41:”無法”の体現者(3)
ラクォーツこと”ラク”は”ゲダム”と呼ばれるプレイヤーと交渉を行なう為、ファシテイトの中にある”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。
ラクはしばらく、悪人街にある”掃除屋”なる組織に加入してゲダムを探していたが、ある日、ラクは「悪人街が賞金稼ぎたちから総攻撃を受けている」というメールを受信する。
メールの主は謎だったゲダム本人であり、彼はラクが悪人街へとやってきた経緯を全て知っているようだった。
更にゲダムはメールにて、「この戦闘を収めてくれれば、姿を見せる」と書き残す。
ラクは危険度が高い依頼に足踏みをするが、ゲーマーとしてのプライドから、依頼を完遂する道を選んだ。
そしてラクは集合場所である詰め所があるホテルまでやってくるが、その前に二人の賞金稼ぎが現れ、戦闘は開始されていく―――
悪人街の朝方の空気はひんやりと冷たく、そして僅かに埃っぽい。
悪人街は高層ビルに囲まれているその下の方に点在しているため、仕方のないことなのかもしれない。
「はてさて、どう料理してやるか……」
ホテルへと入って数分後。
防火壁が閉まっている前で、それをなんとか破壊して入ろうとしていた二人組と、ラクは対峙していた。
「ふぅー……」
ラクは大きく溜め息を吐くと、気持ちをすぐに戦闘モードへと切り替え、エントランスまで二人を引き連れて移動し、そのまま戦闘態勢を整えた。
武器を引き抜き、相手の様子を伺う。
賞金稼ぎらしい二人のプレイヤーは、ラクを手馴れた様子で、挟み撃ちの形に持ち込み、それから攻撃の機会を伺っている。
相手は二人とも非常にオーソドックスな冒険者の格好をしているので剣士型のクラスだろう。
魔法攻撃などを一切使おうとする様子は無い。
ラクはそれを見ると、小さな声で呪文を唱え始めた。
「エン、ガイロン、サー、ズゥ、延界の瞬きよ、掃海の青よ。我が魂に応え給え……」
「……あん? なんだ、呪文か?」
(―――来るか!)
「いぃぃやぁッ!」
掛け声と共に、プレイヤーの一人がラクに斬り掛かっていく。
それを難なくラクは大型ナイフで受け止めるが、それを受けた直後に、もう一人が反対側から斬り掛かった。
それをラクはもう片腕で、”剣の握り手”を掴んで止めた。
「ウッ! な、何っ!?」
「どうやら二人ともスピードタイプみたいだが……」
言い放つと同時に、ラクはナイフで受けていた方を受け流して、蹴りで吹き飛ばす。
そして、もう片方のプレイヤーは掴み手を強く握り締めたまま、身体を寄せて、背負い投げの要領で、最初に剣士を蹴り飛ばした方向へと投げ飛ばした。
二人を重なるように移動させ、掌を限界まで広げた。
そして”照準”をすばやく合わせる。
「ぐっ!?」
「フェイントなしのスピードタイプなんて、怖くも何とも無いッ!」
ラクは腰を僅かに落とし、魔導攻撃を発動させる。
「な、なんだ!?」
掌に、ラクの身体全体から漏れ出た青色のエネルギーが収束されていく。
やがてそれは楕円型のものへと形を変え、ラクの起動の技名と共に、発射された。
「魔導炸果!」
高速で放たれた青色の魔導爆裂弾は、賞金稼ぎの方へと迷い無く飛来していき、ちょうど、その手前へと落ちるような形となって、大爆発を起こした。
―――ドッン!
ホテル全体が一瞬だけ振動し、その後すぐに一階に噴煙が舞った。
そして―――
「ふぅー……」
数秒後に粉塵の覆いが晴れると、賞金稼ぎ二人のプレイヤーが倒れている姿がそこにはあった。
着弾点の至近距離にいた為、当然ながら炸裂ダメージをモロに受けており、HPはゼロ。
即死の状態だった。
「戦闘力を上げる為に取得してみたけど……余り、連発は出来ないなこりゃ。消費が思ったより激しい」
ラクはこうして、アイテムすら使う事無く、あっさりと二人を沈める事に成功したのだった。
■
ラクは初心者に毛が生えたような賞金稼ぎのプレイヤーを撃破すると、誰も居なくなったホテル内にて、防火扉ドアを叩きながら、恐らくはその向こう側に居るだろう管理人を呼んだ。
「管理人さん! 居ますか! 返事してください! ラクォーツです! 援護に来ました!」
ノックをしながら中に居るだろう人間を手当たり次第に呼んでいくが、誰も応える気配が無い。
商業施設であるはずだが、周囲はやけに静まり返っており、遠くから戦闘時に聞こえる爆発音だとか、武器が打ち鳴らされているのか、金属音などが微妙に聞こえてくるばかりだ。
(居ないかな……?)
