69:北海道エリアへ(2)
荒金靖樹ことラクォーツは悪人街より抜けて、今の自分の目的である「マルール」を探す事を再開した。 しかしまだ場所は掴めず、その前に北海道にいる正体不明のプレイヤーを探す事をまず先に片付ける事にした。もうすぐ、北海道への全面攻撃が始まってしまう為だ。正体不明のプレイヤーを先に救助するには、どうしても先回りしなくてはならない。
靖樹は高校での授業を終えてから出発しようとしていたが、その前にとあるイベントを消化しなければならない事を思い出した―――
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次の日、真っ暗な牢の中でラクは目を覚ました。
どうやら、ワールドアウトせずにそのまま牢の中で眠ってしまったようだ。
(しまった……2日ぐらい寝てた、か……?)
しまった、と思った。これはモンスターになった時と同じパターンである。
ゲーム中でワールド・アウトしたつもりが、そのまま寝てしまった、という本来ならばやってはいけない行為である。(脳が完全に休まらない為だ)
二度目は絶対にやらない、とあの事件で散々決心したはずなのに、また同じ事をやってしまうのだから、情けない。
(今何時ぐらいなんだ?)
牢の並ぶ部屋の入り口から、僅かに朝日が差し込んできている。
昨日、ファシテイトで眠りに着いた時は昼終わりぐらいだったので、そのまま寝たとすると通常の睡眠時間の3倍ほどが、大体ファシテイト内で経っている時間のはず。
つまり、20時間~30時間前後ほどが経過しているはずだ。
(現実時間……で朝の6:45。で、ゲーム内で……朝の8時半ぐらいか)
やはり丁度、現実時間で7時間ほど寝てしまったらしい。
今日から北海道の攻略開始であるというのに、これでは先が思いやられる。
恐らくはまた長丁場になる事だろう、と容易に想像できる事なのに。
(気合を入れていかなきゃな……)
起きるとひとつの事を思い出して、メールを送ろうとした。
しかし―――ラクは文面を作っている最中に、手を止めた。
思い出したのは「マルールのメール解析の件」だ。
(そろそろ解析は終わってるかもしれないけど……ダメだな。やっぱり)
彼女の居場所を探るため、メール・データの解析を現在行っている。
それが、確か1週間ほどで完了する、と後藤は言っていた。
時間的にそろそろ結果が出ているかもしれないが……こちらからの連絡はやはり控えた方がいいだろう。
電子知性体であるワールドマスターは、メールなどの通信系も掌握しているので、不用意なメールは危険だ。
解析を行っている後藤は、確か「終わり次第こちらから連絡する」と言っていたので、それを待って、最低限の連絡に留めておいた方がいいだろう。
(まずは北海道の方を先に片付けるか)
サイモンは既に協力する気で居たから、二つ返事でディバルの申し出にはOKを出すだろうから、時間的には明後日頃に総攻撃が始まるはずだ。
その前に北海道の街「カチプト」に居る取り残されたプレイヤーへと、何とか接触しておかないとならない。
(無視は……できないよな)
極論から言うと、今回の件は無視しても構わない事ではある。
恐らくキャラ・チェンジを駆使しなければ、北海道に居るプレイヤーを賞金稼ぎ・悪人街連合が攻撃をする前に見つける事はできないだろう。
それはかなり危険を伴う事だ。
何せ今、北海道のモンスター分布図はかなり変化している。
どこでどんな凶悪なモンスターに出会うか、全く予想が出来ない。
その上、現在の自分やミツキなどのあの事件中に帰還できた者は、何故かプレイ中の感覚が増幅されている。
恐らくはワールドマスターが施したコマンドの影響なのだろうが、この状態でもし”死亡”した場合、どれ位の反動がこちらに返ってくるか、全く予想がつかない。
そんな中、わざわざ危険に飛び込む必要は無いのだ。
