28:賞金稼ぎは見境が無い
荒金靖樹ら4人は”ワールドマスター”の少女「マルール」の居場所を探す間、手分けして北海道エリア全域で起こっている「町へのモンスター侵攻」事件について調べる事にした。
そんな中、靖樹は学校ギルドでの課題を行う為、一旦東京へと戻るが、
そこで自分が”違反者”となってしまった事を告げられ、一つの選択をする事に。
それは”ゲダム”と呼ばれる”悪人街”のボス格プレイヤーを、北海道エリアにて行われている侵攻戦に参加させるように交渉をしてくる、というものだった。
断れば最強クラスのプレイヤーであるディバルと戦うしか道が無くなる為、靖樹はその話を渋々受け、仕方なく”悪”のプレイヤーが蔓延る”悪人街”へと移動する事に―――
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電想世界の時間は「23:30」を指している中、ラクは東京エリアの路地裏を、誰にも見つからないように進んでいた。
世界は完全に闇に包まれており、大通りから離れた裏通りは、人の気配や設置されている永久光源入りの街灯などが少ないので、それがよりハッキリとわかる。
そんな中、ラクは裏通りを駆け足で歩きながら、横浜へと移動していた。
真夜中もいいところであり、現実時間では、既に夜の8時を過ぎたぐらいになっているはずだ。
本当ならば―――すぐにでもワールドアウトして帰りたい所である。
しかし、今それは行えない。たった数分前から、自分は”賞金首”となったからである。
「さて、これからどうするか……」
普通のキャラクターが街中でセーブを行って、ゲームから抜ける事に何も問題は無い。
しかし、”賞金首”となった今、それを行う事は絶対に出来ない。
もし、何の気なしにゲームから抜けてしまったら、インした後に”待ち伏せ”を受けるからだ。
「とにかく、早く横浜エリアまで移動しないとな……」
賞金首を追いかける”賞金稼ぎ”のプレイヤーは、大きく2種類に分類される。
ひとつが”戦闘型”。これは言わずもがな、戦闘特化のキャラクターであり、そのプレイヤーの殆どは”殺人衝動”だとか”拷問衝動”とかを持っている、悪クラスと見間違えるような、かなり危険なプレイヤー達だ。
もう一つが”追跡型”。これは賞金首の位置を補足するプレイヤーであり、大抵は戦闘型の賞金稼ぎと共に、様々な形でチームを組んでいる。
そして、追跡型のプレイヤーは対象の賞金首を補足できれば、後はどうでもいいため、攻撃対象が”大体このぐらいにインするだろう”とワールドイン日時を推測して、セーブポイントの前で待ち構えている事があるのだ。
そうなったなら、まず逃げ切る事は出来ない。すぐさま捕まり、縛られてドMでも裸足で逃げ出すような事を行うプレイヤーに売り渡される事になる。
注目度の高い”賞金首”がワールドアウトしたセーブポイントなどは、24時間のローテーションが組まれて見張られる事すらある。
今、自分がそうならない保証は、どこにも無い。
だから―――絶対にこのまま街中にセーブポイントを作成して、ゲームから抜けるわけには行かないのである。
(できるなら……このまま横浜エリアまでいけるのが理想だけどなぁ……)
この狭い路地裏で、攻撃を受けたらどういう風に対処をするべきか。
自分がどの方向へと逃げるべきか、そして不意打ちを受けるとしたらどんな感じか。
眉間に僅かに皺を寄せながら、ラクはそんな風に”もし戦う事になったら”という状況を何通りも考えていた。
このまま―――何事もなく横浜エリアへと逃げ込めれば、それが一番いい。
だが、”それは無理だろう”とラクは確信にも似た感覚を抱いていた。
路地裏の方を通っているのはそれが理由である。
何故なら―――
「うッ!?」
周囲を窺っていたラクは、ちらりと後方に現れた”何か”の影を見つけた。
すぐさま姿勢を低くした瞬間―――壁に細長く、小さなものが突き刺さった。
ラクは何かが投擲された事を察知し、素早く身を隠す。
壁に目線をやると、そこには”ナイフ”が刺さっているのが見えた。
「”投げナイフ”―――早速か……!」
物陰から攻撃が行われた方向を見ると、3人の戦士型らしいクラスが、自分へと近づいてきているのが見えた。
「よぉ、やっとこさ見つけたぜ~。”ラクォーツ”だったか」
(賞金稼ぎか……早いなぁ)
歩いてくる人間は―――全て賞金稼ぎだろう。
まず、鎧に身を包んでいて、顔すら見えないのが一人。これは恐らくは騎士クラスのプレイヤーだろう。
かなり大柄で、片手で長い槍を構えている。かなり大きな盾を背負っている所を見ると”待ち”による戦法か突撃をメインにしているキャラクターであると推測できる。
そして、二人目はしっかりと胸部にプレートを着込んでいるが、それ以外は軽装の男。
自信あり気な面構えに、逆立っている髪をバンダナで止めており”いかにもな戦士”と言う感じだ。
腰に長剣を下げており、盾などは持っていない。
最後に、金属製のものを余り身につけておらず、布類で身を包んでいる身軽そうなのが一人だ。
上半身と口元をマントで覆っており、顔は余り確認できない。
恐らく”レンジャー”か”盗賊”あたりだろうか。
さしずめ、追跡型の一人に見つかって、その後仲間を引き連れられてきた、と言う所か。
(レベル24、28に……35がいるな……)
すぐに情報が表示された為、確認すると”バンダナの戦士”はレベル35あった。
恐らく、彼がリーダーなのだろう。そこそこに高いが、全く倒せない事もないレベルではある。
非常に大雑把な基準だが、レベルの倍ぐらいまでの相手には、基本的に勝つ事は充分可能である。
しかし、相手が三人である以上、もしまともに対峙したなら、かなり不利な事になるのは間違いない。
前のレベル49なら、数分程度で倒す事も出来たが、今の状態では難しい。
それに、今は時間を掛けている場合でもない。
戦闘が始まればすぐに人が集まってくる。そうなれば逃げる事も難しくなってくるからだ。
ラクは周囲を確認し、逃げ出す為の最短のルートを考える。
(多分、あの重装備のは壁役で、軽装のがアタッカーか……)
単純に走って離れるだけでは、逃げ切るのは難しそうだ。
今、自分が設定している”合成騎士”は、脚が中間より遅めの部類に入る職業だ。
とはいえ、かなり移動しやすく能力・装備の構成を行っているので、スピード自体はそこそこある。
だからあの騎士型と戦士型のプレイヤーからは、何とか逃げれるはずだ。
だが、3人目。スピード型だろうあれだけは、なんとかしなければならない。
(……多分、”レンジャー”だ。そう考えておこう)
スタンダードな前衛二人の組み合わせを考えると、専門職的な盗賊ではなく、万能型寄りの能力を持つレンジャーである可能性が高い。
ラクはそう考え、準備運動がてら、手首と頭を少しだけ回転させた。
そして―――路地裏を駆け出し始めた。
■
「うわッ!」
ラクが走っていると、後方からナイフが飛んできた。
狭く、薄暗い路地裏を走っているせいで、狙いは定まっていないようだが、命中した場所に深々と突き刺さっているのを見る限り、当たればかなりの威力になりそうだ。
(くっそ、あの戦士型が投げてきてるのか!)
