64:裏の裏の裏の調停者
荒金靖樹ことラクォーツは、悪人街の元締めである「ゲダム」を探し出す為、”悪人街”の防衛戦へと参加した。だが戦いの中で突如として割り込んできた「クエイ」と呼ばれる政府高官が率いる陣営に、悪人街の大半の人間が捕えられてしまう。
彼らの目的はエクスクモを倒し、政府機関より排除する事だった。
それに気付いたラク達は、エクスクモと協力し、彼らの作戦を阻止する事にしたが、クエイがチート・コードを使用し、窮地に陥ってしまう。
だがグンバが使用したキャラチェンジの効力は、クエイよりも上であった為にチートを打ち破る事に成功した。
グンバことラクォーツは戦闘後に疲労で倒れてしまい、その数時間後に目覚めた―――
(文字数:14552)
おぼろげな空間の中で、自分は涙ながらにこう言われた。
「リーダー。いや、”スクモ”。あなたが負けたから……負けたからこうなったんじゃないですか」
ギルドのリーダーを決める戦いを挑まれ、負けた後、自分はギルドをすぐに追放された。
そして数日後、ギルドが解散させられていると聞いた。
不自然さに気付き、1週間ほどしてやっと会えた元メンバーに会った時、言われた時に、敗北がどういう結果を招いたのかを知った。
「みんな、強制的に契約させられていきました。僕も……これから海外の、名前も知らなかったところに、何ヶ月もいなきゃいけないって話です」
「バカな、ど、どういう事だ……!?」
「あの日、あなたが負けた後、新しくリーダーの座に付いた奴が言ったんですよ。”これからお前らは俺の商品だ”って」
スクモは絶句した。まさか、新人である人間がいきなりそんな事をするわけが無いと思っていたから。
そして、元メンバーから去り際に彼は聞いた。
「あいつは……今、噂になっている”ギルドを潰している人間”だったんですよ。知ってるでしょ?」
「え? ああ……なんでも、色んなギルドに乗り込んで、リーダーを潰してる奴らがいるとか……」
「その理由、金儲けの為だったんですよ。リーダーになれば、メンバーの移籍権限を扱えるようになるから、それでリーダーになったギルドのメンバーを売れる」
「し、しかし……ギルドのリーダーはどいつも普通、相当な強さの奴らだ、そんな都合よく行くわけが……第一、リーダーの権限を賭けての勝負なんて、受ける自体が早々無いはずだ」
「チーターだったんですよ。あいつ」
「何……!?」
「レベルが低ければ、何もわからない新人が、生意気なだけの戦いを仕掛けて来ているように見えます。そこでわからないようにチートの力を使えば、誰もなす術が無く倒されて、ギルドの権限を手に入れられるって寸法です」
そう言うと彼は自分の元から去っていった。
残った男はただ1人、自分が選択した過ちを後悔し続けた。
―――自分のせいではない。
彼が選択した事は、「ふとした事」だった。
生意気なだけの新人に、戦闘のいろはでも軽く教えてやろう。
そんな「他愛の無いこと」だった。
それが自分と、自分の作り上げた場所を壊す事になるとはとても想像できなかった。
そう考えると、とても男は自分を責めずにはいられなかった。
―――必ず、次こそは、絶対に仲間を守る。
男はそこでファシテイトの中に居た自分を一度殺した。
キャラ・データを削除して、生まれ変わるつもりで、男はゲームの中の自分自身を、そして自分の居場所と、仲間を再び作り上げた。
「さて……新しい名前はどうつけるか」
やがて男は―――ゲーム内で最も強力な賞金稼ぎとなった。
「そうだな……EXなスクモって感じで、”エクスクモ”とでも付けとくか。この名前を聞けば、思い出す奴もいるかもしれない……」
■
「う、うぅ……」
眠りから覚め、両目の部分を擦ると、少年の声が聞こえた。
「あっ! 起きた! 起きたよ、ギャロット!」
目の前に居たのは、自分のギルドの1人である「ハヤト」だった。
ハヤトの声を聞いて、ギャロットが傍へとやってくる。
「ギャロット、ナルミ、プリミア……」
「起きましたか……! 心配しましたよ」
「ここは……どこだ?」
「横浜のグランド・コバヤシホテルですよ。ファシテイト上の、ですが」
起き上がると、ホテルの豪奢な部屋の内装が目に入ってきた。
少し破損が目立つものの、ホテルの外周がメイン・ストリートに隣接している部屋ではないからか、外の破壊はここまでは及んでいないように見えた。
そして、部屋の中には自分のギルドのメンバーが座っていた。
エクスクモはギャロットに訊ねた。
「今、何時だ……あれからどうなった……?」
「今は……ファシテイト上では深夜の1時を過ぎた所です。あなたが戦闘後に倒れてしまって、大体3時間ほどですね」
「戦闘後? 今、どうなってるんだ? 何も思いだせん」
「憶えてないんですね。無理もありませんが……あの後、クエイが倒された後に、貴方も悪人街の人間に混じって、集まってきた政府軍の残党たちと戦い始めて、途中で疲労がピークになったのか、気を失って倒れてしまったんです」
