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35.体育祭午前の部「パン食い競争」

 保健係になった私とトーマ様は、運動会当日、救護テントの中にいた。


「すみませーん、絆創膏くださーい」

「はい」


「あの~、ちょっとぶつけちゃったので冷やしたいんですけど」

「はい」


「なんか体調悪いんで、熱測ってもらえますか?」

「わかりました」


 私とトーマ様は、押し寄せる生徒たち相手に、てんやわんやしていた。

 ひと段落ついて、他のクラスの保健係と交代すると、私たちは救護テントを出た。


「保健係って、すごい忙しくない?」

「そうですね、おかしいです。わりとラクだって聞いてたのに」


 すぐそばの花壇に腰を下ろして、私たちは息をついた。


「大したケガじゃないのに、みんな心配性ですよね」

「そうだね、わりとみんな元気だったよね」


 二人でそんな話をしていると、同じ保健係の先輩がやってきて言った。

 分厚いメガネをかけた彼女は、保健係のリーダーだ。


「お疲れ様」


 と言って、彼女は私とトーマ様にお茶を渡してくれる。


「ありがとうございます」


 私たちがぺこりと頭を下げてお茶を受け取ると、先輩は一瞬ほわっと表情を緩める。


「納得……」


 先輩の突然の言葉に、私とトーマ様が首をかしげると、彼女は言った。


「あなた達二人、保健係に向いてないね」


「え」


「用もないのに来る生徒ばっかりだったもん」


 先輩はそう言うと「こーんなカワイイんじゃ、みんなお近づきになりたくなるわ~」と、私とトーマ様の肩をバンバン叩いた。


「先輩……痛いです」


「あ、ごめんねー」


 彼女はにこにこ笑うと、私を見て楽しそうな顔をした。


「あなたはフラグへし折ってたねー!爽快爽快!」


「はい?」


 フラグ?へし折る??

 どういう意味かと首をかしげていると、先輩はトーマ様を見てニヤリとする。


「君はスマートにあしらってたけどね。上手い上手い!」


 その言葉に、にこりと笑って頭を下げるトーマ様。


「じゃあ午後もよろしくね! 君たちの時間は、また人で溢れると思うから頑張って!」と言って救護テントに消えていった。


「トーマ様、私なにかやらかしたんでしょうか?へし折るって言われました。何も壊してないはずなんですけど……」


 不安になってそう聞くと、トーマ様は穏やかに言った。


「うん、大丈夫。やらかしてないよ」


「ほんとですか?ちょっと心配……。トーマ様は何か褒められてましたよね?すごいなぁ!」


 手当が上手かったってことかしら?

 王子様ってそんなことまでできるのね……!


