第28話 毒となる石、その引力
「いったん、空の国に戻るね」
空びとの少年リーフは、マルテのおじとおば、それから空の国の警察に連絡すべく、いったん空の国に戻ることにした。
「ああ。じゃあ、俺とイルムは南の丘の場所について調べておく」
地びとの青年ソルが、そう返事をした。
「じゃあ、行ってくるね。すぐ戻るから――!」
一瞬だった。リーフが空を見上げたと思ったら、びゅん、と音を立て、あっという間に路地裏から空へと、リーフは飛んで行ってしまった。
路地裏の、小さな空。もうリーフの姿はない。きっと、誰にも空を飛ぶ少年の姿は見えなかっただろう、そうイルムは思った。
「おや。なにか、飛んで行ったな……?」
路地裏を出て少し歩いたところで、男が一人呟く。
町の人も旅人も、誰も、気付かない。しかし、男の感覚は、それを捉えていた。
空びとか。
男は地上に生きる地びとだったが、少し魔法の力を持っていた。「地びとの中でも魔法を使える者もいる」、そうリーフが語った、ごく少数のニンゲンのうちの一人だった。
この特殊な力のおかげで、俺は様々な情報を掴んできた。おかげで、金に困らねえし、危ねえ場面も切り抜けてこれた。
第六感、と他人は言っていたが、本人はそれがなんだかよくわからない。ただ、使えるものを当たり前として使っている、その程度の認識だった。
なにか大それたことをやるほどの力はなく、だがこそこそと日陰の道を生きるには充分、と男は思っている。
さっきまで俺がいた路地裏のほうから、飛んだようだったが……?
路地裏で、刑事と情報の取引きをしていた。刑事が追っている「赤髪の小僧」のラーズは、空びとと地びとの間に生まれた子どもなのだという。
自らの両親を殺し、その妹も行方不明、さらに数年の間に魔法石の所有者から魔法石を盗み……。それもただ盗むんじゃなく、盗む際に何件か殺しもやってるって噂だ。
魔法石の所有者は、手段を選ばず手に入れた、裏稼業の者も少なくない。そのため、ラーズたちによる正確な被害者の人数は、警察にもわかっていない。不明な犠牲者といえば、行方不明のラーズの妹も、もしかしたら数として入るのかもしれない、と男は考えている。
さらに、地上で暮らす空びとは、とても珍しいというのに、近年少なくとも二件、空びとと地びとの夫婦が何者かの手によって殺害されるという事件が起きている。二件とも、遺族である成人した息子たちは行方不明、警察は息子たちを被害者ではなく容疑者として密かに追っている様子――。男は、それらの事件もラーズが関わっているのではないか、と疑っている。
ラーズの情報を刑事に売っているところに、空びとがいた……。こんな偶然、あるだろうか?
気になるな、と思いつつ、男は歩き出す。
いや。俺には関係ないことさあ。空びとについては、わからんことだらけ、管轄外だしねえ。そこは追っても特に、おいしいことはない――。
路地裏から、二人の男が出てきた。
ん?
男の「第六感」が、なにかを告げる。
黒髪の男は普通の男。しかし――。
銀の長い髪の男。そこに異様なものを感じた。
あいつ……! ニンゲンじゃねえ……!
「ソラ」の匂いもする、と思った。男には「ソラ」、つまり魔法石が、匂いとしてわかるのだった。
魔法で、ニンゲンの姿になっているのか……! さっき飛んでった空びとが、魔法をかけたのか……!
分不相応なことには首を突っ込まない、それが男の信条だった。いくら大金を積まれても、ごめんだと思っていた。
ふうむ。
男は、しばし考える。
魔法で隠された南の丘の屋敷。どうせ誰もたどり着けねえ……。あの刑事だって、「ソラ」狙いの俺のお客たちだって、おそらく無理だ。俺のお客の中には、「ソラ」を所持したやつもいるが、普通の地びとが魔法石を持っていても、そう大きな力を発揮させることはできない。だから、屋敷を見つけるのさえ無理筋な話なんだ。しかし、どうだ? あの空びとやあの怪物も、空びとを殺したラーズを追ってるんだとしたら……?