てっきり、ラクはマントに身を包んでいる、レンジャーだろうプレイヤーがナイフを投げてきていると思っていた。
だが、どうやら飛び道具は”バンダナ戦士”が投げてきているようだった。
「待ちやがれぇっ!!」
”バンダナ戦士”の罵声を背に受けつつ、ゴミ箱やら落ちている新聞やらを跳ね除け、ラクはひたすら、横浜の方向へと走った。
(くそう、走りにくい……)
ラクの脳裏に”人通りの多い場所を移動すれば……”との考えがよぎるが、それをすぐさま振り払い、意識をすぐ前方へと戻す。
確かに―――大通りを歩けば、人波にまぎれてもっと安全に移動できたかも知れない。
だが、もしその手をとった場合、途中で発見されると非常に厄介な事になる。
人の密集した中から逃げなければならなくなる為、途中で追いつかれる可能性が極めて高いのだ。
また……”賞金稼ぎは見境が無い”というのも、こうやって路地裏を選んだ理由だ。
賞金首が、人質などを取ったり攻撃しにくいプレイヤーの密集地帯に逃げた場合―――
第三者や建物などへと行われる攻撃の被害は、その殆どが”手配された側の責任”となる。
これは、わざとPKを行わせる事などを防止する為であるとされている。
だが、これをいい事に中にはターゲットごと周囲を攻撃する賞金稼ぎも少なくない。
そう言う風に”合法的に破壊攻撃”が可能な為、それ目当てに賞金首を追い掛け回す人間もいるぐらいだ。
「ッ!」
突然、前方の何も無い場所から刃物が飛び出た。
ラクは、腰の辺りから現れた剣の軌跡に、危うく命中しそうになった。
だが、少々斬り付けられるのが早かった為、身体を逸らすだけで攻撃は回避できた。
「なっ、何だ……!?」
ラクは咄嗟にバックステップを行い、刃物を注視する。
すると、暗い空間に突然色が着き始めていき―――
やがて、全身を黒装束で覆った細身のキャラクターが姿を顕わした。
恐らく、先程確認した賞金稼ぎ三人組の、三人目だ。
マントが身体からは外れ、身体がある程度顕わになっているのが確認できる。
口元にはマスクをしており、髪が僅かに逆立っている。
両手にナイフを持ち、手首・足首からそれぞれ肘・膝近くまでを覆うように簡易装甲を纏っていた。
一見すると忍者のように見えるが、余り和風な感じがしないその姿には、ラクは見覚えがあった。
「あ、アサシンだったのか!」
アサシン。それは”暗殺者”を意味する職業だ。
音も無く相手に忍び寄り、すれ違い様に強力な一撃を喰らわせる事を得意としている。
レンジャーや盗賊と似た感じの能力を持つが、より戦闘に特化した能力を持っている厄介なクラスだ。
空中からいきなり武器が飛び出してきたのは、恐らく”姿を消す”スキルを使っていたのだろう。
(やばい、逃げ道が……!)
道は前と後ろにしかないが、その前方を塞がれてしまった。
アサシン型プレイヤーは、武器を構えるが、攻撃自体は仕掛けてこない。
どうやら時間稼ぎが目的のようだった。
(……ならッ!)
ラクは迷わず、強行突破する道を選んだ。
後ろ側へと逃げるのは結果的に三人が相手になってしまう為、絶対に行えない。
しかし、アサシンの目を欺き、かわして行くのは難しい。
なので―――”この場で倒してしまう”事にした。
「!」
ラクが手元で何かを操作すると、道具袋の中から”真っ白なボール”が相手に向かって飛んだ。
アサシンは、それを咄嗟に武器で跳ね飛ばそうとするが、ナイフが触れた瞬間、ボールは弾け飛んで周囲に真っ白な粉を撒き散らした。
これは”煙幕弾”だ。
(……)
アサシンは視界が遮られるが、それでも慌てずに周囲の気配を窺った。
レンジャーを始めとしたスピード型のクラスは、周囲の気配を強く感じ取る事が出来る。その為、視界が少々塞がれた程度ならば、不意打ちなども察知でき、たいした問題は無い。
だが、ラクの狙いは別にあった。
「それッ!」
僅かに後ろに下がって、ラクはアサシンの方へ何か”小さなもの”を投げた。
アサシンは周囲を煙幕が覆う中、それが何かを目を凝らして確認する。
丁度ラクの後方から光が当たっている為、影だけは確認できるからだ。
投げられたものは、細長い。だがこちらへ向かって撃たれた毒針などではない。
ふわりとした軌道を保っている。その先端には―――何か”光るもの”があった。
(光……?)
