29:ヨコハマ暗黒街紀行
荒金靖樹ら4人は”ワールドマスター”の少女「マルール」の居場所を探す間、
手分けして北海道エリア全域で起こっている「町へのモンスター侵攻」事件について調べる事にした。
だが、靖樹は”違反者”としてマークされてしまい、仕方なく”ある依頼”を受ける。
それは”ゲダム”と呼ばれる”悪人街”のボス格プレイヤーを、
北海道エリアの各町にて行われている「侵攻戦」に協力させるように交渉をする、というものだった。
そして靖樹は”悪”のプレイヤーが蔓延る”悪人街”へ自然に侵入する為に”チーター”となって移動する事となった―――
(文字数:13912)
ひたすらに、真っ暗な世界が広がっていた。
ただ、闇が全てではない。
細やかな銀砂がちりばめられ、その小さな粒一つ一つが煌いている。
大きさは一つ一つが違っていて、中には独特な紋様状に固まっているものもあった。
それは、星々の輝き。この漆黒の世界に広がっているのは―――”夜空”だった。
そんな、上下左右がハッキリとしないその世界の一角に、不思議な空間があった。
黒い板と青白く光る糸のようなもので構成されており、パッと見るとただの格子状のフロアが作られているようにしか見えない。
だが、その中には棚がいくつも並んでいて、その上にはこれまたいくつかの植木鉢が置かれていた。
まるで、夜空に浮かぶ小さなガーデニング部屋のようだった。
「ねぇさん……もうすぐだよ……」
電子的な雰囲気の小部屋の中に、一人の少年が居た。
ややパーマのかかった捻れた黒髪をしており、手には如雨露を持っている。
彼は、植木鉢に植えられている植物へ、長々と水を与えていた。
片手で持てる程度の小さな如雨露だったが、水は何故か延々と流れ出て尽きる気配がない。
植木鉢には、大きな白い花が咲いている。”百合の花”であるようだ。
そして―――植木鉢には、何故か隣り合うように”岩の塊”が置かれていた。
ただの岩ではなく、中には埋まりつつも煌いているものがある。
片側は白い輝きを放つ石、もう片側は黒に近い濃紫の輝きを放っていた。
恐らくは”ダイヤモンド”と”アメジスト”だろうか。
どうやら置かれているのは”宝石の母岩”のようだった。
「……おや」
ふと、少年が気付くと、小部屋の入り口付近に甲冑が立っていた。
それは2メートルを少々越すサイズを持っており、結構な大きさである。
だが、それ以上に異様であったのは、その甲冑は全身から様々な光を反射している事だった。
赤い胴鎧、青の腕、白い篭手、緑の足鎧。関節部分もまた、色が微妙に違っており、カラフル極まりない姿をしている。
だが、そこに毒々しさは微塵も無く、ただただ神々しい感じを身に纏っていた。
どうやら、彼は”宝石で出来た騎士”であるようだ。
しかし、その甲冑には―――”首”が無かった。
「来たかい、ジグラット」
「マスター・レクレフ。お呼びでございますか」
”ジグラット”と呼ばれた甲冑は、膝を着き、レクレフの呼びかけに応える。
首は無いが、威厳ある声がどこかから漏れて、ちゃんと返事をしていた。
「ちょっとやってもらいたい事があってね。君を呼んだんだ」
「なんなりとご用命をば……」
「そうかい。それじゃあねぇ……」
レクレフは、ちらりと部屋の隅にある小さな棚と視線をやった。
そして、彼が手を小さく振り上げると同時に、瞳が僅かに青く輝く。
すると、その棚の一番上の引き出しが開いた。
次に、中からはいくつかの手紙らしい物体が独りでに浮かび上がり、”宝石の騎士”へと飛んでいく。
「これは……」
ジグラットは、飛んできた手紙を受け取って、訊ねた。
手紙は全部で”7枚”あった。
「君に言伝を頼みたいんだ。”みんな”にさ」
「と、申されますと……”他の方々”でありましょうか」
「そ。僕を除いた”偉大なる9人”へ……もといワールドマスターへ、って事さ」
レクレフが手を振ると、手紙が回転し、裏側の宛名が明らかになった。
「渡す順番は君に任せる。好きな順に配って来て欲しい。できればその場で返事を貰ってきてくれると都合がいいかな」
「承知いたしました。しかし……7枚、しかありませんが……全員分ならば、8枚必要なのでは?」
「姉さんの領域の分は、僕が行く。だから問題ないさ」
「じ、直々に……でありますか?」
「”グリンズ”の所に、今ちょっと戦火の手が伸びてるとか聞いてね。……変かい?」
