66:舞い戻るのにはコツがいる
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。そして乱入や強敵との戦闘を経て、何とか防衛に成功した。
そして戦闘後の祝勝会にて、ラクは念願のゲダムとの面会を果たし、ディバルより依頼されていた「北海道への攻撃作戦への協力」を取り付けることにも成功する。
これでやっと肩の荷が降りたラクであったが、いつまでも悪人街にいるわけには行かず、抜ける必要が出てきたのだが、その方法を考えかねていた―――
(文字数:12600)
月曜日の朝。やや不愉快な温度の中、カーテンの隙間から
光が差し込んでくると、靖樹は目を覚ました。
朝方とはいえ、夏前である為、蒸し暑い空気が身体を覆っている。
うっすらと瞼を見開くと、いつもの、見慣れた天井が目に入った。
「う~ん……」
目に入ってきたのはファシテイトの中ではない、自分の家の天井だった。
目を擦りながら、昨日起きた事を反芻する。
(なんだか、夢でも見てた気がするな……)
土曜と日曜は、本当に夢のような時間を過ごしていた。
悪人街に大規模な攻撃が仕掛けられ、自分はそれに巻き込まれた。
それだけでなく、起こった主要な戦闘のいくつにも参加した。
もう、何日分もあちら側で過ごしたような気分がする。
「頭いった……」
靖樹は頭が痛かった。
その原因は、極度の疲労から回復した事もあったが、ガンテスの居たバーに戻った後、しこたま酒を飲まされた為、二日酔いのような状態になっていたのだった。
自分はどうもアルコールには強い体質であるらしく、余り強く酔いはしなかったのだが、それでもファシテイトの感覚再現仕様のリアルさは、現実の身体にも少なからず影響があるようで、頭の奥がジンジンと締め付けられるような感じがした。
「二日酔いって、本当にしたらこんな感じかな……」
頭がスッキリせず、起き上がるのに億劫になっていると、部屋のドアから小さい声が響いた。
どうやら、母さんが朝食を早く食べに来い、と言っているようだ。
(起きるか……でも)
朝食を食べて学校へ行って、またクラスメイトからの痛い視線を浴びる事になる。
それまではいい。今まで通りだ。
だが、問題はそこからである。
悪人街に依頼の為、入っていた今までとは違う問題が、今は発生しているのだ。
(どうやって悪人街から出て行こう……?)
自分は今、ファシテイトの中では、元々所属していた学校のギルドを抜けて、悪人街の掃除屋のギルドに所属している。
それはディバルからの依頼を達成する為だったのだが、ゲダムに出会う事が出来た今、今度はそこから抜ける必要が出てきてしまったのだ。
それをどうやるか。頭痛の種はそれだった。
(思いつかないな……)
―――ギルドを抜ける。
簡単なようだが、意外と難しい事である。
何故なら明確な理由が必要だからだ。
これが、普通のプレイヤーが運営しているギルドならば問題ない。
気分が乗らなくなった、とか他の所に移りたくなった、とでも言えば簡単に離れる事が出来る。
だが、掃除屋は悪人街のギルドであり、自分は今は厳密には「悪人街に所属している人間」だ。
だから掃除屋からも、”悪人街そのもの”からも抜ける必要があった。
「とにかく、後は学校行きながら考えるか……」
こればっかりはすぐには結論は出なさそうだった。
今は時間が無いので、靖樹はとにかく、あとは学校へと着いてから考える事にした。
■
学校へと辿り着き、教室の中へと入ると、一斉にこちらへと同級生の視線が向けられた。
その瞬間、靖樹は思わず後ずさりする。
(くそ、こればっかりは慣れないな……)
ファシテイトで賞金首扱いとなってから、自分へ向けられている視線は相変わらず厳しい。仕方のない事だが。
自分はファシテイト内での犯罪者であり、賞金首となっている状態だ。
現実には犯罪者ではないが、ファシテイトの中で犯罪者ならば、現実でも同様に見なされるのが今の世の中である。