ランプ? ライトだろうか? それにしては小さい。
針のようなものの先端に、光……もしくは”火”が―――
(ッ―――!)
アサシンはそこまで来て、やっと投げられたものが”マッチ”である事を理解した。
だがその時には何もかもが既に遅く、アサシンの周囲は燃え上がっていた。
体中に火が回ったため、悶えるような声を上げて取り乱すアサシンに、ラクは一気に肉薄した。
そして、思い切った大振りの袈裟切りを加えた。
『CRITICAL HIT!』
「がっ……!」
景気のいい斬撃音と共に、アサシンの身体は宙を舞い、それから倒れこんでしまった。
現在、ラクのレベルは22であり、相手は格上となるが、アサシンは元々防御力が低い。
攻撃力とスピードが高いため、他の能力が犠牲となっているからだ。
その上で無防備になった所に、まともに大振りの一撃を加えられれば、流石に耐え切る術は無かったようだ。
「よっしゃ!」
ラクは相手のHPがゼロ寸前となり、すぐには動く事が不可能となっているのを確認すると、そのまま路地裏を走り去って行った。
■
「はぁっ、はぁ……」
息を切らせながら、ラクは”多摩川"に当たるエリアへと到達した。
ここを抜ければ、横浜エリアは近い。
だが、それを賞金稼ぎ側もよくわかっているようだった。
「……マジかよ……」
橋の上には、一般人だろうジーパンだとか普段着姿のプレイヤーが歩いていたが、その中に明らかに”何か”を待っているだろう完全武装したプレイヤーたちが見えた。
無論、待っているのは自分だろう。
この辺りで逃げ込めそうなエリアである”横浜”だから、先に網を張っている人間も多いようだ。
(どうするか……)
このまま強行突破を行うか、それとも橋を避けて他のルートを探すべきだろうか。
見たところ、数自体はまだ少ない。
恐らく、こんな早くに移動を行うと思っていなかったのだろう。
大抵、賞金首は一旦慌ててゲームから抜ける。賞金首となるのは、意外とショックな出来事だからだ。
それからどうすればいいか情報を集めて、再度インして悪人街へと向かうのが普通のパターンである。
「……強行突破かなぁ」
橋の上で待っているプレイヤーは、単純にあそこで情報を交わす為だけにいるのだろう。
本当に賞金首がすぐにやってくる、と思っている人間は余り居ないはず。
だから数が少なくなって来た所で強行突破するのが一番良さそうだ。
このままなら、行ける―――
「……っ!」
そんな矢先、背後から不審な物音が聞こえ、ラクは咄嗟に身を屈めた。
同時に―――背後からギラギラとした刃が、ラクのすぐ真上を通過した。
「おわっ!!」
ラクが、慌てて上方を通り過ぎていったものを見ると、戦士型プレイヤーの姿が見えた。
先程、自分を追いかけてきていた”バンダナ戦士”だ。
どうやら追跡を撒けていなかったらしい。
しつこくラクが逃げていった方向を探し、追いかけてきたようだ。
「てめぇ……ッ」
戦士型プレイヤーは、起き上がって再び剣を構えた。
その表情は怒りに染まりきっており、かなり激情しているのが一目でわかった。
「し、しつこいっての!」
更に、背後からやってきた騎士型プレイヤーからも攻撃を受け、ラクは堪らず、橋の方へと飛び出した。
(やばいなぁ……)
ラクは走って逃げながら、前方に集まっている集団を見た。
一般人に混ざってなので、正確な数はわからないが、かなりの数の”賞金稼ぎ”らしいプレイヤーが居る。
このままだと、確実にあれらを相手にしなくてはならない。
(―――ムリだ!)
二人でも難しいのに、ざっと見て20人近くは居るだろう人間を相手にする?
同レベル以上で、一人一人が持っている戦術も違う。疑り深い相手もいるはずだ。
そんな事、絶対に不可能である。どんな手を使っても、まず倒す事は不可能だ。
”詰んで”いる―――
(どうする、どうする……!?)
思考を必死に回転させるが、いい手が何も思い浮かばない。
脂汗が全身から噴出し始め、やがてそれがどんどん冷や汗へと変わっていった。
そして、段々と”死の予感”だろう危険な感覚が、心の中に満たされていくのを感じた。
その時―――
「えっ!?」
爆発音と共に、橋の様々な場所から、火花が上がった。
火花だけではなく、それは火柱をも伴っていた。
次々に通行人を含め、賞金稼ぎだろうプレイヤーが巻き込まれていく。
ラクは、咄嗟にこの攻撃には”軌道”がある事を見抜いた。
(ば、爆撃……!?)
