【番外編】失恋薬を飲んだらまともになった話。
これは夏休みが終わって、すぐのころのお話――。
その日は、休日だった。
トーマ様とカイル君に遭遇した。
彼らはお城に用事があると言うので、暇だった私もついていくことにした。
オーウェン様に会いたいからだ。
そうしたら、いつのまにかロイ君、アイナちゃんも一緒に行くことになった。
王宮内薬局でオーウェン様を待ちながら、話をしていた時だった。
お茶でも飲もうと、すぐそばにあったものを手に取り口に運んだ時だった。
「あ、リラちゃん、それ薬だよ!」
アイナちゃんの言葉は、私が薬をごくんと飲み干した後に聞こえてきた。
「え?」
みんなが一斉に私を見る。
私も手に持った瓶を見る。
「あ、ほんとだ。間違えました」
「……大丈夫?」
「うーん、これなんですかね? 甘酸っぱくて美味しかったですけど……」
成分表を見てみるけれど、私にはなんだかよくわからなかった。
「吐き出した方がいいんじゃない?」
「え、無理ですよ。私吐けないタイプなんです!」
「そしたら、すぐフランツに言った方が……」
その時だった。
ナイスタイミングで、父が調剤室から出てきた。
「あ!フランツ。今リラが間違ってこれを飲んじゃって……」
トーマ様の言葉に、父が顔をしかめた。
「え、あぁ。これ……飲んだんですか?リラが?」
「飲んじゃった……これ、何?」
落ち着いている父の様子に、危険なものではなさそうだなと少し安心する。
「これ、試供品です。さっき来た業者が置いていったみたいですね。いらないっていったのに。簡単に言えば、失恋薬だそうです」
「失恋薬?」
「失恋した人が早く立ち直れるように、『相手への想いを忘れるための薬』だそうですよ。そんなのがあるなんて、世界は広いですよねぇ」
のんびりと笑う父に、その場の全員が「はぁ……」とあいまいに頷いた。
「じゃあ大丈夫ですね!私はまだ振り向いてもらえてないだけで、失恋なんてしてないですもん」
私の言葉に、今度は全員が「え」という顔でこちらを見た。
……何か言いたげですね?
「なんですか?」
「失恋してない、っていう考え方なんだね」
「リラちゃん、ほんとにメンタル強いよなぁ」
「いや、これオーウェン様にしたら怖すぎるだろ」
ひそひそと話すみんなに首をかしげていると、父が言った。
「三日くらいで効果はなくなるらしいです。たぶん、三日間は平和なんじゃないでしょうか。試してみます?そろそろオーウェン様が来るんで」
というわけでオーウェン様を待つことになった。
しかし、十分ほど待ってみても、彼は来ない。
「……」
……なんなのこの時間……。
ぼんやり待ってるだけってなんか暇すぎるわね。
私は仕方なくみんなに言ってみた。
「あのぅ、そろそろ帰りませんか?」
「え?」
「私、宿題まだやってなかったんです。それから、ポーションづくりの研究もしたいですし……」
私の言葉に、全員が固まった。
トーマ様が怪訝な顔で言う。
「リラ。オーウェンはいいの?」
「オーウェン様? いいのってどういう意味ですか?」
「いや、だから会わなくていいのかっていう意味なんだけど……」
「大丈夫です。特に用事はありませんし、宿題が気になるので」
私が言った途端、その場の全員が顔を見合わせていた。
父が、先ほど私が飲んだ薬の瓶を、がっとすごい勢いでつかみあげ、成分表を確認する。
そんな父の横で、アイナちゃんとカイル君が声を上げた。
「すごい効き目!!」
「あのリラちゃんが『オーウェン様に用事がない』だって!!」
「信じられないね」
私を見ながらあれこれ言っている彼らに、声をかける。
「あの、みなさん?帰りませんか?」
「うん、じゃあ帰ろう」
ということで、私達は薬局を後にしたのだった。
「……箱買いしておきますか……」
父が後ろでぽつりとつぶやくのが聞こえた。
何を買うんでしょうね。
**********
そして翌日。
私は教室に入ると、すぐに自分の席に着いて一時間目の準備を始めた。
「えぇと、次は魔術基礎ですね……苦手だから少し予習しないと……」
教科書を読みこんでいるところで、アイナちゃんが来た。
「リラちゃん……?」
「あ、アイナちゃん。おはようございます」
「……なにしてるの?」
「予習です。苦手だから予習しないとついていけないので」
私の言葉に、アイナちゃんが目を丸くする。
「リラちゃんが……予習……!?」
「はい。魔術科を選んでしまったからには、頑張らないといけません」
「そうだね。オーウェン様のいる魔術師団に入るためだもんね」
「え?魔術師団? 私はどちらかというと、薬関係の仕事がいいなと思ってますよ?」
首をかしげる私。
「リラちゃん、オーウェン様のそばで働くって言ってたよね??」
「私そんなこと言いました?? なんでオーウェン様のそばなんでしょうか?」
本気で意味が分からない。
私の様子を見ていたアイナちゃんは、『恐ろしいモノでも見てしまった』とでもいうように、トーマ様とロイ君の元へ走って行ってしまった。
「?どうしたんでしょう??」
まぁ何か用事があるんでしょうね。
三人がなにか話をしながら、私を見ているようだったけれど、とりあえず勉強しなければ!
