40:”無法”の体現者(2)
ラクォーツこと”ラク”は”ゲダム”と呼ばれるプレイヤーと交渉を行なう為、ファシテイトの中にある”悪人街”と呼ばれる場所へやってきた。
そして悪人街にある”掃除屋”なる組織に加入しゲダムを探すもの、まるで見つからず、足踏みを繰り返していた。
だがゲーム内時間にて1週間ほどが経った頃、突如としてラクはメールを受ける。
それは掃除屋ギルドが”緊急事態”を発するメールであり、よほどの事が無い限りは発行されないものであった。
ラクが慌ててメールを見ると、そこには「賞金稼ぎ」からの総攻撃が始まった事が記されていた。
更には、メールの主は探していた「ゲダム」本人からであり、メールの本文に最後にこう書かれていた。
『賞金稼ぎを率いる”スパイダー”を撃破して欲しい』と。
そして倒せたなら、その正体を明かしてくれるという。
ラクは危険な依頼に足踏みをするものの、依頼を完遂する為、そしてゲダムの正体を確かめる為、悪人街へと戦いに向かう事にした。
(文字数:12215)
現在、リアル時間では朝方の【07:30】となっている。
本来ならばそろそろ、ワールドアウトを行って学校へと行かなければならないのだが、ラクは学校へと「今日は欠席します」というメールを既に送っていた。
ハッキリ言うと、これは”ズル休み”のメールであったのだが、学校に行くよりも遥かに優先しなくてはいけないものが出来てしまった為、仕方ない。
(ま、どうせろくに授業受けれないしな、今は……)
「結構ゴソッと持っていくなお前……」
ラクは現在、横浜悪人街より5キロほど離れた場所。
多摩川のとあるガード下にて、先ほど依頼にて助けた武具の流し屋「バーンズ」と共に居た。
報酬として、いくつかの装備アイテムを受け取った後、更に戦闘へ赴く前の準備として、バーンズが並べたアイテムの中から、ラクはいくつか、適当なものを補充していた。
時間に余裕が余りないため、さほど時間を掛けずに、ラクはどんどん自分の道具袋へとモノを放り込んでいく。
「いいだろ。報酬分とは別に、金はちゃんと渡してるんだから」
「そりゃまぁそうだが……にしても、結構カネ持ってんなお前さん。掃除屋ってのは、金もやっぱ持ってる奴が多いのか?」
「それは……よくは知らないな。聞いた事はないから。ただ、俺は余りPKしても、金とかは持っていかないな」
「何故さ? PKをやりまくったら、結構モノが散らばっていい稼ぎになるんだろ?」
「俺がやりたいのはゲームであって、”熱い戦い”だ。殺す殺されるみたいな、そんな恨みを買う戦いをしたいわけじゃない。EXP以外は貰わないよ」
「そりゃあまたお優しいこった……」
掃除屋はその性質上、PKを行う事が多い。
そしてPKをやると、道具やお金などが周辺に散らばっていく。
それは倒し方にもよるが、大抵は数%ほどでしかないが、多い時は20%強ぐらいが相手から奪い取れる。
これを取れば、かなり効率のよい稼ぎになる。
だがラクは基本、相手をPKしても所持金や持ち物には手をつけなかった。
モノを盗られた時の恨みがどれぐらいのものか、というのを十分に知っていたし、彼が物欲……もとい、装備品フェチである部分があったために、大事なものを盗られる痛みというのを十分に知っていたからだ。
だから、相手の持ち物を一時的に抜き取って利用することはあっても、完全に奪うという事はしなかった。
「なぁ、バーンズさん」
「んん? なんだよ。まだ何か欲しいブツであるのか? 俺の持ってるものはそこのでほぼ全部だぜ? 本命の装備品とかは出せねぇから……」
「違うって。本命の商品を出してもらいたいんじゃない」
「じゃあなんだ?」
「いや、もしさ……スパイダーの奴を、”びっくりさせられるような事”って言ったら何を思い浮かべる?」
道具を吟味している最中に、ラクは言った。
その余りに突飛な質問に、思わずバーンズは大口を開けて言う。
