42.ニセ王子騒動3 決着
落ち着いた声とともに、上げた手がすっとつかまれる。
振り返ると、トーマ様が青い瞳でじっと私を見ていた。
「と、トーマ様!」
「僕に任せて」
彼はにこりと微笑んでそう言うと、私の手をそっとおろす。
そして、私の肩をポンと叩くと、私の前に出た。
心配でトーマ様に近づこうとしたら、いつの間にかそばにいたカイル君に止められる。
「あいつ。怒らせちゃったみたいだよ」
カイル君は私を見て笑う。
「まぁ、見ててごらん」
落ち着いているカイル君の様子に、私はトーマ様の後姿を見る。
触れられた肩や手が、なんとなく温かい気がした。
「次は誰?この間の下っ端騎士じゃないね」
めんどくさそうにため息をつく偽王子。
だるそうに立ったままトーマ様を見ている。
そんな偽王子の不遜な態度と視線を、まっすぐ受け止めるトーマ様の表情は、怒りも気負いもなく、ただ淡々としていた。
ぴしりと伸びた背筋を崩すことなく立ち、静かに言った。
「そうだね。僕は騎士じゃない」
「大丈夫? あの下っ端騎士のが強そうだったよ?あんたが出てきたところで、俺に何かできるとは思えないぜ?」
偽王子は相変わらず、人を見下したような笑みを浮かべている。
トーマ様はいつも通り、落ち着いた様子で彼を見ていたけれど、やがて言った。
「君は、権力や力の強さで、人を思い通りにできると思っているんだね」
「そりゃそうだろ。現に王子である俺に意見できる奴なんて、一人もいない。ちょっと頼めば、みんな言うことを聞いてくれるんだよ」
「それは、君が王子だからじゃない。王子という立場を利用して脅しているだけだよ」
ぴしゃりとそう言ったトーマ様。
表面上はいつも通りだったけれど、雰囲気がまるで違う。
圧倒されたらしい偽王子は、息をのみつつも、トーマ様をにらみつける。
「……お前、何が言いたいんだよ」
「君がしていることは、ただの脅しだよ。しかも、この国の王子になりすましてのね。これがどういうことか、わかってるのかな?」
「……な、なりすますとか意味わかんねぇんだよ。俺はこの国の王子だ。トーマス・ロズウェル・リアディスだぞ!」
彼の言葉に、トーマ様は一瞬目を丸くしたけれど、そのあと呆れたようにふぅっとため息をついた。
「……王室の品位を汚す行為だよ。これが王室や本人に知れたらどうなるかくらいわかっているよね?」
「はっ!ばっかじゃねーの!?王室になんてわかるわけないだろ!こんな学園でのちょっとした悪戯なんて……っ!」
「悪戯。やっぱりそういうことなんだね?」
トーマ様の目がキラリと鋭く光る。
「!」
「君は悪戯のつもりでも、傷ついた人はたくさんいるよ。どうするつもりなのかな」
トーマ様の言葉に、追い詰められてきた偽王子はついにこう言った。
「……お前、さっきからなんなんだよ偉そうに!どういう立場で俺に意見してるわけ!?」
大声を上げる偽王子を、じっと見ていたトーマ様はそっと目を伏せる。
「……表に出ないとこんなことが起こってしまうんだね。今回の件は、僕も反省するところがあったよ」
「何をぶつぶつと。表に出ないってお前なに?引きこもりだったわけ?」
「さっき、君名乗ってくれたよね?トーマス・ロズウェル・リアディスって」
「だからなんだよ」
「リアディス国の王家はね、国の名前を名乗らないんだ。
現国王ウィリアム・ロジャー・ローウェルもそう。僕の父だ」
偽王子の表情が一気に固まる。
「この国の王子はトーマ・アレクシス・ローウェル。これが僕の本当の名前だよ。覚えておいて」
トーマ様は、まっすぐに偽王子を見てそう言った。
その瞬間、購買がざわつく。
「そ、そんな……まさか、本物?」
そう言うと、偽王子はパッと走り出した。
うわ、逃げる!?
そう思った時だった。
「はい、ちょっと待って」
隣にいたはずのカイル君が、恐ろしい速さで偽王子を拘束した。
その隙に逃げようとしていた護衛もどきも、あっさりと捕まえる。
「殿下の話、まだ終わってないですよ?」
「……お、お前っ!?」
「下っ端騎士がすみませんね」
ニヤリと笑うカイル君に、偽王子ががくりと床に崩れ落ちる。
「王子の名前なんて調べればすぐわかるのに、君の勉強不足だったね」
「調べればすぐわかるんだろ?だったらお前だって本物かどうか怪しいもんじゃねぇか!」
「ちょっと偽物!!往生際が悪すぎません!?」
思わず声を上げた私に、トーマ様が手を上げて制す。
「そうだね。僕が本物かどうか、今ここでみんなにはわかってもらえないね」
焦る様子もないトーマ様。
え、いいんですか?そんなこと言っても。
「でも、ここで証拠を出したら君、これ以上恥をかくことになっちゃうけどいいの?」
穏やかだけれど、これは最終通告だとわかる。
この場の全員が、そう思ったのだったけれど……。
「証拠がないから、そんなこと言ってんだろ?」
偽王子……自己ダメージを最小限に食い止めようとは思わないのかしら?
