に鉢金を巻いた。
「……なんか臭いますね。汗くっさ……」
「俺の愛用品だからな。気に入らんなら後で洗っとけ」
それから、ラクは部屋を後にしてホテルから出ていった。
新しい戦いへと赴く為、そしてファシテイトで起きている”意識不明事件”に決着を付けるために。
「どうなるかな……」
ふと、ホテルの方を振り向くと、掃除屋の面々がこちらを見ているのが目に入った。
皆がラクに激励の言葉を送り、ジャグスとストロング、そして滝沢の三人はこちらに手を振っていた。
「がんばれよ~!!」
「また気が向いたら来なさいよねっ!」
ラクは無言のまま、明るい表情で手を上げて挨拶をした。
そして勢いよく、悪人街を抜ける為に駆け出していった。