「はぁ? びっくり?」
「ああ。あのファイブ・スターズのリーダーですら、思わず怯んでしまうようなことさ」
「なんでいきなりそんな事を聞くんだよ?」
「いや、これから賞金稼ぎたちと戦いに町に戻る訳だけどさ。もしかしたら、スパイダーとも戦う事になるかもしれないじゃないか。その時に何か、役立つ事が無いかなと思ってさ」
「そんなもん、どうしようもねえだろ。逃げるっきゃねぇよ。戦う、なんて考えてる事自体が間違いだ」
「……やっぱりそうかな」
「当たり前だ! お前さんのレベル、いくらだと思ってるんだ? 俺のレベル、23だけどよ、それとどっこいどっこいだろ? そんなので話になるわけがねぇ。少し考えりゃわかるだろう」
「……」
ラクが狼狽し、やや俯いた風になる。
それを見て、バーンズは言いすぎだと思ったのか付け加えるように言う。
「ん……まぁ、でも、もしかしたらビックリさせるぐらいなら、なんとかなるかもしれねぇな」
「!、どうやればいい?」
「そりゃあ……”一度も見た事がないもの”でも見せてやればいいんじゃないのか」
「一度も見た事が無いもの?」
「ああ。あの野郎は強さで言ったら相当なレベルだから、単純な脅しだとか、小手先の閃光弾、”モンスター”騙しの爆音のクラッカーとかじゃ、まず動揺なんてしやしないだろう。でもよ、奴だって人間だ。コンピュータとかじゃない。必ず―――”見た事が無いものを目の前に”すれば、面食らうさ。それが一瞬か、数秒かまではわからねぇがな」
「見た事が無いもの……か」
「でもよ、なんでそんな事を聞くんだよ?」
「いやさ、アイツともし戦う事になったら、その”怯ませた一瞬”が、勝負の分かれ目になるかもしれないからさ」
「そんなもんかねぇ……」
そして5分ほど経って、ラクは道具を整えて、アイテム袋がパンパンになっているのを確かめると納得した風に頷いて、立ち上がった。
「よし! こんなもんでいいだろう」
「それじゃあ、俺はそろそろ消えるぜ」
「どこへ行くんだ?」
「今回の商談が延期になっちまったんで、ちょっと遠いが、大阪の方へ一回キャラを移すのさ。あそこにも大き目の悪人街があるからな」
「日本各地にあるんだな……」
「ああ。でも横浜は一番デカイんだ。あそこがもし無くなっちまったら……って思うと、ちょっとブルっちまうよ。いろんな意味でな」
バーンズはそこまで言うと、ラクの肩を勢いよく叩き、言った。
「だから……勝ってくれよ。掃除屋」
「……ああ!」
ラクはバーンズと互いに勢い良く手を叩く挨拶を交わし、そのままラクは悪人街へと、バーンズは大阪方面へと駆け出していった。
■
やがてラクは悪人街へと近づいていく中、街のあちらこちらから、噴煙が上がっているのを遠景から確認した。
「火事……? いや、違うか」
火事もファシテイトの中では、ごく自然に起こる事件である。
だが、ラクの目に映っているものの原因は、どう見ても違った。
あれは―――”戦闘”を行っているから出ている煙だ。
何かが破壊されているからか、それとも炎の魔法か何かでも使っているからなのか。
まるで戦争映画での一場面のようだな、とラクは思った。
「さて……」
悪人街へと差し掛かり始めた辺りで、ラクは一般プレイヤーとしての服装を全て解除して、鎧などを身に着けたゲームプレイヤーとしての装備を身にまとった。
これで、一応は戦闘準備が完了となる。
だが―――これだけでは不十分だ。
(そろそろ、どうするか決めなきゃな)
ただ無策に街中へと突っ込んでいくわけには行かない。
ここで自分自身が雑魚キャラはおろか、ある程度のレベルのプレイヤーを一薙ぎで掃除できるような、いわゆる”無双”の強さならば突っ込んでいくのもアリだが、今のラクはそんな超強力キャラクターではないからだ。
今のLVは”26”。これは、全くの雑魚ではないが、かといって中堅キャラと張り合えるか、と言ったら単純にステータス頼みでは倒されるレベルだ。
