65:悪人街の裏の裏の裏の…(2)
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として割り込んできた「クエイ」と呼ばれる政府高官が率いる陣営に、悪人街の大半のプレイヤーが壊滅させられてしまう。
彼らの目的はエクスクモを倒し、政府機関より排除する事だった。
ラク達はエクスクモと協力し、彼らとの戦闘に臨み、クエイ自身が発動させたチート・コードによる攻撃にも打ち勝った。
そしてラクは祝勝の宴が行われているホテルの外れにて、遂にゲダムと邂逅したが、そこに居たのは意外な人物だった―――
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「ご、ゴールド・ジェノサイダー……!?」
一瞬、空気が固まったように思えた。
ラクはサイモンが言った台詞が、何かわからなかった。
かろうじて気を取り戻すと、ラクは言った。
「さ、探してたゲダムが、先輩だったって事ですか……!?」
「それ以外のことを言ってるように見えるか?」
サイモンはどこか得意げな感じに言った。
しかし、まだその事実以外に飲み込めない事があった。
アズールとシーカーの事について、だ。
「じゃ、じゃあここに居る人たちは、一体……」
アズールとシーカーは、それぞれ自らを「警察官」、「政府の官僚」と言った。
どちらも悪人街と対峙しているはずの組織に属している人間である。
何故、彼らのような者がここに居るのだろうか?
「その辺は俺様が説明してやろうかにゃ」
ラクが訊ねようとすると、沈黙していた匂坂が、まるで先手を打つように言った。
「まぁ、まず話す前にさ……ちょっと聞きたいんだけど、この街の成り立ちって、お前は知ってるか?」
「え? えーと、ここは元々、外国のプレイヤーが作った、って事ぐらいしか知りません」
ラクは横浜悪人街について、ある程度は知っていたが詳細なことまでは知らない。
横浜は悪クラスの人間が常にたむろしている事と、それによって、スラム街のようなものが形成されている事。
また、ニクロムから聞いた話で「外国人プレイヤーがここを最初に作った」、という事ぐらいである。
その事を話すと、ふふん、と匂坂は鼻を鳴らした。
「それは誰から聞いたんだかにゃ?」
「ニクロムからです。あいつが戦ってる時に、確か、ここは外国人達が作った場所で、そしてそこを束ねていた中国人のリーダー格のプレイヤーだった、とか……そんな事を名乗っていました」
「そう。それで正しいにゃ。ここは元々……外国のプレイヤーが集まって、無法者だけの町を作っていた、ってのが”起こり”だった」
「でも、それだと今と殆ど変わらないんじゃ? やってる事も、居る人たちも悪クラスのプレイヤーですし」
ラクが言うと、シーカーが言った。
「全く違うぜぇぇぇ~……やってる事はなぁァァ……」
「違う……んですか?」
「そこからは私が話しましょう」
ラクが意外そうに言うと、アズールが静かに話し始めた。
「横浜の街がファシテイト上に再現されて、いつからか、ここに悪人街は形成されるようになっていきました。現実でも、外国人の居住者が比較的多い地域であったので、恐らくは観光者と在来者とで、外国人だけのギルドなどを作ったのが、始まりではないのかと思います」
アズールは顎を僅かに上を向け、更に続ける。
「最初は……単純に外国人プレイヤーのみで冒険したい、という、そんな思惑から出来上がったのでしょう。ただある時を境にして、急に治安が悪化し始めたのです」
「悪化?」
「はい。悪クラスのキャラクターのみが集まる場所が、突如出現し始めたのです。ビルのテナント空きスペースや、地下の廃駅などに集まり始め、彼らは色々な悪行を行い始めた。ファシテイト内で使用する違法プログラムの売買や、チーターがここを拠点にしてたり……とね」
数拍置いて鼻を鳴らして、改めてラクに向けてアズールは言う。
「ここまでなら、まぁ、今と同じです。悪質さは段違いですがね。しかし、今と昔とで……最も違っていた点があります。それは、何だと思いますか?」
「今と昔で、違う事? 外国人メインでやっていたから……集まってる人数が違ってた、とかですか?」
「違います。最も違っていた事は、”現実とリンクする犯罪”が非常に多く発生していた事です」
「現実とリンクする……?」