(あの境遇のままの人を、見捨てるわけには行かない)
だが―――それはゲーム内に取り残されているプレイヤーも同じだ。
ゲームの中に取り残されていた時の、あの絶望感は耐え難いものだった。
同じような状態に陥っているプレイヤーが居るならば、助けたい。
それに、もうほぼ全てのプレイヤーがあの状態から解放されているのに、北海道にまだ残っているというのが、気になっていた。
(マルールさんの行方の手掛かりにもなりそうな気がするし、やっぱり、会っておかないとな……)
ラクは学校の方へと移動するべく、牢から出た。
今日はどうしても学校の方で外せないイベントがある為だ。
正直、気乗りはしないのだが、リアルで登校する前に、学校まで移動してからワールドアウトしなければならない。
東京のプレイヤーモラル監視協会は、丁度東京タワーの下あたりにある。
学校へと移動するのは、直線にすればそれほど時間は掛からなかった。
校舎内へと着くなり、ラクは適当な場所でワールドアウトを行い、靖樹はそのまま現実でも学校へと向かった。
「そういえば……夏休みって今週末だっけ」
靖樹は登校中、じんわりと暑い空気が極まってきたのに気付いた。
早朝だけはひんやりとしているが、朝日が昇ると共に空気が一気に熱くなり、アスファルトやらコンクリートから暑い季節特有の匂いがしてくると、夏休みがもうすぐだと感じる。
海の日が今週金曜であり、丁度、今年の夏休みは休み前に前倒しのような形で訪れる事となっている。
それが靖樹には色んな意味で待ち遠しかった。
今は、出来るだけ時間が欲しかったからだ。
(夏休みになってくれれば、もうちょっと自由に動けるはずだ……)
今は学校に通いつつ、平行して電想世界での活動となっている。
自分は学生である以上、これはしょうがない。
だから行動ができる時間に限りがあるが、夏休みとなれば、これが一気に無くなり、探索などが進められるようになるはずだ。
そうなれば、マルールを探す件も一気に解決へと向かうに違いない。
(……でも)
しかし正直なところ、マルールを探し出す事は、更なる事件への始まりとなるような気がしてならなかった。ファシテイトがそもそも単なるゲームではなく、自分の知る「ゲーム」の範疇を大きく超えるものだった。
ならば、たとえマルールを見つけられたとして、それで今回の事件が収束するのか? と言われれば、そんなことはまず無いように思えた。
(……それでも、とにかく目の前の事をやっていかなけりゃ、何も始まらないよな……)
学校での授業などは、いつも通りだった。
気のせいか、自分へと向けられていたあの突き刺さるような視線は、いつもより和らいだような気がする。
(ギャロットさんが言ってくれたからかな……?)
しかし、何事も上手くはいかないもので、”その時”はやってきた。
■
昼休みが終わるとすぐ”今日最後の時限”とホームルームを残す所となった。
そんな時、担任がクラスの全員へと向けて言った。
「さて、それでは今日の最後……ファシテイト・リテラシーを行う。みんな、トイレなどを済ませて10分以内にインを行っておく事!」
担任が言うと、教室内が騒がしくなり、生徒達は思い思いにトイレに行くなり、すぐにワールド・インを行うなりし始めた。
靖樹もトイレに行って、適当に用を済ませると、自分の席へと戻った。
(さて、これさえ抜ければ……今日は終わりだ)
自分のアバターを学校まで移動させてきていたのは、このためだ。
今日は、学校での最後の授業に「ファシテイトの自キャラ」を使用しての授業があったからだ。
授業名は「ファシテイト・リテラシー」と言う。
たっぷりと2時間ほどが取られている授業で、つまりゲーム内では6時間ほどを使って、学年ごとの”試験”が行われる。
能力試験、製作物の披露、また戦闘能力実技などが行われ、現実に使用しているキャラの能力が計測されるのだ。
