第4話:この若者、只者ではない
儂は目の前の光景に、思わず足を止めた。
牢の中では、葵の御紋をつけた若者が三人の牢番を相手に花札に興じている。
「こいこいじゃ」
「なっ! まだ勝負を続けられると申されるか!」
「無論じゃ」
若者は涼しい顔で札を一枚取った。
「ぐぬぬ……」
「これで、いかがじゃ」
「猪鹿蝶……!」
「余の勝ちじゃな」
牢番たちが肩を落とした。
「ま、また負けた……」
「一体、何連勝でございますか!」
帯刀が前に出ようとした。
「御前様、あの者どもを――」
「待て、帯刀」
儂は小声で制す。
「しばし様子を見る」
「しかし……」
「よいから黙っておれ」
若者は、次の勝負を始めていた。
手札を眺めるその表情には、まったく焦りがない。
牢番たちは必死である。
だが、若者は悠然と札を出す。
「こいこいじゃ」
「またでございますか!」
そして、また勝った。
久光は息を呑んだ。
(なんという勝負運……!)
いや、運だけではあるまい。
相手の手を読み、勝負どころを見極め、勝てると踏めば躊躇なく踏み込む。
しかも、ここは薩摩藩邸の牢である。
捕らわれの身にありながら、これほど平然と勝負を楽しむとは。
(この若者、ただ者ではない……)
「帯刀」
「はっ」
「そなた、あの者が何と名乗ったか聞いておるな」
「徳川家茂と……」
「うむ」
儂は若者の横顔を見た。
年の頃も合う。
装束には三つ葉葵。
そして、あの物怖じせぬ態度。
(まさか……まことの上様か?)
そうであれば、薩摩は取り返しのつかぬことをしたことになる。
腹を決めた。
「帯刀、牢を開けよ」
「はっ!」
鍵の音に、若者が顔を上げた。
「おや、次の相手か?」
儂は深々と頭を下げた。
「恐れながら、御名をお聞かせ願いたく存じます」
「余は徳川家茂である」
即答であった。
若者は札を伏せ、静かに久光を見据えた。
「して、そなたは何者じゃ」
「島津久光にございます」
「おお、久光か」
儂としたことが心の臓がもんどり打った。
この若君、儂を知っておられる。
しかも、初対面であるというのに、まるで旧知の者に呼びかけるような落ち着きよう。
「上様……なにゆえ、このような所へお越しにございますか」
若者は、こともなげに答えた。
「菓子を求めて参った」
「…………は?」
久光は思わず顔を上げた。
菓子?
この大事な時期に?
明日は勅使の登城を控えておるというのに。
いや。
まさか、菓子とは何かの隠語なのか……?




