8.【トーマ視点あり】王子様、Aランチを食す
入学式も無事終わり、翌日から本当の学生生活がスタートした。
教室に入ると、すでにアイナちゃんがいて、私を見ると手を振ってくれた。
席に着いて、彼女と話をしていると教室がざわついた。
見ると、トーマ様が教室に入ってくるところだった。
ただ普通に入って来ただけなんだけど、注目度がすごい。
たぶん王子オーラが自然と出てしまっているんだと思う。
お城で見るトーマ様と変わらないんだけど、あれってやっぱりお城だったからなのかしら?
煌びやかな風景と本人が釣り合ってた感じ。
こういう普通の教室で見る彼は、無駄にキラキラしてるもんね。
私達庶民は、ひれ伏すしかない。
そんな視線をまったく気にする様子もなく、「おはようございます」と挨拶をすると、私のところへやって来た。
「おはようリラ」
「おはようございます」
「ねぇ、カイルが隣の部屋なんだけど、彼、夜な夜な筋トレするんだよ。音が聞こえてくるの怖くない?」
「それは驚きますね」
「僕も一緒にした方がいいのかなって寝ながら考えてた。もしかして、みんなしてるのかな?」
「たぶん、カイル君だからしてるんだと思います」
「そっか」
なるほど、二人は隣室なわけね。
いや、待てよ?
さすがに隣の部屋から筋トレの音が聞こえるなんて、壁薄すぎない?
もしかしたら、王子様だし内ドアがある特別部屋かなぁ?
そんなことを考えていたら、トーマ様はいつの間にかアイナちゃんに挨拶をしていた。
「はじめまして。トーマ・ローウェルです」
「あ、アイナ・ミラーです!」
驚いたようにびっと姿勢を正すアイナちゃん。
「リラと仲良くしてくれて、ありがとうございます。僕も同じクラスなので、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくおねがいします!」
ぺこりと頭を下げるアイナちゃんに、トーマ様はにこりと微笑んで、自分の席に歩いて行った。
……えぇ~、トーマ様普通じゃないですよ今の。
滅茶苦茶目立ってますけど!?
周囲のざわつきと、うっとりとしたため息が聞こえてないんですか?
そう思っていたら、案の定アイナちゃんが私に言った。
「リラちゃん、あの人何者!?すごいオーラ!そして、すごいかっこよかったんだけど!王子様系じゃない?」
「うーん……たぶん本人は普通だと思ってやってるから、気にしないであげて」
「でも、ただのクラスメイトにする挨拶じゃないよね!?たぶん、ものすごくいい所の息子さんなんだろうね!」
「うん、そうだね。ものすごくいい所だよね」
お城だもんね。
でも、教えてあげないとダメだわ。
普通の男子学生はあんな挨拶をしないって。
私がそう決意を固めているとも知らず、注目の的であるトーマ様は優雅に席について窓の外を眺めているのだった。
*************
自分で生活するってこういうことなのか。
窓の外を眺めながら、ぼんやりと考える。
朝に、執事が来ることもなければ、お茶を淹れたり、朝食を運ばれたりすることもない。
今日の予定をあれこれ言われることもないし、姿勢を注意されることもない。
「……解放感」
心がぱっと軽くなる感じ。
たぶん、解放感なんだと思う。
この生活が三年もあるかと思うと嬉しい。
そして、城に戻るのが怖くもなる。
いや、今は考えないようにしよう。
そう思ってふと教室の方に目をやると、ばっと数人の生徒が僕から顔をそらした。
……え、なに?
不思議に思っていると、一人の生徒が近づいてきた。
「お前、すごい注目度だなぁ」
彼は楽しそうにそう言うと、僕の後ろの席に座る。
思わず振り向くと、彼は鞄を机にかけながらこちらを見た。
「まぁ、気持ちはわかる。王子サマ系だもんな」
そう言って笑うと「ごめん、ちょっと眠いから」と言って机に突っ伏してしまった。
……王子様系?
何もしてないのに、もしかしてもうバレてるのだろうか?
なんだかとてもショックで、思わず頭を抱えてしまった。
しかし、その後「君、王子でしょ」と言われることもなくお昼休みになった。
せっかくなので、学食というものに行ってみることにした。
好きなものを注文できるらしい。
すごいな。
これだけ生徒がいるのに、リクエストを聞いてくれるのだろうか?
そんなことを考えていたら、後ろの席の生徒から、トントンと肩を叩かれる。
見ると、赤毛を逆立てた男子生徒が僕を見ていた。
今朝、僕のことを「王子様系」だと言ってきた彼だ。
「なぁ、学食一緒に行かね?」
振り向きざまにそう言われてびっくりした。
「ここの学食、うまいらしいんだ。初日くらい購買でパン買うよりも、ちゃんとしたもん食べたいじゃん」
「うん。僕もこれから行こうかなと思ってたところ」
「よし!じゃあ決まり!俺、ロイ・フォール」
「トーマ・ローウェルだよ。よろしく」
僕がそういうと、ロイがまじまじとこちらを見た。
「なんか格式高そうな名前だな。ほんとに王子みたい」
「そうかな?」
「あぁ。朝も言ったけど、見た目がそれっぽいし、後ろから見てて思ったけど、お前めちゃくちゃ姿勢いいしな」
「……そうかな?」
考えたこともなかった。
「まぁ、いいや。行こうぜ。学食混むだろうしさ!」
こうして初めて同年代の友達と、学食へ行くことになったのだった。
学食というのは、思っていた以上に面白い所だった。
たくさんある中から好きなものを選ぶ、というのがまずなるほどと思ったし、食券というシステムも興味深かった。
Aランチ、Bランチという言葉も通っぽくていい。
なにもかもが新鮮すぎて、ドキドキが止まらなかった。
いちいち感動する僕に、ロイは楽しそうに言った。
「お前、学食初めて?」
「うん」
「へー。じゃあ弁当持ちだったの?」
「え?お弁当?」
お弁当を持って学校に行くってこと、あるんだ?
でも、お弁当ってピクニックに行くときみたいなものじゃないのかな?
そんな僕を値踏みするように、こちらをじっと見つめていたロイだったけれど、ふっとその茶色い瞳がやわらかくなった。
「トーマっておもしろいな。ちょっとズレてる。天然っていうよりも、ズレてる」
親しみが込められているような声色に、なんとなく安心してこう言った。
「……なるべくズレないようにしたいから、色々教えてくれる?」
僕の言葉に、ロイが一瞬食事の手を止めたかと思うと、大笑いし始めた。
「なにそれ!ズレてる自覚はあるんだ!?」
「ある。普通になりたくて」
「へぇ~。普通になりたいって、持ってるやつの言葉だと思ってたけど、お前が言うとちょっと違う気もするな」
「え」
持ってるやつの言葉?
「切実に困ってるって感じ」
「そうかもしれない」
「お前、いい奴そうだし、変な奴にだまされないように、ズレを無くしといた方がいいな」
とりあえず、学食に戸惑うくらいじゃズレてるうちに入んねーから、大丈夫だって!
ロイはそう言って明るい笑顔で笑った。
その言葉が、すごく嬉しかった。