「……そうか。あの後、参加したんだったか」
限界まで動いた後であると、ギャロットから説明されエクスクモは合点がいった。
だが普通ではなく、なんとなく「疲労のピークから回復した」という感じの奇妙な調子の良さだったからだ。
今のところは、すこぶる身体の調子はいい。
これなら、悪人街から脱出するぐらいの戦闘はこなせるだろう。
だがエクスクモは浮かれない表情のまま、ギャロット達に言った。
「……すまなかった。みんな」
「え?」
「俺の力が足りんばかりに、あんな目に遭わせてしまった。そして……クエイの奴にも、勝てなかった。もう一歩で俺はお前達に、取り返しの付かない怪我を負わせてしまうところだったかもしれない……」
エクスクモは申し訳無さそうに、俯いたまま言った。
いつもの傍若無人ぶりからは考えられないような姿だった。
「……いいんですよ。エクス」
「そうさ。あんなの、どうしようもないよ。まさかあそこまで大掛かりな攻撃を、身内って言うか、知ってる人からやられるなんて、わかるわけないじゃん。チートまで使ってきてさ」
ナルミとプリミアも彼らに続いて言った。
「だね。まさか……ここまでやってくるなんて。余程恨まれるような事をしてたの? 貴方は」
「あいたた……ねぇねぇ、エクス。早く帰ろうよ~。戦闘で思いっきり投げられたから、首が痛くて……」
仲間達からの言葉で、エクスクモは今までの自分の行いを振り返った。
賞金稼ぎ達のトップに君臨する為に、あえて傍若無人な振る舞いをやっていたが、結局の所、昔から自分は成長できていないのだ、と。
(……変わらないとな。また、同じ事が起きねぇように)
エクスクモは今までよりも精神を引き締めると大きく深呼吸をして、言った。
「さて……それじゃあ、プリミアも言ってるし、さっさと脱出しねぇとな。悪人街のど真ん中だってんなら、いつまでもいると危険だ」
自分達は賞金稼ぎである。
ここは悪人街の一角であり、言うなれば敵地のど真ん中だ。
今までは緊急事態であることもあり、この街のプレイヤーと共闘の形を取っていたが、戦闘が終わった今、長居している余裕は無い。
しかし、気合を入れているエクスクモへ、ギャロットが言う。
「急ぐ必要はありませんよ。今回の戦闘は”水入り”という事です」
「水入り?」
「掃除屋の幹部という方から、今回は賞金稼ぎ達との”正式な戦闘”はなかったという事にして欲しい、と。そして”こちらからしばらくは何も干渉しないので、安心してもらいたい”という内容のメールがありました」
「メール……? 誰だ、その幹部ってのは?」
「メールでの連絡だったので、どこの所属かはわかりません。”ゲダム”とメールの最初に名前が入っていましたが……」
「ゲダム……? そんな奴居たか?」
エクスが言うと、ハヤトが床に耳をつけて言う。
「実際、今……下の方で”パーティの準備だ”とか言って、沢山悪人街の奴らが集まってきてるけど、こっちに来る気配は無いよ。みんな下で騒いでる」
「そうか……だがまぁ、信用するのも程々にしてすぐに出るか、一応」
「そうですね。あ、装備はこちらにあります」
ベッドの下からギャロットがエクスクモが持っていた「メタル・イーター」を初めとする装備を取り出す。
防具なども修理されており、これなら問題なく使えそうだ。
「これ、どうした? ぶっ壊されてたし、確かクエイと戦ってた時に無くしちまったはずだが……これもゲダムって奴が?」
「はい。この部屋にあなたを担ぎこんで、しばらくして、部屋の前におかれていましたから。それと、メールには”ホテルから出る際は非常口から”という注意書きと、横浜エリアを抜けるルートの指示図入りのマップが入っていました」
「粋な計らいだな」
「私たちの装備もあるけど……爆弾でも仕掛けられてんじゃないの? 悪人街の奴らって、こんな親切なの?」
「まぁ、今回の戦闘で我々を漁夫の理を取るようにして倒す、というのは彼らのプライドが許さないのでしょう。恐らく」
準備をすると、足早にエクスクモ達は部屋の隅にあった非常階段に繋がる出口を開いた。
その際に、エクスクモは自分のベッドの仕切りの向こう側に寝ている人間を見た。
「こいつは……」
そこに寝ていたのは、悪人街で出会った「ラクォーツ」だった。
身体中に回復速度を上げるための包帯が巻かれている。
エクスクモと同じく、あの戦闘の後、彼も意識を失ってしまったらしい。
エクスよりも心なしかボロボロの姿をしていて、深く眠りこんでいた。
「300万の賞金首ですね。あの」
「丁度いいから捕まえていく? 今なら……」
「いや、いい。今回の戦闘は水入りだ。俺らもこいつを捕まえるのは止めとく。それに……こいつには借りがある。また今度だ」
「チーターなのに? 珍しいね。エクスが見逃すなんてさ」
ハヤトが言うとエクスクモはすぐさま言い返した。