これは高値で売れる情報になる、と閃く。空びとと怪物なら、きっと魔法を打ち破り、屋敷に行けるはず、その後を付いていけばいいのだ。
なあに。別に俺が行くわけじゃねえ。あいつらについての情報を売って、あとは近寄らなければいいんだ。
男は歩き出す。
イルムとソルのあと、距離を取り、こっそりと追うように。
「なにか、つけられている」
ソルが、イルムに耳打ちした。
「え? なにか、ついているのか?」
イルムは、自分やソルの服や体に、知らぬ間になにかをくっつけられたのかと、あちこち体を確認し始める。
「違う、あとをつけられているんだ。なにげないふうを装って後ろを確認したら、男だった。ずっと同じような距離をあけてついてきている。ラーズの仲間かどうか、わからないが……」
ソルが小声でそう告げた。
「どうする?」
イルムも小声で尋ねる。
「あの角まで、そのまま歩こう。こちらが気付いているとばれないよう、そのままの速度で歩こう」
ソルは、前を見つめつつ、声を落として説明する。
「角を曲がったら、隠れて待ち伏せするんだ。様子を見て、あきらかにつけていたんだとわかったら、声をかけよう。反応次第によっては、捕まえよう」
「わかった」
「ラーズたちのほうは、俺たちに用がないって言ってたから、無関係な人かもしれない。もしかしたら、俺の気のせいかもしれない。だから、話し合い前提でいこう」
「うむ」
ソルとイルムは、自然な様子で角を曲がる。と、いってもイルムは、手も足も大きく振り過ぎ、どう見ても不自然になってしまっていた。
男も、角を曲がってきた。男の想像していたであろう位置に、ソルとイルムが見当たらないので、あきらかに動揺している様子だった。
「俺たちに、なにか用ですか?」
ソルが、物陰から一歩大きく踏み出し、男に声をかけた。イルムも、男の前に出る。
鋭い目つきの小柄な男だった。短い黒髪だったが、歳はさほど若くないように見えた。
「え、ああ……! すんません、なんだか間違えちまったようで……」
「間違えた?」
「ええ。はい。その、長い銀の髪のお人の後ろ姿、俺の知り合いによく似ていたもんで……」
ほら、銀のきれいな長い髪の男なんて、珍しいでしょう、と男はバツの悪そうに頭をかいた。
「なにか……、等間隔の距離を取って、あとをつけているように思えたんだけど……?」
ソルは腕組みをし、やや首をかたむけ、威圧するような態度で尋ねる。
「いや、これは申し訳ない……」
男は自分の頭に手をやり、素直に詫びていた。
「その知り合いとは、実はよくない間柄でして……。ちょっとばかし、様子を探ってやろうって……。いやほんと、すんません。お顔を見たら、全然違ってらあ……! ほんと失礼しました」
男はそう言って謝り、逃げるように来た道を戻ってしまった。ソルもイルムも、そのまま男を見送った。
「あの声――」
ソルは男の消えたほうを見つめながら呟く。
「路地裏にいた男の声、だな」
イルムが、ソルの言葉に続ける。
あの情報屋だ、二人の見解は一致していた。
「どうして、情報屋が私たちのあとを……?」
「聞いていたのを、気付かれたのかもしれない」
自分たちがあの路地裏から歩いてきたのを、見ていたのかもしれない、とソルは推測する。
「あいつは、『俺みたいな三下は、情報を売るのでおなかいっぱい』と言っていた。たぶん、自らなにかを仕かけるような男ではない。だから、直接的な害はないと思う。ただ、あの男としては、今後警戒するために、誰に聞かれてしまったのか、というのを確認する必要があったんじゃないか」
「確認する必要?」
「ああ。顔を覚えておく。そして、俺たちが警察関係か、ならず者関係か、見極める。あくまで、自分の足元に火が付かないようにってことだと思うけど」
「足元に、火……?」
きのこを焼いていたときのことを、イルムは思い出す。あれはおいしかったなあ、と余計なことまで思い出す。
「自分の身に危険が及ばないよう、用心のためってことだよ」
「なるほど……」
イルムは、きのこの思い出を頭の中にしまい、考えから締め出した。頭の中の思い出箱、食べもので埋め尽くされている。
「でも、一応俺たちも用心しよう」
「ふむ?」
「変な輩に目をつけられないようにね。あの警察だって、情報屋から情報を買っているところを知られたとわかったら、危険かもしれない。あんな男と繋がってる警察だ、ろくなものじゃないかもしれない」
気をつけよう、とうなずき合う。
イルムとソルは、まっすぐに伸びる道を歩く。石畳が、オレンジの陽の光に染まる。
気にすべきは、ラーズたちだけじゃないのか。魔法石、やはりその影響は大きいのだな――。
『地びとたちにとって、毒になると言われているよ』
イルムは、改めてリーフの言葉を思い出していた。