これにラク自身のゲーマーとしての経験を加算しているからこそ、そこそこ今は戦えている。
だが、相手が超高レベルのプレイヤー達であると、流石に経験だけで差を埋める事はできない。
(まず、整理だ。やらなけりゃいけない事を……)
やる事は唯一つ。
『悪人街から、賞金稼ぎたちを排除する』と言う事だ。
ラクは周囲の様子を見て、どれぐらい考える時間があるかを見積もった。
(考える時間ぐらいはあるかな……)
ここはまだ―――悪人街からは離れており、まだまだ”一般プレイヤー”達の勢力圏内だが、路地裏から少し顔を出すと、戦闘行為を行っているプレイヤーが、そこらかしこに居るのが見えた。
つまり、まだまだ悪人街の中央部へは賞金稼ぎ達は入り込めていないと言う事だ。
ならば、少し作戦を立てる時間ぐらいはあるだろう。
かといって、悠長にしてられると言うわけではないが……。
(賞金稼ぎ達を、追い出す、か……)
そもそもどういう風にすれば良いのか、さっぱり見当が付かない。
メールでゲダムは、「スパイダーを倒す必要がある」と言っていた。
それだけで、本当に賞金稼ぎたちを追い出せるのだろうか?
リーダーが居なくなれば、集団は瓦解するのは間違いないが、それで賞金稼ぎ全員が出て行くのか、と考えると、どうも違うように思えた。
それに―――ひとつだけ、どうしてもわからない。
(そもそも、なんで急に攻めてきたんだ……?)
攻めてきた”動機”が、どうしても思い付かない。
少し前から考えていたが、それだけがどうやっても不可解だった。
賞金稼ぎ達にしても、悪人街の人間たちにしても、いくつものギルドが寄り集まった”れっきとした一勢力”であるのは明らかである。
真っ向から全面衝突すれば、タダでは済まないのはどちら側もわかっているはず。
だからこそ、今まで小競り合いこそはあれど、全面戦争にはなっていなかったのだから。
(……ダメだ。そこら辺の事情まではわからないな。流石に、これをあのディバルが仕組んだ、とかまではないだろうし……)
ラクは僅かな時間、考えていたが、余りいい作戦は思い浮かばなかった。
どう考えても、賞金稼ぎ達やスパイダーとは力の差がありすぎるのだ。
バーンズは「最初から戦うと考える事自体が間違い」と言っていたが、確かにその通りであると考えるほどに痛感した。
(とにかく、一人じゃ無理だな……”詰め所”まで行くか)
ラクはこれ以上、考えてても仕方ないと判断して悪人街へと向かった。
まずは……やはり、”仲間”が必要だ。
だが今、この周辺や街は戦闘状態へと変わっている為か、通信は行えなかった。
「あれ? ギルド内通話も出来ない……もしかしてアドレスが変わってるのかな」
大規模な戦闘になると、盗聴される事を避ける為に、普段とは違う帯域を使って通信を行なう事がある。
北海道でギガースと戦った時はモンスター対人間だったから街に居たプレイヤーとの通信で、何も支障は無かったが、今回はプレイヤー同士での対決である為、通信時のアドレスが変更されているようだ。
あのホテル―――”掃除屋の詰所”へと行けば、戦っている場所ぐらいはわかるかもしれない。
「出来れば、ほぼ全員ぐらいで組んでいないと勝てないな……」
ラクは悪人街へと差し掛かるに連れて、武器なども携帯して完全な”ロープレ装備”へと自身の格好を変え、駆け出していった。
■
悪人街が風雲急を告げる事態となった、その数時間前。
東京都の中央部にある「電想世界公安機構」にて、ある会合が開かれていた。
「お集まりいただけましたかね? 皆さん」
普段使う時間ではないからか、明かりが余りない薄暗い議会場にて、中央へと立った一人の人間が静かに、しかしハッキリと聞こえる声で周囲に言った。
声の主の外見は、一般的なビジネスマン風の格好をしていた。