そして、ここでは学校ギルドの様々な面々の発表会が行われる場でもあった。
自分はもう除籍とはなっているが、流石に全校生徒の参加するイベントであるので、こればっかりは抜けるわけには行かず、わざわざ自アバターを持ってきたのだった。
(適当に流してればいいだろ。もう俺は部外者みたいなもんだし……)
実際のところ、参加する必要は自分には無いようなものだ。
学校ギルドからは除外されてしまっているから、これで内申点がどうとかギルド・ポイントのノルマが~というようなものは無視できる。
が―――今はやっとの事で賞金首のリストを外れた身だ。
一応、出ておいた方が身の潔白を証明する上でも安全であると判断した結果、こうして出る事にしたのだった。
「さて、それじゃあ適当にやっつけちゃいますかな」
ラクはそう言いつつ、試験を次々に受けていった。
まずは各種キャラの身体調査、そしてステータスの計測試験。
装備を外して、計測役の人間に全てのステータスを見せる為、プライバシー・ガードと呼ばれるシステムを一時的に無効化する。
「レベル……29? あれ?」
ラクのレベルが表示されると、計測をしていた人間が、意外そうに言った。
以前の計測から大幅に減ってしまっているので、おかしいと感じたのだろう。
「なんか君……えらいレベル低くなってない?」
「ちょっと事故があって、下がったんですよ」
「事故……ねぇ」
まぁ変に思うのも無理はない。
元の自分のレベルは49だ。半分前後まで下がるというのは肉体が完全に崩壊してしまうような攻撃を、100回近くは受けないと下がらないだろう。
そんな事をやるのはマゾか、よっぽど脱出できない状況に自分から入ってしまう初心者だけである。
(ま、苦しい言い訳だよな)
レベル50近くからの20低下など、普通は早々ありえない。
1年ではとても取り返せないような損失だからだ。
「次は製作物披露だ。各人、課題として選んだものを2時間以内に製作すること」
ステータスの測定が終わったら、製作スキルの試験だ。
課題として選んだアイテムの製作を行う。
提出されたアイテムは、学校の各ギルドにて使用される。
自分の担当は遠隔アイテム、特に銃弾をはじめとしたグレネード・アイテムなどの戦闘用消耗品だ。
(今日は重徹甲弾でもつくるか)
ラクはいつも自分が担当している銃弾の製作に取り掛かった。
レベルが下がっているのに伴い、スキル熟練度も下がってはいるが、微量なのでいつもの作業をこなすのには何も問題は無い。
作業には、問題は無かった……のだが。
「よくもまぁ顔を出せるもんだな」
(来たか……)
銃弾を作る為の金属プレス機の前で、材料の加工作業をやっていると隣で作業していた厚い外套を羽織った魔法使い風のプレイヤーが、こちらを見ずに言った。
ひとつ下の学年のプレイヤーだが、賞金首になっていた時のラクの印象が悪すぎた為に出た言葉だった。
「ホントだぜ。どれだけここのギルドが迷惑したと思ってるんだ。犯罪者が出たってだけでも大迷惑なのに、よりにも寄ってあのディバル様相手にやらかすんだからな」
「よせよ。もうリストからは外れてるんだ。誰かに狩られた後って事なんだろ」
「じゃあなんでレベルが下がってないんだ? 前より上がってるじゃないか」
「PKでもやって上げたんだろ。もう構うなよ」
(……)
ラクは言い返したい衝動に駆られたが、事の顛末を知らない彼らからすれば無理も無い台詞だ。
そして迷惑をかけた事も事実である。
ラクはぐっとこらえつつ、黙々と作業に集中した。
■
そして遂に、最後の戦闘技能訓練の試験がやってきた。
これは全学年の中で志願した二十名ほどが、校庭に設けられた対戦フィールドで一挙に対戦を行い、ダメージ量や撃破数などの成績を競うものだ。
全5回ほど、計100名が参加して行われ、勝ち残った者同士で最終的に1対1の勝ち抜き戦が行われる。