レクレフが言うと、ジグラットは腕を胸の前に掲げ、短く了解の返事をした。
レクレフは続けて言う。
「それと……渡せなかった場合は、使徒の誰かに渡して欲しい」
「かしこまりました」
「頼んだよ」
レクレフは全てを伝えて、如雨露を別の植木鉢の上へと移動させた。
だが、”ジグラット”と呼ばれた者は、夜空に浮かぶ小部屋から出て行かない。
少々経ってから、怪訝に思ったレクレフは、訊ねた。
「ん? どうしたの?」
「……マスター。畏れながら……」
「なんだい。行きたくないのかい?」
「いえ。ご拝命、光栄の至りに思います。ただ……こういった事は私よりも、ティメラ殿の方が適任なのではありませぬか? 彼女ならば数分で終わるかと……」
「ああ~……いやね、ちょっと重要文書だから彼女には任せづらいかなぁと……」
「はぁ……」
「あぁ~、でも言われてみれば……確かに、君一人で行かせちゃったら後でついて行っちゃいそうだなぁ……」
レクレフは独り言を少しばかり放って、数拍ほど考えた後、ジグラットに言った。
「よし。じゃあそれ、”みんな”で分けて持ってってよ」
「皆で……ですか」
「兎角、姉さんの分以外の采配は君に任せる。頼んだよ」
レクレフはそう言うと如雨露を片付けて、再び手を振った。
すると、手紙が入っていた棚の二段目が開き、中からピンセットなどが飛び出てきた。
どうやら土いじりをする為の道具のようだ。
ジグラットは短く了承の言葉を放つと、手紙を全て持ち、小部屋から出て行く。
そして、そのまま凄まじいスピードで上昇を始めていった。
■
やがて星の光が全て消えていくと、最後に暗闇の中に一つだけ大きな光が現れた。
それにどんどん近づいていくと、光は四角の形状になり、ほどなくして人が一人ほど通れるサイズへと変わった。
その向こう側には、真っ白な全く別の景色が見える。
まるで、暗闇の空間にぽっかりと玄関が開いているようだ。
宝石の騎士は、そのままそれを通り抜けて漆黒の空間から抜け出た。
「さて……どう渡すべきかな」
光の中へと躍り出ると、周囲には高い木々と青青とした新緑の茂みが広がっていた。
そして、煉瓦で整備された道が森の中を走っており、そこをジグラットは歩いていく。
草地には花が所々に散見され、小川が時たま森の中を走っていた。
空には蒼穹が広がり、ややまばらな曇が散らばっていて、鳥が空を飛んでいる。
”平和”としか呼称できない風景だ。
だが―――
「うむ?」
突然、鳥が”空に浮かぶ雲を切り裂いた”。
小さな影が雲へと差し掛かると、そこから雲が散らされていく。
まるで、凄まじい風でも巻き起こったかのように見える。
「丁度いい」
ジグラットは、それを見ると腰に下げてあった剣を鞘から取り出した。
見た目はただの片手用の長剣だが、周囲の太い木々を楽々と両断できそうな刃の厚みを持っている。
体躯の大きい彼のことを考えれば、人間から見れば両手用の大剣と呼んで差し支えない大きさだろう。
剣の刃は真っ黒に染まっているが、それは漆黒ではなく、僅かに光を透過もしていた。
彼の鎧が宝石で出来ているように、おそらくはこれも何かの宝石か、特殊な鉱物なのだろう。
「角度は……このぐらいか」
ジグラットは黒い長剣を太陽へと向けてかざすと、
光の反射をうまく操作して、先ほど雲を切り裂いた”鳥”の方向へと向けた。
やがて、光の反射を何度か行うと―――鳥はジグラットの居る場所へと向きを変え、降りてきた。
近づくにつれて、凄まじい風が周囲に巻き起こっていく。
―――ゴオォォォ・・・
まるで台風の時にしか吹かないような強風が吹き荒れ、草地の花達から花びらを飛散させていく。
木々は大きく傾き、草や背の高い植物は、その身体を限界まで曲げていく。
ジグラットはそんな風をものともせずに、かざしていた剣を鞘へと戻した。
同時に、上空から声が投げかけられた。
「ジグラットじゃん、どうしたんだよ」
声がすると、突然、地面に何本もの短冊状のものが突き刺さった。
それは、持つ部分がまるで見えず、刃だけの異様なナイフだ。
鋭く研ぎ澄まされたそれは、あまりにも滑らかで、パッと見ると光の固まりのようにしか見えなかった。
「アルマ、他の者達を集めてもらいたい」
空から降りてきたのは、鳥ではなく翼を持った”少年”だった。
「え~? なんだよ突然さ。気持ちよく飛んでたってのに」