ただその顔には、まるで時代劇の”黒子”と呼ばれる人間がつけているような、黒色の厚い布が被せられており、素顔は見えないようになっていた。
「ああ。メールの通りに来た事は来たが……何の集まりだ?」
その会合には、いつものように公安機構の人間と、一部の名の知れた賞金稼ぎが入り混じって行われていたのだが、いつもと違い、議場は全体的に薄暗かった。
そして、集まっている人間自体も非常に少ない。
どうやら、一部の人間だけが集まっているようで、いわゆる”秘密の会合”というものであるのだった。
集まっている人間自体も、襤褸を深く被りこんでいたり、完全に頭部全体を覆う兜をつけていたりで、顔が見えない人間が多かった。
「いえ、今回……ここにあなた方を呼んだのは他でもありません。私が提案するのは、”エクスクモ”並びに”ファイブ・スターズ”の排除です」
黒子風の男が告げると、場の空気が一気に弛緩していく。
「何ッ!?」
「馬鹿な、そんな事ができるはずがない」
周囲の人間が、次々に”できない”と口を揃える中、不思議そうに黒子風の男は訊ねた。
「何故、そう思われるのですか?」
「そりゃあ……あの強さがあるからだよ。それに奴は人望もある。排除など、我々がいくら望もうと、できるはずがない」
「では、彼の勝手をこのまま見過ごしておけ、と?」
「それは……」
「私はそうは思いません。エクスクモ・フィンガーズこと“スパイダー”は、この議場の会議に参加する人間としても、統括する側としても、明らかに不適格です。彼は……消えるべきです。あなた方も、そう思っているはずだ」
「……」
「何、気兼ねする事はありませんよ。ここに居るのは、皆、スパイダーに反感を持った方々のみです。この私を含めてね」
それだけを言うと彼は、黒子風の厚い布を顔から取り去り、その素顔を露にした。
「お初……ではありませんね。みなさん」
「あんたは確か……!」
「一応、自己紹介はしておきましょうか」
先ほどまで厚い黒布を被っていた、黒子風だった男は言った。
「私は”電子操業省電子仮想世界担当課”の谷口謙です。ファシテイトの中では……”クエイ”とキャラ名をつけていますがね」
ファシテイトには、様々な組織が作ったギルドが存在している。
その中には当然ながら、政府が作ったものも存在しており、それがそのまま電想世界における組織の移し身となっている。
その中にあるのが”電子操業省”である。
これは、日本政府が作り出した、完全な電想世界における”省”であり、その中には治安を維持する為に、警察機構と合同で作られている支局や賞金稼ぎ達を統括する為の政府公認の組織などが存在していた。
彼―――”谷口”は、その省の役人であり、各省と上層部を結ぶパイプのような役割を主に担っていた。
要するに、かなり偉いのだが、現場主義な人間である。
「そう出られたら……こちら側としても、顔を隠しているわけにはいきませんな」
クエイが姿を現すと、兜を被っていた人間の一人も、同じように兜を脱いていく。
同時に着替えの為のマクロ・コマンドを発動させ、一瞬でRPGの騎士のようないでたちから、一般社会で通用するスーツの姿へと変わった。
「私は”電子操業省警察局監査課”の”有田”です。ファシテイト中ではそのまま”アリタ”と名乗っております。どうかよろしくお願いいたします」
やや小太りな感じの男性が、姿を現していく。
他のものも、それに釣られて顔を露にしていくが、そのどれもがクエイにも有田にも、見覚えのある顔ばかりだった。
「おやおや。これでは最初から顔を隠す必要など無かったですねぇ」
「いつもの面子だけ、だな」
そこに居たのは、皆、どれも賞金稼ぎ達を管理する機構「バウンティ・ハンター統括連盟」の人間たちばかりだった。
かねてからエクスクモの振る舞いに、反感を持っていた者達である。
「それで……排除の話とは、どういう事なのだ? エクスクモへ否認の議決でも上げるのか?」
