21.禁断症状
その日の放課後、私は一人教室に残って数学のプリントを解いていた。
いわゆる補習というやつだ。
「あーあ、一目でも会えたら頑張れるのになぁ」
思わず机に突っ伏す私。
考えてみれば、オーウェン様に会わずに半月がすぎている。
こんなの今までなかった。
「足りない……オーウェン様が足りないのよ……圧倒的に!」
完全にオーウェン様不足だ。
このままでは、授業というよりも生活に支障をきたしてしまう。
こんなプリントを私にさせたいなら、オーウェン様を連れてきてほしい。
そうしたら百枚でも二百枚でも解いてやるのに。
「会いたいなぁ」
もう学園を抜け出しちゃおうかな。
そしてお城に忍び込んじゃおうかな。
うーん、それかとりあえず、その辺のものがオーウェン様に見えるような薬でも作ろうかなぁ……。
プリントが終わるまではそれで我慢しよう!
そう思って、鞄から調剤道具を出そうとした時だった。
「ファルケさん。終わりましたか?」
「あ。先生」
鞄を漁る私を見た先生は、机の上のプリントを覗き込んだ。
「……真っ白ですね。もう三十分くらいたってますけど」
「やる気が出ないので、やる気を出そうと思ってたところです」
「ファルケさん。先生がここであなたを見ていることにします。頑張って終わらせてください」
「……はい」
先生の見張りがついてしまったので、薬を作るのをあきらめ、私は真面目にプリントに取り組むのだった。
へとへとに疲れて、寮へと歩いていた時だった。
正門から見慣れた三人組が歩いてくる。
おや?と思って見ていると、私に気づいたらしい。
「おー!リラちゃんじゃん!」
一番背の高いカイル君が、笑顔で手を振ってきた。
私が手を振り返すと、彼らはのんびり歩いてこちらにやって来た。
「三人でお出かけしてたんですか?」
「Bフェス行ってきたよ!」
「え!今やってるんですか!?いいなー!」
うらやましくて大声を上げると、トーマ様が言った。
「リラも知ってるんだ?」
「知ってますよー!去年母と行きました!っていうか、トーマ様がBフェスなんて行くんですね!何食べたんですか!?」
想像がつかな過ぎて思わずそう聞くと、
「初めて行った。すごいね。コロッケやらかつ丼やら、美味しかった。もう今日は何もいらないくらい食べた」
「そんなに?」
驚く私に、ロイ君が言った。
「いや、もうこいつあり得ないんだよ。お店の人から、やたらとおまけしてもらうわ、気づいたら知らない女の人から奢ってもらうわでさ。見た目でこんなにも優遇されるとかってあるんだな。勉強になった」
ロイ君の言葉にうんうん頷きながら、カイル君が続ける。
「ほんと、知らない人から食べ物もらうとかありえないですよ。子どもじゃないんだから。俺一人じゃ面倒見きれません!」
「もらうっていうか、目の前にいた人が買ったばかりのアイスを、突然渡してきたんだよ。反射的に受け取っちゃったんだ」
「あー。アイスはとけちゃいますし、受け取らざるを得ないですよね」
なるほどアイスね!
今度その手をオーウェン様に使わせていただこう!
「だからカイルにあげた」
「え」
「そう、俺が食べた。いつのまにか毒見役をさせられてた。すげー美味かったけど、その女の人『え?君が食べてんの?』って顔で苦笑いしてた」
遠い目をするカイル君。
「不憫すぎる舎弟、ウケる」
横で笑うロイ君を小突きつつ、カイル君が私を見た。
「もし俺に何かあったら、リラちゃん薬作ってくれる?」
「いいですよ!毒消しでも胃腸薬でも、整腸剤でも言ってくれれば作ります」
「おー!ありがとう!これで何があっても安心だ」
「何か盛られてたら、すでに症状が出てそうだけどな」
冷静なロイ君の言葉に、カイル君と私は「なるほど。そうかも」と頷く。
「ところでリラは、こんな時間までなにしてたの?」
首をかしげるトーマ様に、私は言った。
「私は補習ですよ。皆さんが美味しいもの食べてる間に、数学のプリントを解いてました」
「補習……!」
私の言葉に、トーマ様がやたらと反応する。
ロイ君がぎょっとしたようにトーマ様を見た。
「トーマ……なんで補習で目を輝かせてんの?」
「だって補習って学生っぽくない?」
「なにそのイメージ。間違ってるぞ」
「そうですよトーマ様。補習というのは、私のように話を聞かなかったり、出来の悪い生徒が、強制的にやらされるものです。学生みんながやるものじゃないんです」
私の力説に、カイル君が笑いながら言う。
「リラちゃん、自分で言ってて悲しくならない?」
「悲しいですよ!大事な時間を補習にとられるなんて!オーウェン様のために使いたいのに!!」
口を尖らせて言うと、ロイ君がため息をついた。
「じゃあ授業真面目に受けろよ。どうせろくでもないこと考えてるんだろ?」
その口調と仕草に、私はパッとロイ君を見る。
「……ロイ君、今のってなんか口調だけは、オーウェン様みたいで悪くないですね……!」
「は?」
「うわ、出た。リラちゃんのマゾっ気!」
「……それ、俺は喜んでいいやつなの?」
「いいじゃん。リラちゃんが喜んでくれるなら」
固まるロイ君にカイル君が大笑いしている。
隣のトーマ様はというと、まるで全然違うことを考えているのか、さっきからぼんやりと一点を見つめたまま動かなかった。
「トーマ様?どうしました?食べすぎておなか痛いんですか??」
顔を覗き込むと、はっとしたようにいつものトーマ様に戻る。
「あぁ、ごめん。そうだ。補習を頑張ったリラに、これあげるよ」
トーマ様は手に持っていた袋を差し出した。
「なんですか?」
「おまけでもらったもの色々。これはお店の人経由だから怪しくないよ」
受け取った袋を覗き込むと、そこには焼きそばに、フランクフルトに、ハンバーガーなどジャンキーなものが詰め込まれていた。
「え……これ、全部もらったんですか?」
「そう。たぶんあまりに僕が珍しがってたから、お店の人も嬉しくなったんじゃないかな」
「ありがとうございます!今夜はこれを食べます!」
喜ぶ私に、トーマ様はにこりと微笑んだ。
オーウェン様不足だったけれど、少し気持ちが軽くなった気がしたのだった。
いつもの王子スマイルに騙された私たちは、全く気付いていなかった。
この時、トーマ様がまさかの補習計画を立てていたことを。




