第24話 ラーズの告白
どきん、どきん、空びとの少年リーフの心臓が、早鐘を打つ。
そんな……! ちょっと離れただけなのに……!
親友マルテの姿がない。
空びとの少年リーフは、地びとの旅人ソルと共に、マルテを探す。
「あっ!」
古い墓石近くの針葉樹の向こう、ようやく人影が見えた。
「マルテ!」
リーフは息をのむ。ソルが、さっ、とリーフの前に立ち、腰に差した剣を抜き、構えた。
「やあ。遅かったね。君たち」
赤髪の美しい少年、ラーズ。そしてその斜め後ろには、黒づくめの男、そして――。
「マルテッ!」
マルテを腕に抱えた、大男も立っていた。
マルテは、大男の腕の中、ぐったりとしていた。
マルテが……!
「ふふ。大丈夫だよ」
血相を変えたリーフの様子、そして、今にも飛びかからんばかりのソルの姿勢に、ラーズが片手を上げふたりを制止するように、穏やかな口調で語りかける。
滑らかで、澄んだ美声。それがいっそうリーフの神経を苛立たせる。
「マルテは今、眠っているだけ。無事だよ」
「マルテに、なにをしたっ!」
「大丈夫。荒っぽいことはなにもしていない。僕の魔法さ。マルテは、僕らの大切な家族だから、ね」
「なにを……!」
カッとなった。リーフは、ありったけの声で叫んだ。
「そんなわけないじゃないか! お前たちが、犯人なんだろっ!? きっと、お前の隣のやつらが、マルテのおとうさんとおかあさんを――!」
言うにことかいて、家族だなんて……! 絶対に、許せない……!
感情が爆発して、リーフの青い瞳に涙がにじむ。しかし、リーフは気を取り直すように、激しく首を左右に振った。怒りだろうが悔しさだろうが、今は泣いている場合じゃない、早くなんとかしなくては、と小さな拳を握りしめ、必死に自分を取り戻そうとしていた。
「ああ。そうだよ」
風に揺れる、赤い髪。あっさりと、ラーズは認めた。自分たちがマルテの両親を殺害した犯人なのだ、と。
「でも、正確じゃないな。兄さんたちじゃない。僕だよ。殺したのは」
えっ……。
絶句した。十代にしか見えない、細身の少年が、まさか、と。
「もちろん、兄さんたちも、手伝ってくれたけどね」
ラーズは、微笑む。陽の光に透ける美しい夕日色の髪、長いまつげ、華奢な手足――。どれひとつとっても、恐ろしい告白に似つかわしくなかった。
どうして。肩で息をしながら、かすれた声で尋ねるのが精いっぱいだった。
「どうして? だって、親なんて、邪魔でしかないじゃないか」
なにを、言ってるんだろう。
「危害を加える、邪魔者。僕ら子どもは、打ち勝って独り立ちするものだろう?」
わからない、とリーフは思った。目の前のラーズは空びとと地びとの間に生まれた少年で、言葉は通じ合うはず。それなのに、わからない、とリーフは思った。
音。音の羅列。意味が、わからない。全然、入ってこない――。
この目の前の美しい少年は、ただ口をぱくぱくさせているだけなんだ、リーフはめまいのするような頭でそう思うことにした。
だって、あまりにも……。あまりにも、ひどいじゃないか……!
ラーズの言葉を撥ねつけようとしたそのとき、追撃のようにラーズは言葉を放つ。それはあまりに、衝撃的な話だった。
「だから僕は、君たちくらいの歳のころかな、自由への手始めとして、自分の両親を殺した。妹を救うためにも、それは必要なことだったんだ」
なんだって……!
めまいがするようだった。恐ろしさに、体が震えた。
しかし、ラーズはなおも続けた。
「本当は、マルテも自分自身で自由を手に入れるべきだったんだろうけど。僕のように。でもあのときまだ彼は小さかったし、僕も早く家族に迎えたかったから、代わりに僕らがやってあげたんだ」
なにを、言ってるの……?
「黙れ!」
びくっ、とした。自分の心が勝手に悲鳴を上げたのかと思った。大声を発したのは自分ではなく、リーフを守るよう前に立つ、ソルだった。
「これ以上、マルテやリーフの心を汚すな! 汚れた魂の愚か者め……!」
ソルは、剣を構え続けていた。しかし、そのまま動かない。
ラーズ、黒づくめの男、マルテを抱えた大男。ソルのたくましい背は、そのとき取るべき行動を、慎重に見定めているように見えた。
きっと、勝機は一瞬。ソルは、そのときを見極めている。
魔法……! 魔法だ! 僕には魔法がある! マルテを助け出すため、魔法を使うんだ……!