「いえ。違います。彼には……悪人街へと攻撃を仕掛けてもらうのです。スパイダーをけしかける、丁度良い材料ができましたので」
「スパイダーをけしかける材料……?」
「はい」
「どういうことだ?」
「例のあのチーターの情報をご存知ですか? 1週間ほど前に”ジャッジ・バトル”で使用を行って……という話です」
「ディバルが直接参加した、とか言うあの話か?」
「そうです」
「あれはひどかったな。グランド・マスターがただの一個人程度に逃亡を許してしまうとは。あの名高い”ビフロスト・ストライカーズ”の名声に泥を塗ったのが、マスター本人なのだから、性質の悪い話だった」
「その件なのですが……実は、非常に面白い情報を掴みまして」
「面白い情報……?」
「はい。その件のチーターが使った”チート・コマンド”がどういったものなのか? という事です」
「?、どういうコマンド、とは……?」
「いえ……我々が掴んだ情報によるとですね。どうもあのチーターであるプレイヤーは、SGM社の”メインシステム”をハックして、普通のチートではない”システム自体の改変”を行っているらしいのですよ」
「何……?」
「動画がございますので、見て頂ければおわかりになられるかと」
そう言って、クエイが手元で操作を行うと、巨大なプロジェクターに、悪人街でのとある会合の動画が流された。
「なんだこれは……?」
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「……いんゃ、違うねこれは。テクスチャを張り替えただけじゃない」
「違う? 何が違うと言うのですか?」
「レーダー、よく見てみなよ」
「赤い……”赤”、だって!?」
「何……!?」
「緑じゃねぇぞコイツ。なんで赤く表示されてやがる?」
「システムがコイツをモンスターとして扱ってる。って事はさぁ……コイツ、外見が変わってるだけじゃないんじゃないの?」
「じゃあ中身もモンスターに成り代わってるって事なのか……?」
「つまりキャラデータ自体を変えたって事なのか?」
「こんなチートあんのか? 見た事ねぇぞ」
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再生された映像には、ラクが悪人外にて、苦肉の策としてキャラクター・チェンジコマンドを使用したあの一部始終が映っていた。
「な、なんだこれは? 変身……なのか?」
「ご覧いただけましたか? これは、私が持つ最大のコネクションを利用して手に入れた、悪人街の新しい住人である件のチーター、”ラクォーツ”の映像です」
「こんな事が出来る人間がいるのか……?」
「何をやっているんだ? これは」
「私の見立てでは、”メインシステム”のデータをハックして、直接モンスター側のデータを呼び出し、あの変身のような現象を可能にしているのではないか、と」
「それは……もし事実だとすれば、SGM社に報告すべきではないのか? 重大な事件ではないか。完全にハッキングだぞ」
「報告した所で返事はきませんよ。あそこのサポートの放任っぷりは有名でしょう?」
「ああ……確かに。普段、バグなども自動で修正されるから、大元の運営自体は余りいい評判を聞かないな」
「そうです。例えこんな重大な内容であろうとも、返答に相当長い時間が掛かります。それに……もったいない事この上ない。こんなおいしいネタを」
「では、この情報をどうするというのだ?」
「先程言った通り、これをエクスクモを煽るのに使うのですよ」
「煽る……?」
「おや? あなたはご存じないのですかな? エクスクモの”あの件”については」
クエイが怪訝そうに、自分へと質問をぶつけた者を見た。
それを見かねてか、質問者の上司らしい人間が言う。
「クエイ、そこは俺から説明する。あいつの”チーター嫌い”については、な」