「例えばですが……改造した武器をここで売っていたとしても、現実で被害は起こりません。ファシテイト内の別の町で、悪クラスのプレイヤーがテロが起こすかもしれませんが、どんなに酷い事がおきてもゲーム内の出来事で済みます。しかし……以前の悪人街の住人達は、ここで外国から日本へと、武器を密輸する算段の会合を開いていたりしていたのです」
「密輸……!?」
「ゲーム内で悪党プレイをする”プレイヤー”ではなく、ファシテイトを利用する”現実の悪党”が、ここには吹き溜まっていたのですよ。国も警察も、彼らには非常に手を焼かされました」
「あァァ……痛い目を見せられたぜェェ……何度か、本当に危ない場面もあった~……電車を使ったテロを計画されたりとかなあァァ~~~」
「電車を使ったテロ?」
「今よォォォ……電車ってのは、一部分を超伝導で動かしてるんだァ~~……”超電導リニア”って奴だなァァ~~……」
「確か、磁力で浮かんで凄いスピードになる……ってものですよね? それが、テロに使われそうにって、どういう事です?」
「浮かんでる、つまり……超伝導で車体は”飛んでる”って、言ってもいいわけだァァ……すると―――その方向を上手く変えれば”ミサイルのように飛ばせるんじゃないか?”って、テロ計画を発案したヤツがいたのさァァァ~……」
「み、ミサイルって……そんな事できるわけ無いじゃないですか。電車なんて重いものが、空を飛んでいけるはずが無い」
「そうだァ、実際、電車の車体のような重いものを飛ばすのは、無理だァァ~~……超伝導リニアってのは、あくまでも磁力の反発で摩擦力を限りなくゼロにして高速化を行うだけで、要するに”とんでもなく滑りやすい状態”にしてるだけだからなァァァァ……浮かんでる事は浮かんでるが、飛んでいると呼べるほどじゃない……」
「ですが……実際にリニアの通行路の一部を跳ね上がるようにし、その方向と磁力の加速制御で、爆薬を満載した電車を、東京の中心部に向けて発射する、というテロ計画が実行された事があるのですよ」
「ええ!?」
ラクは驚いた。
この平和な日本で、そんな大掛かりなテロが起こっていた、なんて初めて聞いたからだ。
シーカーは仮想ウィンドウを開き、そこに捜査時に撮られたらしい写真を表示させた。
確かにそこには、爆薬らしい荷が先頭車両に積まれた電車の写真が映っていた。
「無論、非公式だがな。工事に何人も工作員が紛れ込みィィ~~、路線の一部に細工が施された。そして爆薬が詰まれ……計画が実行される1週間前に発覚したんだぜェェェ……」
「で、でもニュースで全然そんなのをやってませんでしたよ?」
「ニュースにならないニュースもある、って事だぜ~~……」
「はぁ……」
「兎角まぁ、そんな感じでやばい事件も起こり始めたからァ、警察としても黙ってるわけには行かなくなった。だがなァァァ……悲しい事によォォ、それでもここには中々手を出せなかった」
「役人の人なら、強制的にここから彼らを立ち退かせる事も可能なんじゃないですか? そこまで苦労するようには……」
「そりゃあ、理屈上はできないわけじゃないがなァ、それをやったら、どういう事になるかって話だぜェェェ……」
アズールが疲れた風に言う。
「被害を受けたプレイヤーが”権利の乱用を行った”……と間違いなく訴えられる事になるでしょう。そして行われるのは、データはロールバックされて何もなかった事になり、立ち退きを発案したものは責任をとって辞職、と言った所でしょう。とても取れる手ではありません」
「だな。なにせ、ゲーム内って事を逆手にとって、合法的に居座っているんだァァ……この”ゲーム内”ってのが本当に曲者だったぜェェ……。表面的には”遊んでいるだけだ”と主張できるからなァァァ~~」
「それで、中々手が出せなかった、と?」
「はい。手を焼いていた大きな理由としては、彼らの戦闘力の高さです。悪クラスのプレイヤーは、荒事を行うからでしょうが、上位のプレイヤーは本当に強力でした。そして、同時に非常に戦闘慣れしていました」
「そこは昔も今も同じ、って事ですか」
「はい。情けない事ですが、ファシテイトのプレイヤーとしては、正面からでは歯が立たなかったのです。しかし……その無法者達の街を、ある者は”腕試し”に使えると見ました」
アズールがそう言うと匂坂に視線を移した。
「オレ様は、ここを前々からぶっ壊してやろうと思ってた」
「ど、どうしてですか?」
「だってさぁ、力自慢が溜まってるところって聞いたら、そこに殴りこんで、壊しに行きたくなるだろ?」
「いや、それは……よくわからないです」
「道場破りをやる空手家みたいなもんさ」
(そういうモノなんだろうか?)