靖樹は、突き刺さる視線に耐えながら、何とか自分の席へと着いた。
「おい、ヤス」
「ん? ミッキーか」
席に着くと一人の男子生徒が話しかけてきた。
ミツキだ。久しぶりに顔を見たような気がした。
「なんか疲れた顔だな。どうしたんだよ?」
「後で話すよ。それよりお前、俺に話しかけてきて大丈夫なのか?」
天堂御津貴は、学校で最も靖樹が絡む友人だ。
そして過去にファシテイトの中に取り込まれる事件でも同じく巻き込まれ、協力し合った。
今はファシテイト内にて、同じような境遇で出会ったプレイヤーである「センリ」と「ナツナ」の2人の戦闘訓練と北海道エリアの探索をやってもらっている最中だ。
そういう意味で、ミツキとは色々と積もる話はあるのだが、今の状況を省みると教室の中で話しかけてくるのは、あまり好ましくない。
ミツキは靖樹に答えた。
「大丈夫だ。お前への制裁は、前にやった除名処分で一応終わってるんだからな。こうやって話すぐらい、なんの問題もねぇだろ」
「そりゃあ建前だろ? 普通は処分の後でも、話しかけるなんてやっちゃまずいって」
「オレは気にしない。長い間一緒にやってる奴を、あれ一発で切り捨てる方がくだらないと思うぜ。それより……なんか悪人街のほうであったんだろ?」
突然、ミツキが小声になると悪人街のことを訊ねてきた。
「え? ああ、あれの事か……」
「いや、何が起こったのかは詳しく知らねぇんだ。ただデカイ戦闘が起こった、ってぐらいしかな」
どうやら昨日の戦闘の件についてのようだが、何故知っているのだろうか?
「じゃあ何で知ってるんだ? あの戦闘の事をさ」
「いや、昨日の夜ぐらいからよ、このニュースで持ち切りなんだよ」
そう言うと目の前に電想パネルを出して、それをミツキは指差した。
どうやらニュースサイトが表示されているようだが、その内容を見て、靖樹は目を丸くした。
そこには、横浜の街が荒廃した様子を撮影したらしい動画や画像が、てんこ盛りになった記事が表示されていたからだ。
(そう言えば……全然ニュースをチェックしてなかった)
朝は、学校に来る前にニュースをチェックするのが日課だったが、掃除屋を抜ける件について頭が一杯だったので、ついやっていなかった。
慌てて靖樹は仮想ウィンドウを開き、ネットのニュースを確認した。
「うわ……」
色々なニュースの見出しは、週末の横浜戦一色になっていた。
その中で、一際目に止まった記事があり、それを靖樹は貪るように見た。
(これは……)
記事の見出しは「ファイブ・スターズが悪人街にて大敗」とある。
詳細を急いで読むと、その内容に呆気に取られた。
・【速報】ファイブ・スターズが悪人街にて大敗
週末、一昨日の午後から昨日の未明にかけて、悪人街にて大規模な戦闘が行われた。
事の発端は、政府より通達された「横浜再開発計画」の通知が始まりだった。横浜に跨って広がる悪クラスのプレイヤーが集まった特殊な地域。通称「悪人街」を一掃する目的で、計画が発令されたのである。
政府の呼びかけに呼応して集まったのは、賞金稼ぎ達を中心とした一大勢力で、彼らと悪人街の住人たちとの、因縁の一戦が始まっていたのである。その戦闘は苛烈を極め、午前中に集まった賞金稼ぎ達はその殆どが一旦離脱したほどだ。そして午後からは、あのファイブ・スターズが指揮を執る第二陣が攻撃を行った。しかし、悪人街の「匂坂寧」率いるPKギルドなどの抵抗に合い、撤退。悪人街の勢力の大半を倒すという快挙を成し遂げつつも、お互いに痛み分けのような形で戦闘は終結した。
ファイブ・スターズのギャロット代表代理は声明を発表し「事実上、我々の敗北といっても過言ではない」と述べた。
(”敗北と言っても過言ではない”か……)
あの件は一言も触れられてはいなかった。
恐らく、あの戦闘の件は外部は出さないという事でアズールの方から、話があったのかもしれない。
(クエイの事は、結局、どうなったんだろうか)