そして攻撃の”線”から飛び退き、難を逃れた。
爆発と業火による攻撃は、丁度橋の全てを攻撃するように行われた。
やがて、橋全体がダメージを超過して軋み始めていく。
「やばいッ!!」
ラクは急いで倒れたプレイヤー達の中を駆け抜け、橋を渡りきった。
直後―――橋は中心部分から破壊され、動けなくなっていたプレイヤー達を巻き込んで、川の中へと消えていった。
「い、一体何が……」
「みーつけたぁ~~~っ!」
高らかに叫ばれた女性の声と共に、ラクの近場で爆発が起きた。
ラクは一瞬顔を手で覆うが、すぐに声が放たれた方向を確認した。
すると、そこには二人のプレイヤーの姿があった。
片方はクセ毛まじりの赤毛を揺らせる長髪の女性、もう片方は小さめの体格で、桃色のミドルヘアをしている。
赤毛の女性は全身をローブのようなもので多い、大きな杖を持っている。
桃色の髪の女性は、盗賊のような、薄い服装をしていた。
ラクは、どちらの姿も見た事があった。
「げっ!? うぇ、”ウェンファス姉妹”!? い、いきなり―――お前らが出てくるのかよ!」
「ついてなかったねー、あたしらが今日非番でさ」
彼女らの名は、それぞれ”ファル・ウェンダーズ”、”ブラン・ルーファス”。
二人の名前を取って”ウェンファス姉妹”というのが彼女ら二人の通り名だ。
だが、彼女らが有名なのはそちらではなく、もう一つの名前の方だろう。
「姉さん、いきましょ!」
桃色髪のファルが言うと、赤毛の姉ルーはこくりと頷いた。
それを確認すると、ファルはラクに向かって駆け出し始めた。
(くっ……よりによって一番見つかりたくないのに……!)
「それっ!」
桃色の髪を揺らしながら、小柄な少女はお腹の辺りに持っていた袋から、何かを撒き散らした。
「ッ!!」
周囲に飛び散った物は、楕円形で濃い目の緑青色をしている。
大きさは人の拳大より一回り小さい、と言う程度。枇杷の実ぐらいの大きさだ。
ラクはそれを見た瞬間、表情を青ざめながら、ファルから急いで距離を取った。
何故なら、撒かれた物は―――
「うわぁあああっ!!」
一瞬の閃光と共に、周囲に圧力と熱が混ざった強風が吹き荒れた。
周囲に撒き散らされた物は、全てが”爆弾”だった。
彼女らの二つ目の通り名は―――『爆弾姉妹』。
ステータスが表示されると、それぞれ「火薬錬金術師」、「爆弾魔」と表示されていた。
■
ファシテイト内には「科術攻撃」という魔法攻撃と双璧を成す攻撃スタイルが存在する。
それはどういう攻撃が該当するのかというと、要するに「魔力を用いない”現象の発生”」となっている。
例えば、電気を起こしてそれを使って何かを行ったり、火を起こしてそれによって攻撃を行ったり等だ。
その中でも”火薬”を使った”爆弾攻撃”は、もっともポピュラーなものとして知られている。
「うわぁっ!!」
橋が破壊され、周辺一帯に粉塵が立ち込める中、悲鳴と共にラクは宙を舞った。
爆風に吹き飛ばされたのだ。
(ぐあッ……!)
コンクリートが再現されている道路へと上方から身体を叩きつけられ、更に激痛が走る。もはや声も絞り出せなかった。
「ふふふ~、も・う・す・こ・し、だね~」
『ウェンファス姉妹』のファルは、周囲に濃く噴煙の撒かれる中を、素早く駆け回りながら、ラクへと距離を縮めてこようとする。
トドメの攻撃を行おうと、攻撃の機会を窺っているのだろう。
だが、爆弾攻撃によって相手もこちらを視認しづらくなったので、反撃を警戒していきなりは近づいてこようとしていないようだった。
(いてて……腰から落ちちまった……)
ラクは痛みをこらえつつ、立ち上がって武器をひとまず構えた。
だが、相手の姿が殆ど見えず、どうすればいいのか動けなかった。
(くっ……ど、どうする……?)
『ウェンファス姉妹』は、かなり有名な賞金稼ぎとして知られている二人だ。
同時に、これ以上無いトラブルメーカーらしいと言う事も。
姉のルーファスこと”ルー”が、火薬を生成し、それを使って自前の爆弾アイテムを作り出す。
それをばら撒きつつ、妹の”ファル”にも物資の補給を行い、彼女は彼女でターゲットに接近をしながら大ダメージを狙って様々な攻撃を繰り出す、と言うスタイルだ。
当然ながら、周囲に起こす被害はとてつもないものがあり、噂では街一つを爆破しかけた事があると言われているほどだ。
「……」
ラクが確認した人影は、煙が舞う中、じわじわと動きのパターンを変化させていた。
恐らくは、自分の方へと着実に距離を詰めてきているのだ。
目の前すらロクに見えないというのに、たいしたものである。
この視界の悪い中、障害物などに全くぶつからずに走り回っているだけでも、正直信じられない。
だが、感心している場合ではない。
(逃げるか……?)