わかるような気もしたが、どちらにせよ”特殊な思考をしている”とラクは思った。
「わからないか? まぁいい。とにかく、オレ様は、ここに以前から何度となく攻撃を仕掛けてたんだ。侵入する経路とか、どこに拠点があるかを見たくてさ。そんな時……この二人から声を掛けられた」
匂坂が親指でアズールとシーカーを指して言った。
「で、言うわけだよ。”もしここを潰すのなら、協力しないか”と」
「協力……」
「警察側としては、ここを何とかしたかった、というのがあったァァ……。実際に、麻薬取引の温床などになっていたからなァァ~~。だがよォォ……ここはゲームの中で、同時にオンライン上のれっきとした公然の場所だァァァ……。だから、少なくとも表面的には”正々堂々”と戦って、ここを奪う必要があったんだぜェェェ……」
「そこで利害が一致した、と?」
「そういう事です。どうしても強力なプレイヤーに味方となってもらう必要がありましたからね。それも、事が公にならないよう、彼らと同じ悪クラスのプレイヤーに、ね」
「でさ、オレ様としても、ソロでやるよりは雑魚でも味方の数が多くなってくれるほうが勝率が上がるからァ、メリットがあった。だから、手を組んだってワケ」
「そういう事だったんですか……あれ? でもそれだと、先輩はどこで入ってくるんですか?」
ラクがサイモンの方を向いて言う。
「こいつは”2代目”なのさ」
「2代目?」
匂坂から言われるとサイモンは言った。
「実を言うとな、匂坂さんがここの実質的なボスなんだが……事情があって、オリが次の、ここのボス役をやる事になったのさ」
「つまり、交代したって事ですか?」
「そーいうコト。ちょっと長く出かけたくなってね。単純に、オレ様がここを空けるから、代わりって事で白羽の矢を立てたのが……コイツさ」
「なるほど……でも、なんでサイモンさんに? 強さだけなら、シエラさんとかガンテスさん辺りのような気が……」
「てンめェ、失礼な事を言いやがるな。オリだって強いっての」
「す、すみません」
「まぁ確かに兄貴や姐さんのほうが強いのは間違いないけどよう」
サイモンが拗ねたのを見て、軽く笑ってから匂坂は言った。
「オレ様の代わりになれる条件としては、そこそこ悪人街に長く居ついてて、まぁまぁ実力のあるヤツであること。そして街の事に精通していて、何より”交渉力”に長けた奴。その条件で絞っていったら……丁度こいつにぶち当たった、ってわけだ」
「最初、話を頂いたときにゃ、ウソかと思いましたよ。この街に”調停”なんて仕事があったとか……」
サイモンが言うと、シーカーが応えた。
「まぁだがよぉぉ……お前さんは期待通りの仕事をしてくれてるぜェェ……俺らとしては、今の所問題はねェ」
「仕事って……どういう事をやっているんですか?」
「色々だ。ただ一番の仕事は情報屋だ。オリはこの街のあらゆる情報を収集してる。特に入ってきた奴らの情報を、だ。それで、リアルの情報と結び付けて、いざって時にはこいつらにある程度の情報を教えてやる、って感じだ」
「でも、それは……裏切り行為になるんじゃないですか?」
「あくまでもこいつらとやってるのは”取引”だ。オリとしても、逆にサツ側の情報を流してもらったりもしてる」
「そうです。相互協力関係ではありますが、同時にビジネス的に対等な関係という事です。我々としても、全くパイプが無い状態と、この……不健全ではありますが、やりとりがある状態では後者の方が都合がいいのです。犯罪の全てを防ぐ事にはなりませんが、凶悪化には大きく歯止めがかけられますからね」
「実際よォォォ……俺がさっき言ったテロ計画の発案者。最初の発覚時は捕えられなかったが、二度目に計画された時には、匂坂からの情報で捕縛する事ができたんだぜェェェ~~……」
「へぇ……そういう事なんですね」
ある程度の犯罪を黙認していると同時に、余りに凶悪な犯罪の温床となる事を防止する目的で、相互に協力する……というのがこの悪人街の隠れた裏の姿であった、という事なのだろう。
「さて、そろそろじゃあ本題に入るか」
「本題?」