今回の大規模戦闘を裏で画策していたのは政府官僚の1人である「クエイ」だった。
彼は、スターズのリーダーであるエクスクモを疎んじる政府内の勢力の一員だったようだ。
傍若無人な振る舞いをする彼の行動に耐えかねた一部の勢力が、彼を抹殺する為に、賞金稼ぎ達と悪人街との騒乱を装って、エクスクモのゲーム・データを最終的に消去させようとして、起きた戦闘。
それが今回の戦闘の真相だった。
同じく政府官僚たちの1人で、クエイの上司にあたるアズールは「お灸を据える必要がある」と言っていたので、何かしらの処分があるのだろう。
祝勝会の席で充分すぎるほどの制裁を受けた気もするが……。
(どちらにせよ、ただでは済まないだろうな……)
「なぁなぁ、どうだったんだよ。結局よ」
ミツキが悪人街の件について訊ねてくる。
靖樹が答えようとした時、丁度先生が教室へと入ってきた。
それを見て、慌てて生徒たちは自分の席へと着席していく。
ミツキも自分の席に戻っていく。
「後で教えてくれよな」
靖樹はそれに「わかってるって」と小声で返した。
「席に着けー! ホームルームを始めるぞ!」
授業が始まると靖樹は胸を撫で下ろした。
この間は、流石に授業に皆集中するから、こちらへの感心も薄まるからである。
(さて……それじゃ、考えるかな)
「さてもうすぐ夏休み本番だが、だからといって……」
ホームルームが始まると、靖樹は悪人街から出て行くための方法を考え始めた。
しかし、やはりいくら考えてもいい案は思いつかなかった。
事態が動いたのは、昼だった。
■
「はぁ~~~……」
学校の屋上で、靖樹はいくら考えても答えが出ないのに辟易していた。
今まで学校ギルドの仕事や、掃除屋の仕事にて、戦う事やら面倒な交渉やらをこなして来たが、今回の事はこれまで経験した事のない厄介事だった。
(どうしたらいいんだろう)
結局の所、取れる選択肢は多くない。
嘘をついて出て行くべきか? それとも何も言わずに脱走するように抜けてしまうか。
極論するとその二つしかない。しかし―――
「なんだ、浮かない顔だな」
「ミッキーか」
「何があったんだ? 結局よ」
靖樹はミッキーに昨日、起こった件についての事を話した。
悪人街の大規模戦闘と、戦った相手とその顛末について、だ。
長々と話をした後には、ミツキの顔は驚きに満ちたものとなっていた。
「……なんかスゲースケールだな。すぐには信じらんねーぜ」
「まぁ、とにかくそれで、勝った事は勝って、生き残れたんだけど、今度はまた別の厄介事が出てきてさ」
「それがギルドを抜ける、って事か? 確かに一筋縄じゃいかなさそーだな」
「そういや今、センリちゃん達はどうしてるんだ?」
一通りの事を話すと、靖樹はミツキ達の状況を訊ねた。
悪人街のことで手一杯だった為、北海道への攻略をどうするのか、そしてセンリ達の指導についてなどは、全てミツキに任せきりだったからである。
「スライム女の方は魔法がやりたいって言うからそっちの訓練で、もう1人は北海道の移動ルートを探ってもらってるぜ」
「ナツナちゃんにか? 大丈夫なのか? 死なないって言ってたけど」
今の靖樹とミツキ、そしてファシテイトの「意識不明事件」の中出会ったセンリとナツナは、それぞれ自分と同じようにモンスターへと変身する特殊な能力を持っている。
そしてこの能力を得てからは、ゲーム中は感覚が鋭くなっていた。
まるでゲームと一体化してしまったかのように。
その際、死亡してしまったらどうなるかわからず、危険であるという事でなるべく靖樹たちは死亡状態にならないよう、危険を避けてプレイを行っていた。
しかし、雪山で出会ったナツナは、ゲーム開発者「後藤」の娘という事で、彼に巻き込まれるような形で能力を手に入れたためか、彼女は靖樹たちと違って、死亡状態になっても復活を行えるように、ワールド・マスター達から計らいを受けているようだった。