参加必須ではなく、基本的には学校ギルドの人間が、戦闘技能を全校生徒に披露する為に出場する。
(ま、今回俺は大丈夫か……)
ラクは参加するつもりはなかった。
ジャッジ・バトルの件でギルドより除籍処分となっているから、そもそも参加の必要が無いし、今は倒されると危ない予感がするので、必要のない戦闘は避けたかったからだ。
「えー、第2学年はアングラト、ジェスタ、カーネル……そしてラクォーツの8名! フィールドに上がってください!」
「……ん?」
今、自分の名前が聞こえたような気がしたが、呼ばれるはずは無い。
ゆっくりと今回は観戦に徹していよう……と校庭の席に居たが、やがて係員らしい人間がこちらまでやってきた。
「ラクォーツさん、呼ばれてるんですよ! 早く来てください!」
「え? お、俺も出るの? ギルドから除籍されてるのに?」
「何を言ってるんですか。登録されてるんですから出るのが当たり前でしょう」
「登録……? ど、どういう事ですか?」
「ギルドの方から出場登録が行われてるんですよ。このままだと、今回も逃亡扱いになりますよ」
「な……ど、どういう……?!」
よくわからないまま、ちらりとフィールドの方を見た。
すると、先ほど製作スキルの試験にて、自分の方に悪口を放っていた下級学年の一団がこちらを見ていた。
そこで―――ラクはやっと、自分がハメられたのに気付いた。
どうやら勝手に出場扱いにされてしまったらしい。
(やっぱりこうなるか……)
賞金首リストから、自分は既に外れており、身の潔白は証明されている状態だが、かといって印象が最悪なのが変わったわけではない。
だから多少は戦闘に巻き込まれるかもしれない、とは考えてはいた。
(しかし……こんな形で対戦に参加させられるハメになるとは)
一応、フィールドでのこのバトル・ロイヤル式の対戦は”トドメまでは刺さないように”というルールだ。
練習用のオフライン・エリアとは勝手が違い、れっきとしたオンライン上であるので、撃破までしてしまうとペナルティが発生するからである。
だから本気での戦闘は通常は無い。”通常”ならば。
(急いで準備しないとな……)
だが今回は事情が違う。
自分にギルドの連中から、ウサ晴らしの攻撃が集中するだろうと容易に予想できた。
報復を考えているのが、下級学年の一団だけだとは限らないのだ。
「わかりました。出場します」
「5分以内にフィールドに出てください。それから対戦が開始されます」
急いでラクは控え室まで行き、自分の装備と所持品などを整えてからフィールドへと出た。
■
対戦用フィールドは校庭のほぼ全域にあり、おおよそ全長が150平方メートルほどとなっている。
平均的な陸上競技場より、僅かに広いという感じだろうか。
現実での学校の校庭は、ここまで広くは無いが、学校エリアという特別な場所であるので、イベントなどが行いやすいように、少しだけ道路が狭くなっていて、代わりに学校のエリアが広くなっている。
「さて、相手は誰だ……?」
そしてフィールドには、いつもなら置かれていない大岩やら街の建物を模したハリボテやらが、土木学科の人間の手によって作られて置かれていた。
ただ平坦な状態だと、ソロ戦闘では遠隔タイプの魔法使いなどがどうしても不利になる為だ。
これなら隠れてやり過ごしてもいいし、距離を取りながら動く事も出来る。
(面子は、と……)
ラクはフィールドに出て、近くにあった廃車の陰に隠れるなり、自分の対戦相手の面々をチェックした。
出場者の全20名のうち、下級学年のギルド員が4名ほど、同学年の知り合いが2人。
そして……自分を除くあとの15人は上級生、つまり3年のプレイヤー達だ。
3年の人間は、全て学校ギルドでも別のグループなので、そこまで戦闘力は無いだろう。
学校ギルドの面々は、自分が所属しているグループが随一で、そのほかは”ある部”を除けば、大した戦闘力は無い。