周囲が完全に戦闘状態に突入してしまっている為、既に逃げてしまったのかもしれない。
やがてラクが諦めかけた時―――防火扉が開いていき、中から一人の人間が現れた。
掃除屋ギルドの部屋の管理をしていた、あの老婆姿のプレイヤーである。
「ら、ラクちゃんだったのかい……」
よろよろと歩きながら、周囲を見渡して、ラクの他には誰も居ないところを見ると慌てて手招きする。
ラクがそれに従ってホテルの中へと入ると、すぐに老婆は扉を閉じていった。
そして、防火扉が閉まると、それにもたれかかるようにして、老婆は胸を撫で下ろした。
「ハァー……よかったよ、知ってる人が来てくれて」
「管理人さん、大丈夫でしたか。緊急掛かってるから、もしかしてみんなホテルに居るかも……と思って来たんですけど」
「本当に助かったよ。いきなり街中で戦いが始まるんだから……一体、何が起きたんだい?」
「えっ? 知らないんですか? ニュースでやってるじゃないですか」
「あたしゃ普段はテレビでしかニュース見ないんだよ。説明しとくれ」
「はぁ。まぁいいですけど」
ラクはニュースで流れていた事を話した。
この街全体に攻撃が行われている事、そしてファイブ・スターズなどの有名なプレイヤーも参加している事などだ。
「こ、こんな商業区にも攻撃が来るのかい? 信じられないねぇ。ここ、ゲーム用じゃないはずだよ?」
「悪人街全部ですから、無差別攻撃みたいなものなんです。再開発がどうたら……って目的で、それの妨害をする人間を排除してる、って名目で攻撃してきてますから。ハッキリ言いますけど、一般人でも容赦はまずありませんよ。あの様子だと。とばっちり避けたいなら、早く街から出た方がいいです」
「しかし、それだから皆集まってきてたんだねぇ……」
「え? どういう事ですか?」
「さっきねぇ、攻撃が始まる少し前に、掃除屋の人達が……たぶん全員と、他の所のメンバーらしいのが物凄く沢山入ってきてね。10分もしない内にみんな外へ出て行っちゃったんだよ。すごい形相だったよ。みんなね」
「あー……緊急だから……」
「ワタシも何か聞こうと思ったんだけど、みんな怖い顔してたから、聞けなくてねぇ。いや、でも、合点が行ったよ。アンタから聞いて」
「あの! ちょっと聞きたいんですけど!」
「なにかぇ?」
「どこへ行ったか、とかまではわかりませんか? 俺も援護にいかないとならないんです。掃除屋は全員参加だから」
「う~ん、そこまではねぇ……」
その答えを聞いてラクは顔をしかめた。
どうやら、自分は置いていかれてしまったらしい。
話す事も難しい様子であった為、管理人は行き先なども知らないようだった。
これではもう、どうしようもない。
「……」
ラクがこれからどうするか、という手を思い付けずに項垂れていると、管理人は何かを思い付いたように、拳を作って掌を叩き、言った。
「ああそうだ、議事録が残ってるんじゃないかい?」
「議事録?」
「前にサイモンちゃんに聞いた事があるんだけど、いつもの会議ってのは単純なエディタで内容の記録を取ってるらしいんだけど、重要な会議だと、ちゃんと別にデータを残してるらしいんだよ。詰め所まで行けば、もしかしたら何か残ってるんじゃないかい?」
「わかりました! 行ってみます!」
「それじゃあ、あたしゃ逃げるから、後はよろしくねぇ!」
ラクはそのまま、一回の例のロッカーの中へと駆け込み、掃除屋のアジトとなっている隠し部屋へと急いだ。
■
部屋へと入ると、ラクは部屋の中を探した。
部屋は大人数が集まった後だからなのか、少々物が散乱しているような感じが見て取れた。
その中から、議事録などの記録が残っていないかを探す。
「……あった!」
やがて、部屋の隅にあったキャビネットの中から大判の本を探し当てた。
これは一見するとノートのように見えるのだが、立体的な動画データなども記録できるファシテイト内で使用される記録用エディターの一つである。
それを開くと、議事録の内容と共に、立体的に映像が映し出された。
「部屋の中の映像……かな?」
本の上に浮かび上がった映像には、部屋の中らしいものが映っていた。
かなりの人数が集まっており、見た事の無い顔も大勢居る。
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部屋の中に、大勢の人間が集まっている中、滝沢とじゃがいもの両名が息をやや切らしながら入ってきた。
