第18話 大切な友だち
「ソル。黙ってて、ごめんね。僕、空びとなんだ。僕もマルテも、実は空の国から来たんだ」
空びとの少年リーフは、地びとの旅人であるソルに、自分について明かした。すでにマルテが、空びとと地びとの間に生まれた少年であると打ち明けていたため、もう隠す必要がないと思ったようだった。
「そうだったのか……!」
ソルはリーフの告白に少し驚いていたようだったが、リーフとマルテを交互に見つめ、
「二人に出会えて、嬉しいよ。あっ、魔法石の話どうこうじゃなくて、純粋に、空の国から来た子たちと知り合える奇跡に、すごいなって感激してるんだ。それに、この広い地上で、君たち二人の再会に立ち会えた奇跡にも、ね……!」
輝く笑みを浮かべていた。
それにしても。
ニンゲンの青年の姿に変身中の海竜のイルムは、リーフとソルの会話を聞きながら、それにしても、と思う。
大勢で食べるごはんは、うまいような気がする。
ソルとリーフと三にんで食事をした。マルテも加わり、今度は四にん。ますます、おいしくなった気がする、とイルムは思う。
「ちょっと、いいか」
イルムは食べかけの固いパンを持ったまま、立ち上がった。リーフ、マルテ、ソルが、イルムを見上げた。
イルムは、唐突に駆け出した。皆の輪から離れ、いったん木の陰に隠れる。そして、パンにかじりついた。
うむ。そうか。
ひとり、うなずく。イルム、どうしたのー、と遠くからリーフの声が聞こえる。イルムは、口をもぐもぐさせながら素早く駆け戻り、リーフの隣に座る。座るのと飲み込むのが、ほぼ同時だった。
「試しにひとりで食べてみた。味自体はひとりのほうが味わえる、しかし、気分は皆と一緒のほうがよい、断然よいのだ、という結果が出た」
「なんの実験してるの!?」
リーフがすかさずツッコミを入れ、マルテとソルは口をぽかん、としていた。
「あの……。リーフ。イルムさんは、その、ええと……、魔法、だよね?」
マルテが、リーフに言いにくそうに尋ねていた。魔法の力の強いマルテには、一目でわかっているようだった。イルムが、人ではなく、魔法の力で人の姿をしているのだ、と。ただ、ソルの手前、どこまで聞いていいか迷っているようだった。
「うん。そうだよ。それでイルムは、僕の大切な友だち。マルテを探すのに協力してもらってて――」
大切な友だち。
リーフの「大切な友だち」という言葉。イルムの心に、さっ、と陽の光が差したようだった。胸の中が、あたたかく、明るく――。
ああ。私は、いつの間にか「大切な友だち」というものに、なれていたのか。
リーフやソルやマルテに出会い、この世界に、繋がっていると感じていた。しかし、それだけではなかった。繋がりは、「大切な友」というものへと密かな成長を遂げていた。
イルムは、ふたたび立ち上がった。またしても、リーフ、マルテ、ソルは見上げる羽目になる。
「ソル。マルテ。私の正体は、海竜だ。契約として、この姿になった。しかし私は、契約などではなく、リーフの信頼と友情に応えたいと思っている。私にとっても、リーフは大切な友だ。初めての、な」
目を丸くする、三名。海竜、と聞いたソルは、中でも盛大に驚き、息をのむ。
「ソル」
イルムは、ソルに視線を定めた。
「お前は、その持っている剣を完成させ、どんな怪物とも戦えるようになりたい、人々を救いたい、と言っていたな。お前にとって、私は退治すべき存在だろうか?」
純粋に質問として、尋ねていた。イルムの銀の瞳と、ソルの深い緑の瞳を隔てているのは、吹き抜ける緑の風だけだった。
リーフとマルテが不安げな眼差しを互いに交わし合う中、ソルが、ゆっくりと口を開いた。
「イルム。あなたが、人々の敵となるのなら――」
斬る、ということなのだろうな。
静かに、思う。ソルが戦うというのなら、応じるしかないのだろう、と。
イルムのまばたき一つの間、ソルの真剣な顔が、あたたかな笑顔へと変わった。
「でも、あなたは敵にはなりえない。だってあなたは、リーフの大切な友であり、俺にとってもあなたは友、だと思ってる」
ソルにとっても、友。
ソルの瞳は、まっすぐイルムを見つめている。
「だってあなたは、俺を助けてくれたじゃないか」
ソルは、白い歯を見せた。
「マルテ。もう、帰ろう?」
焼けた川魚も食べ終えたころ、リーフが切り出した。
「大切なお母さんの形見は、残念だけど――」
リーフは、とても注意深く話していた。ひとことひとことの間、マルテの表情の微妙な変化を見逃さないよう、自分の表情や声のトーンに精いっぱい気を配っている、そんな様子だった。
「マルテが追われているって気付いているように、本当に危険が迫っているんだ。だから、もう――」