身長はやや小さく、160センチに満たない程度。”小柄な中学生”ぐらいと言った所だろうか。
やや幼い顔立ちでありながらも、銀色の髪を携えており、神秘的な雰囲気を纏っている。
服装は非常に簡素なデザインをしている。北欧の中世的な、薄いベージュ色のチュニックの上に、藍色で染められた一枚布を羽織っていた。まるで中世のローマの町あたりに居る民衆のような格好だ。
最も特徴的なのは背に携えて居る”翼”と、首周りにマフラーが巻かれたような状態になっている部分がある事である。
翼はかなり巨大で、”アルマ”と呼ばれた彼が両手を広げた状態よりも、恐らくは大きい。
その羽は通常の鳥の羽のようなものではなく、一枚一枚が銀色に煌いていた。
首周りにあるものも、どうやら”羽毛”のようだが、一枚一枚が恐ろしく鋭く、刃物のそれとしかいえない輝きを持っていた。
まるで、大小さまざまな刃物が寄り集まって、翼や羽毛となっているようだった。
「これを、みなで手分けして届けてもらいたいとの事だ」
「”事”って……もしかしてマスターの?」
アルマの問いかけに「そうだ」とジグラットが応えると、僅かにアルマの身体が跳ね上がった。
そして、やや興奮気味な表情となって訊ねる。
「誰に届けるんだよ?」
「他のマスターの方々、との事だ」
「ほ、ホント!? うっ、嘘じゃないのかッ!?」
「だからライフォス殿、ネリアル殿、それと……スターシア殿を呼んで来て貰いたい」
「わかったよ! ……と思ったけど、誰か来たみたいだ」
「来た?」
アルマが言うと、遠くから”ある音”が聞こえ始めた。
何かが爆発するような、硬いものが砕けるような音だ。
それはどんどん大きなものとなっていき、やがて森の一部が破壊され始めた。
ジグラット達の方へと向かって、木々が薙ぎ倒されていく。
どうやら、”何か”が追われているようだった。
「誰か~! た~す~け~てぇ~!!」
やがて、金管楽器のような声が響くと共に、レンガの道に一人の女性の姿が現れた。
そしてジグラット達を見つけると、救い人を見つけたような表情になり、駆け寄ってきた。
「助けて、助けて! ジグラット! アルマ!」
「スターシア殿。どうされたのだ?」
「あれ! あれぇっ!」
”スターシア”と呼ばれた女性は、必死に自分が辿ってきた方向を指で指して、そのままジグラットの後ろへと隠れた。
「あれ……?」
二人が視線を指差す方へ向けると―――突然、地面が盛り上がった。
まるでいきなり土山が出来たかのような状態になり、それが煉瓦の道を破壊しながら、ジグラットら三人の方へと向かってくる。
”何か”が地中を潜行しながら向かってきているのだ。
やがて、土の中から巨大な”尾ひれ”が飛び出す。
「うっわ! ”シャーク・モール”だ!」
アルマが言うと、土の中から巨大な魚影が飛び出してジグラットへと襲い掛かった。
そして、木々を難なく薙ぎ倒しながら、ジグラットへと噛み付く。
だが―――硬いジグラットの鎧に歯が触れると、火花が飛び散り、シャーク・モールは弾き飛ばされた。
「ギ、ギ、ゴッ!」
怪物めいた声を上げて吹き飛ばされたサメは、
不気味な白目と、恐ろしく巨大な顎を見せ付けながら大地の上へと落ちた。
相当な巨体で、どう少なく見ても5メートルはあるそれは、どことなくホオジロザメのシルエットに似ている。
だが―――普通のサメと違い、歯がチェーンソーのように回転していた。
その上、身体の表面が波打っている。まるで、海面に波紋が立っているような、不思議なパターンが身体中を走っていた。
「……」
やがて、サメは気を取り直したのか、身体を震わせると土の中へと潜っていく。
どうやら、身体の表面にある鱗も細かく動いている為、土の中を泳ぐように移動する事ができるようだ。
「何故、あのような生物がここにいるのだ?」
「わからない、わからないよぅ……」
”スターシア”と呼ばれた女性は、決してジグラットから離れようとせず、ただ身を震わせていた。
身長はアルマより少し高く、高校生のような感じの体格だ。
プラチナブロンドの美しい髪を携えており、眉がやや太い。そして眼鏡をかけている。
いかにも運動神経の無さそうな感じの娘だ。
服装は、彼女もまたアルマのような一枚のチュニックを身につけていて”トーガ(大きな一枚布の上着)”をスカーフのように上半身に巻いていた。