ラクは、逃走するか、それとも何か別の方法を使って彼女らを倒すか。
それとも全く別の何かを行うべきかを考えた。
恐らく―――この後は、噂通りならば”あの攻撃”が来るはずだ。
それが開始されたら、本当にどうにもならない。
今、考える猶予があるうちに、何か打開の手を考えなければならない。
(逃げる……のは、ダメだな……)
ただ単純に逃走する事は、まずNGである。
逃げるには視界が悪すぎる。自分の足元だけは噴煙が少ないので、何とかどうなっているかわかる事はわかるが、その他の逃げる方向の道路だとか、建物だとかがどうなっているかが全く解らない。
レーダーにもノイズが強く掛かっており、地形確認の機能は殆ど機能していない。
わかるのは、かろうじて”今居る橋の入り口周辺”には、歩けそうな部分がある事。
そして”自分が居る周辺”、”ウェンファス姉妹が居る辺り”は確実に歩ける地面がある、とわかっている程度だ。
不用意には逃げられない。逃げようとして瓦礫に引っ掛かったり、何かの破片で転んだりしたら、そこをファルは狙ってくるに違いない。
今、じわじわと距離を詰めてきているのは、まず”こちらがどう出るのか”を窺っているのだ。
(しかし、倒すのも難しそうだ……)
相手は二人居る上に、両方ともレベルは40弱あった。
自分のレベルのおよそ倍近い。よって、倒すのはかなり難しいと言わざるを得ないだろう。
ステータス的に、1対1で正面から組み合っても勝てるかどうか……。
とはいえ、負けているのは単純にSTRやQUIの数値だけで、接近戦での戦闘技術ならばこちらにも勝機はありそうではある。
(やっぱり、これか。カギは……)
ラクは、ちらりと自分の腰の部分に目をやった。
手に構えているナイフとは別に、腰には別のナイフ・シース(ナイフの鞘)が巻かれてセットされている。
濃い青色の革地に、銀色で月桂樹が複雑に絡みつく紋様が描かれているそれには”アーティファクト装備”のナイフ「★アクア・サーバ・セイバー」が収められている。
ウェンファス姉妹を倒すにしても、逃げるにしても、これの使い方次第だ。
アーティファクト装備を確認すると、ラクは今度はより注意深く周囲を観察した。
(他には……居ないな)
どうやら、周囲に居る賞金稼ぎは彼女らだけのようだ。
他のプレイヤーは、一般ユーザーを含め、全く気配がない感じである。
殆ど爆弾で吹っ飛ばされたか、それとも爆弾による無差別攻撃が恐ろしい為、距離を取って避難しているのだろう。
つまり、彼女らをどうにかできれば、横浜エリアまで逃げられる可能性は充分にあるという事だ。
その事実を確認して気合を入れ、ラクは思考を集中させる。
(相手の位置はわかる、接近戦なら少しは分があるかもしれない、相手の武器は爆弾……そして、姉の方が重要なポジション。更に……★装備がある)
自分が持っている情報を整理し、様々な”策”を僅かな時間で組み立てては結末がどうなるかを脳内でトレースし、成功の可否を判断していく。
人間には誰しもに備わっているだろう”再現の思考”を、極限まで研ぎ澄まし、フル稼働させていく。
様々なゲームをやりまくってきた”ゲーマー”であるラクォーツこと靖樹は、このタイプの”トレース思考”もとい”妄想”が一番得意な事だった。
やがて、ある一つの”有効打”にラクは辿り着く。
そして、それが実際に成功するかを現実的に考え、確実な手段であるかを判断した。
(よし! これなら……)
ラクはその”策”が成功する事を確信し、行動を開始しようとした。
だがその時―――
「うッ!?」
”何か”がラクの方へと高速で飛んできた。
それは一見すると、拳大ほどの小さな水晶玉に、大きめの”角”がくっつけられているような形状をしていた。
だが、水晶玉がラクへと命中する瞬間―――その”角”は突然、中央に大きなトゲを残したまま、いくつもの方向へと割れた。まるで、植物が花弁を広げたような形状だ。
そして、ラクの胸部を覆っていた鎧の上に、ピッタリとくっついた。
同時に、嫌な音が鳴り響いた。
―――カチリ
金属製の鎧を穿つような、深く突き刺さる機械的な音がした。
(ッ!! ぼ、”ボムダーツ”!!)
急いでラクは、ナイフで自分の身体に撃ちこまれた”それ”を剥がそうとした。
だが、くっついたものは鎧に深く突き刺さり、食い込んでしまっている為、すぐに引っぺがす事は出来なかった。
(だ、ダメだ! 取れない!!)
仕方なく、ラクは急いで自分の防御力を上げるカード型のアイテムを、道具袋から取り出し、使った。
これで耐えられなければ、終わりだ。
―――ドッガァァァァン!!
『CLEAN HIT!』
ラクが着ていた鎧のすぐ真上で、強烈な爆発が起こった。
轟音が身体を突き抜けると同時に、肉を激しく震わせられる。
同時に、骨が割れるような衝撃が身体中に激痛と共に走った。
ラクは悲鳴と共に、宙へと吹っ飛ばされた。
「ぐあああああっ!!」
『ボム・ダーツ』。それは、ウェンファス姉妹の妹「ファル」が、最も得意かつ決め手として使っているというシロモノ。
”相手にそのまま爆弾を発射して食い込ませ、相手の内部へと爆発ダメージを送り込む”という”オリジナル科術攻撃アイテム”だった。
■
「ぐっ、ぐ、ぐ……」
ラクは至近距離からの爆裂攻撃を受け、大きく吹き飛ばされた。
だが、何とか身体を起き上がらせ、立ち上がった。
(あ、あぶな、かった……)
凄まじい爆発の威力に、身体中がまだ衝撃で痺れていた。
息を整えながら、ラクは、自分がどうなっているのかを急いで確認した。
「鎧は……もうダメか」
胸に手を当てると、胸部の鎧は完全に破壊され、無くなってしまっていた。
そして、胸の辺りが激しく焦げてしまっており、かなりの傷を追っているのがわかった。
HP表示を確認する。
(ううっ……!)
HPは―――8割ほどが一気に削られており、”戦闘不能”一歩手前と言う状態だった。
恐らく、少し対処の仕方がまずかったら即死させられていた。
(ぼ、防御力を上げてて、鎧の上からだったから―――)
もし食い込んだのが防具でなく、”肉体”のどこかだったら。
もしくは鎧を突き抜けて、少しでも身体に爆弾の”根”が到達していたら―――と考えると、ラクは思わず背筋が寒くなった。
だが、恐怖でうろたえている場合ではない。
ラクはすぐに頭を振って気を取り直し、攻撃が来るまで考えていた”策”を急いで実行に移す事にした。
(二人とも……”未成年っぽい感じ”だし、多分大丈夫だろうな。うん、効くはずだ)
そして、次に取ったラクの行動を確認し、ファルは心の中で驚きの声を漏らした。
何故なら―――ラクはウェンファス姉妹の姉”ルー”がいる方向へと駆け出していったからだ。
(えっ……!?)