「おみぃがここへ来た用件だ。ディバルのヤツからの使いだってのはもうわかってる。用件もここの情報が欲しかった、とかその辺だろ?」
「いえ、違います。実は……」
ラクはここへとやってきた理由を話した。
現在、北海道へとモンスターが謎の侵攻を行ってきている事と、それの応援をここの人間に頼めないか、とディバルから依頼された内容だ。
「ああ、あれの応援をやれって話か……」
サイモンは目を瞑って数拍置くと言った。
「断る」
(やっぱりダメか……)
この答えはある程度予想していた。
考えれば当然とも言える。
悪クラスのプレイヤーは、街から容易に出る事はできないのだ。
身分を隠しながら、外へと出て戦う事は可能だろうが、相当な労力が必要になる以上、旨みが無い状態でやるとはとても思えない。
それは、今まで掃除屋として戦闘に参加してきたラクには、充分わかっていた事だった。
「……と言いてぇ所だが、おみぃの返答次第だ」
「えっ?」
「オリはおみぃの正体を知りてぇんだ。なんであんなチートを使えるのか、ってのが謎のまんまだからな」
サイモンが言うと、シーカーも続けて訊ねた。
「俺もそれを知りたいぜェェ……俺は、プログラムには精通してる方だが、クエイにやったあのチートは、どうやっても同じ事はできねぇし、出来るヤツも知らねぇ……ただの学生に、何故あんな事ができるのか、どうしてもわからねェんだぜェェェ……」
「それは……」
「何も隠す必要はありません。あなたが本来の意味のチーターでは無いという事も、高校生としてどこの学校に所属しているかも、既に調べをつけています。ただ……チーターとしては犯罪歴がまるでなく、ハッカーとしても不自然すぎる経歴しか持っていない」
アズールは納得が行かない風に言う。
「一体、あなたは何者なんですか? 管理者権限を持つクエイと渡り合ったあの能力は、一体どこで、どのような経緯で手に入れたのですか? それが、どうしてもわからない」
(……話すべきだろうか?)
ラクは迷った。あの事について、話をしても良いものだろうか、と。
ファシテイトは―――実は電子知性と呼べる存在が、作り出したものである事。
人知れず”意識不明事件”に巻き込まれていた事。
そしてその事件に巻き込まれてこの能力を手に入れて、電子知性の1人であるマルールと出会い、キャラクター・チェンジの能力を手に入れたこと。
目の前にいるのは警察の人間と、国の中枢で働く人間である。
ここで彼らから力を借りる事が出来れば、かなり大きな力になってくれるだろう。
しかし―――話そうとして、ラクはあることを思い出した。
(待てよ……確か……)
以前、雪山に行った時、ファシテイトの開発者「後藤」と話をしたが、その時に警察などへも助けを求めていた、という話をした事があった。
『ネットワークをほぼ全て掌握されてしまっているのだよ。だから、不審な電子メールなどは全て弾かれてしまう。事実……妻は何度か政府や警察へと助けを求めた事があったらしいのだが、どれも信号を傍受されて停められてしまい、失敗に終わったとの事だ』
(もしかすると、警察に届いたメールとかも、本当はあったのかもしれないな……)
このファシテイト上での通信は、全て傍受されている。
それは恐らく間違いないだろう。
今のこのメールなどではなく、直接話を伝えられる場面は大きなチャンスといっていい。
だが―――かといって警察を全面的に信用できるか、といえばそれは違うのではないか、と思った。
相手は、現実世界の人間の中にも入り込める存在であるのだ。
警察内部にも、同じように傀儡となっている人間がいる可能性もある。
(全部を話すのは危険だな……)
ラクは考えた末、全てではなく、一部をぼかして話す事にした。
何もかもを話してしまうと、危険な気がしたからだ。
ただ、逆にこの能力を見せておいて、何も事情を知らないのは、それも危ないと思ったのである。
「―――意識不明事件に巻き込まれていた?」
「はい。少し前に、ファシテイトのプレイヤーが、突然、意識不明になる事件がありましたよね?」
