第3話:上様、捕らえられる
ログインするとすぐにトイレ、まちがい、中奥の厠にこもりましたよ。
「う〜ん。和ちゃんへの差し入れ。どんなお菓子がいいだろ?」
21世紀の東京なら、銀座とかさ、日本橋の高級和菓子店。
この時代でもやっているとこだと日本橋かな〜。
「ひかりちゃんへ。このMOD、アプデました」
なんと、音声でメッセージの読み上げが。
「なになに? お〜、大江戸ナビゲーションシステムとな?」
いい仕事しますな、伊乃莉さま。
では、早速
『美味しい和菓子屋さん』
と音声入力。
座標が自動指定されて、眼の前が『びゅ〜〜ん』と変化。
あ、おサイフ忘れた。
陽気なひかりさん、になっちゃった。
◇◇◇◇
気がつくと、そこは大きなお屋敷の庭だった。
小さな日本庭園の中の島。
朱色の橋の向こうに母屋があり後ろには、長屋?みたいな建物。これがずっと横につながっている。まるでお城の壁?
「おはん、こげな所で何をしちょっとか! 名を名乗れ!」
なんか気合のこもったセリフで名前を聞かれました。
《怪しいものじゃないよ〜。ところでこの当たりにお菓子屋さんはない?》
「怪しき者ではない。ところで、この辺りに菓子を商う店はないか?」
「怪しか者が、己を怪しかち言うもんか! さっさと名を名乗らんか!」
そりゃそうか。
ここは正直に言うかな。
《え〜っと。私ね、徳川家茂といいます》
「余は、徳川家茂である」
ざわついたよ。
そりゃー、そうだよね。
急に庭に不審者が現れて、「自分は将軍様である」とか。
私ですらびっくりするよ。
「こン不届き者が! 皆ン衆、ひっ捕らえんか!」
私、平和主義者。
下手に抵抗すると色々問題があると思うので、大人しくしょっぴかれました。
◇◇◇◇
文久二年六月
江戸高輪、薩摩藩邸。
島津久光視点です
(以後、聞き取りにくいので標準語にします〜)
ついにここまで来たか。
先程までの会合を思い出す。
明日は勅使の大原卿が江戸城で直接将軍家に幕政改革の勅命を言い渡す。大原卿も勇んでおられた。
この勢いで、一橋卿と春嶽公を政の中枢に送り込む。
これがなれば公武合体の体制がより強固になる。
藩論が揺れている長州や、頑固な水戸も従わざるを得まい。
會津とも我が薩摩、手を結べるやもしれぬ。
ここが一番大事ぞ。
なにか一つでも間違いがあってはならぬ。
ようやく籠が藩邸についた。
籠を降りて、皆のものに気が付かない程度に背伸びをし、体をほぐす。
そのとき、
「久光様、ご注進!」
此度の江戸表での差配を任せている(小松)帯刀が近寄ってきた。
「なんだ。帰りざまの醜態。お前らしくもない」
「大変にございます故」
いつも冷静である帯刀らしからぬ狼狽ぶり。
何かある。
「申してみよ」
「は、私の失態にて。不審者が屋敷内におりました故、藩士らが取り押さえましてござる」
当たり前ではないか。
「それがどうした」
「その不審者。将軍家の名を騙る狼藉者として藩士らは牢に繋ぎました」
「将軍家? 家茂公を騙ったのか」
「はっ」
将軍家のお顔を知っているのは、大名か御目見え以上の直参。
儂ですら拝見したことがない。
「問題は、その者の衣類と持ち物全てに葵の御紋が使われていることでございます」
「なんだと!?」
葵の御紋を衣服や持ち物に入れる事自体がご法度。
それを持ち物全てにだと?
まずはありえぬ。
すべて細工師に作らせたら、すぐに知らせが行くこと必定。
道具が届く前にお縄が届くであろう。
つまり⋯⋯
「本物か」
「御意。その可能性が高いかと」
なんということだ。
こんな大事なときに、もし上様を牢屋に入れたとなれば、公武合体どころではない。
この島津七十七万石が吹き飛ぶ。
しかし、何ゆえ上様が我が薩摩藩邸に?
探りか?
いや、まさか。
御本人が来るはずがない。
将軍家の下向はそう簡単なものではない。
お忍びですら、そこらの大名行列以上の格式を持たさねばならぬ。
わからぬ。
とにかく、お待たせしてはいかぬ。
「牢屋だな。急ぐ」
儂としたことが、狼狽しておる。
いかぬ。
足早になっておるではないか。
姿勢をただして、丹田に気を貯めよ。
「参る」
そして儂が牢屋の間に入ると、なんとそこは賭博場になっていた⋯⋯