「なんだァ? お前らだけか? あの新入りはどうした?」
「はい……300の奴も同じぐらいにこっちに着いてると思ったんですが。やけに遅いですね」
「……まぁいい。逃げはしねぇだろう。それじゃあ、話し合いを始める」
ガンテスが中央に着くと、全員の面持ちが張り詰めた感じになった。
大事な話をする前の、独特な雰囲気が充満しているのだ。
「さて……メールである程度の通達は来てるだろうが、ここ横浜に、もうじき賞金稼ぎの野郎共が総攻撃をかけてくる」
ガンテスが言うと、部屋内が一気に騒然とし始めた。
「う、嘘だろう……? なんでまた」
「戦争やるってのか? 一体どうしたってんだよ」
今まで起こりそうで起こらなかった事が、現実として目の前へと現れてしまい、動揺しているのだろう。皆、一様に落ち着かない感じになっているのがすぐにわかった。
そんな中、ガンテスが追い討ちを掛けるように続く言葉を放つ。
「その上……先頭に立ってるのはファイブ・スターズだ。それも、リーダーのエクスクモ含め、全員が参加してきてやがるらしい」
「が、ガセネタじゃねぇのか? ファイブスターズが全員って……聞いたことねぇぞそんなの!」
「有りえねぇ! 何かの間違いじゃないのか?」
「情報源はどこだ!」
「静かにしやがれ!!」
その無駄口をかき消すかのようにガンテスは激を轟かせる。
部屋中が震えるような大声に、その場が一気に静寂に変わった。
恐らくは、同じ階の部屋全部に聞こえた事だろう。
「ったく……何をうろたえてやがる。今更よ。お前ら、それでも悪党か?」
「し、しかし……流石に奴らが相手じゃあ……」
「第一、信用できるのか? この情報は。掃除屋から発信されてきたが、発信者があの300万の奴だったぞ」
「……俺もその部分はよくわからねぇ。実を言うと、どいつにも別々に発信者の名前が入ってやがったんだ。ギルドを跨いででも名前が入ってやがってて、発信元がわからねぇようになってる」
「んなアホな。じゃあどこから……?」
「わからん。ハックされたか、匿名で誰かが何かの目的で流してきたのか……って所だろう」
「そ、そんな……そんな出所のわからねぇ情報、信用できるかよ!」
「……俺も同意見だ。だが……一応、念を入れて街の外の奴らに確認を取った所、このネタはマジモンだ。大勢の賞金稼ぎらしい奴らが、横浜へ向かってきてるって報告が入ってる」
「嘘だろう……!?」
「シーカーの野郎が弾き出した計算だと、おおよそゲーム内時間で1時間ぐらいで、ここら辺一体は戦闘状態になるはずだ」
「……そんな馬鹿な! なんでだ……!! なんでいきなり、そんな”コト”を構えようとしやがる……!? わからねぇ!」
部屋に居たほかのギルドのメンバーらしい人間が、机を叩いて不満を露にする。
戦いたくないのか、それとも余りにも意味不明な攻撃予告に、戸惑いを隠せないのか。
そんな様子を見ていたヤジマが言った。
「わかるわからんは無駄な話である。答えはすぐには出ん。今、大事なのは―――この攻撃に如何にして備えるか? なのではないか?」
「その通りだよ。ヤジマさんの言うとおりだぜ」
聞いていたジャグスがヤジマに賛同するように声を上げた。
そして、立ち上がって言った。
「発信元がまだわからないけどさ、攻撃が始まるのは間違いないんだ。だったらそれをどうにかしないとさぁ」
「ってかお前、戦いたいだけだろう、ジャグ」
出しゃばってきたジャグスの嬉しそうな様子を見て、ニクロムが言う。
どうやら、ジャグスは理由などはどうでもよく、単に戦いたいだけのようだった。
「……わかった。わかったよ」
不満そうに机を叩いていた一人が、溜息を吐きながら首を振った。
「で……結局どうするんだ? それじゃあこれから」
「そこからはあたしが話すよ」
シエラが前へと出て、これから行なう事がどういう事であるかを説明し始めた。
「まず……この情報を流した奴が誰なのか、ってのを特定するのは後回しだ。それはみんな、いいね?」
「ああ、余り気が乗らねぇが……」
「ま……何かしらの思惑があるんだろうさ。こっちを戦わせたいのか、それとも恩を売りたいのか。それを確かめるのはまぁ、後でいい。大事なのはこの情報は罠とかじゃないって事だけさ」
「……そうだな」