それだけならば、古代ローマ人風のコスプレをしているだけだが、彼女は―――光っていた。
頭の周囲を丁度覆うように、”輪”があり、それが輝いている。
まるで天使か、神々の一人であるかのような、そんな神々しい姿をしていた。
「あれ、アイツってちょっと前にはぐれて見つかった、とか言う奴じゃない? 前も確かこんなことあったじゃん」
「ギィィッ、ア”ア”ア”―――ッ!!」
壊れた電子機械めいた叫び声を上げて、シャーク・モールは凄まじい勢いで歯を回転させ始めた。
まるで重機の一部のようなそれを構え、一気にジグラットのほうへと向かい始める。
そして高速回転する歯が地面と接して火花を上げ、衝突―――
「フンッッッ!!」
ジグラットへと突撃が起こる直前に、いきなり現れた”金髪の男性”がシャーク・モールの横っ腹を殴りつけた。
そして、轟音と共にシャーク・モールは大きく吹き飛び、森の中へと吹き飛ばされた。
「おっ、ライ兄ちゃん!」
呼ばれた男性は、返事をせずに鷹の様な鋭い視線で、森の中を見ている。
やがて、再び地中を潜行しながら、シャークモールは現れた男へと突撃していった。
だが、地中から飛び出そうとする瞬間―――
「ッ、ォオ”ラアァッ!!」
現れた男は、目の前まで来ていた土山の中に向かって拳を繰り出した。
そして盛り上がった土の中にパンチが突き刺さると、土山は動かなくなった。
同時に、土を掘削する音が段々と小さくなり、やがて聞こえなくなっていった。
「全く……手間をかける」
溜息混じりに男はそう呟きながら、腕を持ち上げる。
すると、土山から引き抜かれるようにシャーク・モールが”身体ごと”持ち上げられた。
頭部の眉間付近には、男の腕が突き刺さっている。
先程放った一撃が、急所へと命中し、そのまま頭骨を突き破り、頭の中へと突き刺さったようだった。
金髪の男は、気だるそうに腕を振ると、シャーク・モールの亡骸を投げ捨てるように放った。
「やっぱすっげぇなぁ。ライ兄ちゃんは」
「大丈夫だったか。スターシア」
金髪の男は、ジグラットと同じぐらいの背の高い男だった。
その身体は筋骨隆々だが、”ゴツイ”という感じの体型ではない。
まるで猫科の猛獣のような、しなやかな、だがはっきりとした筋肉の凹凸のある身体だ。
金色のミドルヘアをしており、どことなくその威容はライオンを髣髴とさせる。
身体には闘士が身につけるような、手足の外側を重点的に守り、あまり胸などを覆わないタイプの鎧を身に着けている。
そして、何故か半分だけになっている金色の仮面を被っていた。
「んん? ジグラットではないか。珍しいな」
「丁度いい、ライフォス殿。貴公にも……」
ジグラットが応えようとすると、彼の背後からスターシアが顔を出した。
そして、シャーク・モールの方を向いて悲しげに呟いた。
「こ、殺しちゃったの……?」
「……ああ」
「……可哀想……」
”ライフォス”と呼ばれた男は、それを聞くと僅かに眉を潜め、先程倒したシャーク・ モールの方を振り向いて言う。
「アイツは先月、お前を襲ったのと同じ奴だぞ? これで二度目だ。もう手加減は出来ん」
「……」
ライフォスが厳格そうに言うと、スターシアは悲しげに目を伏せる。
それを見かねて、アルマが言った。
「まぁ、後で弔ってあげよーよ。仕方ないっちゃ仕方ないんだから」
「……うん」
悲しげな少女の顔を見て、バツが悪そうに前髪を少し掻きながら、ライフォスは訊ねる。
「……所で、ジグラット。何か用なのか? ”丁度いい”とか言っていたが」
「マスターのご命令がここにあるのだ。”皆”で分けて、他のマスターの方々へと持って行って欲しいと」
「マスターの……か」
ジグラットが用件を伝えると、眉を僅かに跳ねさせ、ライフォスは再び厳格そうな雰囲気を纏った。
そして、続けて訊ねる。
「他のマスターへと、とはどういう事だ?」
「言葉のままだ。我らがマスターを除く8人の方々へと、この”重要文書”を持って行って欲しいと」
「重要文書、ね~……どういう用件なんだろ」
アルマは、顎に手を当てて僅かに唸りつつ、ジグラットが持っている手紙を見ている。
8枚の手紙を見て、不思議そうにスターシアが訊ねた。
「あの……”皆”で分けて、って……」
「ここに居る我々とネリアル殿、ティメラ殿との6人だ」