「”チーター嫌い”とはどういう事なのです?」
「お前は知らなかったのか。あのエクスクモは昔……作ったギルドをチーターに壊滅させられたんだよ」
「壊滅させられた……?」
「今でこそ奴……エクスクモは、最高クラスのギルドのリーダーとして君臨している人間だが、昔は別のギルドを立ち上げて、そこで数百人のプレイヤーをまとめていたんだ。そこで、大部隊を率いて狩りだとか、治安維持の出動部隊の一つとして街に出たりしていた」
「なんか……今とは全然戦い方が違いますね。確かファイブ・スターズは、あの規模なのにたった5人しか居ないと聞いていますが……」
「人生観すらも変わったんだろう。あいつは、”本当の意味”でギルドを壊滅させられたんだからな」
「本当の意味?」
そこまでを聞くと、応答者は深く溜息を吐いた。
まるで、言いたくない事を話す為に間を取り直すかのように。
彼はしばらく兜を掻いていたが、やがて吹っ切れたように、話を始めた。
「ちょっと訊ねるが……お前は、”組織が終わる瞬間”ってのは、どういう時だと思う?」
「組織が終わる瞬間……? って言うと、アレですか。会社が倒産とか、サークルが解散とか……」
「まぁそんな感じだ。で―――ファシテイト内での”ギルドが終わる瞬間”ってのは、どういう状態になると思う?」
そこまでを言われて、問われた者は腕組みをして考える。
そして、呟くように言っていく。
「終わる? う~ん……そりゃあまず……リーダーが負けたりして居なくなって、それから、そのギルドが持ってる役割だとか、存在意義が無くなる……みたいな状態ですかね?」
「当たってるな。それで大部分は間違いない」
「でも、それだけじゃ組織が壊滅なんてしないんじゃ?」
「いや……エクスクモは、内部からギルドを壊滅させられたんだ」
「内部から?」
「奴は、ギルド員の一人だったとあるプレイヤーから”マスターへの挑戦”ってのを受けたんだ」
「ギルド員がマスターに不服申し立てみたいなのをやるアレですか? 勝てば名実共にギルドを奪えるって言う……」
「そうだ。基本はマスター側も余り受けないし、受ける前に他のメンバーから、制裁を喰らうから、やるメリットも少ない。元々、誰にも認められてない状態じゃ、マスターになっても他の奴がまた不服にして”挑戦”をしてくるからな。半ば、形骸化していたシステムだ」
「普通は誰もやらない事ですよねぇ」
「だがな……エクスクモがその時立ち上げてたギルドは、堅実に運営してきてたからか、そこそこに結果が伴ってきててたんだ。そこに”そいつ”は目をつけていた」
そこまでを言うと、彼は大きく息を吸い込んだ。
そして、続けて言った。
「本当は―――”絶対に受けてちゃあいけない勝負”だったんだが、その当時のエクスクモは能力差も大きいから、本気での勝負じゃあないだろう、せいぜいレクリエーションの延長ぐらいでしかないだろう、って思ってたらしくて、それを何の気になしに受けてしまったんだ」
「そこで……チートを使われちまった、と?」
「ああ。それも傍目からじゃわからないぐらいに自然にな。使った奴は”ステータスを何倍にも倍化する”とか、そういう傍目から見てすぐにわかるようなチートじゃなく”相手の攻撃への反射速度が飛躍的にアップする”みたいな。かなりわかりにくい内容のものを使う”巧妙なチート使い”だったんだ」
「なるほど……」
「エクスクモはそいつに負けて、ギルドを追われちまった」
「ありゃりゃ……」
「その当時はまだ、SGM社の方でもチーター対策が不十分だったから、エクスクモは本当に才能のある奴に負けたんだと思い込んで、大人しくギルドを明け渡してたんだが……その後に、そのチーターがやった事がな……」
「え? 何をやったんです?」
「メンバーを全員売り渡したんだよ。金で戦力になりそうな奴を全部、な」
それを聞くと、聞いていた側のプレイヤーは、驚きの声を漏らした。