「こいつはチーターじゃない。ゲーマーだ。下手すると……俺よりも上のな」
「ええ!? 嘘でしょ?」
ハヤトが驚いた風に答えると、エクスクモは鼻で笑いながら言った。
「軽い冗談だ。さて、さっさと出るぞ。まだここは俺達にとっては戦闘エリアも同じだ。油断するな」
彼が言うと、スターズのメンバーからは威勢の良い声が発せられた。
それを聞くとエクスクモ達は部屋から出て行った。
■
エクスクモ達が部屋から抜けていって30分ほどして、唸り声を上げつつ、ラクも目を覚ました。
「う、あら……? どこだ、ここは……」
部屋の中を見回していると、どうやらここは掃除屋の待機所になっている、あの場所である事がわかった。
「確か掃除屋の拠点になってる部屋、だっけ。あい、つつつ……」
ベッドから起き上がると、扉を開けてサイモンが入ってきた。
「ん? おっと、起きてたか。叩き起こしてやろうと思ってきたけどよう」
「先輩、あれから……どうなったんです? ちょっと憶えてなくて」
サイモンは、クエイとの戦闘の後のことを話した。
「それで……」
「大勝利ってワケだ。こっちの損害も多かったがな。これからここの1階で祝勝会さ」
「良かった~~~……これで負けてたら、って思うと恐ろしいですよ」
ラクがそこまでを言うと、ひとつ気になっていた事を思い出した。
「あれ? それじゃあ、あのクエイって人はどうなったんですか?」
「あいつか? あいつはな、祝勝会の”目玉”になってるぜ」
「目玉?」
「ま、後でわかるさ。それよりお前も来いよ。1階のフロアが丸ごと会場になってるから」
「わかりました」
「そんじゃな。あと……なんかよう、下でお前を探してる奴が居たぜ」
「探してる奴?」
「よくワカンネーが、メールした奴だとか何とか言ってたな。戦闘前になんか話したんじゃねぇか?」
それだけを言うとサイモンは部屋を出ていった。
1人、掃除屋の待機所に残されたラクは、政府軍との戦闘前に、とある人物からメールを貰ったことを思い出していた。
(戦闘前、って言ったら……!)
目の前に電子仮想ウィンドウを出し、そこのメールの履歴を見る。
”戦闘前にメールをしてきた人物”となると、1人しか居ない。
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掃除屋のプレイヤー全員に告ぐ。私は”ゲダム”。
自分で言うのもなんだが、横浜悪人街の掃除屋を―――
いや、悪人街の者全てを束ねる”フィクサー”とでも言うべき者だ。
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「ゲダムしか居ない。そうか……一応、戦闘自体は、こっちの勝利で終わったから、これで協力してくれるんだ」
当初、メールには”スパイダーを倒して欲しい”と書かれていた。
つまりはエクスクモを撃退して欲しい、という事だったが真の敵はエクスクモではなく、政府軍を率いていたクエイだった。
倒すターゲットが違ってしまったが、結果的に悪人街を防衛する事には成功したので、会ってくれるのだろう。
協力してくれるかまではわからないが、とにかく会うことさえ出来れば、交渉が行えるので、ディバルからの依頼は達成できるというわけだ。
(一体、どんな奴なんだろうか……)
ふらつく身体を引き摺りつつ、ラクも掃除屋の待機所から出ていった。
■
破壊されたホテルの1階は、最初とかなり違う構造になっていた。
壁などは壊れたままだが、瓦礫などが綺麗に撤去されており、エントランスの中央にはプロレスのリングらしい高台が設置され、中ではストロングがガタイのいいプレイヤーとプロレス・バトルに興じていた。
どうやら、見世物としての戦闘をやっているらしい。
(なんか、お祭りっぽい雰囲気だな……)
そしてホテルの外まで至る所に屋台やら敷物を広げて商売をしている人間がいた。
まるで夏の花火祭りか何かのような光景である。
ただ、誰がつけたのか、天井には巨大なミラー・ボールが輝いており、原色のライトが部屋の中を一定の周期で違う色に照らしていた。
以前、悪人街の顔合わせをする際に、とあるバーへと足を運んだが、あれをより豪華にしたような場所になっていた。
「フゴッ! フゴゴ!!」
リングの外で試合を見ていると、ストロングがこちらに気付いたらしく、リングの外へと顔を出して自分に話しかけてきた。
といっても、やはりマスクをつけたままなので何を言っているのかニュアンスはわかるが正確にはわからない。
だが、何となくラクには”楽しんでくれ”と言っているように聞こえた。
「まぁ、程々に楽しみますよ」
ラクが返すとサムズアップでストロングが返す。
その瞬間、後ろからストロングの首に腕が巻きつけられた。
「フゴッ!?」
「オラオラオラ! よそ見してんじゃねーぜ!!」
そのままストロングはリング中央まで引き摺られていくが、力任せにアームロックを外すと、そのまま相手の肩を掴み、ロープの方へと投げつけた。
