22.補習の王子様
異常事態は帰りのホームルームで告げられた。
「残念なお知らせですが、今日この後名前を呼ばれた人は残ってください。数学の補習があります」
えー、また?
昨日もあったのに。
そう思いつつ、今回はたぶん呼ばれないだろうと腹をくくっていた私だったけれど……。
「リラ・ファルケさん。補習」
「あぁあぁ~~~!!」
机にうつぶせる私に、クラス全員がドッと盛り上がる。
「おー!二日連続!」
「居残り好きだねー!」
皆さん、人の不幸を笑うなんてひどいですね!
私はパッと手を上げて先生を見た。
「先生おかしいです!私、今日はちゃんと答えをかきました!」
「はい。書いてありましたが、途中から全部答えを書く欄がズレてました。やり直しです」
「……あぁっ……!!」
最悪!私、なんてことを……。
「どーせ『オーウェン様』のことでも考えてたんだろ」
「それはそうなんですけど……」
「ドンマイリラちゃん!!」
励ましなのか、からかいなのかわからないクラスメイトの言葉に、私がため息をついた時だった。
「それからもう一人、トーマ・ローウェルさん。補習です」
先生の言葉に、クラスが固まった。
「え!?」
「トーマ・ローウェルって……」
全員窓際の王子を見る。
トーマ様はその視線を浴びつつも、特に動揺した様子もなく、おっとりとお辞儀をして見せた。
「珍しくない?どうしたのかな?」
「具合でも悪いんじゃない?」
「ローウェルさん、プリントが白紙でしたけど何かありましたか?」
「いえ、大丈夫です」
「もし具合が悪ければ、今日は無理しなくてもいいですが」
「大丈夫です、補習受けさせてください」
いつもの笑顔でそう言うトーマ様に、教室内の雰囲気は「無理すんなよ」という気遣いであふれていた。
皆さんの反応、私とは全然違いますね。
というわけで、私はトーマ様と教室で居残り補習となった。
帰っていく生徒たちを見送りながら、私はトーマ様に言った。
「……トーマ様、ほんとに大丈夫ですか?具合悪いなら帰っていいんですよ」
「全然大丈夫だよ」
彼はそう言ってにこりと微笑むと、小さくつぶやいた。
「みんなが帰ってからの補習かぁ」
その言葉にまさか、と思う。
「トーマ様、もしかして補習したくて、わざと白紙でプリント出したんですか?」
「うん、そうだよ」
これから補習する人、とは思えないくらいの清々しさで頷くトーマ様。
「何やってんですか……」
思わずそうつぶやくと、トーマ様は「ロイにも言われた」と明るく笑う。
「何事も経験でしょ」
「そうですけど、経験しない人の方が多いと思います、これに限っては」
しかもわざとだなんて……恐るべき行動力ですよ、トーマ様。
「へぇ、そうなんだ!ロイも補習したことないって言ってたな」
「そうでしょうね。あのですね、トーマ様。普通になりたいって言ってましたけど、補習したいっていうのは、もう普通じゃないんですよ」
「ズレてる?」
「ズレてますね。だいぶ」
私が頷くと、トーマ様は楽しそうに笑った。
「いいんだよ。やってみたいなって思ったからやっただけ」
「好奇心旺盛なんですね」
「そうかもね。あれダメ、これダメが多かったから、出来ることは今のうちに全部やっておきたいんだ」
補習なんてしなくてもいいのにね。
「あ、あとね、もう一つ在学中にやっておきたいことがあるんだよ」
「なんですか?」
「パンをくわえて登校するっていうあれ。学生あるあるなんでしょ?」
「……それ、何情報ですか?」
「カイルが貸してくれた漫画?っていうやつだよ。入学前に読んでおくといいかもって言われて、少し読んでみたんだ。遅刻しそうだからって、パンを食べながら走って学校に行くんだよね?」
「そしてぶつかるやつですね?」
「そうそう。昨日食べ歩きをしたから、たぶん食べながら走るのは、いけそうな気がするんだ」
あぁ、もう!
何も知らないって恐ろしすぎる!
「トーマ様。あれは誰もやってません。パンくわえて登校する人、見たことありません」
「え!そうなの?」
「はい。やっちゃダメです。たぶんカイル君だってやったことないと思います」
「……そうなんだ……?」
ショックを受けているトーマ様だったけれど、未然に彼の奇行を防ぐことができて良かった。
たぶん、やるって決めたらやるタイプだろうし。
知らなかったけど、トーマ様ってだいぶ行動派よね。
おっとりした見た目に騙されていたわね。
「……トーマ様。補習始めましょうか」
「そうしよう。このプリントをすればおしまいってこと?」
「そうです」
「なんだ。けっこう普通なんだね」
「どんなことすると思ったんですか?」
これから強制勉強だというのに、トーマ様がものすごく楽しそうなので、私も昨日よりは真面目にプリントに取り組もうと思うのだった。