「それは大丈夫みたいだ。ただ、普通よりも復活に時間が掛かるのと、オレらみたいにホームポイントを動かせないから、探索に物凄く時間が掛かってる。だから、進行ルートの選定があんまり出来てねェんだ」
「充分だよ。行き当たりばったりよりは何百倍もマシだ。そのまま続けててくれ」
「わかった。……で、これからお前はどうすんだ?」
「う~ん……それなんだけど」
当面の目標は、マルールの居場所を探す事。
そして北海道にいるモンスターの指揮をしていると思われる、自分達のような「意識不明事件」に巻き込まれているプレイヤーを探す事だ。
優先順位としては前者の方が上だが、時間がしばらくかかるので、今は北海道攻略の方が先であるだけだ。
「とにかく、まずゲダムと連絡を取れたってのをディバルさんに報告してからじゃないと……」
「はぁ? まだ言ってないのか? メールで言うとかナンカあるだろ。てっきり休みの間に報告して、それ待ちかと思ったぜ」
「そういう連絡方法、何にも貰ってないんだ。俺だって早く依頼を終わらせて身軽になりたいよ」
「あー、そうか。仮にもトップギルドの人だからなァ……簡単にゃ連絡先なんて漏らさねぇか」
靖樹が”これからどうするべきかな”と大きく溜息を吐いた。
その時、丁度、学校の屋上にやってきた影があった。
「あっ!! 居た!!」
「え?」
こちらを見るなり、やってきた”誰か”は指を差して大声を発した。
靖樹が声の方を向くと、そこには田倉が居た。
「田倉? どうしたんだ?」
「ヤス、お前さ、お前さぁ……一体何をやったんだ?」
「?、いきなり何を言ってるんだよ」
「いや、ギルドメールをいくら送っても返事がないからこうして……」
田倉は途中まで言って、突然、頭を抱えた。
そして呻くような声を漏らしつつ言った。
「ああ~……そうだった。お前って除名処分になったから今、届くわけないんだよな。ギルドメール」
「ああ。もう学校のギルドとは関係ない状態だからな。悲しいけどさ」
「じゃあさ、とにかくさっさとファシテイトに入って、訓練フィールドに来いよ!」
田倉がそう告げると、靖樹には何の事か全く飲み込めず。
理由もわからないまま、インするわけにも行かないので、用件を訊ね返す。
「何でだ? 第一俺、賞金首だから、学校のサーバーに入ると迷惑なんじゃないのか?」
「ギャロットが来てんだよ! あのファイブ・スターズの!! お前に会わせろって言って来てんの!」
「ええ!?」
それを聞いた靖樹は、慌てて学校のコンピュータ・ルームへと駆け込んだ。
部屋の中では、実況用に設置されている大型のモニターに、学校の訓練フィールドの様子が映っていた。
そこには確かに、悪人街で出会ったあの大きな騎士鎧をまとった者の姿があった。
いつも見ない、恐らくは来客用と言う事で、急遽用意されたのだろうテーブルと椅子が設置されており、ギャロットはそれに座って学校のクラスメイト達と、何か話をしていた。
(うわ……本当だ)
「すげ~……本物じゃねぇか。オレ初めて見たぜ」
ミツキが映っている大柄の騎士の姿を見て、感動して言った。
コンピュータ・ルームには大勢の生徒が詰め掛けていた。
最強の賞金稼ぎ達であるファイブ・スターズの一員で、エクスクモの代行を務める事が多いギャロットは、メディアへの露出も多いので、知っている人間が多かったからだ。
(とにかく、会ってみることにするか)
靖樹はギャロットに会うべく、部屋にあった寝台に横たわり、耳のユニオンデバイスを操作した。
そして、ゲーム内へとインした。
■
いつもの深い眠りの感覚が身体を包み込み、意識がブラックアウトしていく。
そして音が全て消え、しばらくして目の前が明るくなったかと思うと、ファシテイトの中で靖樹は自分のキャラ「ラクォーツ」の姿となって、目覚めていた。
(なんだか久しぶりな気がするな)
賞金首となってから、学校内の電想世界には入れなかったので1週間と少しぐらい経っている事になるだろうか。
そこまで時間が経っているわけではないのだが、毎日のように入っていた場所なのでひどく”久しぶり感”を感じた。