ラーズの言葉に圧倒されている場合じゃない、落ち着かなきゃ、と思った。ソルが剣で戦ってくれるのなら、自分は魔法で戦わなければ、と思った。
しかし、相手も魔法を使える。繰り出すのは相手に打ち消されない、先手必勝の強い魔法でなければならない。
一瞬で効く、強い魔法、強い魔法は――!
風が止まった。リーフは、ついに叫んだ。呪文を。
「此方を見給ふな!」
あれっ、と思った。強い魔法、という意識に引っ張られたのか、そのときリーフの口から飛び出した渾身の魔法は、「こっち見んな」の強化バージョンだった。
ソルの足が、大地を蹴る。
あっ。
リーフは息をのむ。
駆け出したソルは肘でラーズを押しのけ、その勢いのまま剣のつばの部分で黒づくめの男の顎を激しく打ち付けて突き飛ばし、それから素早くマルテを抱える、大男の上腕に斬りかかった。
一連のソルの動きは鮮やかで、すべてがわずか数秒の間のことだった。
しかし意外だったのは――。
「マルテ……!」
マルテの姿が、消えた。というより、マルテ、ラーズ、黒づくめの男、大男、すべて幻のようにかき消えたのである。
「くそっ……! 手ごたえが、まるでなかった……!」
ソルが空中で剣を大きく一振りし、吐き捨てるように叫ぶ。
ふふふふふ。
風に乗り、ラーズの笑い声が聞こえてくる。
『ごめんね。君たちが見たのは、僕たちの幻影さ。もうとっくに、僕らは墓地を出たよ』
「ラーズ……! お前ってやつは……!」
『わざわざ、足を止めて悠長に話なんてするわけないじゃないか。別に、君たちに用はないからね』
なんてやつだ、リーフは怒りで全身が震えるようだった。しかしそれでもかろうじて、冷静な自分というものもあった。
マルテを取り戻すため、あらゆる可能性を自分の中から見出そうとしていたのだ。
声だ。この声のするほう、それを魔法の力で探すんだ……!
心をなるべく静め、意識を集中させようとした。
今のは、心に語りかける魔法じゃなかった。風に声を乗せる魔法だ。だからきっと、まだそう離れていないし、たどれる――。
風に声を乗せるという魔法は、近距離でのみ使える魔法だった。
リーフは、意識をラーズの声に集中しようとした。
だめだ……! やつの魔法は、やっぱりうまく隠してある。あとからでは追えない……!
もう一度、もう一度声を送ってきたら、きっとたどれるのに、とリーフは唇を嚙みしめる。
しかし、用はない、とラーズは言っていた。もう、こちらに声を送ることはないのかもしれない、そうリーフが諦めそうになった、そのとき――。
『ねえ。なんで「此方を見給ふな!」なんて呪文言ったの? あのとき、一瞬君たちが見えなくなって……。こっちには全然影響ないわけなんだけど、意味不明過ぎて、ちょっと笑っちゃったよ』
来た……!
ラーズの、くすくす笑い。人の神経を逆なでするような。しかし、掴んだ。しっかりと、ラーズの今いる場所、状態を。
本当に墓地を出たばかり、たぶん、馬かなんかで移動してる。方角は、南……!
「ソル! 急ごう!」
イルムのことは、気がかりだった。しかし、リーフは走りだす。
走りながら、振り返る。
イルム。すぐ、来てくれるよね……?
立ち並ぶ墓石、針葉樹の陰で、イルムと謎の少女の姿は見えない。だいぶ離れてしまったのか、声も物音も、わからない。
ぎゃあぎゃあと、鳥の声、そして飛び立つ黒い影。これはきっと、カラスだ。
イルム。
心の中、呟いてみる。置いていくわけじゃないし、自分とソルが戻らないということは、イルムも墓地の外へ探しに出るんじゃないか、きっとすぐ合流する、だから大丈夫、そう思うことにした。
戻って確かめたい衝動にかられる。でも、墓地の門が見えてきた。
マルテ……! 僕たちが、助けるからね。
カラスの黒い羽が、落ちていた。
大丈夫。イルムは、とっても強いから……!
どきん、どきんとリーフの心臓が音を刻む。
安心するような言葉を胸に描いてみても、どこか居心地が悪かった。
胸騒ぎを覚えつつ、リーフはソルと共に墓地の門の外へと急いだ。




