52.したたかな王子様
放課後のお散歩効果は、思いのほか早く表れた。
歴史の授業中、いつもならすぐ寝てしまうのだけれど、今日はまだ何とか起きている私。
何度か瞼が落ちかけたけれど、はっとしてノートを取ろうとペンを握り締める。
そして三文字くらい書くと、また意識が飛ぶ……。
寝るわけにはいきません……!
トーマ様にご迷惑をかけるわけには……
そう思っていたのに、いつのまにかウトウトしていたらしい。
後ろからつんつんとつつかれている感覚に私は、はっと目をあけた。
思いきり振り向くわけにはいかない。
先生に見つからない範囲で後ろを向きながら、とりあえず頭だけ下げる。
トーマ様が小さく笑う気配がした。
授業が終わってすぐ振り返ると、笑顔のトーマ様と目が合う。
「ちゃんと起きたね」
「ありがとうございます!! 起きました!っていうかなるべく寝ないように頑張れました!」
すると、アイナちゃんとロイ君がやって来た。
「リラちゃん、寝てなかったね!!」
「いや、途中一回寝てたろ?トーマにつつかれてるところ見たぞ」
「でも、ちゃんと起きましたよ!毎日のお散歩効果ですね!」
「散歩も起こしてもらうのも、全部トーマが絡んでるけどな」
ロイ君はそう言ってトーマ様を見た。
「そのうちトーマが起こす必要もなくなるわけだ」
「そうだね」
「よかったな。起きてくれない姫なんて、王子としちゃ肩身せまかっただろ」
からかうロイ君に、トーマ様は笑った。
「起こす必要を無くしたんだよ。ずっと起きてもらうためにね。相手に起きてもらえない王子は、笑われるみたいだから」
「自分から起きる姫にする王子。新しいな。ただ起こすだけよりも強い気がする。結構したたかだよな、お前」
手を上げて降参ポーズのロイ君に、トーマ様は微笑むのだった。
よくわからない話の二人を見ていたら、アイナちゃんが言った。
「リラちゃん。運動効果って早寝の他にありそう?ダイエットになるかな?」
「ダイエット……そうですねぇ。お散歩の後はおなかがすくので、いつもよりも食べちゃいます」
「え、逆に太るやつ?」
きっぱりという私に、アイナちゃんがガクッと姿勢を崩して見せた。
「かもしれません。食べて早寝なので。でも、もしかしたら背が伸びるかもしれませんよね!?」
そうしたら、オーウェン様ごのみの背の高い女性になれるかも!
よし!
今後はお散歩の後に、カルシウムを摂ることにしましょう!
そう決めた私に、トーマ様がおっとりと言った。
「散歩で、早寝できて背を伸ばせて、授業中起きてられるなんて、一石三鳥だね」
「ほんとですよ!全部トーマ様のおかげです!ありがとうございます!!」
心の底からお礼を言う私を、トーマ様はにこにこと楽しそうに見ている。
あぁ、王子っていうか、なんかもう神様かな?
良い人過ぎるし、とりあえず拝んだ方がいいかもしれない。
思わず手を合わせようとすると、ロイ君が商業科の目で私を見た。
「リラ、ちゃんとトーマに恩を返せよ?」
「はい、わかってます!今度何かごちそうさせてください!」
私の言葉に、ロイ君がなぜか頷いている。
そんな私たちを見て、トーマ様は普通に言った。
「別にいいよ。僕も同じことしてるから、恩恵受けてるし」
むしろ一石五鳥くらいかも、と穏やかに笑っているトーマ様。
「ただの散歩がそこまで得に思えるなんて、幸せな奴だな」
ロイ君が含みのある笑顔でトーマ様を見る。
「そうですよ!トーマ様。遠慮しないで言ってください。お世話になってるお礼をしないと、私の気が済みません!」
私が力を込めてそう言うと、トーマ様は腕組みをしながら「うーん」と考える。
やがていつもの穏やかな口調で言った。
「やっぱり今は大丈夫。物足りなくなったら、その時にお願いしようかな」
「じゃあ欲しいものがあったら言ってくださいね!私にできることならなんでもします!」
「わかった。よろしくね」
にこりと微笑むトーマ様に、私も笑って頷いた。
「……リラ、自分からすごい提案をしたことに気づいてねぇな……」
「それ詳しく」
ロイ君の呟きに、目を光らせたアイナちゃん。
「さっきから気になる会話が、ちょこちょこあったよねぇ?」と言いながら、ぐっとロイ君の腕をひっつかんで、私達に背を向けるのだった。