「”メラ”が持って行ったら一瞬なんじゃないの? もしくは直接”ウィング”の魔法で飛ばすとか」
「それは重要文書だから止めて欲しい、との事だ」
ジグラットが言うと、他の三人はどこか納得した風に頷いた。
「それじゃあ、ネリアルさん呼びましょうか?」スターシアが訊ねる。
「頼みたい」
「それじゃあ、理力飛ばしますね」
スターシアがそう言うと、彼女は目を閉じて両手を胸の前で握り込み、集中した。
すると頭の周囲にある輪が、彼女の集中に呼応したのか、青白く輝き始めた。
そして―――光の波が、世界に走った。
「ネリアルさん、すぐ来るそうです」
「感謝する」
ジグラットが感謝の意としてか、身体を僅かに傾けた。
「メラは?」アルマが訊ねる。
「もう来てるって」
「えっ!?」
アルマが慌てて周囲を見回し始める。
そして地面に描かれたものを見つけて、驚きの声を上げた。
「うわっ! ほ、ホントだ!!」
地面には、少女の絵が描かれていた。
輪郭以外は地面の色と同じ為、髪の色などはわからないが、形状は短く纏めた髪の左右両側から、長い髪を垂らしている。
いわゆるツインテールというスタイルだ。
背は低い感じで、かなり幼い。小学生の低学年ぐらいの年齢だろう。
現代的な服装をしており、なかなか悪くないイラストだ。
だが―――次の瞬間、驚くべき事が起こった。
「ねぇねぇねぇ……さっきの話って、ホントなの?」
突然、”床に描かれた少女の絵”が動き始めた。
そして声を発すると、絵の口の部分が動き、まさに生きて居るかのように振舞い始めた。
いや、違う。その”絵”は―――”本当に生きている”のだった。
「他のマスターって事は……もしかしてジーク様にも会いに行っていいの!?」
絵の少女は地面を凄まじいスピードで動き―――というよりは
”瞬間移動した”と言えるほどの素早さでジグラットの宝石の鎧の表面に映っていた。
カラフルな物に映り込んだからか、身体に色が付いて黒髪ツインテールの少女である事がわかった。
ジグラットは身体から響く声に慣れないのか、身体を少々仰け反らせて言う。
「ああ、そのようだ」
「やったぁっ!!」
ジグラットが応えると少女はジグラットの表面で飛び跳ねる。
すると、ジグラットもそれに釣られてか、身体を揺らされてバランスを崩した。
「あれ、もうみなさんいらしてたんですか?」
「来たか、ネリアル」ライフォスが応える。
壊れた煉瓦の道の向こう側から、声と共に男性が現れた。
茶色と赤毛が入り混じったような短髪の髪をしており、前髪がやたらと伸びていて顔の片目が隠れている。
垂れ型の目をしていて、どこかやる気の無さそうな顔つきをしているが、その言葉遣いは全体的に丁寧な感じを漂わせていた。
ライフォスのように鎧を身につけており、体格は戦士型のそれである。
ただ、胸元などは覆っていない彼のものとは違って、全身を覆うような青銅の鎧を身に着けていた。
彼は、他の者と違って普通の人間のように見えた。
一つだけ、肩の鎧部分に”内部から突き出て”いる”赤銅色のプレート状の部分”がある事を除けば、だが。
「これで全員か」
「それでは、どう分けるかを決めるとしよう」
宝石の騎士は、他の5人を集めてどういう風に貰った手紙を届けるかを話し出した。
■
真夜中の都会の街。その裏路地を、一人の少年が小走りでかけていく。
「はぁっ、はぁ……」
ラクは息を切らしながら、とある場所までやってきて、ふと気付いた。
大通りの方が暗い。周囲の雰囲気が変化してきている。
通常ならば、街灯やネオンなどが絶え間なく設置されているので、余り街の中に暗い場所は無いのだが(路地裏などはまた話が違うが)、大通りの方が暗くなっている事はまず無い。
「……どうやら、横浜エリアにまで入れたみたいだな」
立ち止まってレーダーをじっくりと確認すると、今まで自分を追いかけて来ていたプレイヤーが、誰ももう追跡を行ってきていないのに気付いた。
レーダーを狭域に切り替えても、路地裏の周囲にそれらしい反応は見当たらない。
ラクはそれを確認すると、大きく安堵の息を吐き出し、大通りの方へと歩き出した。
「これで……ひとまずは安心かな」
モンスターならば、追跡するのもされるのも慣れているが、人間に追われるのは正直、気持ち悪いものだ。
モンスターには無い、独特の感覚があるからである。
これは一回追いかけられてみないとわからないのだが、実に粘着質的で恐ろしい。