「フゴーッ!!」
対戦相手の身体がロープに跳ね返され、ストロングの元へと戻って来ると、彼は腕を大きく振り上げて待ち構え、ラリアットを喰らわせた。
同時にリングを見ていた観客が大きく沸いた。
「いいぞストロング!」
「やっちまえ虎ー!」
ストロングがラッシュをかけ始めると、今度は歌が響き渡り始めた。
誰かが歌っているらしく、リング外の小さめのステージから流れてきている。
その方を見ると、ラクは再び見覚えのある人間を見つけた。
「ヴェネディアさん!」
リングの中心にいたのは、黒と赤のゴスロリ調のドレスに身を包んでいる少女。
掃除屋の「ヴェネディア」だった。
傍には彼女の歌目当てなのか、何人かの聴衆が回りに壁を作っていた。
そこにもラクは見覚えのある顔を見つけた。
(あれは……滝沢さんと、じゃがいもさんか……)
壁の中央部分には、滝沢とじゃがいもがヴェネディアの方を向いて立っている。
手には光るスティックを持っており、それを振ってヴェネディアを応援しているようだった。
(サイリウム、だったっけ? アレ)
やがてラクが近付いていくと、じゃがいも達が気付いたらしく、声をかけてきた。
「おや、300じゃないか。もう大丈夫なのか?」
「何とか……それより、ヴェネディアさんって、こういう所でも歌うんですね」
「いや。普通はこういう所じゃあ、やってくれないよ。限られた人しか入らない所じゃないと、集中できないからってね」
「え? それじゃあなんで……」
「あの戦闘の中で、一度歌ってみて、吹っ切れたって言ってたな」
「え? あ、そう言えば……」
政府軍が悪人街への大規模攻撃を仕掛けてきた中、プリミアが街中にステータスのブースト効果をかける”歌”のスキルを使ってきた時、ラクはヴェネディアにそれを打ち消してもらう為の”アンチ・ブースト”の歌を歌って貰うように頼んでいた。
どうやら、あのときに大勢の人々が戦う中で歌ったことで、ヴェネディアの気持ちに変化が起きていたようだった。
「300、君が頼んでくれたんだろ?」
「はぁ、まぁ……あの時はそれしか選択肢が無かったもので」
「感謝するよ。どうやらこれでまた、ヴェネ様のファンが増えそうだしね。ただ……羨ましいね。同時に」
「羨ましい?」
じゃがいもは拳を握り締めながら、悔しげに言った。
「そういう役目があったなら、是非僕にやらせて欲しかった……最高じゃないか! ヴェネ様の気持ちを変えてしまうような、大きな頼みごとをやるなんて……!」
「そ、そういうもんですかね?」
「ああ。正直、物凄く悔しいね。先を越されたような気分だ」
じゃがいもは手を前に出して、意気込みを語るように言った。
「だから……次にこういう機会があったら、そのときこそは、僕がその役目を果たす。君には渡さないからな」
「はぁ……」
じゃがいもはそう言い残すと、滝沢の方へと小走りで駆けて行った。
ヴェネディアが歌うリングの最前列へ、だ。
これからきっと、この騒ぎが終わるまでファン活動に勤しむのだろう。
ラクはアイドルに関しては、よくわからなかったが、じゃがいもと、声援を送っている滝沢からは、熱意を感じた。
(ファンをやる、ってのはハマると面白いものなのかもなぁ)
そこでラクは、結局、ゲダムの事を聞くのを忘れていたのを思い出した。
だが、もはやアイドル活動とファン活動に夢中である三人にこれ以上手間を取らせるのもどうかと思い、また別の誰かを探してみる事にした。
■
ラクが1階を歩き回っていると、やがて奥の方に、簡素なバー・カウンターが設置されているのを見つけた。
壊れているテーブルをいくつも適当に並べているだけのものだが、上にはタル型のビールサーバーが何個も置かれており、ビアガーデンのような場所となっていた。
(さしずめ祝杯を上げる場所、って所か……)
「おんやぁ? おいおい、新入りじゃねぇか」
「え?」とラクが声を掛けられた方を見るとそこには顔を赤くしたガンテスと、いつも通りのすまし顔をしたヤジマの姿があった。
「こっちにこいや。一緒に飲もうぜぇ!」
よく見るとヤジマの隣にはK.Kも居た。
どうやらガンテスに捕まってしまったらしい。
ラクは人探しをしている最中なので、断ろうとしたが、ヤジマが手を振って合図を送ってきた。
どうやら”断るな”と、言っているようだ。
(あ~……そういう事ですか)
周囲を良く見ると、ガンテスの周囲には人が座って居ない。
距離を開けて皆飲んでおり、飲んでいる面子もガンテスから目を逸らしているような素振りが見えた。
どうも、ガンテスは相当に酒グセの悪い人間であるようだ。
(ここは逆らわない方がいいか……)
ガンテスの隣に座ると、彼は運ばれてきたビールを一気飲みして、飲料を飲んだ後特有の大きな溜息を吐き出すと話を始めた。
「いやぁ~~~、今日は大勝利だったなぁ! お前のおかげだぜぇ、何せ最初の……」
(ん?)