(問題は下級生の奴らと、知り合いの二人か)
知り合いの二人は、田倉の”ジェノバ”と雪野の”イモービ”だ。
あの二人は自分と同じ調達グループの人間なので、話せばわかってくれる可能性は高い。
問題は……下級生の4名である。
(こいつらは気をつけないと……”戦闘部”だからな)
何故問題かと言うと、まず自分と同じグループの人間であること。
そしてメンバー表を参照し直すと、彼らは「戦闘部」と出てきたからだ。
戦闘部というのは、学校ギルド内でも他校などとの対戦に狩り出される”戦闘要員”だ。
調達やら生産系のスキルやらを余り鍛えず、ひたすら戦闘力を上げている奴らで、いわば電想世界での学校ギルドにおける”エース”達である。
(えー、サティファ、ベンジャー、ラクス、ビニッツ……どいつも知らないな)
しばらくギルドから離れていたので、正確なステータスはわからない。
流石に前線で戦っている2年、3年よりは劣るだろうが、それでもゲームの実力は年だけではわからない。油断は禁物だ。
ただ職業だけはギルドのデータにあったので、そちらから参照できた。
サティファが”火焔闘士”、ベンジャーが”魔導師”、ラクスが”錬金術師”、そしてビニッツというのが幽戦士というものであるようだ。
「とにかく、まずは田倉達を探すか……」
やがて、フィールド内で爆発音などが響き渡り始めて戦闘が始まったのを知ると、ラクはあっさりと田倉と出会った。
「うおッ!!」
「うわ! って……ヤスじゃんか」
目の前に出てきたのは、真っ白な地に緑色の神官めいた服装の僧侶だ。
豪華そうな金細工の杖を持っていて、戦場には似合わない格好をしている。
彼は田倉の”ジェノバ”だ。
実家が寺であるらしくて、神官の格好をしているとか言う話だ。
ファシテイト内にも寺はあるのだが、田倉は洋風のもののほうが好きらしく、敢えて神官のキャラを作っている、と聞いた事があった。
「た、戦うか……?」
田倉が金の杖をこちらへと向けて言った。
一応、彼は攻撃呪文をいくつか扱える上、レベルが今の自分よりも僅かに高い32だが、まず今の状態で戦ったらこちらが勝つだろう。
装備も戦闘経験も自分の方が上で、距離も5メートル離れていない。
遠隔タイプの職業で、この接近は致命的だ。
ラクはジェノバに自分の事情を話してみる事にした。
「いや、俺は戦う気は無い」
「へ? 戦わないのか?」
「俺は出場する気はなかったんだよ。勝手に出場させられた。だからこのまま不戦敗したいんだ」
「なんだ。じゃあ適当な所で降りれば……」
「いや、それはできないと思うんだ。だからちょっと力を貸してくれないか?」
「??、どういう事?」
■
ラクは自分が今、どういう状況に置かれているかを話した。
ギルドの面々に憎まれていて、恐らくはこれから1年が自分に手加減ナシの集中攻撃を仕掛けてくるだろう、という事。
そして今はある事情から、ちょっと死ぬわけには行かないから協力して欲しい、と田倉に話した。
「なるほど、なるほどねぇ……」
「信じてもらえるかはわからないが……頼む」
「なぁ、もし1年と3年を倒したら、ヤスはどうすんの?」
「俺は降りる。元々戦う気はないよ。死ぬ可能性がなくなったら、お前らに降参する。それで終わりになるはずだ」
「さっさとフィールドを出ちゃって、ってワケに行かないの? そのほうが手っ取り早そうだけど」
「それはやりたくはない。出来なくはないが……俺は一回、ジャッジ・バトルで逃げ出しただろ? もしもう一回それをやったら、どんな処罰を食らうかわからん。だから、逃げ出す腰抜けじゃないけど、戦闘の意思はないって示したいんだ」
「ん~、いいよじゃあ。協力する」
「本当か!?」
ラクが言うと、田倉はバツが悪そうに言い始めた。
「実を言うとさ、チーターの件も変だと思ってたんだけど、周りが怖くて、何も言えなかったんだ」