高い知能を持つ生物に追いかけられる、というのはそういうものなのだ。
「ここは……新横浜あたりかな」
路地裏から大通り近くまで近づき、マップシステムを狭域モードから広域へと戻す。
そして今、自分が大体どの地域に居るのかを、地図データを使って確認した。
見た感じでは新横浜へと入っているようで、高速線と電車線が丁度入り組んでいるのが見える。
「えーと」
ここまで来れば、悪クラスのプレイヤー以外は動きにくくなる。
そのため、もう追いかけてくるプレイヤーは居ないはずなので、大通りへと出て、周囲の状況を確認する。
周りの雰囲気は、今までは打って変わったものとなっていた。
(うわぁ……話には聞いてたけど……)
夜の街は、どこもかしこもが大抵、電飾の明かりで彩られている。
一歩街の外へと出れば違うのだが、大抵の都市は現代風の作りになっているのだ。
それはここ横浜エリアも変わりないのだが、漂っている雰囲気が別のものとなっていた。
例えるならば、退廃的なものと言うべきか。
普通の都市部ならば、大通りを照らす為だったり、ビルなどで使われている生活光が寄り集まって幻想的な摩天楼を作っていたり、明るい夜の世界を形作っていたりするが
今、ここにあるのは歓楽街などで、やたらと人を引き寄せる為に使われるような。激しく点滅を繰り返すようなデザインの電飾だ。
例えばカジノだとか、遊園地だとかで使われているような感じのものである。
「一歩間違えると、変なところに入っちゃいそうだな……」
何故、横浜エリアが悪人の街となっているのか、というのは諸説あるのだが、その中で最も有力なものは「移民街がそのまま引き継がれた」というものだ。
色々な国に外国からの移民者が集まる場所があるように、日本にも多数の移民街が存在する。
現実の東京においてのそれは、非常に小さなものが点々と存在するだけであったのだが
、”ゲーム世界”、すなわちファシテイトの中では「横浜」にいつの間にか大きな拠点が築かれていったのだ。
何故、横浜だったのかはわからない。
最も外国人がファシテイトで寄り付きやすい日本のエリアだったから、とかユーザー数の多い中国人、韓国人などが溜まりやすい場所だったから、とか言われているが、どれも根拠としては不確かなものだ。
ただはっきりとしている事は、兎角、そんな感じで”外国人が形成した悪人街”を日本のユーザー達が台頭を行って、”奪い取ったような形”になって現在の悪人街があるという事だ。
「さてと、まずはワールドアウトできそうな適当な宿を探さないと……」
ラクは普段は来ない危険な雰囲気が漂う世界に、やや不安を感じながらも足を踏み出そうとした。
だが―――突然”足元がぐらついた”。
「う……ん? あれ?」
身体から急に力が抜け、地に膝を着きそうになる。
(な、なんだ……? HPが減りすぎた、か……?)
ラクは最初、調子のおかしさを疲れが溜まってしまったからかと思った。
だがHPの数値が”微妙に減っている”事を確認し、周囲を慌てて見回し始めた。
(減ってる……!? って事は……ま、まさか、攻撃されてるのか!?)
HPが減るタイミングというのは、いくつか存在するのだが、基本的に身体に軽く何かがぶつかった程度では減らない。
大きく転んで頭を打つとか、高い場所から落ちて身体に衝撃を受けるとか、そういう”事故”と判定される場合は違うのだが、基本的にHPは「ダメージ判定となる攻撃」を、つまりは”明確な敵意ある攻撃”を受けないと減らないような仕様となっている。
だから、普通に立っているだけは、減っていく事は有り得ないのだ。
”何か”から影響を受けてでもいない限りは。
「ぐっ……どこか、らっ!?」
身体を動かそうとすると―――足が”ずれ”てしまった。
右足の膝下あたりから、真っ赤な欠損表現が覗いたかと思うと、そのまま身体を大きくすっ転ばせてしまう。
「ううっ!!」
上半身を起こして、視界に”残った右足部分”が入り、やっと自分の右足が切断されてしまったのがわかった。
そして、自分がもう動く事もままならない事を実感し、戦慄した。
(そ、そんな馬鹿な……いつの間に切られたんだ!?)
攻撃されている。間違いない。
だが―――何処からなのか、そして攻撃されたタイミングがいつか、全くわからない。
(や、ヤバイ……敵はかなり強いぞ……!!)