やや不満が残る中、全員の意見をひとまずは戦うように一致させていく。
これは、どうやっても戦う以外の選択肢が存在しないからである。
この街から逃げ出した場合、この街の人間は通常のプレイヤーが居る街では、常に追われるだけの存在となってしまう。
それは、別の悪人街でも同じ事だ。ほかの悪人街では他所からやってきた悪クラスのプレイヤーは下手をすると何も知らないで入ってきた一般プレイヤーよりも、厳しい立場に置かれる。
同業者を手厚くした所で、利益は殆ど無い為である。
「よし……それじゃあ、戦う事でひとまずはこの場は決めるよ」
戦闘の意思を確認すると、シエラは続けてシーカーやガンテス達と話し合って、既に用意していた作戦を話し始めた。
「さて、これから全てのギルドに通達を出す。この街には、沢山のギルドがあって、どこも互いに対立してるけど、それを一時的に忘れて貰って、協力する事を通達させる。指揮系の中央部は掃除屋で、総大将はあたしに、ガンテス、ヤジマの三人だ」
「お、おいおい! そんなの……」
「従うわけない、だろう? それはわかってる。ここの奴らに相互協力なんて、基本的に無理なんだろうっつうコトぐらいはね。だから……あたしらが便宜上の中央部で、指令系統って事にするけど、基本的に、街の各所はそれぞれの”縄張りごと”で防衛ラインを分ける」
「どういうことだ……?」
「協力って事にはするけど、基本的には”自分らのシマだけ守れ”って事だよ。総大将もシマごとで別に立ててもらう。これはそれぞれの縄張りのギルドマスターが多分やるだろうね」
出てきた地図をなぞりつつ、シエラは次々に作戦を伝えていく。
「で……この機に乗じて他の所に攻め込んだりとか、そういうのだけは禁止にするんだ。守らない奴らは後で制裁だ。全ギルド合同でね」
「……!」
「どうだい? この案はシーカーとヤジマの奴が考えたんだけど、なかなか良く出来てるんじゃないかと思うよ」
「だから……この人数を集めたのか」
「やっとわかったかい? 全ギルドから数人ずつ幹部を拝借してるのさ。これから……この作戦専用の、リンクアドレスを持っていってもらうからね」
「リンクアドレス?」
「今回、匿名の誰かからメールで襲撃を知ったけど、ハッキリ言ってこれは全面から信用できる情報じゃない。もしかすると……メールリストもハックされてるかも知れないから、一応の”保険”を掛けとく必要があるのさ」
「なるほど」
シエラがそこまでを言うと、サイモンが紙の束のようなものを配っていった。
どうやらそれにこの作戦で使う通信用のアドレスが描いてあるらしく、それを見て、そこ居る面々が何かを入力していく。
そして入力が終わると、紙を捨てて次の話を聞けるように身構えていた。
「さて、アドレスはみんな貰ったね? じゃあ、防衛箇所を表示するよ。全域の配置は……こんな感じだ」
シエラが電想パネルを操作すると、周囲に街の地図が浮かび上がった。
そして、担当の防衛箇所を言っていく。
「まず、港の北側は商人ギルド連合に守ってもらう。一番人が必要な場所だからね」
「了解しやした。ザッツ様に伝えておきます」
「頼むよ。で、南側……中華街の方面はあたしら盗賊ギルドが守る。いいね? サイモン」
「わかりやしたぜ、姐さん。ちゃんと他の奴らにも伝えておきます」
「あとは、基本的にはレッド・フリークの奴らに横っ腹を任せるよ」
「わかったぜ。ウチのボスに伝えとく」
ガンテスがシエラに言う。
ちなみにこの”レッド・フリーク”というのは横浜悪人街でもっとも有名なPKプレイヤーギルドである。
斧やバトルナイフをこよなく愛する人間が属すると言われているギルドで、その戦闘力は悪人街最強とされている。
ガンテスは、そこで”副ギルドマスター”を努めている。
「そして……あたしらを含めた掃除屋は、それぞれが各所の連絡要員かつ、防衛の援護として分散してつく。いいね?」
シエラが言うと、後ろに来ていたじゃがいもと滝沢らが無言で首肯する。
ほかの掃除屋のメンバーも集まっているようだが、全てではない。
遅れたのか、それとも戦闘に巻き込まれているのか、見えない者の姿もあった。
あの”ヴェネディア”というゴスロリ少女だ。
彼女だけは、その場に姿が見えなかった。
「さて……大まかな指示はここまでだ。後の細かい指示は戦況を見ながら伝える。みんな、それじゃあ……始まりだよッ!」