「えぇ……!?」
「そのクソチーターには、最初っからゲームをする気なんざなかったわけだ。一時的にマスターの座に収まっちまえば、その後の事はどうでもよかったのさ。そいつがやりたかったのは、金でのメンバーのトレードで、自分が運営していく、なんて微塵も考えてなかったんだから」
「……そりゃあ、嫌いにもなりますわな。そんな事が起きたなら。ちなみに……その後はどうなったんですかい?」
「メンバーは離散して、今でもトレードされた先のギルドから離れられない奴がいるとか、ファシテイト自体から遠ざかったとか、そんなのさ。金が掛かってるからややこしい事になってしまってる」
「うわぁー……キツイ」
「兎角―――ギルド自体は完璧に崩壊しちまった。エクスクモが、自分を倒したのが”チーター”だった、ってのを知ったのは、ギルドが解散させられた事を聞いたすぐ後だったんだそうだ」
「エグいなぁ……」
「それから奴は大のチーター嫌いになった。言うまでも無い事だがな。特に、アイツは目立つ状況でチートを使った奴だとか、何かしらのイベントで使った奴だとかが死ぬほど嫌いらしくて、そういう奴は自分の手で倒しにいくんだとさ。何度も何度も、持ってるものが全てゼロになるまでしつこく殺害ペナルティを与えるんだそうだ」
「なるほど……それがチーター嫌いの理由、ってわけですか」
そこまでが話されると、伺うように遠くから声が飛んでくる。
「お分かりになっていただけましたかな? この情報がどういう価値を持つのかを」
「そりゃあこんなものなら、エクスクモを焚き付けるには十分だろうな。しかし……それでどうするんだ?」
「なぁに、これを見せれば、彼は悪人街を本格的に攻撃し始めるはずです。そこに我々が手を貸してやればいい」
「いや、そこはわかるんだ。それで悪人街を攻撃し始める、ってのは。それは悪い事ではない。だが……大事になりすぎではないか? あそこに居るプレイヤーは、確かにいつか排除しなくちゃならんようなのだが……」
「ん? ああ、もしかして誤解をなされているようですね。私が言いたいのはそこではないのですよ」
「何? どう言う事だね?」
「最初に言った通り、今回、我々が目的とするのは悪人街を潰す事ではありません。あくまでもそれは副産物で、メインは”エクスクモ”を排除する事にあります。つまり……彼がその戦地にて、無様に倒される事に意味があるのですよ」
「……流石に、そこまでやるのはちょっとどうかと思うがな」
気が引けているのか、消極的な意見の人間をよそに、クエイが提案したその案に、議会のプレイヤー達は次々に賛同の声を上げていった。
「しかし、一理あると言えばある。これで奴自身をうまく始末できれば……」
「不手際を作らせれば、奴自身を失脚させるのはかなり簡単になる。悪くない提案だ」
だがそんな中、ある一人がクエイに向かって訊ねた。
「谷口氏……簡単に言ってくれますが……」
「ここでは”クエイ”でお願いいたします」
「失礼……ではクエイ氏。あなたの案には、確かに私は賛同ですが、肝心のエクスクモを倒すなどという事が、悪人街のゴロツキ共に可能なのですかね? 仮にこちらから倒す為の人間を差し向けるにしても……」
質問者は、作戦がうまく行くのか不安がっているような様子で訊ねていた。
きっと、戦力的にとても成功はしなさそうな内容であったため、心配しているのだろう。
それを察すると、自信たっぷりにクエイは言った。
「ああ、それは問題ありませんよ。私のコネクションの”元ネタ”はかなり強いのでね。必ずや、悪人街ともども……スパイダーを駆除してくれますよ……」
そう言うと、クエイの顔が残酷そうに歪んだ。
■
ラクは悪人街へと入って、自分が普段ホーム・ポイントとしているホテルへと向かった。
緊急招集が掛かっている為、まずは集合場所となっている”いつもの詰め所”へと行かなければならないからだ。