 私が感心していると、トーマ様は「褒められたというよりも、面白がられたんだと思うよ」とほほ笑む。


「私も、もうちょっとうまくできるように、午後は頑張ります!」


 私の決意に、トーマ様は「大丈夫。リラはそのままで」と笑うのだった。




 とりあえず午後の当番までは暇なので、クラスに戻ってみんなの応援をすることにした。


 ロイ君が、私とトーマ様を見て手を上げる。


「おつかれー。なんか忙しそうだったなぁ保健係」


「うん、なんかすごかった。それよりも、今はどんな感じ?」


 すぐそばの応援席に座りながら、トーマ様が聞く。

 するとアイナちゃんが、プログラムを見せてくれながら言った。


「これからちょうど、トーマ君が憧れてたパン食い競争がはじまるよ」


「え!見たい!!」


 弾かれたように校庭を見るトーマ様。


 パン食い競争がスタートすると、トーマ様は文字通りその競技にくぎ付けになった。


「え、パンってあんな高い所につるされてるの?しかもゆらゆら揺れてるよ。難しくない?」


「だから、大口開けながら飛びつくんだよトーマ君」


「城NGの理由、わかっただろ?」


「……わかったかも」


 それぞれがそんなことを言っていると、次のレースになんと見覚えのありすぎる人が出てきた。


「ん、あれカイル君じゃない?」


「え?」


 スタートラインに並ぶ中で、ひときわ背が高い人がいる。

 スタートの合図とともに、とんでもない速さで飛び出したのは、どう見てもカイル君だった。


「え、やば!めちゃくちゃ速いじゃん!」


 あまりの速さに、わーっと生徒たちが盛り上がる。


 カイル君はそのままぴゅーっと走ってきたかと思うと、ポンと軽くジャンプをし、ぱくっとパンをくわえて、そのまま行ってしまった。

 信じられないくらいに速い。


「騎士団員の身体能力を、パン食い競争に使ってるのウケる!」


「野生の獣みたいですねぇ」


 あまりに人間離れしたカイル君の運動神経に、ロイ君が大笑いしている。

 そして、カイル君が在籍するB組も大盛り上がりしていた。


「すごいですね、カイル君!人気者じゃないですか」


「ほんと。すっごい速かったしね」


 私とアイナちゃんでわいわい盛り上がっている横で、トーマ様がボソリと呟いた。


「……なんでカイルはパン食い競争に出れたわけ?」


 不満そうな表情を隠そうともしていない。


 その後、すぐカイル君本人が現れた。

 パンをもって。

 彼はB組ではなく、まずトーマ様の元へとやって来たらしい。


「おつかれー。お前すっごい速かったな!なんなの?」


「え、そう? そこまでとばした気はないんだけど……」


 きょとんとするカイル君は、トーマ様を見てにこっと笑う。


「トーマ様!パン食べます!?」


「……いらない」


「え!いらないですか!?せっかく殿下の好きそうなパンを選んだのに。半分こしましょうよ!」


「いらない。っていうかカイル。なんでお前は城NGじゃないの?」


「え。俺は出るつもりなかったんですけど、急遽欠席者の代わりに出ることになっちゃって……それに俺は別に品位とかそんなの……」


「王立騎士団の品位を下げていいと思ってるの?」


「えぇと……ダメ、ですよね……?」


 とんでもない速さを見せつけたパン食い競争のヒーローが、トーマ様の前でどんどん小さくなってゆく。


「うわ、ガチの説教だ」


「やりたかったことを禁止されたのに、禁止した本人が参加しちゃってるんですもんね」


 トーマ様に怒られてシュンとするカイル君。

 そんな彼をちらりと見てトーマ様は言った。


「……楽しかった?パン食い競争」


「はい。楽しかったです……」


「じゃあそのパン、半分じゃなくて全部ちょうだい」


 トーマ様の言葉に、ぱぁぁっと笑顔になるカイル君。


「いいですよ!!あ、でもねトーマ様。これほら、ビニール袋ごしとはいえ、俺の歯形がついちゃってるんです」


「え」


「だってパンを口で取るんですから、歯形もつきますよ」


「やっぱりいらない」


「えー?そうですか?でもほら、歯形のところは俺が食べるんで、半分に分けましょうよ」


「……いらない」


「でもおいしそうですよ?チョコチップメロンパンって書いてある……」


 その言葉に、私はぴっと手を上げた。


「え!!私欲しいです!!」


「あ、リラちゃんコレ好き?」


 パンを見せながらそう言うカイル君に、私はこくこく頷いた。


「大好きです!!もらえるなら一個まるまる欲しいです!!」


「あー、でも歯形ついてるけど……」


「全然気にしません!!」


 そう言って手を伸ばす私に、カイル君がうーんと考えつつもパンを差し出そうとした時だった。


「ちょっと待って!リラ、それは良くないと思うよ。カイルの食べかけみたいなものでしょ。半分にしよう。そうだ。みんなで分けよう」


「え、みんなって五等分ですか?ちょっと難しいなぁ……」


「いいからわけて」


「わかりました」



 そんなこんなで、一口分くらいになったチョコチップメロンパンを、私たちはみんなで食べたのだった。

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