「えっ?」
「あの時、チーターだって決め付けられてたけど、お前、多分やってないだろ? 今まで同じ調達部だったけど、お前がチート使った所なんて全然見たことねぇもん」
「ん……うん。まぁ、ちょっと事情があってさ。似たような事はやったけど」
「それでお前を弁護したいな~って思ってたんだけど、幹部の奴らとか、殺気立っててサ。何も出来なかったんだ。それの代わりって言っちゃなんだけど、それぐらいなら協力するぜ」
「……ありがとう!助かるよ!」
「サダも多分、言えば協力してくれると思う……けど」
「?、けど、って?」
「いやサダもおいらもだけど、調達部じゃんか。下級学年の奴ら相手だったとしても、戦闘部が4人だと勝てるか微妙だぜ?」
「そこは俺がやるよ。ちょっと色々と憶えてきたからな。2人までなら自信がある」
「ぐわぁぁぁっ!!」
ラクが言い終わると、すぐ隣の方向から聞き覚えのある男の声がした。
雪野こと”サダ”の声だ。
「やべぇ、サダやられてんじゃね!?」
「急ごうッ!」
ジェノバと共に、大きなアパートを模したハリボテの横手に回ると蹲る人影と、2人の姿が見えた。
力尽きそうになっているのは、茶色の厚い鎧に身を包んだ騎士の”イモービ”。
どうやら自分と会う前に誰かに襲われてしまったようだ。
(まだやられてはないか……あの2人は誰だ?)
表示を見ると、すぐに名前が表示された。
「おんやぁ……?」
「シッシッシ、アレじゃないのぉ? 逃げた2年のラクォーツって?」
周りに倒されている3人と、蹲っている1人の他に二人が居た。
真っ赤な鎧を胴体部にだけ来た戦士姿の少年、そしてもう1人は四つん這いになってこちらを見ている、奇妙な姿の男だ。
(サティファ、ビニッツ……って事は)
どうやらあの赤い鎧の少年がサティファで”火焔闘士”。
もう1人がビニッツで”幽戦士”のようだ。
頭と手足に具足がついているのだが、それ以外が包帯に包まれていて、”武装したミイラ男”という感じの格好なので、戦士にはちょっと見えないが。
≪火焔闘士『サティファ・ニューレン』 -Flame Fighter-『Satifa_Newlen』≫
≪幽戦士『ビニッツ・ザグゥルド』 -Qlipho Warrior-『Binute_Zagouldo』≫
(幽戦士……って事は、多分地獄属性の奴か)
幽霊、飢餓などの負の名称が付く職業は大抵、属性に地獄、混沌、幻妄あたりを持っている。
悪クラスに多い傾向で、ドレイン能力や強力な状態異常を引き起こすスキルを持つので戦闘型である事が殆どだ。
「お、おいどうするんだヤス……」
「俺が相手をする。イモービの奴を隙を見て回復しといてくれ」
「ええっ!? お、おい戦闘部が二人相手だぞ!」
「大丈夫だって。レベル的には問題ない」
レベルは差が余り無い為か、すぐに表示された。
サティファが31、ビニッツが34だ。
自分よりやや上だが、どちらも装備が余りいいものではない。
装備の強化を適当にやっているのだろう。
(ちょっとキツめだけど、属性的にはまぁ何とかなるか)
一気にラクは突進していった。
火曜星の刃は隠して、サブ・ウェポンのナイフを二刀持ち、斬りかかる。
視線はビニッツのほうに集中し、サティファのほうは目もくれない。
無防備にも見える接近に、思わずビニッツが声を上げた。
「はぁっ!?」
ビニッツは四つん這いの状態から素早く起き上がって、手でナイフ攻撃を受けた。
鉄のグローブ……いや、カギ爪のようなものを装備しており、どうやら引っ掻き攻撃をメインにしているようだ。
(思った通り白撃型か。ってことは……どっちも闘士みたいなもんだな)
戦士とステータスには表示されているが、どうやらビニッツも格闘をメインにする闘士型のクラスのようだ。
つまり、至近距離での戦闘特化で、遠隔のスキルを余り持っていないという事だ。
(なら……一気に決める!!)