ガンテスが話を始めると、ほぼ同時にヤジマが肘でこちらを小突いてきた。
ガンテスの話を聞いていなければならないので、最初はただ当たっただけだろうと無視をしていたが、やがて何度もこちらに肘を当ててくるので、堪らずラクは小声で言った。
(何するんですか。今ガンテスさんが話してるんだから、後にして下さいよ)
「彼奴との話はしなくても大丈夫である。もうこちらを見てはいない」
「え?」
ヤジマから”こちらを見てない”と聞いて、ラクはちらりと横目でガンテスの方を確認する。
すると、ガンテスはカウンターの中の方を見ながら、身振り手振りを交えながら、今日の戦果について熱く語り始めているところだった。
話自体は普通にしているが、喋るのに夢中になっており、確かにもうこちらを見ていなかった。
(ホントだ。もうこっち見てないや……)
「奴はただ機嫌よく喋りたいだけなのだ。適当に相槌を打っておけ」
「い、いいんですか? そんな適当で」
「いつものことだ。気にせずともよい」
「はぁ……いつもって、飲んだらこんななんですか? ガンテスさん」
「彼奴の酒癖の悪さはよく知られている。本当なら、この役目はPKギルドの人間が交代でやるのだが……」
ヤジマは水割りを軽くあおってから続けて言った。
「今日の戦闘は某のせいで少し部が悪くなってしまったからな……この役目を買って出る事にしたのだ」
「一度魅了を受けた事ですか?」
「不覚を取った。まさかプリミア殿があのような力を身につけているとは思わなんだ……」
「まぁ、対策してなかったら結構喰らいますからねぇ。しょうがないですよ」
「そういうものであるか」
どこか哀しげにヤジマは言った。
無様に催眠状態になってしまったことも恥だったのだろうが、それよりも好きな歌声の持ち主だったプリミアに裏切られた事の方が思いのほかショックだったようだ。
ラクは話題を変えるため、気になっていた話を切り出した。
「あの、そういえば……ジャグスとシエラさん、ニクロムの三人はどうなったんですか?」
「あの三人は……それぞれ処分を受けているのである」
「処分……って言うと、どんなのです?」
「ジャグスとシエラは”出直し”処分だ。ギルドの1プレイヤーとして、また最初から貢献を積む事となる」
ファシテイトのギルドには、”地位”が設定されており、高い地位についているほど、システム的な助力を受ける事ができる。
単純に能力がプラスされるというのもあるし、ダンジョンの攻略などをする際に例えば幹部クラスならば、拠点を作って回復などをする事が可能になる。
そしてリーダーになると幹部プレイヤーの任命などを行う事もでき、強い権限が扱えるようになる。
この「規模」と「権限」でギルドのシステムは成り立っているというわけだ。
「”出直し”か……」
ギルドのその地位が上下する際、地位が上がる事を”昇格”、下がることを”降格”というのだが、この”出直し処分”というのは、対象プレイヤーが、最も下の位にまで一気に降格させられる処分の事となる。
最も思い”懲罰追放”、”除名”の次に重い処分だ。
「あれ? じゃあニクロムはどうなってるんですか?」
掃除屋の「ニクロム」は、ジャグス、シエラと共に悪人街を裏切ったプレイヤーである。
ただ大きく違うのは、ジャグスとシエラは、半ば脅迫されて仕方なく手を貸して裏切ったが、ニクロムは悪人街の前の住人である外国人たちの1人であり
最初からここを破壊するためにクエイ達に手を貸していた部分が大きく異なるはずだった。
「それはな……」
ヤジマが説明しようとした時、K.Kが顔を近づけてきて指を差した。
「え? ”あっちに居る? メインだから?”」
ラクがK.Kの指差した方を見始めると―――突然、1階フロア全体に振動が響き渡り始めた。
軽い地震のようなそれに驚き、ラクが発生している方を見ると、先程までストロングが対戦を行っていたリングの中央が割れているのが見えた。
(なんだ……?)
