第27話 情報
風を全身に受ける。長い銀の髪が、流れる。
ニンゲンの青年の姿に変身している海竜のイルムは、空びとの少年リーフを抱え、走る。だいぶ遅れて、地びとの旅人、ソルも駆ける。
マルテとシエンシアが心配だが――。でも、リーフとソルを傷つけなくて、本当によかった……!
胸に熱い思いが湧き上がる。走り続けるイルムの顔が、くしゃくしゃになる。
喜びと、安堵と、そしてマルテとシエンシアを奪われた悲しさと、怒り。
怒りはもちろんだが、喜びでも悲しみでも、強すぎると胸が苦しいんだ、とイルムは知った。
あのとき、赤髪の少女、アグネーテの魔法に支配されていた。その際のイルムの記憶はほとんどないが、誰かを攻撃しようしていた気がする。実際、暴れたのだろうと思う。
今、腕の中にリーフがいる。後ろから駆けるソルは、怪我なく健康そのものに思える。
よかった……!
イルムは、ふたりが無事であるという現実を噛みしめていた。
あとは、マルテとシエンシアを助け出す……!
「イルム。ごめん。止まって」
リーフの声に、止まる。いつの間にか建物が増え、人の多い通りまで来ていた。
「やはり、ラーズたちの気配が掴めないんだ。これ以上やみくもに走っても、追えそうにない……」
「そうか……」
イルムは、リーフを地面に下ろした。ほどなくソルが、追いついた。
「リーフ。やつらの行方、は……、わかった、か……?」
肩で息をするソル、言葉がとぎれとぎれだった。かなりの距離を、全速力で駆けていた。
ううん、とリーフはうつむく。
ソルはため息のあと、辺りを見回した。
「もしかしたら、やつらはこの辺りには来てないんじゃないか? この通りは、馬を走らせられる感じじゃない」
ソルの意見は、もっともだった。人が多い割には通りが狭い。南へ、とただそれだけで進んできたが、ひたすら南であるとも限らない。
「また振り出しに戻ったか……」
ソルは、ふたたびため息をつき、前髪をかきあげた。探す手がかりが見当たらないように思える。
どう行動すべきか考えあぐねていたとき、イルムたちの胸中とはそぐわない、にぎやかな声が響いてきた。前方から、団体と思われる集団が、近付いてくる。先頭に若い女性、その後ろに高齢の男女数名が、案内されながら歩いている。
「お。団体旅行かな」
「だんたいりょこう?」
ソルの呟きに、イルムが尋ねる。
「旅をしたい人たちが、一緒に行動してるんだ」
なにやら楽しそうだな、とイルムは思う。なにもなければ、自分たちも団体旅行になっていたかもしれない、そんなことをつい考えてしまっていた。
避ける必要もないが、なんとなく細い路地に入る。話に花を咲かせる一団の声を背に、そのまま路地を進むことにした。
「リーフ」
ソルは、あらためてリーフを見つめる。
「もう、大人たちに任せるしかないんじゃないか?」
「えっ……」
「マルテのおじさんやおばさん、それから、空の国の警察にあたるところ。早めに連絡と通報をしたほうが……」
ソルの言葉に、リーフはうなずいた。
「うん……。でも、僕は僕で探して、いいよね?」
危険だから帰れ、と言わないで、そんな必死な様子でリーフはソルの瞳を見上げた。
「ああ。もちろん。俺も変わらず協力する。ただ、連絡はすべきだと思う」
ソルがそう答えた、そのときだった。
「間違いねえ! あれは赤髪の小僧たちに違いねえ……!」
「やはり、この町に来ているのか。どのくらい前に見た?」
二人の男たちの話し声が聞こえてきた。路地の奥から聞こえるようだ。
赤髪の小僧。
ラーズか、とイルムは思った。「あかがみ」は、「赤紙」かも「赤神」、もしくはまったく違うあだ名かなにかかもしれないが、リーフとソルも神経を尖らせている様子だった。やはりイルム同様、ラーズの話かもしれない、と考えたようだ。
「その前に……。しっかりはずんでくれるんだろうなあ?」
粗野で、いやらしい声だった。男たちの会話の中、最初に聞こえてきた声の主のようだ。さらにその声が続く。