私は予習の続きを始めるのだった。
予習の甲斐あって、魔術基礎はとくに問題なく終わった。
しかし、先生にはすごく褒められ、クラスのみんなからも「え、別人!?」「どうしたの?」となぜか心配された。
休み時間、トーマ様とロイ君が私の元へとやって来た。
アイナちゃんとカイル君は、廊下から私を見ながら話し込んでいる。
「リラ、体調はどう?」
トーマ様が、いつもの穏やかな口調で私にそう尋ねた。
「体調?特に問題ありませんけど。あぁ、そうだ。放課後ちょっと皆さん付き合ってくれませんか?昨日の夜、ポーションを作ったんですけど、客観的な意見が欲しくて……」
「それって普通のポーション?変な効果付きじゃない?」
「変な効果ってなんですか?普通のポーションですよ」
私の言葉に、彼らは顔を見合わせる。
「……すごくない?」
「普通だな」
「うん、すごく普通。授業中も、真面目に先生の言葉をノートに取ってたよ」
そりゃあ授業を受けるんですから、ノートくらいとりますよ。
普通そうですもんね?
「次の授業は薬学ですね!私これは得意なんで、楽しみです!」
ワクワクする私に彼らは「そうだよね、本領発揮だよね」と頷いてくれた。
本領発揮できるかわかりませんが、得意なので頑張りたいと思います。
**************
失恋薬を飲んだリラは、世間で言う「まともな学生」だった。
いや、どちらかといえば「優秀な学生」に近い。
薬が効いている間の彼女は、オーウェンのことを嫌いになったわけでも、忘れたわけでもないらしい。
ただ彼への想いが薄くなり、彼女の中で優先順位が変わった、という感じだった。
薬って怖いな。
僕はそう思いながらリラを観察していた。
薬学の授業は、とんでもなかった。
リラの無双状態で、先生と専門的な知識を語り合う彼女に、クラスメイト全員が凍り付いていた。
先生は先生で「……さすがファルケ家のお嬢さん……!」と感動したように、リラと薬学トークを楽しんでいた。
その日の昼休み。
僕らは、いつもとあまりに違うリラの様子に戸惑っていたけれど、アイナがついにこう言った。
「リラちゃん、やっぱり薬学科に転向したほうがいいんじゃない?」
「そうですねぇ……私なんで魔術科にしてしまったんでしょう??」
首をひねるリラに、僕らは「すべてオーウェンのためだったんだよ」と説明したけれど、彼女は全く意味が分からないようだった。
「なんですかそれ。どうして私がオーウェン様のために、将来を決めるんですか?私、薬作るの好きなのに……魔術は全然わからないんです」
「でも薬学科を蹴って、魔術科に決めたんだよ。リラが」
「……自分でも意味が分かりませんね」
リラはそう言ってため息をついた。
「でも、決めてしまったものは仕方ないです。魔術について学ぶのもいいかもしれません。魔力の扱い方が上手くなれば、調剤にも生きると思いますし」
がんばります!と言って彼女はひとりうなずいた。
そして、「食べ足りないのでメロンパン買ってきます」と席を立った。
こういうところは、いつもと変わらないんだけどな。
リラの後姿をみんなで見ていたら、ロイが言った。
「……リラってさ、オーウェン様に会わなかったら、すっげーまともな人生送ってたんだろうな」
「そうだね。オーウェンじゃなかったら、きっと全然違ったと思う。リラってのめり込むと一直線だから、彼の強烈な存在感に、全部持っていかれちゃったんだろうね」
「人生を狂わせる男に、四歳で出会ってしまったのが運の尽きだな」
ひそひそと話していると、カイルが言った。
「でも、いつものリラちゃんのが俺は結構好きだなー。見当違いの方向に一生懸命走ってくの、可愛くない? おもしろいしさ」
「……わかる」
「私も」
「そうだね」
カイルの言葉に、全員がなぜか頷いてしまった。
そして、失恋薬を飲んで三日後のことだった。
「私気づいたんです!オーウェン様に『若返りの薬』を飲んでいただくのはどうかなって」
「え」
「オーウェン様は昔から全くお変わりない姿ですけど、そんなに年の差が気になるのであれば、私に近づいてもらえばいいのではないかと!!」
「……戻ったね」
「戻ったな」
再びにぎやかな日々が戻ってきたことに、僕らはなぜかホッとするのだった。