「キシシッ! お前バカじゃ……」
ナイフを受けているビニッツが反撃に回りそうになった所で、ラクはスキルを発動させ、一気に連続斬りを放った。
「四連割殺!!」
一呼吸での4連続斬りがビニッツにヒットした。
一気にHPが半分近く削られ、体力ゲージが”注意”を示す黄色の域へと下がる。
闘士型ならば、攻撃力と素早さに重点が置かれているので、防御力が低く、こうなるのも無理は無い。
しかし―――無理に攻撃した代償は大きかった。
「断頭裂断撃!!」
「火焔爆双剣!!」
ビニッツから反撃の、そしてサティファからは背後から、完全に無防備な状態でスキル攻撃を受けてしまった。
ラクは前方からの地獄属性の連続攻撃のみに集中し、防御を行った。
(ぐっ!!)
攻撃を行うと、サティファはすぐさま距離を取った。
だが離れてから彼は、自分が放った攻撃が余り効いていない事に気付いた。
「う……? な、なんだ……?」
ラクの背中には、炎属性攻撃で付く焦げ跡が殆どついていなかった。
防御を全く行っておらず、耐熱防具をつけているわけでもないのに、何故? とサティファは
首をかしげた。
攻撃には自信があった彼だが、相手が”あの事件”の当事者であった為、その結論を早々と付けた。
「てめぇ……またチート使ってやがるのか!?」
「何!?」
サティファが声を放つと、ビニッツが動揺した。
またチートを使われているのなら、驚くのも無理は無い。
ラクは答えずに、強引に更にスキルを連発した。
「十字斬!!」
「うぉっ!? や、やめ……!」
ラクは手を止めずに一気に技を連続で命中させ、ビニッツへと叩き込んだ。
「ぐ、ぅ、お”ッ……!?」
ビニッツは一気に体力が赤色の領域へと変わり、そのまま倒れた。
(よし……強引だったが、まず1人!)
この手の高スピード型の職業は、さっさと先に始末しておくに限る。
初手で倒せないと途端に厄介な相手に変わるからである。
1人を撃破した後で、ラクはサティファへと言った。
「悪いが―――俺はチート使いじゃあない。だから止めなかった。もう戦闘中だからな」
「お前……卑怯な!!」
「お前達1年だろ? 俺を勝手に出場するって登録したのは」
ラクが言うとサティファが一瞬、身体を跳ねさせた。
どうやら、図星であったようだ。
ラクは反応から犯人が1年の4人であると確信し、続けて言う。
「報復なのかもしれないが、勝手に人を戦闘に引きずり出してきて卑怯もクソもあるか! それに戦闘中にいちいち手を止めるほど、俺は甘い戦いはしない!」
ラクがそこまで啖呵を切ると、もう話し合いは無駄だと理解したのか、サティファは黙り、無言のまま斬りかかってきた。
ラクはナイフで、相手のロング・ソードを受ける。
「うッ!」
受けていると、サティファのロング・ソードが燃え上がり始めた。
やがて炎は剣を中心にして寄り集まり、丸太のような太さとなった。
まるで”炎のバット”という感じだ。
慌ててラクが身をかわすと、サティファは持ち方を変えた。
「何が……”チートじゃない”だ。火に免疫でもあるみたいな動きをしてるくせに、よく言えたな」
「お前……”火免疫”持ち、か? まさか」
「俺は”耐性”持ちだ。免疫なんてそうそう持てるか。それより……お前はどうなんだ? どう見ても耐性持ちには見えない。なんで俺の炎を受けても平然としてやがる!」
サティファからの問いかけに、ラクはゆっくりと腰に下げていた武器を前へと掲げ、言った。
「こいつのおかげさ。これのアビリティで、俺は炎攻撃に対して耐性を持ってる。だからお前の攻撃は最初は避けなかった。特化型みたいだから、どうせお得意の炎攻撃が飛んでくるだろうと思ってな」