「確かに、そういうものがありましたが……しかし、あれは一時的なもので、1日か2日で殆どが回復したと聞いています。SGM社の方でも原因が特定されて、なんでも”ファシテイトとの同期パルスに不具合が……”とか言っていましたが……」
アズールが言うとシーカーが付け足すように言った。
「バグが残ってたんだァァ……声明によりゃあなァ~~。意識同期パルスのずれから、ずっと眠ったままとなってしまうってなァァ~~……で、二度目が無いようバグは修正された……と発表されて、それで収束したはずだがよォォ……」
「違うんです。あれは回復したんじゃなくて、意識を乗っ取られていたんです!」
「乗っ取られていた……!?」
ラクがその事を告げると、二人の顔色が変わった。
「話してくれないか。君が遭遇したものが、何なのか」
ラクはそれから、意識不明事件に関しての事を彼らに伝えた。
あの時に、自分がファシテイトの中から戻れなくなった事。
ゲーム内から現実の自分の姿を見て、何故か普通に動いているのを見つけた事。
ただ―――それ以上の事は話さなかった。
「では君はその騒動の中で、いつの間にかそれを身につけていた、と?」
「はい。放り出された時に……でも、正確にはこれは、”貰ったもの”なんです」
「貰った……? 誰からだ?」
「それは言えません」
これ以上、言うわけには行かなかった。
ファシテイトで起こっている事の概要は話した。
だが、ワールド・マスターの存在と、開発者達の存在は伝えるわけには行かない。もし何かの拍子にバレれば、いかに彼らといえども身の安全は保障できないからだ。
「言えないとはどういう事だ?」
案の定、アズールが訊ねた。
全ての事情を説明してもらえると思ったのだろう時に、急に口をつぐむのだから、情報を出し惜しみしているようにしか見えないのだろう。
ラクは真剣な眼差しでアズールに言った。
「これ以上は、危険が及ぶ可能性があるからです」
「危険……?」
「はい。いかに警察の人だろうと、です。これ以上話したら、安全を保障できません」
ラクが神妙な面持ちで言うと、シーカーが顎を弄りながら言った。
「ふむ……興味深いなァァ……俺たちにも話せないとはよォォ……。それはつまり、どんな立場の人間にも危険が及ぶ可能性って事かァァ~~……?」
「はい。どんな人であっても、同じです。例えここに総理大臣がいたとしても、話す事は出来ません」
「……わかったぜ。これ以上は聞かねェェでおくぜェェ……ただ、最後にひとつだけ訊いておきてェ~~……」
シーカーは大きく溜息をついてから訊ねた。
「お前はよォォォ……SGM社と戦ってるのか?」
ラクは深く考えた後にゆっくりと頷いた。
すると呆れたような溜息と共にアズールが言った。
「しかし、あの事件について、SGM社から解明されていた原因というのは、やはりウソでしたか……妙だとは思いましたがねぇ。意識との同期なんて、一番最初にテストしておくべき部分でしょうに、何故今更不具合が、と思いましたからね」
「不正の隠蔽……って感じの、生易しいもんじゃあなさそうだなァァァ……」
「あの、ひとつだけ約束してください。今言った事は、ここだけの秘密にする、と」
「何故だ?」
「色々と自分なりに探ってわかったのですが、SGM社はファシテイトを通じてあらゆる通信を傍受することが出来るんです。そして、その中の相当な量を恐らくはチェックしています。メールや通話で、今言った事を連絡でもしたら、その瞬間に相手に知られると思ってください。それは、俺としては絶対に避けなきゃいけません」
ラクが言うと、アズールは喉を鳴らしながら言った。
「……なるほど。油断のならない相手という事か」
「すみません、こんな事しか話せなくて」
ラクが今までの経緯と、SGM社のことを話すと、サイモン達はそれ以上の事を訊ねず、話はここで一旦終了となった。
「いや、充分価値のある話が出来たよ。予想以上だった。そして、今回の事についてもね」
「今回の事?」
「私の部下が今回のような事態を招いてしまった事について、だよ」
アズールは申し訳無さそうに言った。
「今回、賞金稼ぎ達の攻撃が行われる、という事は事前にある程度把握していたのだが……まさか、ここまで大掛かりな仕掛けがあるとは予想できていなかった」