「あいつを狙ってる連中は、たくさんいるからなあ。そっちに情報を流してもいいんだぜ?」
話しかけられている男は、黙っているようだ。
「なんたって、あいつらは『ソラ』を大量に持ってるらしいからなあ。だからこそ、手に負えないってのはあるんだけどさ。でも、それでも奪い返そう、または奪ってやろうって、虎視眈々と狙ってるツワモノたちを俺は知ってるぜ」
「……お前は、狙わねえのか」
ぽつり、ようやく片方の男の声がした。すぐに、笑い声がした。それは粗野な男の笑い声のようだ。
「勘弁してくれよ……! 俺みたいな三下は、情報を売るのでおなかいっぱいさあ……! 自分ってものを、心得てるからな」
「俺に売ったあと、どうせそのツワモノたちにも同じ情報を売るんだろ」
また下卑た笑い声。粗野な男はよく笑う男のようだ。
「当り前さあ! まああんたとしては、長年追ってた連中や隠れたやばいやつらまで、一網打尽で捕まえられるんだから、かえってそのほうがありがたいだろ……! 世の中きれいになるんだから、値が張るのは当然さあ……!」
イルムとリーフとソルは、男たちの会話に神経を集中した。しかしそこからは、声を抑えているようで、なかなか話が聞こえてこない。時折、粗野な男の笑い声が聞こえるくらい、会話の内容はちっとも届いてこなかった。
あまり、耳をそばだててもいられなくなった。男たちの会話が終了し、男たちが動き出したのだ。
「へへっ、まいどありー!」
粗野な声の男の、ごきげんな声が遠ざかっていく。路地の奥へ歩いていくようだ。
近付いてくる足音。もう一人の男はこちらに向かってくるよう。
とっさに、イルムたちは物陰に身を隠すようにして座り込んだ。
「こっち見んな」
そっと、リーフは呪文を唱えた。これできっと、相手は気付かず通り過ぎるだろう。
帽子を目深に被った、暗い色の服を着た男が目の前を足早に歩き去った。わし鼻の、がっしりした体格の男だった。
しばらく、息を潜めていた。帽子の男が路地を出てから、イルムたちは立ち上がる。
「『ソラ』は、魔法石の隠語だ」
ソルが、先ほど粗野な声の男が使った言葉について、説明した。
「いんご、とは?」
イルムが尋ねた。リーフもきょとんとしていたので、リーフも言葉の意味がわからないようだ。
「関係ない人たちにはわからないように、特定の連中の間だけ通用するよう使う言葉だよ。『ソラ』は、悪い連中が魔法石を指して、よく使う言い回しなんだけどね……」
イルムは、思い出す。
ああ、そういえば、食堂の店主が魔法石のことを「後ろ暗そうな連中が目をつけるもの」と言っていた……!
悪い連中たちが魔法石を狙っている、まさに食堂の店主が言う通りの話なのだ、とイルムは納得した。
「たぶん、だけど」
ソルはさらに続けた。
「あの下品な感じの男は情報屋で、あの帽子の男は、警察関係じゃないのかな……。ラーズたちを、殺人犯として追っている……」
「やっぱり? やっぱりそう思った? 僕も、思ったんだ……!」
リーフは、声を弾ませた。
「会話のよく聞こえなかった部分、魔法で聞いてたんだけど……!」
それから、声を抑え、
「あの男が『赤髪』を実際見たのは、ついさっき。マルテをさらう前、墓地に向かうところだったみたい。でも――。その前から、情報を掴んでるんだって……」
と、聞こえなかった部分を説明した。
イルムとソルは、身を屈めてリーフに顔を寄せるようにし、話の続きを待つ。
「ここからさらに南の丘の上に、誰も住んでない古いお屋敷があるらしいんだけど、ここ一年くらい、なぜか道に迷ったりして、誰もそこにたどり着けないんだって。屋敷が消えた、お化け屋敷だって噂になって誰も近付かなくなったらしいんだけど、あの男は、それが魔法によるものだって睨んでる」
「と、いうことは……」
ソルが、息をのむ。
「ラーズたちの潜伏先なんじゃないかって……!」
南の丘の屋敷、そこにマルテがいる――!
イルムたちは、南の丘を目指す。