いつもテスト用の組み手などで使われている学校を模した訓練エリア。
その入り口から校内へと入り、丁度、現実の体育館の場所へと移動すると、そこにはクラスメイト達のアバターが人だかりを作っていた。
(ここか)
ラクが姿を見せると、騒がしかった体育館内の音量が一気に下がった。
そして、人波が誰がやるともなしに掻き分けられていき、まるで独りでに草むらに道が出来るように、人だかりの向こう側へ通路が出来上がった。
その奥には、巨大な白銀の鎧に身を包んだ騎士が居た。
「おや。やって来ましたか」
ラクを見るなり、座って待っていた大柄の騎士が立ち上がる。
大柄といっても、彼自身が大きいのではない。
彼が身につけている鎧が、常人がつけるものの何倍もの大きさである為、彼自身が巨人であるかのように見えているのだった。
その外見と、”鉄壁”ともあだ名されるプレイヤーである『要塞騎士』のギャロットは、その外見からは想像できない軽やかな足取りでラクの前へとやってきた。
(……でかいなぁ、やっぱり)
改めてギャロットを見ると、酷く威圧感があった。
一度は対戦までやった相手だが、やはりこうやって面と向かって話すとなるとレベル差や地位の差、持っている”オーラ”の違いを実感するものなのだな、とラクは思った。
そしてふと見ると、周りの視線が少し気になった。
(この目は……)
ラクを見ている目は、その殆どが厳しい顔つきをしていた。
中にはニヤついた表情でこちらを見ている者もいたが、それらは「何かを期待している」ようにラクには見えた。
恐らくは、名うての賞金稼ぎであるギャロットが、更生の機会を与えるとかの名目で、直接自分を捕えにやってきたのだ、と思っているのだろう。
確かにこの構図は、事情を知っている人間を除けば、そうとしか見えない筈だ。
「一昨日ぶり……ですかね。本当に高校生だったのですか」
「まぁ一応……って言うかどうしたんですか? こんな所まで」
「実はこんなものを預かりまして」
そう言うとギャロットは封筒のようなものを取り出した。
見た目は平たい紙袋の形状だが、チラチラと僅かに明滅をしており、電子的なデータ・アイテムであるのがわかる。
何かしらの情報を、圧縮して便宜上、封筒の形にしているのだ。
ファシテイトでは、文章や音声などの、本来なら実体がないデータも一部はアイテムとして取り扱う事ができる。
例えば録音した音声を音符のアイコン型アイテムにして、部屋の出入り口に取り付けて、案内用のものとして使ったりすることが出来るのだ。
都合よく使えるものはアイテム上にして使うのである。
「なんですかこれ? メール?」
ラクがいうと、ギャロットは顔を近づけて小声で囁いた。
「余り大きな声では言えないのですが……”ディバル殿のメールアドレス”です。あなたに直接渡してくれ、と……」
「いぃ!? あの人から!?」
ラクは思わず後ずさりした。
「実を言うと―――本当はエクスが頼まれたのですが、あの人は”面倒だからお前が行け”と押し付けてきまして……モノがモノなので、セキュリティ的に直接届けなければならず、こうしてやってきたという次第です」
「はぁ……それはまぁ、お疲れ様としか」
「それでは、どうぞ」
ギャロットから差し出された封筒を受け取り、ラクは適当なウィンドウを開いて、そこにアイテムを押し付けた。
封筒はウィンドウに触れた瞬間、分解されるように消えていき、メールアドレス欄にひとつ新しい連絡先が追加された。
これでディバルにいつでも連絡を取ることができる、という訳だ。
「あの……一つ聞きたいんですけど、ここに俺が居るって、何でわかったんですか?」
「ディバル殿から伺いました。大変でしたよ。エクスが聞いていなかったから、私がまた聞き直しに行くハメになってしまったので……」
「なるほど……」
ギャロットと親しげに話していると、周囲がざわめき始めたのにラクは気付いた。
