38.【トーマ視点】彼女の王子は僕じゃない
教室に入ってきたリラは、明らかに様子がおかしかった。
朝だというのに、ぼんやりとしていて、ふらふらのよれよれだ。
「……リラ?大丈夫??」
「眠れな過ぎて死にそうです……」
席に着くなりうつぶせるリラ。
「今度はなにしたの?」
「眠気覚ましの薬を作ってみたんです。試しに飲んでみたら、眠れなくなりました」
「眠気覚ましの薬……?」
その言葉に、数日前のやりとりが一気によみがえる。
『眠気覚ましの飲み物でも飲んでみたら?』
『……! 天才ですね、トーマ様』
深く考えずに言ってしまったけれど、これって僕の言葉が原因じゃないか?
まさか薬を作るとは思わなかったけど。
「リラ……どれくらい寝てないの?」
「今日で三日目です」
「え」
「どうしたら眠れるんでしょうか?眠いは眠いんですけど眠れなくて……」
すがるように僕を見てくるリラ。
眠り薬、なんて冗談でも言えない雰囲気だ。
「その薬、いつ効き目が切れるの?」
「たぶんそろそろなんですけど……授業中寝ちゃダメですもんね……」
「今回に限っては、保健室で寝た方がいいと思う」
「でももうすぐテストだし……」
「寝た方がいい」
「……寝たいです……」
ふらふらでよろよろのリラが、力なくそう言った。
……どうしてこんなに極端なんだろう、リラは。
「行くよ」
立ち上がって手を差し出すと、リラはぼんやりした顔で僕を見上げた。
「え」
「保健室」
僕の言葉を理解するまで、時間がかかるらしい。
もしくは何も考えず、ただ僕の顔を見ているだけなのかもしれない。
「寝るんでしょ。一人で歩かせられないよ。今にも倒れそうなんだから」
「……すみません、お手を煩わせて……」
リラはそう言って僕の手を取る。
思った以上に小さな手は、じんわりと温かい。
よれよれのリラの手を引いて教室を出ようとすると、ロイが目を丸くしていった。
「リラ、どうした?顔色悪いじゃん」
「倒れそうだから保健室につれていくよ。僕のせいで三日も眠れてないって」
「えーと、それ……すごい発言だってわかってる?」
「え?」
首をかしげる僕に、ロイは「なんでもない。でもその言い方はやめとけ」と言う。
なにかまずいのだろうか。
リラに薬のアイディアを渡してしまったのは、確かにまずかったけれど。
そんなことを考えていたら、ロイが言った。
「カイルに手伝わせたら?あいつなら、リラが倒れても運べそうじゃん」
僕は、そんなに頼りなく見えるのだろうか。
なんとなく面白くなくて「大丈夫だよ」とだけ言うと、ロイが「ふぅん?」と意味深にこちらを見る。
すると、すぐそばの席のアイナが立ち上がった。
「私も一緒に行こうか?」
「それがいい。そうしろ」
アイナの申し出に、ロイが頷いてこちらを見る。
「え、なんで?」
「お前ら目立つし、あらぬ誤解を招きそうだから」
「……誤解?」
「保健室に男女が二人きりになるのは、学生的にアウトだろ」
まぁ、お前ら二人に限って絶対ないけどな!と笑うロイに、アイナが困ったように笑う。
……そういう意味か。
「ありえない……そんなことするわけないだろ」
思わずそう言うと、ロイが笑った。
「そりゃそうだ。ごめん。でも、噂ってそういうもんだからさ。アイナも一緒の方がいい」
ロイの言っていることはよくわかった。
あることないこと言うのは、大人の世界でもそうだ。
「わかった。一緒にいいかな、アイナ」
「うん。行く」
にこりと頷くアイナ。
「……すみません二人とも。わたし、そろそろ限界です」
「あ、待って待って!リラちゃん、まだ寝ちゃダメ!!」
「リラ起きて。保健室まで行くよ」
「むりです。やっと眠れそうなんですよ……トーマ様の声聞いてると……ねむくなります……」
「なんで?」
「安眠こうか……ですかねぇ……」
リラの言葉にアイナがパっと僕を見る。
「トーマ君はもうしゃべらないでね!リラちゃん、起きて!行くよ!!歩いて!!!ロイ君も来て!」
珍しくアイナが大声を出している。
ロイが「ほんと、リラっておもしろいよなー」と笑いながら席を立つ。
「ほら行くぞ!リラ起きろ!」
結局みんなで(B組の前でカイルまで合流した)、リラを保健室まで寝かさないように、大騒ぎしながら連れていくことになるのだった。
保健室に着くと、リラはベッドで横になった途端、そのまますーすーと寝てしまった。
必死に彼女を連れてきた僕ら四人は、幸せそうに眠るリラをぼんやりと見つめる。
やがてカイルが言った。
「手がかかるよなー、リラちゃんって。おもしろ!」
「これ、起きるの三日後だったりして」
「ありえそうで怖いね」
「放課後まで起きてこなかったら、起こせばいいんじゃない?」
アイナの言葉になんとなく頷いていると、ロイがニヤリと笑いながらこちらを見た。
「『起きない女子を起こすのは王子様』って昔から決まってるよな」
その言葉にカイルとアイナがぶっと噴き出す。
「すごい!おとぎ話を実体験できちゃうじゃん」
「できちゃうね。しないけど」
「えー、せっかくだし、してみたら?」
こういうからかわれ方をするのは初めてだなぁ。
そう思いつつ僕は言った。
「席替えしてから毎日起こしてるよ。そしてリラはなかなか起きないよ」
僕の言葉に、全員が大笑いする。
「お前、ほんとは王子じゃないんじゃない?」
「そうかもしれない」
頷く僕に「真面目に言うなよ、王子」とロイが笑って肩を組んでくる。
「どちらかと言えば、リラちゃんが普通じゃないよなー」
「リラちゃんの王子様は、たぶんオーウェン様だから」
アイナの言葉に、全員がはっとした。
「なるほどね!」
なるほど。
「……なんか悔しいのはなんでだろう?」
「おぉ、本物の王子が嫉妬してる」
ロイの言葉にみんなで笑いつつも、なんとなく「なんでだろう?」と思ってしまうのだった。