「俺もだ。全く不甲斐ねぇぜェェ~~~……」
「クエイの事は、知っていたんですか?」
「ああ。彼は”谷口”という。私の部下に当たる者で、電想公安機構という、政府の委員会を運営している1人だ。だが……前々から、彼と一部の者が機構に招聘している賞金稼ぎのプレイヤーたちを快く思っていないと噂されていたのだ。まさか、ここまでの恨みを持っているとは思わなかったよ」
「よっぽどだなァァ……こんな戦争まがいの攻撃を仕掛けてくるんだからよォォォ……」
「ああ……後で彼にはお灸をすえなくては行かんな。しかし……君は良くやってくれた。改めて礼を言いたい」
「えっ? いや、そんな……今回は俺のための戦いでもありましたし、そんな改まらなくても」
「いや……ここをもし、奴に奪取されでもしていたら、私もシーカーも、恐らくは正体がバレ、責任追及のために辞職処分となっていただろう。そして、再び外国人プレイヤーたちが横浜の電想世界を占拠する事となり、冗談抜きに日本の電想世界の治安が一気に悪化する所だった」
アズールはそう言うと、椅子に座ったままだがラクへとお辞儀をし、”ありがとう”と告げた。
形式ばった、深々としたお辞儀ではないが、恐らくは彼としての精一杯の謝意であることが伝わってきた。
「しかしよォォ……」
シーカーは腕組みをして言った。
「これからどうするかねェ~……前のあの騒動、原因が……あのSGM社だとすると、面倒だぞォォォ……?」
シーカーとしては、次の捜査のターゲットはSGM社となっているようだった。恐らくは、少しずつでも彼らの事を調べていくつもりなのだろう。
無理をするつもりではないようだが、彼は警察の人間であるからして、事件の原因を見てみぬフリとする気はないようだ。
「まー、当面はまず、北海道の方を何とかしなくちゃなんねぇだろ」
「え? それじゃあ……」
「協力してやるよ。オリらが直々にな」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ……掃除屋の奴らにはどう説明するんだ? おみぃ、多分、街を出て行くんだろ? ここへは潜入してきたんだからな」
「……はい。北海道のある街に、ちょっと用があるんです」
「ってことは、街から完全に出て行かなきゃダメって事だ。掃除屋も抜けて、悪人街からも抜ける。これってよう、結構大変な事だぞ」
サイモンの言う通りだった。
悪人街に入り込むだけならば、そこまで難しい事ではない。
悪事を働いて、逃げ込むだけでもいい。
ただ、出て行くとなると簡単にはいかない。
ディバルがブラックリスト登録を取り消し、自分の身分が悪クラスとして相応しくなくなったあと、ここから抜ける……というのが一番難しい事だ。
ここの情報をある程度知っていて、人間関係も出来上がって居るとなると、簡単に出してくれないのは容易に想像できた。
「それは……考えて見ます。全てを話さないとダメなら、話すしかないかな、と」
「それは止めとけ。正直に話しても、何もいい事なんてねーぞ。おみぃが考えてるより、ここのルールはずっと厳しいんだぜ」
「……そうでしょうか」
「”今まで隣で仕事してた奴らが、実は全然関係ないやつでした”なんて言ったら、誰だって気分が悪くなるに決まってる。兄貴や……そうだな。K.Kのヤツなんかは、怒り狂って、その場でお前を始末しちまうかもしれねぇ」
「うっ……」
考えたくは無かった最悪のケースに、ラクは思わず声を漏らした。
「ま、その辺はおみぃの手腕次第だ。さて……話も終わったし、また下の方に戻るかね」
「そうですね」
「俺はもう出ます。そろそろワールドアウトしないと、いい時間になってそうですので」
「そう言わず来いよ。”悪党の宴”なんてそう経験できるものじゃない。ここを出る前に一回は味わっておいた方がいいぞぉ~?」
「……」
ラクは帰ろうかと思っていたが、確かに悪くは無い経験かもしれないと思い、そのままサイモン達と階下へと戻り、しばし祝勝の宴を満喫した。
その為か、ワールドアウトして現実の家へと帰ったのは、本当に夜遅くとなってしまった。