そしてリングの中央から、別のステージがせり出してきた。
上がってきたステージの中央には、椅子に縛り付けるように座らされている
ニクロムとクエイの姿があった。
2人とも猿ぐつわがされており、何も喋れないようになっている。
「え!? なんであそこに?」
K.Kは”まぁ見ていろ”と動きを止めるようなジェスチャーをすると、彼もリングの方に釘付けになった。
ラクが何が起きるのかわからず、戸惑っているように、ニクロムとクエイも首を動かしながら周囲をキョロキョロと見ていたが、やがて、リングの上へと何人かの少女が上がった。
皆、水着のようなものを着用しているが、普通のものでなく布の面積が広い特別なものを着けている。
(水着……?)
何人かの少女はニクロムとクエイへと近付くと、彼らの喉元にナイフを突きつけた。
「しょ、処刑って事ですか?」
「まぁ、そんな所だな」
ガンテスが味気なく言うと、苦い顔をしてヤジマが付け足すように言った。
「まだ普通の処刑の方が生ぬるいのではないか? 某は絶対にあれの当事者にはなりたくないである」
「俺もだ。見てる分には楽しみだがな」
「?」
そして、最後に一人のプレイヤーがリングの上に上がった。
その姿を見た瞬間、会場が大きく湧き上がった。
同時に―――ニクロムの表情から血の気が引いた。
「さてさて。これからぁ、お楽しみの時間なんだからねぇ~」
リングに上がってきたのはリリルだった。
彼女もまだ戦闘での傷が癒えていないのか、包帯で所々が覆われているが、声からは不調の感じはしなかった。
「あれ? リリルさんですか?」
意外そうにラクが言った。
これから”処刑”という事だったので、おぞましい死亡処理でも行われてしまうのか、と思っていたが、リリルは武器などを一切持っていなかったからだ。
リリルはぺろっ、と舌を出して舐めまわす様に二人の傍に居る少女達に猿ぐつわを外すように指示した。
そして喋れるようになった途端、クエイが訊ねた。
「何の真似だ? これから……何をするつもりだ」
「端的に言うと処刑よ~? あなた達には、ものすご~く痛い目を見せられたから」
「処刑だと? ハッ、私は知っているぞ。通常のファシテイトのゲーム中のプレイは、どんな風に殺害されても痛みがそのままフィードバックされないようになっている。もう痛覚制限は元に戻っているから、仮にここで首を飛ばされようが、問題はない」
得意げにクエイは言った。
するとリリルはにやけた表情で言った。
「そうね。その通りよぉ。でもね……」
リリルが話を進めようとすると、ニクロムが突然暴れ始めた。
「や、やめろ、やめろ……あ、あ、あれをやる気なのか!!」
ニクロムは椅子を上下に激しく揺らし、戒めから逃れようとするが、がっちりと縄で縛られている為、逃げようが無い。
その姿を横目で見て、クエイは彼の異様な”恐怖”を感じた。
「やめてくれ!! お、俺は……”アレ”をやられて”再起不能”になった奴を何人も見てる! お、お願いだ、止めてくれぇっ!!」
(な、なんだ……? こいつ、何をそんなに恐れている?)