何か様子がおかしい、と周りの人間が不思議がっているのである。
「おいおい、なんで捕まえないんだ……?」
「スターズの人って、アイツを逮捕しにきたんじゃねーのか?」
「なんか顔見知りみたいに話してるぜ。どうしたってんだ?」
周囲の妙な雰囲気を察すると、ギャロットは小声で言った。
「どうやら、芳しくない状況のようですね」
「そりゃ、俺はお尋ね者ですから……本当ならここに、こうやってインするのも余り良くないんです。学校の体裁とかもありますんで」
「なるほど……学校だからファシテイト内の影響が強いのですね。社会人同士なら、ここまでは行かないものですが」
そこまでを言うとギャロットは、何かが考えるように喉を鳴らした。
そして、周りに聞こえるように言った。
「それでは。私は用を済ませましたので、そろそろ戻ります。またいつか対戦したいものですね」
「はぁ。対戦……ねぇ」
ギャロットが去ろうとすると、周りに居たギャラリーの1人が訊ねた。
「ちょ、ちょっと! ギャロットさん! そいつを捕まえないんですか!? 凄い額の賞金首なのに……」
訊ねた人間に注目が一瞬集まった後、すぐに視線はギャロットへと向かった。
少なからず、彼の言葉は野次馬たちの台詞を代弁したようだ。
恐らくは逮捕云々もそうだが、ここで一戦交えるのではないか、と期待していた人間も結構居たのだろう。
ギャロットは足を止めると、意外そうな表情で言った。
「それならば、貴方が捕縛すればよいのでは?」
「え?」
「ここはオフライン上の空間です。オンラインより切り離された、いわば一種のプライベートな場所といってもいい。そして、彼には私の呼びかけで、休み時間を使って出てきていただきました。そこをだまし討ちするような真似を、私はやる気はありません」
ギャロットが言うと、場の空気が静まり返った。
そして続けざまに言った。
「そもそも、ファシテイトの事情を現実にまで持ち込むのは、フェアではないと思います。もし賞金稼ぎとして対決するのならば、堂々とオフライン上で、ですね。そして私は正面から、今度は貴方を打ち破りましょう」
「え? こ、今度は……?」
生徒の1人が訊ねると、ギャロットはラクの方を向いて言った。
「昨日の大規模戦闘で、私は彼と戦っておりまして、その時は勝負がつかなかったのですよ」
ギャロットが言うと、場が一気に騒がしくなった。
驚きの声が次々に上がったからだった。
無理もない。最高クラスの賞金稼ぎ達と戦って、それから生き延びているというだけでも、驚嘆に値する事だからだ。
トッププレイヤーとの対決は、こなしたという事実だけで本人の株が上がるほどの出来事なのである。
「勝負がつかなかったって……」
「私が彼の居た陣へと攻撃を仕掛けたのですが、追い返されるような形になってしまいましてね。一応は引き分けの形ですが……ま、作戦負けと言ってもいいでしょう」
「え、いや、そんな事は……」
ラクが違うと言おうとすると、ギャロットは言葉を遮り、そのまま体育館の外へと出ていった。
ラクはギャロットが去り際に、一瞬、ウィンクをしたのが見えた。
(もしかして……)
どうやら、彼はこちらの窮状を知って気を利かせてくれたようだ。
ギャロットが去って、ラクも足早に体育館を出て行ったが、最初とは全く違った視線を背に感じた気がした。
■
靖樹は夕方、学校の授業が終わった帰り、コンピュータ・ルームへと寄っていた。
いつもなら学校からインするのは抵抗があるが、今日は違う。
決別の意味も込めて、敢えてここからファシテイトへと入る事にした。
(さて……ある意味、ここからが一番の正念場だな……)
今日は、悪人街を抜ける為の話をしなくてはいけない。
黙って出ようかとも思ったのだが、それはやはりマズイ。
何も言わずに外で誰かと出くわしたら、弁解の余地がなくなるし、ゲダムことサイモンに、北海道への攻撃協力を申し出ている以上、やはり黙って抜けるわけにはいかない。
(しかしなんて言えばいいんだ……?)