リーフは細心の注意を払っているようだったが、対するマルテの表情は、変わらなかった。少なくとも表面上は、そのように見えた。しかしそれは、穏やかな海面の下で、激しい潮流が動いているように、マルテの内心が隠されているだけだったのかもしれない。
「ありがとう。リーフ。心配してくれて。でも」
マルテの表情は柔和なものだったし、声はあくまで穏やかだった。しかし、揺らがなかった。
「もう少し、探ってみたいんだ。『誓約の魔法』を掛けたから、あまり深入りはできないんだけど……。でも、ここであきらめたくないんだ」
そこで、実は、とマルテは語った。
「僕が地上に来てすぐ、背丈も体も大きな男が僕の前に現れたんだ。そいつは僕を知っていて、始めは僕を言葉巧みに誘い出そうとしていた。僕にはわかった。そいつは、僕と同じ、空びとと地びとの間に生まれた人だって。僕がそいつについていこうとしなかったら、無理やり僕の腕を引っ張ろうとしてきた。だから僕は、魔法を使って逃げ出したんだ」
背丈も体も大きな男、と聞いて、イルムとリーフは顔を見合わせた。間違いない、きっとあのラーズと一緒にいた大男だ、と。
「それから、午前中、ソルさんに出会う前なんだけど――。町で、僕のネックレスを盗んだ、あの鳥を見たんだ。小型の猛禽類で、普通、空の国までは来ない鳥。その鳥の真下には、空びとと地びとの血を引いてる、怪しい黒づくめの男がいた。鳥も黒づくめの男も、誰かを探している様子だった。急いでその場から離れたけど――」
「マルテ」
リーフが、マルテに打ち明けようとした。きっと、リーフがここから話そうとしていたことは、リーフとイルムの知っている情報、そこから考えられることに違いなかった。
「リーフ、言わないで」
マルテは、リーフの言葉を遮った。
「『誓約の魔法』に、『両親を殺した犯人の捜索はしない』ということを項目の一つにしてしまったんだ。だから、そこは意識しないようにしているし、自分からやつらを追わないようにしてる。そうしていないと、僕の行動に制限が掛かっちゃうからね」
自分の魔法で自分が縛られてしまう、そうマルテは説明した。
「えっ、気付いてたの……」
こくり、とマルテはうなずいた。
「リーフ。君も、気付いてたんだね……。ごめんね。君も僕を探す中、もしかして、危険な目に、あってしまった……?」
「ううん、イルムが、いてくれたから……!」
そこから、リーフは今までにあったことを打ち明けた。ラーズのことは、マルテも知らなかったようで、マルテの表情に改めて深刻な影が落ちる。
「少なくとも、大男、黒づくめの男、ラーズ……。彼らは皆、空びとと地びとの間に生まれた人たち――」
マルテは、情報を整理するように呟いていた。
「ラーズは、少年って言ってたよね……。彼は、僕の両親の事件とは、無関係なのかな……」
雲が流れる。束の間、辺りが薄暗くなった。今まで黙って話を聞いていたソルが、ごめん、と言って話に入る。
「聞いてしまって――、ごめんね。マルテ、それじゃ、君のご両親は……」
そこまで言い掛けて、ハッとし、言葉を止めた。
「そ、そっか、ナントカの魔法で、言っちゃいけないんだね。ごめんっ」
地びとであるソルには、魔法のことはよくわからない。でも、話の流れから、マルテが犯人たちに対して、意識を向けないようにしていることはわかった。
「ありがとう、ソルさん。すみません。深刻な話、してしまって――。僕は大丈夫ですから、どうかお気になさらないでくださいね」
ソルがマルテを気遣って、マルテのためになにか言おうとしていたと、マルテにはちゃんと伝わっていた。マルテは華奢で、はかなげにも見える少年だが、大人びている。それが痛々しいとイルムの目にも見えていた。
「ソル」
イルムが、改まってソルに向き直る。
「私から言うのも、なんだが――。力を貸して欲しい」
雲間から、光が差す。銀の髪に、きらめく光。
「ここは地上。ソル以外、皆、ここでは門外漢だ。地上の大人の力が、必要だ」
雲は流れ、青空が広がる。
リーフ、マルテの顔が、みるみる明るくなっていく。
イルムは、ソルに手を伸ばす。
「そして、地上の戦士としての力も、頼む」
「もちろん――!」
イルムとソルは、握手をした。イルムはただ、ソルに触れようとしていただけだったが、ソルのほうから握手をされ、その意味を理解した。それは海の中で、イルムとリーフが封印の壁越しに、互いの手のひらを合わせたときのように。
「子どもたちの安全を守るのは、大人の責務だよ」
心地よい風の中、ソルは、屈託のない笑みを見せた。