「あらら、ニックちゃんはこれからどうなるのかわかってるみたいね~」
「フン……下らん。私はゲームから抜けさせてもらう。せいぜいやっているがいい」
クエイは仮想電子ウィンドウを開き、思念入力でワールドアウトを選ぼうとしたが―――ボタンを押せない。
ボタンの色が暗くなっており、押しても反応が無かった。
「ん……? 何? 何故出れない?」
「今ねぇ、あなた、武器を持ってるのに気付いた?」
「武器?」
クエイは気が付くと、手に短刀を持っていることに気付いた。
どうやら、最初から後ろ手に持たされて縛られていたようだった。
外れないように、手に武器を持った状態でがんじがらめにされていたようだ。
リリルは続けて言った。
「それでねぇ、ナイフを首に突きつけられてるでしょ? これってどういう状態になってるかわかる?」
「どういう”状態”……とは?」
「ファシテイトのワールドアウトはねぇ、いくつか出来ない場合があるのよ。そのひとつが”戦闘状態”であること。武器を持ったプレイヤー、もしくは敵意のあるモンスターと出くわした時に、対象者が同じく武器を持つとぉ~、”戦意がある”ってみなされて、その間はワールドアウトできないの。”終わるまで”ね」
「つまり”逃げられない”という事か」
「そうそう。それでね。あなた……さっき痛覚制限がどうたらって言ってたけど、そもそも私はチートなんて使う気は最初からないの。第一、ここで使うためにプログラムのプロテクトを解いたら、あなたに逃げられちゃうしね」
「くっ……」
クエイのチート・コマンドは封じられていた。
何度か既に彼は発動を試みたものの、あの戦闘の後に閉鎖領域が閉じた後、シーカーによって何重にも街にコマンド・プロテクトが張られた為、チートコマンドは使用不能となっていたのである。
「それでねぇ、このファシテイトって、痛みだとか睡眠だとかの感覚の制限がされてるけど、緩いものもあるのよね」
「緩い、制限……?」
「そう。それはね、”快楽”の制限よ。楽しい事、そして”気持ちいいこと”は、比較的に緩い制限になってるの」
リリルはそう言うと、突然―――歓声が上がった。
「うおおおおおお!!」
「いいぞぉぉぉぉ!!」
会場の至る所から声が上がったのは、リリルが着ていた服を、雰囲気たっぷりに脱ぎ始めたからだった。
「さて……そろそろはじめよっか」
「なっ……!? 何だ……!?」
リリルは艶やかに、色気を振りまきながら上着を外し、身につけていたスカートやら靴下やらをリング状に脱ぎ捨てていく。
ひとつが外れていくたびに、歓声はより大きくなっていった。
そして、クエイとニクロムに刃を突きつけている者を除いた他の少女も同じように服を脱いでいく。
「な、何をしている! どういうつもりだ!!」
クエイが慌てて激昂すると、リリルはもう”最後の下着”を外そうとしているところだった。
リリルが手を止めると、彼に向かって言った。
「私はねー……”抜骨”ってあだ名があるのよね」
「ばっこつ……? 骨を、抜く……?」
「その由来は、ここ悪人街のひとつ”娼館街”の元締めだから。そして、一番”テクニック”があるからよ」
リリルはそう言うと最後の下着を脱ぎ捨てた。
同時に、リング上に強くライトアップがなされ、クエイは正面から少女の肢体を見た。
逆行で細かい部分はわからないのだが、リリルの身体が影のようになって、自分の目の前に立っているのはわかった。
「う……うぉ……!」
やがてクエイの首に刃を突きつけている少女が、クエイの服も脱がせ始めた。
盗みの能力を応用しているのか、クエイ自身は動いていないのに、まるでテーブルに食器が乗っているのに、全く食器を動かすことなくクロスを引き抜いていく人間のように、鮮やかに服を外していく。
そこまで行くと、流石に彼にも”次に何が行われるのか”がわかってきたのか、額に汗が滲み始めた。
「ま、ま、さ、か……!!」
「さてと、”搾っちゃおうかな”」
■
「うっわ……」
ラクは遠目からリング上で始まった”処刑”を見ていた。
クエイは叫びか悲鳴かよくわからない声を上げており、ニクロムも同じくしてリリルの従者たちから同じように”処刑”をされ始めていた。
ガンテスが口笛を吹いてから”怖い怖い”という風に言った。
「おっそろしいモンだぜぇ。男にとってアレ以上の処刑はないな」
「前の奴は三日は立てなくなったと言われていたであるな」
「それは確かよぉ、リリルの右腕のやつがヤった方だろ? リリル自身にやられた前の奴は、もう姿を見てねぇぜ」
「そうだったであるかな」
(先輩が”気をつけろ”って言ってたのはこういう事だったのか……)
前にサイモンから”リリルには特に気をつけろ”といわれた事があったが
その意味をラクは痛感した。
そして、二度とリリルには関わりたくないな、と思った。
少しだけ羨ましいな、とも思ったが、恐らくアレ以上の”快楽処刑”はないだろう。
自分がやられたら、冗談抜きに人生が狂ってしまうかもしれない。