ラクは考え抜いたものの、結局、妙案は思い浮かばなかった。
嘘で取り繕って出て行くか、それとも真っ正直にここへ来た理由を話すか。
そのどちらしかないのだが……。
(奇跡的にブラックリストから外れた……はダメか)
抜けたくなったから抜ける、は通らない。
悪人街に来るプレイヤーには、通常の街エリアには戻れない理由があるからだ。
そんな事をもし言ってしまったら、別の悪人街に行って、そこの勢力に加担するのでは? と疑われてしまうだろう。
ここを抜けるには、自然な理由が必要なのだ。
”○○となったから、足を洗う事ができるようになった”と。
(……ダメだ! やっぱり思いつかない……)
ひとまず、靖樹はファシテイトへとインしてみる事にした。
今日は……週の頭なので、掃除屋の会合がある。
学校で言う所の授業前のホーム・ルームのような時間だ。
その時には、掃除屋があの詰め所に集まる。
とにかくその場に行けば、何か思いつくかもしれない。
ダメならまた、折を見て話をすればいいだけの事だ。
「とりあえず行くだけ行くか……」
靖樹は耳に装着されているユニオン・デバイスを弄り、椅子の背もたれを倒し、寝台のようにしてから深く身体を沈めた。
完全に横になってデバイスが動き始めると、意識が段々と薄れ、眠気が身体を覆っていく。
やがて―――完全に意識が闇に落ちた後、すぐに目の前が明るくなっていった。
■
目を見開くと、豪華なシャンデリアが目に入ってきた。
洋風の、かなり高級なホテルでもないと備え付けられていないようなものだ。
それは即ち、起き上がった場所がいつもの掃除屋の詰め所であるという事を物語っていた。
「お、来ましたッスねー」
「あれ? お前は……」
「どうも、ジャグスです。先輩」
(先輩?)
起き上がると、どこかで聞いたような声が耳に入ってきた。
声のした方を見ると、そこにはジャグスが居た。
ただ、前の肉斬り包丁を初めとした装備を持っておらず、簡単な作業着と頭に鉢巻のようなものをつけていた。
「その格好、どしたんだ? 掃除のおばちゃんみたいだ」
「俺、また一からやり直しになっちゃったんで……」
「ああ……そう言えば、”出直し処分”になっちゃったんだっけ」
今回の戦闘で、裏切った者はニクロム、ジャグス、シエラの三名だった。
クエイと直接繋がっていたニクロムは、直接の制裁が加えられたが、
ジャグスとシエラの両名は、事情が事情であった事から
ギルドの一番下っ端まで降格となる「出直し処分」という
重い処分を受けたものの、制裁は免れていた。
「はい。だからまずはこの建物の家具の再配置とか、そういう雑用をやらされてます」
「家具の再配置……大変だな。そりゃ」
「でもまぁ、一番の下っ端になっちゃいましたから。これでも処分としてはマシな方ですよ。元のギルドから除名されたわけでもないですし」
ジャグスは、どこか満足げな感じで答えた。
処分としては決して軽くないもののはずだが、彼としてはここから去らずに済んだ事だけでよかったようだ。
他にまだやってくる者はなく、しばらく部屋の片づけをやるジャグスと、待機しているラクのみが部屋に居た。
(……ちょっと聞いてみるか)
ラクは丁度いい機会だと思い、気になっていた事を訊ねてみることにした。
「なぁ、ジャグス。ちょっと聞きたい事があるんだけど」
「なんです? 先輩」
「先輩……ねぇ。それは別にいいよもう。レベル的にも、ここに居る期間的にも、俺のほうが下だしさ」
「まぁでも、一番下っ端になっちゃいましたから。ね?」
「……まぁいいや。それはそれとして、シエラさんはどうしてるんだ?」
「ああ、シエラさんッスね。あの人も俺と同じで、盗賊ギルドの一番下からやり直しになってますよ」
「あの人でも? 信じらんないな。レベルめちゃ高いのに」
「まー、やった事がやった事ですし。でもまたすぐに上に行くと思いますよ。サイモンさんが今、シエラさんの代わりにマスターやってますけど、めっちゃ気、遣ってますもん。やり辛そうでしたよ」
