45.【トーマ視点】僕の場所
リラの告白騒動の放課後、寮に戻ろうと廊下を歩いていたら、学級委員長にばったり出くわしてしまった。
「あ」
彼はそう言って立ち止まると、いつものように感じのいい笑顔で挨拶をしてくる。
「やぁ、ローウェル君。珍しく一人なんだ?」
「うん」
いつもカイルと一緒だと思われてるんだなと思いつつ頷くと、委員長が言った。
「……聞いたんでしょ?俺がファルケさんのこと好きだって」
突然その話になるとは思わなかったので、驚いてしまう。
なんとなく気まずい。
「彼女、おもしろいよね。すごくズレてるけど一生懸命で」
「……そうだね」
「見た目がどうとかじゃなくて、なんかすごく可愛いんだよね。つい応援したくなるんだ」
彼はそう言って僕を見る。
「いつのまにか好きになってた」
「……そう」
彼の告白に頷くことしかできない。
なぜこんな話を僕にするんだろうか。
落ち着かない気持ちを押さえながら彼を見る。
「君も同じなんじゃないの?」
「え?」
探るような彼の視線に、言葉が出ない。
同じって……。
「ファルケさん、すごくローウェル君を頼ってるなぁって思って、羨ましかった。俺じゃあダメなのかなって思って、魔術基礎の話をしたりもしたんだよ」
「聞いたよ。すごくわかりやすかったって喜んでた」
「そう。……やっぱり君に全部話をするんだね」
委員長はそう言って、目を伏せる。
「やっぱり羨ましい」
羨ましい?
「君にとっては当たり前かもしれないけどね、俺にとってはすごく君のいる場所が羨ましいよ。変わってほしいくらい」
アイナの言葉を思い出す。
『いつもトーマ君からノート借りたり、購買ダッシュしたりしてるでしょ?そういうのを委員長とするって考えてみて』
そういえばそれに関して、リラは何か答えていただろうか?
思い出せない。
少なくとも、目の前の彼はそれを望んでいるということがわかった。
僕が当たり前のように過ごしていた日常を。
「……リラには振り回されてばかりだけど」
「それ、ローウェル君だからだよ」
ぽつりとつぶやかれた言葉。
うつむく委員長の表情はうかがえなかったけれど、なぜか彼を傷つけてしまったような気がして、心が重くなる。
しかし、パッと顔を上げた彼はいつも通りの様子でこう言った。
「ファルケさんが、オーウェン様を好きなのはみんな知ってるけど、正直言って、あんまり現実的じゃないでしょう? 年上すぎるし、生活環境も何もかもが違う。
それなのに、彼しか見えていない。
だから、告白して俺を意識してもらうっていうのが、まずは必要かなって思ったんだ」
元から長期戦覚悟だったのか。
リラの反応は、彼の思惑通りだったということになる。
「……すごく意識してたね」
「うん、あんなに意識してもらえるなんて正直予想外だった。すごく可愛かったな」
ぷっと笑う彼。
僕の知らないリラを知った彼に、なんだかおいて行かれている気がして居心地が悪い。
「でも、全然無理だったよ。オーウェン様が好きだって。考えて欲しいってお願いしたけど、結局悩みもしなかった。ちょっとくらい悩んでほしいよねぇ同世代としては」
冗談交じりの言い方だったけれど、なんとなく痛々しい。
傷ついていることを隠そうとしているのがわかるからだ。
「リラのオーウェンへの想いはそう簡単にはひっくり返らないよ。ああ見えて、彼女の中では本気なんだ。誰もオーウェンの代わりにはなれない」
「王子様でも無理?」
「僕?無理だよ。オーウェンの場所はオーウェンでしか埋められない」
そしてその場所は、リラの中で大部分を占めているんだろう。
「そっか。君が無理なら僕なんて無理だろうな」
彼はそう言うと、明るい声を出した。
「でも、たぶんファルケさんの中で、君は別の場所がちゃんとありそうだよ」
「ストッパー役だと思われてるんじゃないかな。昔からの知り合いだし」
僕の言葉に、彼はうーん、と少しつまらなそうな顔をする。
「俺でもできそうなんだけどな、その役割」
「え」
「俺が欲しいのは役割じゃなくて、君のいる場所だよ。彼女の日常に入れてもらえたら、俺も少しは可能性があるんじゃないかな。そう思わない?」
思わぬ問いに答えられなかった。
固まる僕をじっと見つめていた委員長は、ふっと表情を崩す。
「ごめん。冗談だ」
彼はそう言うと、温かい目で僕を見た。
「ねぇ、ローウェル君て素はすごく自然体な人だね。少し前に偽王子騒動があったけど、あの時に購買で見た君と、目の前の君は全然違う人みたいだよ」
「そうかもしれないね。……でもどちらも僕だ」
「うん、知ってる。そして、俺はどっちの君も羨ましいと思ってる。ローウェル君である君も、王太子殿下である君もすごくいい」
素直に褒めてくれているのがわかる。
こういう言い方をされたことは今まで一度もない。
「ありがとう」
「オーウェン様の壁を超える前に、ローウェル君の壁を越えなきゃいけないんだなって思うと、結構しんどいよ」
「僕は別に壁でもなんでもないよ」
「俺にとっては壁だよ。出来ればそのまま動かない壁でいて欲しいな」
「?」
その言い方を不思議に思っていると、彼はふっと笑った。
「君、自覚すると手ごわそうだもん」
じっとこちらを見る委員長は、僕の言葉を待っているようだった。
「……ごめん。全然わからなくて。でも、君は自分を認めてあげていいと思う」
そこで初めて彼が「え」と固まった。
「たまたまリラにはオーウェンがいただけで、君に何か足りないものがあったわけじゃない。僕をうらやましがる必要もない。そのままの君で充分だと思うよ」
現にアイナからの株は上がっているわけだし。
「……ローウェル君からそう言われるなんて、嬉しいな。君、人を見る目はあるだろうしね」
「どうかな」
「君に慰められるの、悪くないかもしれない。自分でも不思議だけどね」
彼はそう言うと、「それじゃあ、また明日」と言って去っていった。
慰めたというよりも、自分としては本心から出た言葉だった。
今話したことで、彼がリラのことを大切に思っていたことがよくわかったからだ。
彼女が、きちんとした人に見てもらえていたことが嬉しかった。
そしてそんな彼が、想いが届かなかったからと言って、リラのために何も変わる必要がないとも思えた。
「……羨ましい……か」
僕は、一生徒としてすごす自分が、羨ましがられる所にいるなんて思ってもみなかった。
ただ当たり前に、彼女といる日常をすごしていたからだ。
それってもしかしたら、特別なことだったりするのだろうか?