足が知らないうちに切断されていた、という事実よりも
ラクは”HPがあまり減っていない”と言う部分に恐怖を感じた。
”部位ダメージ”を発動させるのは、大して難しいことではないのだが”欠損”となると、かなりの力の差がなければならない。
もっと言えば、それを行うのにも、通常はHPをかなり減らす必要がある。
こんな風に、”攻撃された本人がわからない”ほど滑らかに部位切断攻撃を行える、というのはそれだけで強者である証明と言ってもいい。
攻撃に相当な熟練度がなければ無理な芸当だ。
「はい一丁上がり~っとぉぃ」
「!」
飄々とした声が聞こえると共に、視界の端から一人のプレイヤーが現れた。
人波が彼を避けて開き、その姿が現れていく。
彼は痩身長躯で、革のコートに何故かウェスタンハットをつけている。
見た目では完全に西部劇風の姿だ。だが、見てまず目に付いたのは、彼の背にあるその格好とは全く相反する大きな刀だ。
身長を超えるほどの長さを持っており、普通に振り回せるとは思えない。
だが、レベル表示が即座に現れ、その表示を見てラクは驚愕した。
(れ、レベル75!?)
かなりの高レベルプレイヤーだ。間違いなく上級クラス。
おおよそLV70以上なら、ほぼ全てのキャラが上級クラスとなっているので、間違いは無い。
というよりそもそもLV70以上の人間は早々居ない。
上級ならば、日本にもそう数は存在しない為、見た事がありそうな気がするものだが……。
「うっ!! あ……ま、まさか……!! アンタは……!!」
そんな風に姿から記憶の糸を辿っていくと、”とあるもの”に思考が突き当たり、思わず声が漏れ出た。
西部劇風の男は、胸ポケットから取り出したタバコを咥え、ズボンから取り出したライターで火をつける。
そして一服した後に、大きく煙を吐き出しながら、言った。
「悪ぃけど、平和の為に死んでくれや」
同時に名前が表示される。
≪THE SUPER GUARDIAN§奏銃師 『エクスクモ・フィンガーズ』 -MIGHTY GUN BLADER-『Aixcmo Fingers』≫
(確か……治安維持ギルド「ファイブ・スターズ」の、ぎっ、ギルドリーダーじゃないか!! し、しかも……”スーパーガーディアン”って……!)
元々、プレイヤー名の表記は、モンスター名の表記のような感じの”定められたルール”に従って表示されている。
基本は「職業名」、「プレイヤー名」の二つで、その後にその二つの英語名がくっついて四つ。
そして更にアバターに”何らかの役割”がギルドや公的機関から与えられている場合、更に頭にもう一つ名称が付く。
例えば戦闘系で言えば「バトル・リーダー -BATTLE LEADER-」、「軍団長 -LEGION GENERAL-」などだ。
では、この場合の”SUPER GUARDIAN”という名前の表示は、何を意味するのか?
”GUARDIAN”とは守護者の意であり、この名前は治安維持を担う役割を持つギルドの人間が名乗る事が出来る。
例えば騎士系クラスの治安維持ギルドの人間は”GUARDIAN KNIGHT”と名前が付く。
そして”SUPER”というのは、”全ての存在”の最も上のものが名乗れる役名となっている。
つまり―――この場合は”治安維持を担っているプレイヤーの最強の存在”とでも言うべきだろうか。
かなり有名なプレイヤーだが、レベルが高すぎて普段は表に出てこない為、思い出すのに時間が掛かってしまった。
「ちょっ、ちょっと待った! 待ってくれ!」
ラクが両手を前に上げ、必死に攻撃を止めるように懇願して言う。
だがそれを見て、今度は煙を吐き出さずに大きな溜息を放ち、エクスクモは言った呟いた。
「チート使いのクズと、話す口は持ってないんでね」
短い台詞がはき捨てられると同時に、刀が振り下ろされた。
ラクは咄嗟にナイフを顔の前へと出して、身を守った。
エクスクモとかなり距離は離れているが、攻撃された所を見ると、恐らく何かを”飛ばしてきている”に違いない。
そう考え、そして飛んでくるのは銃弾ではなく”切断攻撃”だと踏んだのだった。
「ぐ!? うわぁっ!!」
ラクの首元から、火花のようなものが散る。
同時に金属音が激しく鳴り響き、強烈な衝撃と共に、ラクの身体は宙を舞った。
そして近場にあった建物の壁へと、激しく叩きつけられる。
「チッ……」
エクスクモはタバコを咥えたまま舌打ちをし、刀を鞘へと納めた。
それから、やる気のなさそうな、散歩でもしているかのようなふわりとした足取りで、ラクが叩きつけられた建物近くへと歩き始める。
ラクは、もう動く事ができなかった。
(だ、ダメだ……体力が……)
身体からどんどん力が抜けていく。
HPの数値を見ると、もう1割を切るか切らないか、という限界ギリギリの量となっていた。
どうやら、前の”ウェンファス姉妹”との戦闘で受けたダメージで、予想以上に身体にガタが来ていたようだ。
片足もなくしてしまっており、これでは、もはやどうにもならない。
今度こそ―――完全に”詰み”だった。
(くそう……!)