「あの、そういえば……人を探してるんですけど、知りませんか?」
「人?」
処刑が始まったのをいい機会だと思い、ラクはゲダムの事をヤジマに訊ねた。
それらしい人間を見ていないか、と。
「ゲダム……前に言っていた奴であるな」
「俺をここのフロアで探してるらしいんで、どこかにいると思うのですが……」
「悪いが……知らぬな。それらしい奴は見ていないである」
「そうですか……」
がっくりと肩を落とすと、ガンテスが思い出したように言った。
「探すっていやぁ、サイモンの奴がお前を探してたぞ」
「え? 先輩が?」
「返したいものがあるから、上の待機所に来てくれってよ。さっき言ってたぜ」
「返したい? もしかしてあれのことかな……?」
「行ってやったらどうだ? この”祝勝会”が終わるまで、ちょっと時間があるしよォ」
「う~ん……じゃあ先に行きますか」
ラクはそう言うとガンテス達の居るカウンターを後にした。
そして歓声と嬌声が上がる、背徳感にまみれたフロアを抜けて、いつものロッカーを通って掃除屋の待機所へと上がっていった。
昼間の戦闘で小型エレベータが壊れている為、直接ダクトを上がっていかないとならなかったが、身のこなしも悪人街で鍛えられた為、そこまで苦労はしなかった。
「えーと……ここだな」
ロッカーから抜け出ると、アジトとなっている隠し部屋の中に入った。
すると―――思いもしない光景を目にした。
「あれ? なんで……他の人が?」
部屋の中は薄暗くなっており、昼間に壊された壁の部分と、窓に黒い幕のようなものが張られていた。
そして部屋の中には椅子が円形に並べられており、その一つにサイモンが座っている。
だが、座っているのはサイモンだけではなかった。
「来ましたか。待っていましたよ」
アズール、シーカー、匂坂の3人も同じように椅子に座っていた。
部屋は薄暗いのだが、中央にあるランプのせいか、人物は闇の中でややぼんやりと光って、浮かびあがっているように見えた。
「え、あ、はい……」
ラクはとりあえず空いている椅子に座り込んだ。
いつも待機所に置かれている簡素なものではなく、どことなく小さなソファのような、高級感のある椅子だった。
「さて、それじゃ揃ったからおっ始めるか」
「あの、返したいものって何ですか?」
「……おみぃよぉ、この状況でまだわかんねぇのか? どういう理由から呼ばれたか、ってよぉ」
「え?」
「なんつーかなぁ……おみぃはよぉ、カンが鋭いのか、鈍いのかよくわかんねぇ所があるな~」
頭をポリポリと掻きながら、サイモンはバツが悪そうにしていたが、説明するのが面倒なのか、手を振りながら言った。
「ま、とりあえず自己紹介と行くか」
「では……私は”電子操業省電子仮想世界担当課統制官”の菅田爾と申します」
「……え?」
アズールが言うと、ラクは固まった。
確か”電子操業省”と言ったが、何の事かわからなかったからだ。
しかも最後に”統制官”と言ったようにも聞こえた。
政治の事には詳しくはないのだが、統制官というのは、確か大臣の下についている、実質的な省庁職員の統括人だった憶えがある。
クエイのような官僚たちを束ねているかなり偉い役職……のはずだ。
(ま、まさか……リアルネーム? 嘘だよな)
「俺はァァァ……電子公安局本部第1課ファシテイト内警邏隊部長の”徳山”だ」
そしてシーカーは”電子公安局”と名乗った。
要するに警察のファシテイト担当課の、中央の中の中央の名前だ。
「け、警察……ですか? いやいやいや。何を言ってるんですか?」
ラクが訊ねるとサイモンが答えた。
「何も嘘は言ってないぜ? 2人ともマジもんのリアルネームと、リアル職業さ」
「まぁ、冗談を言っているようにしか聞こえないでしょうね。最初は」
アズールは溜息をつきながら言った。
そして大きく電子仮想ウィンドウを出して、自分の身分証明らしい警察手帳と、バッジを見せた。
ラクは本物の警察手帳やら、官僚がつけるバッジやらには詳しくないが、確かにドラマなどで見た警察手帳と、クエイがつけていたようなバッジの少し細工が豪華になったものが表示されていた。
「しかしシーカー。おみぃ結局、こいつの身元が割れなかったな」
「いいやぁぁぁ……割れた事は割れてたんだぜぇぇ……全部わかってんだがぁ~~……そこから先にすすまねぇんだ。不思議な事によぉぉぉぉ~~……」
「ど、ど、どういう事なんですか……!? なんで、警察の人と、政府の、官僚の……しかもクエイよりも遥かに偉い人が……!?」
「別にいいだろ。そこんところは。それよりも……おみぃ、結局、オリに何の用があって来たんだ?」
「え? 用? ああそれは、返したいものがあるからっていうので……」
「違う違う。”そっちじゃない”オリだよう」
「え? そっち……って……?」
サイモンは自分を指差しながら言った。
次の台詞を聞いた瞬間、ラクは時間が止まったように思った。
「オリが―――この悪人街の裏の裏の裏の調停人。おみぃが探してた”ゲダム”こと”ゴールド・ジェノサイダー”さ」