「うわ……」
ラクは自分が普段見慣れているはずのホテルの場所まで来て、思わず動揺の声を上げてしまった。
そこらかしこで戦闘が行われている為か、周囲が瓦礫の山となっていたからだ。
街中の至る所が、まるで中東の戦闘地域のようになっていたが、それは商業区でもお構いなしのようで、ホテル周辺もかなりひどい事になっていた。
(こりゃひどい……)
どこに賞金稼ぎが居るかわからない為、警戒をしつつ、ラクは玄関を抜けて中へと入る。
「えーと今日は確か土曜日だから、鍵は借りなくていいんだよな……ん?」
ラクがホテル内へと入ると、異様なものがエントランスの奥にあることに気付いた。
「くそっ! なんて硬えんだ!!」
エントランスの奥には、エレベーターホールへと続く大きな通路があるのだが、そこに今まではなかった防火扉が展開されており、閉じられていた。
そして、その前にはそれを壊そうとしているのか、扉へと攻撃を仕掛けているプレイヤーが二人居た。
近づくと、二人はラクの方へと視線を向けた。
「ん? 誰か来たぞ」
どちらも賞金稼ぎの人間たちだ。
武装している為、また更に悪人街の人間独特の”雰囲気”のようなものが格好から感じられないので、一目でわかる。
「おっ、おい! お前ら何してんだよ!」
ラクは、武装している二人へと向かって言った。
まずは、いかにも”賞金稼ぎの仲間”な感じを装ってだ。
彼らは無差別に攻撃しているわけではなく、悪人街の人間を選別して攻撃しているはずなので、咄嗟には出会ったプレイヤーが敵かどうかを判別する術はないはず。と考えたからだ。
だが、その思惑はすぐに外れてしまった。
「ここ、商業区だぞ! いくらなんでもやっていい事と悪い事が……」
「……」
ラクは指を差して”良識ある仲間”という感じで注意するが、ラクの前方に居る二人は、それに全く耳を傾ける様子もなく、電想パネルを開いて、何かの確認をし始めた。
ウィンドウの中に表示されている”何か”を指で確認していき、やがて片方が呟く。
「こいつ、リストにねーな」
「って事は敵か」
(……リスト?)
どうやら、ラクが敵かどうか判断する為の何らかの情報を確認していたようだ。
言い回しから察するに、攻撃対象のメンバーリストだろうか?
「ぶっ殺しとくか? 一応」
「ああ。そうだ、丁度いい。アイツに仲間の場所を吐かせようぜ。一人ぐらいは知ってるだろ」
(なんだ? リストって……)
ラクが怪訝に思っていると、目の前の二人は何か言うでもなく武器を取り出していく。
どうして扉を攻撃しているのかを説明する素振りは全く無い。
こちらがホテルまで来た理由すら訊ねない所を見ると、完全に戦闘の事しか頭に無い感じだ。
どうやら、戦う以外の選択肢は初めから無かったらしい。
「はぁ……面倒な」
正直なところ、余り戦いたくは無いのだが、仕方がない。
とりあえずは目の前の二人を倒してから、ホテルの中へと入る事にしよう。
ラクはそう思い、腰に差していたナイフを抜いた。
2対1だが、ラクに恐怖は欠片もなかった。
「弱そうな野郎だぜ」
「タンクだな。うん。きっとそうだ。体型的に間違いない」
(……無知ってのは恐ろしいもんだ)
ラクは身構えたまま表示されたキャラネームを確認し、戦闘での”勝利の形”を頭の中に
迅速に組み立てていく。
その間に、相手は余裕たっぷりに武器を構え、丁度、ラクを挟むように回り込んでいく。
その動きに同様などは全く無く、挟み撃ちでの攻撃に手馴れている様子が伺えた。
恐らくは、ラクが弱そうな外見であるからか、負けることなど無いと踏んでいるのだろう。
レベルなどは一切確認せずに、だ。
ちゃんと見てから行動しているのならば、余裕などあるはずがない。
逆に、ラクはレベルを確認していたからこそ、負ける訳が無いと確信していた。
相手のレベルは―――“11”と“13”だった。