「そりゃなぁ……」
かつての絶対的なリーダーであるシエラが、いきなり一番の下っ端になり、彼女の腹心のような立ち居地に居たサイモンとしては、さぞ居心地が悪いに違いない。
ただ、しばらくすれば彼自身もマスターの座はシエラへと返上する事だろう。
なにせ戦闘能力が違いすぎるし、サイモンはサイモンで、別の仕事があるからだ。
(さてと……)
気になっていた事を聞いたので、次は本題に入る事にした。
今ならジャグスのみなので、”試し”に聞いてみるには最適の状態である。
「なぁ、もうひとつ聞いてもいいか」
「何ですか?」
「”俺も裏切り者”だ、って言ったら、お前はどうする?」
「え?」
「いや、あくまでも例えだよ。実はそうだった……って、もしここでカミングアウトしたら、お前はどうする?」
「それは……」
「今までずっと裏切っていた。隙があれば掃除屋を全滅させるつもりだった。でも戦況が悪くなったから、こちらに付いたままで、最初から裏切っていないフリをしていた」
矢継ぎ早に言って、一呼吸おいてラクは付け足すように言う。
「……そんな風に俺が言ったら、どうする?」
ラクが訊ねると、しばらくジャグスは返答に困ったように顎に手を当てて、考え込む素振りをした。
やはり、簡単に答えが出るものではないのは同じらしく、ジャグスはしばらく考え込んだ後、意を決したように言った。
「俺は……許しますかね。ただ、”ケジメ”をつけてもらいますけど」
「ケジメ? って言うと……俺も出直し処分とかって事か?」
「そうじゃありません。何か違う……手土産的なものを出させるって言うか、俺の場合は、途中で発覚したから、こうやって罰を喰らってますけど、全部終わってから、結果的にもそんなに悪くなかったのに”俺、実は反則してたんだ”って言ったら、どうしようもないじゃないですか」
「そりゃまぁそうだけど……でもサッカーとかだと、メダルの剥奪とかになるじゃないか。勝った記録の取り消しだとか、再試合とかになるだろう?」
「それはやり直せる事だからでしょ? あの戦闘は、やり直せませんし、勝った記録も消せない。”本当は卑怯な手を使ってた”ってなったら、どうしようもないです」
「……確かにそうだけどなぁ」
「だから、俺としては”じゃあ別のお詫びをしろ”、ってなると思います。俺だったらそういう風に裏切った奴には言う」
ラクはその言葉を聞いて、深く考え込んだ。
確かに、一理ある事かもしれない。
もう変えられない事にミソが付いた時に、重い罰を与えても余り意味が無い。
だから別の意味で、きっちりとしたペナルティを与えるに留めるのではないか。
ただ……自分の本当の立場を考えるに、予想以上の罰を喰らう可能性も多いにある。
「どうしたんですか? なんか深刻な顔して」
「いや、ちょっとな……こっちの事情だよ」
やがてジャグスが出て行くと、程なくして掃除屋の面子が部屋に揃い始めた。
ガンテスがやってきて、そのすぐ後に続くようにサイモンとヤジマ。
そしてヴェネディアとじゃがいも、滝沢。
最後にストロングとK.Kが入ってきた。
「さて、それじゃあ……週はじめの報告と作戦会議、はじめっぞー!」
いつものようにガンテスからの開始の合図で、それぞれの報告が始まり、最後に今週の担当地区がどこになるか、誰とチームを組む事になるか。
そして、全体的にどういう事をやる事になるか、が告知された。
それら全てが終わってから、掃除屋の仕事が始まるのである。
「うっし。会議はここまでだ。それじゃ解散して担当の……」
「ちょっと待ってください」
「ん? なんだ、どうしたんだ新……いや、ラク」
ガンテスが言うと、ラクは詰め所の最前列へと歩み出た。
そして大きく深呼吸をしてから、言った。
「……言わなくちゃいけない、大事な話があるんです」
ラクがそう言うと、部屋の中がやけに静かになったような気がした。