「おおーッ!!」
シエラが開戦を告げる檄を響かせると、それに応えるかのように、狭くなっていたホテルの一室から鬨の声が響き渡った。
何もかもを振動させるその怒声にも似た声は、ホテル全体をも響かせているように思えた。
「行くぜぇっ!! 賞金稼ぎ共に目にモノ見せてやらぁっ!!」
「ぶっ殺しまくってやるぜぇっ!!」
「外のアマちゃん共の好きにはさせねぇ!!」
その場に居た悪人街の住人達は、荒々しい声を叫ぶだけ叫ぶと、次々と波打つかの如く、部屋から出て行った。
中には、窓から下へと凄い速さで伝い降りていく輩や、飛び降りていく人間すらも居た。
そして飛び降りていった人間は滑空したり、または地面に降りるとボールが跳ねるように、何度も飛び跳ねつつ、自分のギルドへと向かっていった。
どうやら飛び降りる人間たちは、スキルの一つを使って、落ちても平気なようにしているようだった。
「あーりゃりゃ……皆、すごいねぇ……」
1分も経たないうちに、その場から集まっていた人間が居なくなると、その場には、会議部屋となったその部屋を普段使っている掃除屋の面々が取り残された。
「こりゃあ、この部屋も今日でお役御免だな。街の色んな奴らに知られたしよ」
倒れた椅子を蹴飛ばしながら、ニクロムが悪態をつく。
「まぁ、使い道はまだあるだろ。ただで潰すには勿体ねぇ」
ガンテスが荒らされた部屋の中を申し訳程度に片付けつつ、言った。
やがて、どれだけ的確に片付けても10分20分では終わらない事を悟ると。持っていた本の一冊を投げ捨てて、彼もまた階下へと降りていく。
それに続くように、サイモン達も続けて戦地となりつつあった悪人街へと出て行った。
そして最後に―――シエラが残った。
彼女は、この動画を記録している議事録へと顔を向けて言う。
「さて……それじゃ、きっとこれを見てる新入り。アンタも恐らくは、参戦しに来るんだろう? 待ってるよ。アンタの持ち場は特には決めてない。好きな所で戦ってみな」
それだけを言うと、シエラの姿は扉の向こうへと消えていった。
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「……なんか、お見通しって感じだなぁ」
もしや……ゲダムはシエラなのだろうか? との考えがラクの頭をよぎったが、今、それを考えるのは止める事にした。
答えの出ない事や、なかなか出る筈ないだろう事を考えるのは、しょうがない事だからだ。
今、やらなければならない事は―――別にある。
「さて、これが”リンク・アドレス”か」
ラクが本のページをめくると、空中に3Dの文字列が浮かび上がった。
まるで空中に点滅する蜘蛛の糸が固まったかのような、不思議な物体だ。
ラクがそれに触れると、文字列は消え去り、システムメッセージが響き渡った。
『メール・システムにアドレスが追加されました』
メールの中にアドレスが付与されたのを確認すると、ラクは広域チャンネルを開き、周囲の戦闘の様子をざっと確認する。
【ぐわぁっ!!】
【だ、ダメだっ! 数が多すぎる!!】
ラクが開いて戦況を確認すると、響いてきたのは悲鳴や、弱音ばかりだった。
見える映像に映るプレイヤーの全てが、ボロボロになっており、無傷のものは全く居ない。
どうやら、皆、相当に苦戦しているようだった。
(こりゃあ……ヤバイな……)
ラクは周囲のマップを確認して、それぞれの区域担当の掃除屋らの位置を確かめた。
この戦闘を制するには、どうしても”何でも屋”となっている彼らの力が必要だからだ。
これは、どこかのギルドに属している人間では、組織に属しているという事自体が足枷となってしまう為、行なえない。
(スピードだ……まず、どうしてもスピードが必要だ)
ラクはまず”素早い”人間を当たる事にした。
伝令や、偵察などを行なうことが出来る人間が居なければ、敵の気勢を削ぐ事はできないからだ。
地図と配置を照らし合わせて、もっとも近い場所かつ、スピードのある掃除屋のメンバーを探す。
やがてラクは、一人の人間に目星をつけた。
「まずは……K.Kって人のところに行くか。スピードあるって言ってたしな」
ラクは地図を自分のアイテム・ストレージへと収納し、ホテルの詰め所から勢い良く外へと出て行った。
次の更新は月末の30日前後か、再来週の6日あたりを予定です。