ファルは、てっきりラクが逃げ出すものだとばかり思っていた。
これだけ能力の違いを見せられれば、少なくとも戦う事を選択はしない。それが”普通”と言うものだ。
レベルでも能力でも、準備しているアイテムの量でも負けているのだから、十中八九逃げていく。
そして慣れない噴煙の中で躓いて、足を取られる。
そこを爆殺し、死んだならそのまま死体ごと引き渡せばいいし、死ななければそのまま協会へ報告すればいい。
ファルはそう言う風に考えていた。
(何か……考えでもあるのかなっ!)
ファルは、まだまだ楽しませてくれそうだと確信して笑顔になり、ラクを追いかけ始めた。
それを待っていたかのように、ラクは道具袋へと手をやった。
地形などはあまりわからないが、相手の位置自体は肉眼による視認とレーダーがうすぼんやりと映る事でわかっていた為、ファルがこちらを追いかけ始めたのはすぐに確認できた。
(さて……追いつかれないようにしなきゃな。普通にただ離そうとするだけじゃ、恐らく足の速さで追いつかれる)
ラクはゴソゴソと袋をまさぐり、やがて袋から手を抜いた。
すると握られた手の指の付け根には、10センチほどの棒状の物が差し込まれていた。
まるでマジシャンがトランプでも握りこむような、独特な形だ。
ラクは何も握っていない手に持っていた物を移し、同じ要領で再度手に棒状のものを持った。
そして、両手の指の付け根に、合計6本の棒状のアイテムを持った。
「ブリンク・ポール!」
ラクがアイテム名らしいものを口にすると同時に、棒状のアイテムを投げると、それらは回転しながら空中で停止し、ラクの姿を空中に映し出し始めた。
そして、投写された”影”は、それぞれ別の方向へと走り出し始める。
ラクが投げたのは”ニセモノ”を作り出すアイテムだった。
(あとは……こいつだ!)
ラクは道具袋から、更にもう一つの物を取り出し、身体に振りかけていく。
それは、雪山探索を行った際に残っていた”あるアイテム”だった。
「!、ちぇっ、デコイか」
ラクを追っていたファルは、前方で不自然に膨れて巨大化した影に気付いた。
同時にレーダー上でプレイヤーを示す緑色の点がいきなり”6個”に増えた事にも。
それを見て、すぐに彼女はラクが逃げる為にデコイ(囮用のニセモノ)を道具か魔力で作ったのを察知した。
「ま、全部倒しちゃえば関係ないんだけどねッ!」
ファルはまず自分近くへと駆けて来た一人へと、球形の爆弾を投げつけた。
そして爆発が起こり、強烈な爆風が浴びせられると、ラクの偽者は一瞬で溶けるように消えた。
どうやら偽者はHPバーが存在しない為、何かの攻撃を受ければ、すぐに消えてしまうようだった。
「よっ、と!」
ファルは一人を倒すと、すぐに銃を取り出し、やや斜め上に向かって撃った。
すると楕円形の、小さな卵のような物体が放物線を描きながら飛んでいき、爆裂。
攻撃地点近くに居た三人分の影を消滅させた。
密集していた為、やや強めの爆裂弾を使ったようだ。
(あと二人っ……! 多分―――)
残っているのは、姉の方へと向かっているものと、逆にファルやルーから離れて、横浜方面へと移動していくもの。その二つだけになった。
ファルは、ラクの一連の行動から、恐らくは”姉の方向”へと駆けて行っているのが本物だと判断した。
「これで―――終わりっ!」
ファルは一気にジャンプして肉薄し、銃を構えた。
そして、ファルはラクへとボム・ダーツを放った。
だが―――ダーツは”突き抜けて”いった。
「!」
ダーツがラクの身体を突き抜けていくと、身体は灰のように崩れて散っていった。
どうやら、こちらもニセモノだったようだ。
「……なら、あっちか!」
ファルは、ラクが”一矢報いよう”としていたように見えたのが気のせいであった事に、僅かながら心の中で落胆する。
だが、さっさと仕事を完遂しようとすぐに気持ちを切り替えた。
最後の一人を狙って駆け出し、大して時間も掛けずに近距離まで接近すると、同じようにボム・ダーツを撃ち出す。
「これで―――さよならだよっ!」
しかし―――またもラクにはダーツは命中せず、身体を”突き抜けて”いった。
そして”ニセモノ”のラクは、消える前にちらりとファルの方を一瞥し、”うまくいったな”とでも言いたそうにニヤリと笑った。
「えっ!? ぜ、全部ニセモノ!?」
「土砂津波の巻物!」
ファルが戸惑っていると、ルーの近くからアイテムの起動を行う声が発せられた。
同時にラクが姿を現し、彼の足元から1メートル強ほどの土砂の津波が、ルーへと向けて巻き起こった。
「!」
ファルは、慌ててレーダーを確認する。
すると、ラクを表す反応がルーの付近にあることに気付いた。
だが、緑の表示が”薄く”、明滅を繰り返している。
(もしかして……”本物”は分かれた時に透明化か何かで消えてた……!? ”本物”と”ニセモノ”じゃなくて、”見えない本物”と”わかりにくい偽者”になってたって事……!?)