「なんだそれ……!?」
「”火曜星の刃”だ。言っとくがチートで入手した装備じゃないぞ」
構内はオンライン環境であるので、チート行為は簡単には出来ない。
もし、違法行為で入手した装備を持ち込んでいたら、10分と持たずに修正プログラムによって武器が破壊される事だろう。
「??、だから……何なんだ?」
ラクが自信たっぷりに掲げた武器だったが、サティファにはどうやら価値がよくわからなかったようだった。
アーティファクトであり、超強力な武器は持っているだけで身を守る効果すらあるのだが、どうやらそこまでの知識はないらしい。
ラクは拍子抜けすると共に、呆れたように言った。
「お前……もしかして自分の職業の事にしか興味が無いヤツだな? 闘士の装備以外は、全く調べてないだろ?」
「あ、当たり前だろ! 全職業の装備なんて調べても……」
「意味があるんだよ。相手が何を身につけてるか、ってのは、それだけで戦況が変わるぐらい違ってくる」
ラクは親指を自分へと向けて言った。
「第一、そんなだから俺はこうして大した傷を受けてない。だが……武器を隠す必要も無かったみたいだな。装備も確認しないんじゃあ……」
「その武器が、そんなに強力だってのか?」
「強いさ。喰らう火の威力が10から6に落ちるぐらいにはな」
ラクが言うと、ようやくサティファもアーティファクトの防御力が理解できたようで、険しい顔になった。
だがもう遅い。1人潰して、1対1ならばどうとでもなる。
武器の特性を知らないなら尚更だ。
「くおぁぁっ!!」
火の剣技らしいスキルを発動させ、持っていた刀に炎を纏わせてサティファが突っ込んできた。
大振りの一撃をラクは回避して、反撃のために身構える。
「馬鹿がッ! もう一撃だッ!!」
だがサティファはそれを読んでいたらしく、剣を切り返してこちらへと爆風を放った。
どうやら元々、こちらがメインのスキルだったようだ。
ラクは正面から爆風を受け、炎に包まれた。
「ハーッ! いくら耐性付きでも、正面から爆風を受ければ……」
サティファが勝ち鬨を上げようとした瞬間、炎の中からラクがサティファへと向かって突進した。
「浅知恵だな……!」
ここで完全に無防備ならば、大ダメージとなっていた。
が―――耐性が付いている状態では、高熱、火のダメージが大幅に減少する。
サティファはまだ大ダメージ技なら、力で押し切れると思っていたようで、ここで突進してきたラクの一撃を刀で思いっきり受けてしまい、大きく後ろによろめいた。
「う!? おわっ!!」
『火炎珠!!』
ラクが★火曜星の刃を構え、呪文名を発声すると、紅蓮の火球がサティファの身体を包んだ。
そして内部で小さな爆発が複数起こり、水風船が壊れるように外側から一気に火球は破裂し、周囲に爆風を引き起こした。
「がッ……!!」
中心部に居たサティファは、大ダメージを受けながらも持ち堪えていたが、その後に追撃でラクの攻撃を防御できないまま受け、倒れた。
「耐性持ちには、属性攻撃だけじゃあ決定打にはならない事が多い。それぐらいは憶えておくんだな」
サティファのHPはほぼゼロの状態となっており、聞こえているのかよくわからなかったが、とりあえずこれで勝利なのは間違いないようだった。
ラクは二人ともを倒した事を確認すると、イモービとジェノバの方へと駆け寄った。
「大丈夫か?」
雪野のキャラ”イモービ”は、鎧を震わせながら言った。
「お、お前……えらく強くなってないか? ほんとにヤスか?」
「ちょっと鍛えられたのさ。それよりも……ちょっと話したいことがある」
ラクは冗談を言うように適当に流した。