残念過ぎる彼を、生徒たち全員がため息交じりに見つめている。
「カイル」
「……いいんですね?」
名前を呼ばれたカイル君は、制服の胸ポケットをごそごそと探ると、生徒手帳を取り出した。
「なんだ、そんなもん。ここの生徒だって証明したって……」
そこで偽王子は、はっとしたように生徒手帳を凝視する。
カイル君の生徒手帳は臙脂色で、私たちが持つ緑色のものとは少し違った。
「これ、騎士団枠で入ったからそれ用の手帳らしいんだけど……身分証にもなるんだ」
そう言ってぺらりとめくったページを見せる。
騎士団の紋章入りのページだ。
「王立騎士団員カイル・クラウザー。国王陛下と騎士団長のサイン入り。ついでにこれも見る?」
生徒手帳に折りたたんで入れていたらしい紙を、目の前で広げて見せる。
「第一王子トーマ・アレクシス・ローウェル殿下の護衛任務令状」
とんでもなく正式な文書であることが、遠目で見てもわかる。
金箔に縁どられたその紙には、王家の紋章と、騎士団の紋章、さらに誰か偉い人のものであろうサインがしっかりと入っていた。
「俺が護衛任務を請け負ったのは、こちらのトーマ殿下お一人ですね」
にっこりと笑うカイル君に、偽王子と護衛もどきは顔面蒼白になる。
トーマ様はさらに追い打ちをかけた。
「申し訳ないけれど、僕自身の正式な身分証は今持ち合わせてないんだ。納得できないなら、今すぐ城から持ってこさせるけど、必要かな?」
天使のような微笑みを見せるトーマ様に、偽王子と護衛もどきは完全に突っ伏した。
「……カイル、その令状ボロボロすぎて破れそうだよ」
「あとで補修しときます!」
呆れた表情のトーマ様に、カイル君がニカッと笑う。
さすがに何も言えなくなったらしい偽王子たちは、おとなしくなった。
「君たちも浅はかだったけれど、僕も悪かった。これからはもう少し表に出ることにする。そうじゃないと、迷惑がかかることもあるって気づいたからね」
トーマ様はそう言って、周りの生徒たちを見た。
「迷惑をかけて申し訳ない。今後は偽物が出ないように僕も気をつける。何かあったら教えてもらえると嬉しい」
何が違うのかわからないけれど、いつものトーマ様ではないみたいに見えた。
いつもにぎやかな購買がしんと静まり返る。
すると、トーマ様はこう続けた。
「それから、僕のことは普通の一生徒として見てもらいたいな」
そこまで言うとトーマ様はにこりと微笑んだ。
わーっとその場の学生たちが盛り上がる。
「王子!王子!」
「王子!王子!」
なぜか王子コールが響き渡り、「いや、だから王子はやめて」と苦笑いするトーマ様。
「やっぱり本物は違うわよねー!」「オーラやば!」「笑顔カワイイ!」「ニセモノ帰れ!」などという声があちこちから聞こえてくる。
さきほどパンを奪われた生徒が偽王子の元へ駆け寄り、パンを取り戻して速足でその場を去っていく。
それを見届けると、カイル君がにこっと笑った。
「殿下、お疲れ様です」
「カイルもありがとう」
二人は軽く手を握手を交わすと、ちらりと偽王子を見る。
「こいつどうします?」
「そうだねぇ。あとでゆっくり話を聞いてから決めようかな」
「わかりました」
カイル君はそう言うと、偽王子と護衛もどきと話を始める。
そして、トーマ様はくるりと私の方を向いて、いつもの穏やかな笑みを浮かべて見せた。
ほっとして笑い返すと、トーマ様が私の元へとやって来た。
「ごめんね、リラ。すごく嫌な思いしたよね」
トーマ様は私に頭を下げる。
「いえ、スッキリしました!トーマ様にコテンパンにされて、ざまぁみろって感じです!正直に言えば、私も一発殴りたいですけど」
そう言うとトーマ様はぷっと噴き出す。
「そもそも偽物は考え方がほんとに甘いんですよ!王子だからやりたい放題できるわけないのに!王子らしい振る舞いをしようともしてなかったし」
笑っていたトーマ様が、驚いたように私を見る。
「トーマ様がどれだけ頑張って王子になったかなんて、わかってないんですよ!!お城に生まれたからって、勝手に王子らしくなれるわけないですもんね!!」
「……リラ」
「トーマ様、もっと怒ってよかったと思いますよ!!」
ぷんすか怒る私がそう言うと、トーマ様はしばらく黙り込んでいたけれど、やがてにこりと微笑んだ。
「ありがとう。リラが代わりに怒ってくれたから、もういいや」
「えー、ダメですよ!優しすぎますね!なんならトーマ様のお父様に言いつけたいくらいですよ!?会ったことないけど!」
「たぶん、カイルが勝手に報告すると思うから大丈夫」
その言葉に、カイル君を見る私達。
「あ、トーマ様!カイル君、偽物のほっぺつねってますよ!?」
「え」
「私も参加してきます!!」
「いや、そんなのに触らなくていいよ!」
トーマ様の静止を振り切って、私はカイル君の元へと行くのであった。
「……意外と見てくれてるんだな」
トーマ様が一人、ぽつりとつぶやいていた。