ラクが諦めかけた時、突然、大通りの空気が変わった。
そして、野次馬をしていた人々が、端へとどんどん集まっていく。
まるで”遠くからやってくる誰か”に道を開けているようだった。
エクスクモは開いていく人波の向こう側へと、視線をやった。
「……ん?」
「おいおい、ここで賞金稼ぎが何やってんだァ? ”ここ”でよぉ」
「兄貴、アイツ”ハンター”じゃなくて”ガーディアン”みたいですぜ!」
「どっちでもいい……無駄な時間だ……無駄な……」
三人の男が、開かれる人波の向こう側から現れた。
エクスクモは、現れた者達を見て、舌打ちをして呟くように言う。
「”掃除屋”どもか……もう嗅ぎ付けてきやがったか」
「ここは”表の人間”がデカイ面していい所じゃあねぇんだぜ? とっとと出てけや」
一人は、背が高く筋骨隆々で、ゴリラのような体型をしている男だ。
胸元のみに金属製のプレートをさげており、他の部分は薄手の革鎧や、簡素な衣服を着ている。動きやすさを重視しているのだろう。
手には片手用の”斧”を持っていて、”いかにもな山賊”と言う感じだ。
そして二人目は小柄な体型をしている。
子供のような身長で、顔つきも子供染みているが、声はややしゃがれた感じで、どこか大人っぽい雰囲気を漂わせていた。
腰に複数の大型のサバイバルナイフを下げているところを見ると、彼はナイフ使いのようだ。
三人目は痩身長躯の姿をしている。
彼もまた刀を腰に差しており、戦闘タイプのプレイヤーである事がわかるが、他のプレイヤーのように鎧を身につけておらず、薄い和風の着物に身を包んでいるだけだ。
「素浪人」とでも言う感じの風貌をしている。
「ああ、すぐ出て行くさ。こんなゴミ溜めみたいな所からはな。コイツを……」
エクスクモは、今度は銃を抜いてラクを狙った。
「ぶっ殺してからなッ!」
「ッ!」
そして銃声が響いた―――が、銃弾は命中しなかった。
「チッ……クソが」
エクスクモの顔が不機嫌そうに歪んだ。
ラクが薄めを開けて確認すると―――エクスクモの手元が、僅かに狂っていた。
ラクが壁の方へ視線をやる。するとエクスクモの右側の壁に、小さなナイフが刺さっているのが見えた。
更に視線を戻すと、小柄なプレイヤーが手を上げているのが見える。
どうやら、早業でナイフを投げて、それを避けようとした為に銃口がずれたようだ。
それを見て、小柄な男は愉快そうに笑いながら、続けて言った。
「聞こえなかったのかよ? ”さっさと出てけ”っつったんだぜ? ”やる事やってからでいい”とは一言も言ってねぇんだぞ?」
付近に、野次馬たちが集まり始めていく。
雰囲気の高まりを察知しているのか、先程までの見物人とは違う。
”何か”を期待しているような視線を、エクスクモと、その三人に向けていた。
エクスクモは、タバコを軽く吹かしてから、言った。
「あんまり面倒くせぇ事はしたくねぇんだがなぁ」
”戦う”という言葉を一言も交わしはしなかったが、双方は戦闘の姿勢を取った。
戦意があるとみなされたのか、三人の男たちの名前と職業も表示され始めていく。
「俺達も同じさぁ。でもよぉ、好き勝手やられてると聞いちゃあ、黙ってられねぇんだぜ」
≪殺人鬼 『ガンテス・アボルズ』 -ELIMINATOR -『Guntes Abolls』≫
「ここは、オリらの場所だからな~」
≪練達盗賊 『サイモン・リタナー』 -HIGH ROGUE-『Simon Retener』≫
「無駄なものは、斬り捨てるだけだ……!」
≪人斬り 『ゲンタロウ・ヤジマ』 -HITOGIRI-『Gentarou Yajima』≫
(れ、レベル58、60、ろ……65……!!)
全員、相当に強力な戦闘タイプのプレイヤーたちだ。
ラクは大通りの端へと這いずる様に移動し、これから始まるであろう戦闘を見守った。