ファルは急いでルーの方向へと駆け出すが、かなりの距離が開いてしまっていた。
■
ラクが作り出した土砂の津波が、ルーの足元を流れていくと、次々に爆発が巻き起こった。
ルーの足元には、接近されても大丈夫なように大量の地雷が設置されている為だ。
ラクはその戦法もある程度は予測して作戦を立てていた。
自分も爆弾を使って攻撃する事があるだけに、”地雷”や”浮遊クラッカー”などがあるという可能性は読めたのだ。
「!……」
ルーは顔をしかめて、防御の姿勢を取った。
同時に、地雷によって起こされた爆発が、綺麗に彼女を避けていく。
どうやら―――異能防御壁の一つ”爆発耐性”のバリアを張っているようだ。
かなり大きな爆風が周囲で巻き起こっているが、彼女自身にダメージ自体は殆ど無かった。
「でりゃぁっ!!」
地雷が除去されると、ラクは近づいて一気にナイフで切りかかった。
爆風で周囲の噴煙も晴れた為、好機だと判断したのだ。
ルーに接近して、ナイフを振り回すが、彼女は接近戦も全く出来ないわけではないのか、ダメージを受けつつも、決定打だけは避けながら、距離を取ろうとする。
「逃がすかッ!」
ラクはバックステップで距離を取ろうとするルーを追いかけ、更に攻撃を叩き込む。
ナイフスキルを―――発動させた。
「小星斬!」
それは素早く斜めに二度、クロスを描くように斬撃を行った後、縦か真横に強烈な一撃を行うナイフスキルだった。
ルーはそれをまともに受け、大きく服を切り裂かれた。
同時に、HPも大きく2割強ほどが一気に減少する。
ラクから見て、彼女はレベル的にはかなり上だが、接近攻撃が得意なクラスではないらしく、防御力も低いようだった。
「ッ……!」
ラクが更に攻撃を仕掛けようとすると、ルーは広がったローブの袖から、何かを取り出して素早く前方に振るった。
転瞬、黒い軌道がラクへと迫った。
ラクは「む」と一声だけ上げてそれを軽く弾き飛ばし、ガードした。
「……鞭か!」
ルーが手に持っていたのは、戦闘用の鞭だった。
どうやら彼女は、遠隔攻撃しかできないわけではなく、至近距離戦闘では鞭を使っての戦闘も行えるようにしているようだ。
ラクは鞭による攻撃を抜けて、決定打を叩き込もうとするが、意外と鞭による攻撃のリーチは長く、中々近づけない。
(くそっ……! 厄介だな)
鞭による攻撃は大振りである為、どこに攻撃を行うかを予想しやすく、防御自体は難しくない。
だが素早く広い範囲に攻撃を行える為、回避はしづらい。
まるで”攻撃の瞬間だけ異様に伸びる槍”が、短い間隔で何度も突かれてきているかのようだ。
「たぁ―――ッ!!」
「うッ!」
やがて、まごついているとファルの方が突っ込んできた。
丁度、ルーの目の前へと立ち塞がり、攻撃しようとしたラクから、姉の身を守る。
手には、ラクと同じような大型のナイフを持っていた。
彼女も爆弾による科術攻撃だけではなく、ナイフによる近接格闘を行えるようだ。
「ルー姉はやらせないわ!」
「ファル……」手負いのルーは、ファルに呟くように言う。
ファルはルーの方を一瞥し、微笑んでから、ラクの方へと向き直る。
これで―――こちら側の勝利だ、と二人は確信した。
だが、それを思っていたのはラクも同じだった。
(来た……ッ!)
ラクはこの時を待っていた。
何故なら―――ラクは最初から、”ルーを倒す気など無かった”からだ。
彼が待っていたのは、この”二人が固まる瞬間”である。
逃げようとしても、まず無理。普通に倒そうしても、確固撃破はレベル的に難しい。
だが、こうやって”二人同時”ならば―――
「死になっ! チーター野郎ぉっ!」
ファルが罵声と共にラクへと切りかかってくる。
ラクは片手でナイフを構えて、それをパリング(武器で攻撃を弾く動作)する。
「ちぃっ!」
武器を上に大きく弾かれ、ファルが大きく両手を上げて、無防備になる。
そのすぐ後ろには、ルーが隙あらば追撃を行おうと鞭を構えていた。
(―――ここだ!!)
ラクは深呼吸を行うと共に、濃い青色のナイフ・シースから★アクア・サーバ・セイバーを引き抜いた。
同時に、霊力・魂力源子を一定量注ぎ込む。
すると―――引き抜かれたアーティファクトの刀身は、”黄色く”染まった。
ラクは、それを顔の手前まで持ってくると、大きく息を吹きかけた!
「えっ!?」
ラクが黄色の刀身に息を吹きかけると、二人へ向けて、激しい水飛沫が放出された。
まるで、噴水が彼女らに向けて吹き上がったような、激しい霧だ。
それは―――”水のブレス”だった。
「うぇっ! な、何これっ!」
べとべとする水を浴びせられ、ファルは一瞬怯んだ。
だが、すぐに敵意を燃え上がらせると、ラクへと銃を向けた。
爆弾を発射する為のもので、銃と言うよりは”発射装置”であるのか、普通の銃とは違う形状だ。
まるで陸上競技で使われる”スターターピストル”のようだった。
「死になっ!!」
ボム・ダーツをファルがラクへと向かって撃ち出す。
だが狙いは外れ、大きく別方向へと爆弾は飛んで行ってしまった。
「くっ……!」
再び爆弾アイテムを装填し、発射を行うが、またも攻撃が当たらない。
自分が冷静でなくなっているからか、狙いが上手く定まらないようだ。
痺れを切らしたファルは、ナイフで切りかかり始めた。
「うわっと!」
ラクは、決して自分からは仕掛けずに防御に回った。
そしてしばらくして、再びファルの攻撃を弾くと、再びアーティファクト装備を使い、ファルだけでなくルーも巻き込むように「水のブレス」を吹きかけた。
「くそっ! 何のつもりだ!!」
ファルは更に逆上し、声を張り上げながらラクへと切りかかった。
だが―――ラクに攻撃を簡単に避けられ、気付く。
自分がふらついている事に。
そして、視点も定まっていない事に。
「う……あ……?」
突然、ラクが身動き一つ行わずに平行移動し、二人に分身していく。
だが、すぐに二人は同じ動きを逆戻しにしたように、同じ位置へと戻っていった。
”目の焦点が勝手にずれて、分裂しているように見えている”のだ。
やがてファルは、舌の動きも満足に回らなくなってきた。
「ふぁ、ぁ……ら、らに、これぇ……」
やがて、立っている事すらも満足に出来なくなり、その場にファルはへたり込んでしまった。
べったりと地面にお尻を着けてしまうと、もう彼女は立つどころか、意識を保っている事すら困難な状態になってしまう。
「あ、あらまが……くら、くら、す、る、ぅ……?」
ふと、ルーの方をファルが見る。
すると、姉も同じように倒れこんでしまっている事に気付いた。
目は虚ろで、頬を上気させて、荒く呼吸をしている。
まるで風邪にでもかかってしまっているかのようだ。
「やっと効いてきてくれたか。結構時間が掛かったなぁ」
「お、おま、れ……ひゃに、を……ひた……!」
「話してももう無駄さ。さっさと眠るんだな」
「ぽまえ……!」
ファルは必死に立ち上がり、ナイフをラクへと振るった。
だがその動きは、まるで下手糞な演技のような、とてつもなく鈍く、よろよろとした動きだった。
当然ながら、それで何かを切りつけられるはずも無く、ラクは自分に倒れこむようにしてきたファルを受け止めて、抱きかかえた。
「ほら、もう終わりだ。お前らの負けだよ」
「ひぇ、れ、ぇ……」
ファルは抵抗を続けようと、ナイフをラクへ突き刺そうとする。
だが、腕を振るだけが精一杯で、もはやどちらへと振れば身体に当たるかすら、彼女にはわからないようだった。
ラクが瞼へと手をやり、彼女の目を閉じさせると、ファルはそのまま眠りに落ちた。
「すー……すーっ……」
寝息を立て始めたファルをルーの隣に並べる。
ラクはほっと胸を撫で下ろし、腰に納められているアーティファクト・ナイフを、手にとって見た。
「ふぅー……っ、危ない危ない。コイツのおかげで助かった」
手に持った透き通った大型のナイフを見て言う。
黄色い水分はゆらゆらと蠢いており、ナイフの柄の部分では、水が持ち手の部分に纏わりつくようになっていた。
そして、じっくりと見ないとわかり辛いのだが、水の中には泡が沢山揺らめいていた。
炭酸が入っている。これは―――”ビール”だった。
「”酔わせる作戦”は無事成功したって所かな」
★アクア・サーバ・セイバー。
それは水の神ウォシャルの力の一部が込められており、様々な水に関する力を使う事が出来るという”水のナイフ”である。
なのでこのナイフには、多くの水にまつわるスペシャルパワーが存在しており、それを使い手の能力に応じて使う事が出来るのだ。
今、ファルとの戦闘で使ったのは―――”ビール・ブレス”というものだ。
本来は”アルコール・ブレス”というもので、お酒にまつわるモンスターが使用してくる攻撃の一つとなる。
名前の通り、そのまま”アルコールの息もしくは霧”をナイフをかざして吹きかけるというもので、モンスターに対して使用すると、段々と”酩酊”、つまり”酔っ払った”状態になっていく。
プレイヤーに対しては更に効果が強く、全く対策を行っていないと数十秒ほどで、”混乱”と”幻覚”に”睡眠”を混ぜたような”泥酔”ステータスへと変化していく。
(確か、基本……”ビール”と”ワイン”が女性キャラには効くんだっけか)
アルコールのブレスはいくつか種類があり、性別や本人の嗜好などで、効くかどうかにかなりの差があるとの事だった。
ちなみに、外見からしてゴツイ男にはどのアルコール攻撃も効きにくい。
また代謝能力の高いキャラクターなどにも効き辛い。
代わりに規律正しい感じのキャラだとか、未成年だとかの、”お酒に弱い”感じのキャラには非常に効きやすい。
正直、効くがどうかは五分五分と言った所だったが、思惑通り効いてくれたようだ。
(まともに戦ってたらどうなってた事か……)
寝転がせた少女二人の身体を見る。
声の感じからして、年齢的には中学生ぐらいだろうか。
高くてもせいぜい高校生になって間もない、という程度だろう。
そんな年齢ならば、お酒に慣れていなくても当然である。
「……ん?」
ラクはファルの上着の裾から、何か金属のようなものがはみ出ているのに気付いた。
ラクはそれが気になり、上着を僅かだけずらすと、上着が広がり、下着姿の彼女が顕わになった。
そして、中にあったものを見て、ラクは思わず背筋を寒くした。
「げっ……!」
彼女の服の中には、濃い灰色をした小さなパイナップルのような物体や、細長い筒状のもの、拳大で平たい円形の金属塊などが、びっしりと装備されているのが見えたからだ。
恐らく”手榴弾”、”ダイナマイト”そしてタイプまではわからないが何かの”地雷”だろう。
(あ、あれだけ投げまくってたってのに、まだこんな着けてるのかよ……)
流石、『爆弾姉妹』の名前で知られるだけはある。恐ろしいものだ。
もし―――彼女らがその気になって全部に着火を行い、一気に炸裂させようものなら、冗談抜きで周辺一体が消し飛ばされてもおかしくないだろう。
噂で言われていた”町ひとつを吹っ飛ばそうとした”というのも、あながち間違いではないのかもしれない。
「さて、グズグズしてるわけには行かない。早く行かないと……」
戦闘が終わったのを確認できたら、すぐにでも人が集まってくるはずだ。
今は周囲に誰も居ないだろうが、ここで戦闘が行われているというのは、嫌と言うほどわかっただろうから。
というか、ほかに誰もまだ来ていないのが奇跡的だと行ってもいい。
「横浜エリアは……あっちだな」
爆風によって作り出されていた噴煙が晴れ始め、周囲の様子を確認する事ができるようになると、ラクは急いで横浜エリアへと走り出していった。
もう、すぐ近くだ。




